自分はここ20年くらい積極的にCDを買わなくなった。勿論サブスクなど利用したこともない。月刊音楽雑誌も買わなくなった。ライブの現場に携わりながら情報弱者でもある。だが音楽の良しあしはそんなに間違えないように思う。僕は音楽的センスは非常に乏しいことは知っているのである時期までとにかく大量に聴き、それについて考え良く分からない所は色々な文献にあたって精査した。そのコツコツと積み上げた経験に基づき音楽に向き合っている。それはビーバーが流木を一本ずつ積み上げ流れを堰き止め生活の場を獲得する行為に似ている。僕はジャズ以外の音楽の良し悪しは良く分からない。ロックは一番のめり込んでいた10代の頃も好き嫌いが先行し良し悪しなど考えなかった。今も民族音楽やロックも多少聞くが大きな意味での音楽状況方向性などに興味が全くなくなってしまった。
過日池田と松島のそれぞれの楽器クリニックをやった。その中で好きなミュージシャンを上げてもらう質問をした。二人の学生が携帯で名前を調べ始めた。名前を度忘れしたわけではない。例えば枯葉をやろうとする。サブスクで気に入った演奏を捜す。気に入らなければ次を捜す。音楽や映画を早送りで見聞きする行為につながる。その際演者はあまり気にしないと言う事だ。アルバム単位で聞く事はないのでミュージシャンの全貌は決して分からない。時代の流れとは言え残念なことだ。僕はyoutubeでも音楽聞かないのでデータベースの母数が相対的にどんどん減少している。そういう事に時間を割いている余裕がないからだ。この年になって知らないことが多すぎることに愕然とし遅きに失しているとは思うがそちらの勉強をしている。音楽の構造は譜面と音楽用語でしか語れないかもしれないがその音楽の価値はその外堀を埋めていくと際立つことが有る。音楽を大きくとらえると言う事は循環コードの解釈だけではなくそういう事だと思っている。
