2019.9.20 大野えり&石田衛meets TKO

大野えり(vo)石田衛(p)立花泰彦(b)小山彰太(ds)奥野義典(as)
40年もの長きにわたり第一線を張っている大野えり。腹心の石田を従えて3年ぶりの登場だ。片や迎え撃つは初共演の硬派TKO。軍配が返る時間がやや押し加減になった。皮肉にも1曲目は「ジャスト・イン・タイム」という塩梅だ。最初から心をとろけさせるのは流石というしかない。この達人はライブで必ず自作曲を入れるが、この日も「イン・ザタイム・オブ・ザ・シルバー・レイン」、「ウイ・ワー・メント・トゥ・ビー」、「カム・アラウンド・ラブ」が採り上げられていた。このことは、自己主張というよりは自己確認のためになされているように思う。シンガーとコンポーザーの共同作業が彼女にとって欠かせない音楽コンセプトになっているのだろうと想像する。それら以外の曲は、お馴染みの「エスターテ」をじっくり聴かせて何とも艶やか。B・ストレイホンの「ロータス・ブロッサム」、「ラッシュ・ライフ」。コルトレーンほか多くのミュージシャンがやっている「アイム・オールド・ファッションド」、S・ラファロが他界して失意の中で彼に語りかけた(と思われる)エバンスの「ハウ・マイ・ハート・シングス」。人種・人権に深く関与したA・リンカーンの「スロー・イット・アウェイ」。スキャットを含め高速かつ滑らかな離れ業、この「コンファメーション」に匹敵する熱唱に出遭うことは、今後もそうそう望めないかもしれない。シナトラも歌っていた「The best is yet to come」については、最後に触れる。思わぬ話だが、えりさんはクラゲ好き(食用ではない)なのだという。山形県にある“クラゲ水族館”(NHKの逆転人生で、その苦闘が放映されていた)とも交友関係が築かれているらしい。そのクラゲ哀歌は「ジェリー・フィシュ・ブルース」。最終曲はエリントンの「ラブ・ユー・マッドリー」、アンコールは最近リリースされたPIT-INNライブVOL.2のタイトル曲「フィーリング・グッド」。これが当夜の大体のところである。音楽を聴く者の嗜好基準は非常に曖昧なため、感涙ものが別の者にとってはマズマズの評になったりする。こうした感覚の段差と大野えりは縁がない。歌も楽器も上手い人は山ほどいるが、そこにJAZZならではの色気が息づいているかどうかを問えば、大きくその数を減らすであろう。この色気には長年にわたって飽きが来ない、つまり心を酔わせて止まない何かが宿されている。だから多くのレコードを所有していても、手を差し伸べるものに偏りが生ずるのだと言える。話を戻すが、歌唱力を頂点とする大野えりのステージ・ワークは既に完成域に到達していると誰しもが思っている筈である。それは全く正しいのだが、ここで少し修正を加えなければならない羽目になった。
名唱の余韻をよそに、わが国の至宝に対し失礼を顧みず言うならば、欠けているのは還暦越えの年齢的若さ以外にないと思っていた。だが、本人によれば、達成し終えたという意識は皆無で、これからがさぁ本番なのだそうである。前述の「The best is yet to come」。言わば“頂上はまだこれからよ”なのである。若さという失礼の辞は、あくなき探求心に撃墜されてしまったので、訂正してお詫び申し上げる。語り尽くせぬ部分を別の形で補完しておく。よくライブにはCDが持参され、数人が買い求めることは珍しくない。えりさんは、PIT-INNライブのVOL.1、VOL.2、DVDの3点をダンボール詰めで用意していた。知る限りこれだけの飛ぶようなSOLDを見たことがない
(M・Flanagan)