リリアン

今日は本の紹介である。「リリアン」は岸政彦の小説集の名前である。村上春樹がマイルス・ディビスだとするなら岸政彦はギル・コギンズくらいマイナーだ。マイルスの名盤をたどっていくと忍耐力のある人はギル・コギンズと出合う事になる。岸政彦はそういう立場の人だ。本業は社会学者で研究テーマは沖縄や生活史と言う分野だ。その専門分野の著作は社会の中でひっそり生きている人の人格を「聴き集め」と言う手法で浮かびあがらせる。学術論文とは思えないほど豊潤で美しい。
この小説は大阪の片隅で暮らすジャズベーシストと酒場で知り合った女性との小さな小さな物語である。二人でコルトレーンの「ボディ&ソウル」を聴くシーンがある。説明するより読んでもらった方が早いので引用する。
下でずっとベースがささえる音をな、それも一つの音だけをずっと弾くねん。で、その上でテナーとピアノが自由に、完全に自由ってわけちゃうけど、まあ大体自由に動けるねん。
 ほな、ほんまにうかんでるねんな。
 そう思う
 そういうのって音で決まってるの?
 そう
 やっぱり、なんか怖いな
 怖い?
 音楽って、なんか怖い
 そう
 音で決まっている感じ。人間が要らん感じ。
 あ、前も言うとったな。
 うん
 ほんまやな。
 人間が音を弾いてそれが伝わるとちゃうねんな
 うん。
 人間が生まれてくる前に、それより先に、音の順番みたいなものが決まっていてその後に人間が生まれてきて、だからそういう順番の音を聴くとそう感じるようになってるねんな
 俺もそう思う。
 怖い
 怖くはないやろ。
 そやな。怖いっていうか。不思議?
 俺たち要らんみたいやな。
 そんな感じする。
 綺麗な音の順番とか組み合わせが、地球に人間が生まれてくる前から決まってるんやったら、俺たちみたいな場末のミュージシャンがやってる事って何やろな
 そういや私まだちゃんと演奏聴いてないな
 聴かんでええよ。
以下続く。
二人はジャズのこと、街の風景、今はもういない人々の事を語り合う。市井で淡々と生きる人の言葉が響き合う。ここの大阪弁はふわっとして包み込んでくれる。僕も鈴木央紹に大阪弁を習っているが何か嘘くさいと言われる。どこが、違っとるねん、完璧の母やで・・・・・
あのな
・・・うん
もっかい、リリアンの話して。
・・・なんで
ええから
読者の皆さん「リリアン」が何か気になりだしたでしょう。
わし、教えへんで、本買ってな。ほなバイなら。
参考文献
「断片的なものの社会学」岸政彦
「ビニール傘」岸政彦(小説)
どちらも自信をもってお勧めする。