3月11日の日常

多分無観客試合になるだろうが仕事なので店に向かう。営業を自粛していたアスレチックジムの電気がついている。いつもならブロイラーのように押し込められた人間がルームランナーのテンポに合わせて走っている。あるいは走らされている。今日は誰もいないようだ。トレーニングルームの照明が虚しく輝いている。向いの組事務所から男が二人出てくる。見かける顔だ。煙草に火を着ける。いつから事務所内は禁煙になったのかは知らないがよく見かける光景になった。ロックミュージシャンがジョギングを始めヤクザが禁煙を始める。
「コロナの玉取ってこいや」と念じつつ足早に通り過ぎた。ほのかにロングピースの香りがした。
行先のない汚染土が野積されている。受け入れ先の決まっていない難民のようでもある。経済成長の落し子。誰も嫡男とは認めない。かつては豊かな野菜を提供していた場所である。すぐ近くの道路の補修工事が進められている。聖火が通るコースらしい。リポーターは防護服を着ている。
福島を日本再生のシンボルに・・・・・
今年度の復興予算は最終年度であり微々たる額である。静かに梯子を外す。
原発の近くにはパンパンになった汚染水が積まれている。まだ処理方法が決まらない。遠くには海が見える。ここに流してしまえ・・・・。数値はどうとでもなる。
店の近くの八百屋に行く。昔ながらの店構えで安い。時々超目玉商品がある。卵1円、バナナ1円。店の人が元気いい。誰もマスクをかけていない。高度成長期前のご近所付き合いを思い出させてくれる空間で一瞬だけ煩わしいこと腹立つことを忘れさせてくれる。