ある作文

子供が書いたと思われる作文らしきものが手元にある。罫線もない只のわら半紙に不揃いな字で書かれている。
全文を引用してみたい。
うちの小鳥
ぼくの家には、かわいい十しまつがいます。めすが二わ、おすが二わいます。大きいほうのめすがおなかがすいたようすでピイピイなくのでみるとえさばこに、えさがはいっていませんでした。あわててえさをやりました。そしたらみんなえさばこのほうへとんできました。ぼくはためしに手の上にえさをのせて鳥かごの中に手をいれました。すると三ばはにげましたが一わだけ手の上のえさをたべました。お母さんの十しまつでした。十しまつのお母さんはぼくにすごくなれています。ブランコをつけてやりました。そしたら一ばんはじめにお父さんの十しまつがのりました。カナリヤみたいにうまくのれました。子どもの十しまつがのりましたがすぐおちてしまいました。
それからだいぶたった朝、えさばこの上でお母さんの十しまつが死んでいました。十しまつをはぐって見るとえさがなんにもありませんでした。十しまつはエサがなくて死んだんだと思いました。
先生のコメントがある。
「かわいそうなことをしましたね。こんどはわすれずにエサをやりましょうね。」評価はAになっている。識字のレベルからすると多分小学生低学年だと思う。この少年はAと言う意味が分かったのであろうか。
この少年は十姉妹の世話を通して生き物への愛情と漠然と死と言う概念を学び取ったのだと思う。
少年の名前が書いてある。
吉田直。
実家に行ったら母親が「こんなもの出てきた」といって作文やら詩やらが入った箱を引っ張り出してきた。
55年ほど前のことだがこの作文は覚えている。子供の頃は作文が苦手で他に「七夕」やら「遠足」やらの題で書いている文章も出てきたがただ時系列的にだらだら書いているだけで先生の評価も厳しい。
だが十姉妹のことだと素直に書けて何度も鳥のことを作文に書いていた。夏休みの前だったと思う。先生に呼ばれた。
「吉田君、そんなに鳥好きだったら、夏休みの間学校の鳥の世話をしてみるか」と言われた。色々な鳥が何十羽も入っている規模である。僕は「やります」と言い休みの間中、海にも山にもいかず徒歩40分以上かかる学校までほぼ毎日行って水を変え、餌を足し、糞の始末をした。一人「いきものがかり」の誕生である。
先生はきっと「しめしめ」と思ったはずである。誰か大人の労働を児童が補填しているのである。
そんな鳥好きの少年がパーカーを好きになりlazy birdを切り盛りし週一回は美唄焼き鳥を食べている