腹立ち日記vol37 日本学術会議その2

「今まで学術会議に何の興味を持っていない輩が騒いでいる」みたいな論調がある。ワールドカップの時期に一億総サッカー解説者になってメッシの怠慢プレーを非難するのと同じレベルであると思っているらしい。魔法の言葉である。世の中の不正に意見を言う行為を押しとどめようとする。桜問題も森友、加計問題もこんな問題が起きる前は興味すらなかった。当たり前である。日本学術会議任命問題は学問の分野にまで魔の手が伸びてきたと言う事である。集団的自衛権の法解釈変更からの一連の流れを見ていると1930年代の日本に逆行しているように思える。治安維持法も特高もないのに文化面がどんどん疲弊している。
「推薦された方をそのまま任命してきた前例を踏襲してよいのか考えてきた」と菅総理は述べた。「総合的、俯瞰的に判断した」と言う事である。なんだこの「総合的、俯瞰的」と言う日本語は・・・・何の論理的説明にもなっていない。この問題に関する大手メディアの報道も酷い。単なる両論併記だったりする。権力の横暴と脱法を見て見ぬふりをしている。NHKはこの問題は完全に無視である。「ヴァン・ヘレン死去」はニュースになっているのにである。どちらが重要な問題なのか・・・・。
日本学術会議には10億の予算がついている。それを盾に言う事を聞かせようとしている。
公の機関として運営を補助しているのは学問の自由を保障するためであって政府に従属させるためではない。裁判所は国税で運営されている。近い将来「あいつ気に入らないから20年くらいぶち込んでおけ」と総理が指示することになるのと論理は一緒である。菅総理も「政府」と「内閣」を混同するトリックをよく使う。前出の例も所属するのは「政府と言う機関」であって「特定の内閣」では断じてないのである。
菅総理も天皇陛下に任命されたはずである。「あいつ気に入らなないから、今回は任命するのやめとこう」と言う事にならなかったことを忘れてはいけない。