2018.6.15  今日も深い川は静かに流れる

大石 学(p) 米木康志(b) 
 このDUOはLB6月の風物詩のようなものになっている。聴衆を代表して言わせていただくが、何度聴いても心を動かされるというのが実感だ。よく優れたジャズマンを称して“名手”と表現することがある。この両者はそれだけでは言い足りなく、更に彼らを特徴づける何かが潜んでいると思わせられる。残念ながらそれを感ずることができるのは、聴いた者の特権と言わねばならない。ここ数年、大石は自主製作CDを数多く録っている。その一部しか聴いていないので詳しくは分からないが、これだけの作品を残すということはピアノによる徹底した自己追求の記録を一滴たりとも漏らしたくないということなのだろう。つまり、大石は彼の流儀において自身とピアノを一致させようとする究極のハードワークに挑んでいるのだ。オリジナル曲中心のソロ作品が多いのもそれを裏付けていると言えよう。一方の米木は長きに亘り聴き続けているが、この人は幾多の難局をロジックで克服しようとしたのではなく、飽くまで“感ずること”によって突破してきたのではないか。あの大きなグルーブ感は、“感ずること”がストックされた音楽現場からしか生起しようがないと思えてならないからだ。後ろで演奏しながら不動の地位を得ているミュージシャンは、危ない言い方だが、“感ずること”を生業とする輝かしい病を持っているに違いないのだ。演奏曲は、ピアノ・ソロの「レイン」、かつて日野元彦さんと録音しながらお蔵入りになっていたという「クレッセント」、米木のオリジナル「シリウス」、大石のオリジナル5曲「コンテニアス・レイン」、「雨音」、「メモリーズ」、「リリー~ワイン・カントリー」、スタンダードの「アイブ・ネバー・ビーン・イン・ラブ・ビフォー」、H・シルヴァー「Peace」。アンコールはシルヴァーと同名の大石不朽の名曲「Peace」で21世紀に警告を発したのだった。
最近は立会いで変化する横綱もいて、勝ち星のためなら上に君臨する者の品格そっちのけの取り口が散見される。これは単に横綱が取った相撲に過ぎず横綱相撲とは言わない。この国には“深い川は静かに流れる”という言い回しがある。思慮ある者は小細工などせず悠然としているという意味で使われる。深い米木と静かに流れる大石。我々の日々において謙虚さに徹することは甚だ難しいが、このDUOにはいつも謙虚に耳を傾けることが出来るので助けられる。それにしても“雨模様”の曲名が多かったが、大石と雨の浅からぬ関係を聞いてみたいものだ。
翌日は、ボーカルの高野雅絵を迎えてのトリオ演奏。曲は、「Girl Talk」、「塀の上で」、「When the world turns blue」、「One day I’ll fly away」、「Come together」、「スパルタカス愛のテーマ」「Waltz  for Debby」、「Both sides now」、「泣いて笑って」、「Bridges」、「What a wonderful world」。筆者は珍しく愛聴していたA・オディのせいもあって、長らくボーカルものは歌を聴き込むことだと思っていた。それは間違えではないにせよ、そのままでは楽しみの半分を失うことになる。そのことにハッキリ気付いてからそう長くは経っていない。後ろがどれ程にか前に音の色合いをつけ、メリハリを提供しつつ、歌を輝きの中心におびき寄せていくか、決してこのプロセスを聴き落としてはならない。これはボーカルが操られる存在だと言おうとするものではなく、ボーカルの最大限の良さを引き出すには後ろの手腕が決定的な役割を担っていると言いたいのだ。バッキング最高峰の大石と米木を従え、高野は“この素晴らしき世界”を体感しながら、彼女自身ベストの出来に仕上げていた。だが、明日からはそう上手くは行くまいよ(笑)。
(M・Flanagan)

2018.6.8 本田珠也トリオ/「珠冴える」

守谷美由紀(as)須川崇志(b)本田珠也(ds)
 今回のライブは「SECOND COUNTRY」発表に伴う北海道ツアーの最終直前でのもので、このアルバム・タイトルにもなっている曲は本田竹曠さんの“浄土”に収録されている。
本田珠也は継続的に幾つかのバンドに関わって演奏活動を行っているが、このトリオには本音中の本音を注いでいるように思われる。ライナー・ノーツの概要として、一つにはこれからの世代が様々な取組みを行っていることに対し、その多くを必ずしも好意的には見ておらず、むしろ、只管汗を掻きもっと腰の座ったものを見出していくべきだと喝破していること、いま一つは借り物ではない自らの精神的風土たる“和ジャズ”の体現である。ツアー用の広告に大きく書かれている『破壊と叙情』とは、このことを指しているのだろう。1回目はアルバムからの曲がズラリ。1曲目は「ハーベスト・ムーン」、この曲は収穫のメルクマールである中秋の刈入期を素材にしている。量より収穫の質を主張する守谷のオリジナル。2曲目も守谷の「M’sジレンマ」、張り詰めた「ギクシャク感」を味わっては?とこの曲は訴えている。なお、Mとは守谷のMではないらしい。3曲目も守谷のバラード「むかしむかし」。郷里の淡い原風景に色彩を付けていく須川の控えめなサポートが素晴らしい、その地には緩やかな川が流れているに違いない。4曲目は珠也の手による「キー・マン」。彼はこのトリオのために書き下ろしたのではないだろうか、三者のバランスが見事だ。2回目の最初はA・ペッパーの「レッド・カー」。苦境の人生を送ったペッパーは晩年、厳然たる演奏を残しているが、守谷のペッパー観を垣間見せるタイトな演奏だ。2曲目のアルバム・タイトル「SECOND COUNTRY」と3曲目の「宮古高校校歌」は一つの連続性において聴くべきだ。とかくソロに関心が向きがちな珠也の演奏だが、ここでのバッキングは壮絶。竹曠さんのDOUN TO EARTH精神が息づく。“和ジャズ”を極めることがインターナショナルな次元に道を付けるのだ。4曲目は、LBと珠也と臼庭のバミューダ・トライアングルから「アンチ・カリプソ」に点火。危険な選曲とヤバイ演奏の同時爆発に目が眩んでしまった。追加曲はゴスペルのスローな「ディープ・リバー」から超高速「オルフェのサンバ」へと快心の流れで終了した。付記しておくが、須川には耳慣れない展開が随所にありいつも新しい印象を受けている。また、神経が埋め込まれているようなアルコも出色だ。リードの守屋だが、彼女の演奏をおよそ1年前に聴いている。アルトが席巻する今日ではあるが、表現の奥行において守屋は一頭地を抜いたレベルにあると思う。今後も伸びしろに叙情の音を託して欲しいと願う。
珠也はピアノレス・カルテットの「TAMAXILLE/タマザイル」というバンドを率いている。それに因んでこのピアノレス・トリオの方は「珠冴える」とさせてもらった。
なお、翌日は札幌で堅実に活躍している田中朋子さんと岡本さんがトリオと合流したSpecial-QuintetのLive。朋子さんのオリジナルを交えた演奏曲は「アローン・トゥギャザー」「アイ・ミーン・ユー」「ヴェガ」「道草」「ジャックと豆の木」「アイル・キープ・ラビング・ユー」「祝!」「レディース・ブルース」。詳細は割愛させていただくが、朋子さんも岡本さんもそしてトリオも完全燃焼の様相を呈していた。熱気の渦に包まれていたフルハウスの会場も至高のひと時に酔いしれていたことを報告しておきたい。
(M・Flanagan)

2018.6.1 “あにやん“ はからんや

清水末寿(ts)田中朋子(p)瀬尾高志(b)小山彰太(ds)
 正直にいうと、清水末寿という名も“あにやん”と親しみを込めて呼ばれていることも知らなかった。聴く機会の少ないテナーサックスのライブということが、興味の全てであった。初めて拝見したその姿はかなりの年齢と思われ、よって今日は手堅くスタンダード中心の円熟ライブになるのだろと予想していた。1曲目はS・リバースの割と知られた「ベアトリス」であったが、その太く勢いのある音が先の予想を早くもぐらつかせ始めた。2曲目はD・マレイの「カレ・エストラ」。明るく軽快なメロディーを明るく重量感のある演奏に仕上げていた。3曲目は朋子さんの「潮流」。この曲はGroovyレーベルの世界遺産「サクララン」に収められている。ライブで聴くのは相当久し振りで感慨深い。なお、“あにやん”はこの曲名を「恐竜」に聴き間違いしていたそうな。4曲目は「よさこい節」。“あにやん”は東京を離れ長く広島を拠点に活躍されているとのことだが、出身は高知なのだそうだ。その「よさこい節」、前半はこの民謡の正調からスタートするが、途中から“あにやん”のアイデンテーが曲に襲い掛かり、土佐の酒呑み衆の果てしないバトルへと変貌していく。それを待ち構えていたショータさんが和太鼓の地鳴りのごとく大宴会を揺さぶり続けていったのだった。このアイディアに最敬礼。2回目の最初は朋子さんの「ジャックと豆の木」。タイイングの合わせづらい難所がこの曲の魅力である。頭の僅かなズレも何のその、“あにやん”はソロに入ると事も無げに吹きまくったのだった。2曲目はベース井野さんのO・コールマンが書きそうな「ディー・ディー」。演奏もフリーな感じだが“あにやん”は懐が深い。この人は至る処で経験値を加算していったことが窺える。ライブのまとめはブルース2曲、R・カークの「レディース・ブルース」とエルヴィンの「E・Jブルース」。ブルースはその形式のシンンプルさ故に危険でもある。隣席の年配男性が呟く。「こんなブルースをやってみたいものだ」。そう言わせるぐらい濃厚なブルースであった。アンコールは名物ショータさんのハモニカ付き「ファースト・ソング」。相変わらず全力投球の瀬尾の力演と珍しく鍵盤ハモニカを駆使して彩を添えた朋子さんのことを付け加えておく。
 思いもかけぬ素晴らしいテナーを聴かせていただいた。楽器を志した時の意気込みが今なお維持されている人だと思った。予想が覆った時に“あにはからんや”という言い回しがある。“あにやん”に敬意を込めて今回の標題とした。 
(M・Flanagan)

2018.5.11 北島PTA

北島佳乃子(p) 若井俊也(b)山田玲(ds)
 昨秋このトリオを初めて聴いて手応えを感じていた。北島の予想を大きく上回る力強さ、山田のはち切れんばかりのプレイ、若井の抜かりないサポートによって上々のパフォーマンスになっていたことを付け加えておく。それでは二度目のライブに行ってくるとしよう。
1曲目の北島作「ブラッキー・スナッピー」は中々ご機嫌な曲だ。ブレーキーのメッセンジャーズから管を抜けば多分こんな演奏になるだろうと思わせるファンキーな快演。2曲目の「フー・ケアーズ」(ガーシュイン)をここではテンポを上げて演奏したので曲の雰囲気を変えてしまう仕立てとなった。3曲目の「オンリー・トラスト・ユア・ハート」はベニー・カーターの上品な曲だ。こういう曲に歌の人は手を出したくなるんだろうな。4曲目はバラード「イフ・ユー・クッド・シー・ミー・ナウ」、この場にいなかった人にも聴かせてやりたい。1st最後はアップテンポの「ユアーズ・イズ・マイ・ハート・アローン」、若井と山田の緊張をほぐす掛けあいに会場は頬を緩ませた。2ndの1曲目はガレスピー「ティン・ティン・デオ」前半の熱を冷めさせない良好な保温状態の滑り出し。2曲目はT・ジョーンズの「レディー・ラック」。LBライブではこの曲を結構耳にするので東京の人気曲なのだろうか。3曲目はB・ハリスがその人に捧げた「ナシメント」では本家ハリスとはまた一味違ったぬくもりのある演奏となっていた。次の4曲目は北島の「ネイティブ・プレイス」。これは遠い故郷に思いを馳せながら書いたのかと思いきや、故郷にいながら故郷を綴ったものだという。このジョージア・オン・マイ・マインドの福岡版は旋律も演奏も心に響くものだった。最後はパーカーの「ムース・ザ・ムーチェ」をベースとしていると思われるが、モンクやら何やらが入れ代わり立ち代わり出て来るので勝手に「バップまぜまぜ」と命名した。言わずもがなのお祭り気分。アンコールは打って変わってピアノが音の気配りを追求した「ノー・グレーター・ラブ」だった。が、ドラムスの煽りで白熱のインタープレイに突入した後、名残惜しそうにテーマに戻っていったのだった。
 冒頭のとおりこのトリオを聴くのは二度目となる。“北島PTA”とはもちろん保護者と教員の集まり、ではなく“北島Piano・Trio・Again”のことだ。90年代だったと思うが“ジャズ維新”という動きがあった。ひとまず今回の北島PTAを“快演隊”とでも言っておこう。
(M・Flanagan)

2018.4.27 超絶技巧DUO

魚坂明未(p) 楠井五月(b)
 最近のBROGにおいて、宣伝文句の難しさが吐露されている。この二人には“超絶技巧DUO”と銘打ったものの、どう受け取られるのか躊躇の感をぬぐえない様子が伝えられている。そうではあっても、“これが最後のLIVE!”と言いながら、その後も延々と活動している騙しよりも正直で良いのではないか。本論に戻して、今回も“LB・プレゼンツ・今後を担う若手シリーズ”の一環として招聘されたDUOである。ピアノの魚返については、昨秋『. Push(ドット・プシュ)』で初演を果たしていたが、その時は機を逸したので筆者には初聴きである。ベースの楠井については菊池太光(p)とのDUOで二度聴いているが、この時も超絶技巧の隅から隅まで突き付けられた格好であった。さて、この両者は普段Ds.の石若駿が入ったトリオで活動していて、DUOはLBが初というのも値打ちものである。選曲はスタンダードおよび隠れスタンダードそしてオリジナルという構成である。初期のスタンダーズに名演が残されている「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」、このDUOではバップ感が抑えられたD・ガレスピーの「アイ・ウェイテド・フォー・ユー」、魚返のアルバムから「スティープ・スロープ」という中々の佳曲、いいタイミングで豪快にブルースする「ウォーキン」、続いて魚返の曲で「そばに離れて」という現実的には不可能な所作の題名ではあるが演奏に捩じれた感じはない逸品。次も彼の出来立てでタイトル待ちの曲。彼の曲には優れて端正さを感ずるが、その素材に演奏家として手を加えていくプロセスを楽しんでいるかのようなのである。次はミュージカルから「ストーミー・ウェザー」、荒れた天気に巻き込まれたというよりは窓から外を眺めながら物思いに耽っているような演奏。これもミュージカルからマイルスやロリンズで有名な「飾りのついた四輪馬車」で心が和んでしまいました。品のある歌もの「ブラックベリー・ウィンター」を情感たっぷりに挟んで、最後は魚返作の「エンブレイシング・ラダー」で、直訳は“梯子を抱きしめて”という瓦職人の姿しか思い浮かばないような不思議なタイトルだが、演奏の方はというと一切ハシゴを外すことのない両者のまさに“超絶技巧DUO”という宣伝文句に相応しく全開する凄まじい一級品。50年前にキースとペデルセンがDUOをしていたらこんな感じになったかも。アンコールはドット・プシュに魚返が提供した「パート・ワン」、心地よく寄り添ってくる旋律の曲を終わりに持ってきて鮮やか。
魚返は既に高い完成域に位置していると思われ、改めて聴いて見たいと思わせるに十分な逸材と受け止めた。一方の雄、楠井を言い表すのは難しい。フィギアスケートにはトリプル・ルッソとか素人の動体視力では回転数が分からないなりに、着地が決まって湧きかえることがある。楠井の演奏もそうした感じがする。ところで、今節、直前まで魚返をオガエリと読むことを知らなかった。何れにせよ、我が国若手ピアノの筆頭出世魚としてLBの生けすにかくまって置きたいところだ。
(M・Flanagan)

2018.4.13 13周年 Vol.3 ハクエイ・キム 楽団ひとり

 長かった今年の13周年記念の最後は、根強いファンを持つピアノのハクエイ・キムだ。彼は4度目の出演になるだろうか?直近では昨年の秋にトリオ編成の“トライソニーク”でそのスケールの大きさに度肝を抜かれたところが記憶に新しい。今回は彼の新作『レゾナンス』リリース全国ツアーの後半に位置しており、十分練られた状態で彼のオリジナリティーに耳を傾けることができる筈だ。では、そろそろソロ・ライブのレポートをしよう。 
1曲目はインプロヴィゼーション、音を探りながら少しずつ輪郭があからさまになる様子はキースを彷彿させるものだが、いつの間にか「ボディー&ソウル」にリレーする。LPレコード片面一杯々々の長尺演奏。3曲目はオリジナルの「コーヒー・カップ」、音数の多い部分ではカップからコーヒーがこぼれた。次からシンセサイザーが駆使されていくが、アナログ使用のほうが面白いとコメントされたものの素人には理解不能、曲名は分からないがプラネタリウムを音に変換したようなサウンドが繰り広げられて行く。1st.最後の曲はデトロイト・ジャズ・フェスに前述の“トライソニーク”で出演した時に、モーター・シティーと呼ばれるこの街の今を曲にした「ザ・ストリーツ・オブ・デトロイト」、終盤のハード・ワークは凄い! 2nd.の1曲目はオーストラリアの国民的な曲とされる「ワルツィング・マルチダ」。聴いたことがあるのに思い出せない曲は沢山あるが、この曲は聴いたことがなくても聴いたことがあるように思わせてくれる。2曲目、3曲目はスタンダードの「オール・ザ・シングス・ユー・アー」、「ムーン・リバー」と続くが、特に、後者はシンセ効果がハマっていて“ティファニーの朝食”は宇宙の彼方。4曲目はアコースティックとシンセで両攻めのプログレ系「合奏(ザ・コンサート)」。こういうサウンドには根っから血が騒ぐと見える、誰もいなければ一日中こんな演奏をしているに違いない。最後の曲はアコースティックのみの「テイク・ファイブ」で、曲名を聞くと咄嗟にP・デズモンドの音色を思い出す面々も多いだろうが、ハクエイ・バージョンは今まで聴いたことがない。序盤では低音部と中・高音部が一騎打ちして強い緊張感が生み出され、中盤からは左右の手が目まぐるしく鍵盤を高速滑走しスリル満点。将にハクエイ的イマジネーションを尽くした超絶プレイで、他に類例をみない特異な演奏と言ってよいだろう。どよめきが湧き、それが収まらない中アンコールは「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」、シンセが重量音を発するオルガンのように絡む荘厳な演奏で締め括られた。聴衆は普段にはない貴重な音楽体験をしたのではないかと思われる。
ハクエイによれば、シンセは良き相棒だそうである。アコースティクとシンセを使えば、先の曲にもあったとおり複数楽器による“合奏(ザ・コンサート)”になる。しかし、それはハクエイのみの“楽団ひとり”としか言いようがないのである。なお、本文は遠く彼の地で“ひとり”勉学に励む完全無欠の岡本ショータ君に捧ぐ。
(M・Flanagan)

2018.4.6-7 13周年Vol.3  LOUDスリーRockにしみいるLUNAの声

LUNA (Vo)竹村一哲(ds)碓井佑治(g)秋田祐二(b)
 “一年に一度LUNAにRockを歌ってもらう日本中ここだけの企画”も3回目になる。これまでを振り返ると、個人的には1980年以降のモノは殆ど知らないが、そんなハンディは不滅のRockが蹴散らしてしまったというところである。Rock史に残る名曲の祭典に引き込まれるのには明確な理由がある。筆者がそれらを始めて聴いた時は、クラプトンもジミー・ペイジもまだ20代で、あの日のあの音と部分的に覚えているあの歌詞は脳裏に刷り込まれていて、老朽化の著しい我がハード・ディスクから消え去らないからである。無理矢理な線引きではあるが、JAZZが演奏主義であるとすれば、ROCKはオリジナル主義であると言える。従って、ROCKではトラディショナル・ソング等を除いて殆どそのバンドの自作曲しかやらない。そうではあるが、バンドが解散しても誰彼問わず長らく歌われ演奏され、そして聴き継がれていく不滅の名曲がある。それら名曲の同窓会が外ならぬこの企画である。
 さて、Rockの名曲はアタマだけですぐわかる曲が多く、今回選曲されたツェッペリンの「ホール・ロッタ・ラブ」、「ステアウェイ・トゥ・ヘブン」、ストーンズの「ジャンピン・ジャック・フラッシュ」、「ホンキー・トンク・ウイメン」、クリームの「サンシャイン・オブ・ユア・ラブ」などはその最たるものであり、襲いかかって来るその瞬間が堪らない魅力でもある。今回のLIVEで一番喝采を浴びたのは「プラウド・メアリー」、ということで意見が一致するだろう。最初の1コーラスをスロー・テンポで流した後、一気に倍テンに突入し、リズムセクションのヴィヴィッドで息の合ったバック・コーラスに乗ってシャウトしまくるLUNAは圧倒的、しかもその容貌が“怪女in熟女”のティナ・ターナー風だったことによって鮮明な記憶として残り続けそうだ。他には「メルセデス・ベンツ」(これはLUNAの素晴らしいVocal-solo)、「ムーブ・オーバー」、「リトル・ウイング」、「ファイアー」、「レディー・マーマレイド」、「リデンプション・ソング」、更に誰かのブルース曲やインストでBeatlesの曲等、趣向満載の2日間であった。3回目ともなると以前にまして4者のバランスが良く学習効果も申し分なし。不発弾なしの竹村一哲、選曲ごとにベースを使い分ける念の入れようの秋田、勢い余って1弦がプツンの碓井、まるでジャズシンガーのようなLUNA、わぉ!札幌は時ならぬ春の寒波に見舞われていたが、この程度のものはLUNA+Loud3による桁違いの熱気の相手ではない。 
効き目のないサプリは何錠飲んでも若返らないが、LB製薬のLUNAコーワは一夜にして身心を若き日に引き戻してくれる。そうした心境を見透かすように最後の最後にボブ・ディランの名曲「Forever young」でLiveの幕が下ろされた。我々普通人は10年後にこう思っているに違いない。青春とは言わないまでも“せめて10年戻ってやり直したい”と。人生は大体こんなもんである。そこで筆者は会心の決意をしてみせよう。10年後は“10年前のようにRockのLUNAを聴いてやる!”。何だか、これ嘘っぽいナ。
(M・Flanagan)

2018.3.16 13周年Vol.2 田中奈緒子trio

田中奈緒子(p)若井俊也(b)西村匠平(ds)
 何やら外が騒がしい。我が国において“jazz”は“改ざん音楽”と訳さなければならないようである。お互い裏で成り立つ闇社会だから笑えない。都合悪くなるとメンバーに責任転嫁するバンマスもいそうだから青ざめる。まぁ、カルロス・序文はこのくらいにしておこう。
さあ、13周年Vol.2は、LBの密使若井の推薦するピアニスト田中の初登場である。これまでの若井の人選経緯からただ者ではないに違いない。早速、流れの沿って進めてみよう。1曲目は「ス・ワンダフル」、かなり凝ったアレンジで、一聴、原曲と結びつかないユニークなものである。2曲目はドナルド・ブラウンなる人の「ワルツ・フォー・モンク」というモンクを想起させないモンクに捧げられた面白い曲。この2曲までの印象速報としては、小気味いいいが少し小ぢんまりしている感じで、この後や如何に?の思いを持つ。すると俄かに田中も13周年の雰囲気に慣れてきた風である。3曲目、スタンダードの「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」当たりから思い切りが良くなってきた。4曲目のオリジナル「アプリシエイション」になると若井が狙っている渾然一体のインタープレイが展開され、若井と気っ風のよい西村に乗っかって田中の持ち味もはっきり捕まえられてきた。5曲目はアップ・テンポの「ニュー・ヨーク・アティテュード」というK・バロンの曲である。敬愛する演奏家の曲に彼女のスピード感がよく似合っていた。2nd.の最初はシダー・ウォルトンの「ハインド・サイト」という曲だった。彼女によればこの曲はN・Yではスタンダードのように演奏されているらしい。印象としてはバップ後期のスリルとエレガンスがカップリングされたような曲だ。面白いのは次の「プレリュード・トゥ・ア・キス」、聴き馴染んだテンポより相当速く、この前奏曲に対応できる接吻はイタリア映画に出て来る開放的な庶民の男女だけだろう。3曲目のD・ピアソンの「イズ・ザット・ソー?」の段階になると田中の資質全開になって来ているのが分かる。次は4曲目あたりの指定席であるバラード、「ボディー&ソウル」だったが端正にまとめられていた。一度バラード中心のライブを聴いて見たいものだ。多分、田中が今日やりたかった曲を最後にぶっつけてきたのだろう、オリジナルの「ミュータント・タートルズ」、これはアップ・テンポの曲。演奏家が楽しめているかどうかを聴き手は結構正確に見ている。田中と若井・西村、生き生きした演奏とは華と根の部分が絶妙に繋がっていなければならない。それによって総力をあげた演奏になるのだ。アンコールは「アイブ・ネバー・ビーン・イン・ラブ・ビフォー」で余すとこなく終了。一夜聴いた結果として、田中の全貌とは言わないまでもその才気の片鱗は十分伝わってきた。田中は客の反応をしっかり心に納めて東京に向かったはずである。
因みに江戸の後期に起こったのはシーボルト事件だが、この13周年においては田中菜緒子の“She Vol.2事件”ということにしておく。
(M・Flanagan)

13周年ライブ 酔いに負けた当方見聞録

2018.3.2 石井彰(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 この季節は鬼門だ。13周年の幕開けは数年に1度の暴風雪、空の欠航と陸の運休の連鎖となってしまった。石井・米木両氏は函館で足止めを喰いながらも、ブリザードと戦いながら車で8時間かけて13周年の金曜日に札幌着と相なったとのことである。
それではではライブへ。1曲目は「ユー・アー・マイ・エブリシング」、この曲は管による押しで艶が出るイメージが強く残っているが、ピアノが主導すると俄然品が強調されるように生まれ変わっていた。2曲目の「ワルツ・ステップ」は富樫雅彦さんの曲で初めて聴いた。実に可愛らしい感じで、富樫さんてこんな曲を書くのかと意外に思った。3曲目はジョビンの「ワンス・アイ・ラブド」、魔術師の曲をしなやかに仕上げ、心が温められる。4曲目は「アイ・ラブ・ユー」、本田さんにこの曲を収録した同名のアルバムがあるが、両者のニュアンスの違いが楽しめてニンマリ。1st.は旅の疲れを全く感じさせない流石の演奏。2nd.は石井という個性がいよいよ全開の様相を呈していく。1曲目の「黒いオルフェ」は誰もやったことのないスローな演奏で曲のニュアンスが完全に作り変えられていた。2曲目は場面転換を図るようなミディアムテンポの「アイブ・ネバー・ビーン・イン・ラブ・ビフォア」、そして3曲目は「ブルー・イン・グリーン」、グリーンに潜むブルーの怪しい謎が忍び寄って来る。“これは名演だ”と思わず声を出してしまった。次の最終曲は、メロディーが哀感を帯びていることと音から哀愁が滲んでくることは全く違うことを知らしめてくれた。曲はヘイデンの「ラ・パッショナーラ」。アンコールは「イフ・ユー・クッド・シー・ミ・ナウ」、抜いた感じだか隙間が見当たらない。“遅くならいくらでも遅く弾ける”。これは石井の言葉である。
2018.3.3 池田篤(as)石井彰(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 今回の天候異変に巻き込まれた池田が1日遅れで合流したカルテット。池田は以前も2daysが1dayに切り替わったことがあるが、倍の濃度で喝采を博したのを思い出す。
演奏曲を列挙する。H・モブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」、池田が辛島さんに捧げた「ヒズ・ウェイ・オブ・ライフ」、C・ヘイデンの「エレン・デイビッド」、スタンダード「アイ・ラブ・ユー」、石井の「スリーピング・ボーイズ」、池田自身を穏やかに投影したバラード「フレイム・オブ・ピース」、スタンダード「アイ・リメンバー・エイプリル」、アンコールは「アイ・キャン・ノット・ゲット・スターテッド」。池田は体調があまり良くないと伝えられていたが、一ことで言うと演奏はどれもが素晴らしいということに尽きる。いつも音楽者としての主語で演奏し続ける稀有の鬼才に心が揺さぶられる思いがした。
2018.3.5 田中朋子(p)岡本広(g) 米木康志(b)
 13年というより、遥か前から交流のある田中と岡本、そこに土台の米木が加わるSUM約200才のトリオだ。開演前に、記念行事に敬意を表してスタンダード中心に選曲すると聞いていたので珠玉の名曲集を楽しむこととした。晴れて選ばれたのは「アローン・トゥギャザー」、「ヒア・ザット・レイニー・デイ」、「ヴェガ」、「ケアフル」、「コルコバード」、「ラウンド・ミッドナイト」、「ウィッチ・クラフト」そして「ローンズ」。札幌の宝石こと田中のピアノは体力的絶頂期のようによく鳴り輝きを放っていたように思うが、これは決して気のせいではない。そして忘れ物の常習犯岡本は、ギタリスト魂だけは忘れていないことを見事に証明。ドラムレスなので米木のナマ音がズドンズドン、もの凄いベースが聴けた。
 冒頭に記したとおり冬の猛威に絡まれる旅を経て、13周年Vol.1は盛況裏に進行し終了した。後世の人々はこの苦難の果てを北方見聞録と言うのだろう。最近は若手の台頭に触れることが多くなっていたが、やはりアニバーサリー企画は順当に経験豊富な本格路線が奏功したと思う。本当は当方いろいろ見聞したことを忠実に記録しようと意気込んでいたが、飲み過ぎて忘却に足を取られてしまった。札幌在住者にとっても冬は危険だ。
 (M・Flanagan)

2018.2.16 松島 With Rising -Sons 

松島啓之(tp)本山禎朗(p)若井俊也(b)西村匠平(ds)
 数年前までなら、トランペットの雄、松島に若手が胸を借りる位の受け止め方になっていたろう。それ自体間違いではないとしても、昨今のLiveのトレンドから推し量ると躍進する次世代の主役たちとの共演と捉える方が当を得ている。今やベテランに差し掛かっている松島も二十代の時点で際立つ完成度の作品をリリースしており、それを思うとこの世代によって日本Jazzの屋台骨の組み直し準備が着々と進められているという感慨を持つ。やや硬直化していた私的磁石の方向先を彼ら若い連中がそれを矯正しようとしてくれている。一応、これくらいのことを確認しながら、松島カルテットに耳を傾けるとする。1曲目は松島作「ジャスト・ビコーズ」という曲、重量感のある演奏だったが、松島は音色だけで説き伏せてしまい、我々の耳を大いに喜ばせてくれる。次の「マイルス・アヘッド」はすう~っと心に入って来て気持ち良くなるウォームな演奏。次もマイルスがやっていた「イン・ユア・オウン・スウィー・ト・ウェイ」、出来ればミュートでやって欲しかったなぁというのは少々我が儘か。次は「マイ・アイディアル」、この曲はかつてよく聴いたK・ドーハムの演奏を思い浮かべながら、あの時のように楽しませて貰った。1ステ最後は「イッツ・ユー・オア・ノーワン」、親しみ易いアップ・テンポのメロディ-を楽しんでいる4人の一体感が心地よく、結束していく共同体の仕上がり具合が伝わってきた。
2ステは松島の「ブルース・ライク・ディス」で開始、中休みで一呼吸付いた後のこの音色で再び至福。2曲目の「スリーピング・ダンサー・スリープ・オン」はJ・メッセンジャーズに在籍していた時のW・ショーターの曲で、初めて聴いたが耳慣れて聴こえたのは曲も演奏も一級品だったからだろう。3曲目はサド・ジョーンズの賑やかな「レディー・ラック」、若井と西村を大きくフィーチャーされた演奏となった。この両者は定期的に共演しており、息の合い具合は上々、ソロも聴き応え十分だ。ここでバラードの「エンブレイサブル・ユー」、この控えめな味わいは陰の名演と言えるものだ。最終曲は一転、一時代を制圧した「ビ・バップ」、迸る音から汗が噴き出してくる快演、この場にガレスピーがいたら腰を振って踊り出しそう。アンコールは華やかな演奏空簡にゆっくり幕を下ろす「ライク・サムエワン・イン・ラブ」にて余韻を残す。
 最後に一言。若井はプレイの柔軟さに加え懐が随分深くなっていると感じた。西村のアクセントの付け方は個性的、それにしてもこの男は活きがよく、こうでなければならない。本山は東京勢と凌ぎを削って来ただけあって、全曲に亘っての的確なサポートに加えノリがよく十分聴き応えあるものであった。Rising-Sun Of Rising-Sons。
 (M・Flanagan)