ゴールデンウィークが終わった。今年も無策で消化試合の様な営業状態であった。ただ言い訳をするならもしライブが入らなければ休業にして体の動くうちに何処か旅行にでもとは考えていた。甘かった。この時期こんなに高いとは思わなかった。会社員時代は業種柄ゴールデンウィークなど休んだことなどないしこんな高くてどこも混むとき旅行する人…ご苦労さんと考えていたのでまともにリサーチなどした事がなかった。こういう時は家でじっくり本でも読んで過ごすのがよい。野積になっている本を整理しているとページがめくられた形跡がない本が10冊は出てきた。目も衰えてきているので長時間集中して読破する事が出来なくなってきている。徹夜で酒は飲めるのに読んでは休み読んでは休む爺の散歩の様な読書である。今年は憲法と昭和史について考える連休となった。自分は教条左翼ではないが理論的に腑に落ちると前に進めるタイプの人間である。今の社会情勢が戦前の軍国主義のアリ地獄に落ちていく映像とシンクロして見えるのである。少し身の回りの物も片付ける事が出来た連休でもあった。迷ったら捨てる・・・を大前提で進めるのであるが昔の写真やら手紙やらが出てきて整理する腕に大リーグ養成ギブスをはめて妨害するのである。花屋のポイントカードも出てきた。最後のスタンプは3年前である。ゴールデンウィークが終わると母の日である。久し振りに花を買いに行こうと思う。世界で一番安上がりな親孝行である。本の谷間にある母親の遺影と目が会った。「yea!]と一瞬微笑んだように見えた。
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As time goes by日記 4月26日 石油危機の記憶
中東情勢を一度整理しておきたい。2週間の停戦は実現したものの恒久的な合意には至らなかった。イランはホルムズ海峡を封鎖するものの通行料を支払う国は通過を許可した。日本にも働きかけがあったが抜け駆けを良しとしない武士魂によってこれを拒否した。日本には石油の盤石な備蓄があるというのが政府見解である。タンカーは2月以来1隻も入ってきていないのに具体的な数字は示されていない。米国はホルムズ海峡を逆封鎖しチキンレースの様相を呈してきた。お互いに妥結点を見いだせないままにトランプは停戦の無期限延長を発表した。停戦と言う名の戦争が長期化すると言う事である。ホルムズ海峡の封鎖は続いたままである。日本はホルムズ海峡経由の原油に90%頼っている。各国は節約を呼びかけ原油の調達に奔走している。イタリアは国内線の航空機は飛んでいない。韓国は自家用車の使用をナンバーによって制限している。高市政権は補助金を出しガソリンの使用をむしろ奨励しているようににさえ見える。70年代の石油危機の記憶が薄っすらある。トイレットペーパーを求めて国民は狂騒していた。何故トイレットぺーにこだわっていたのかは今でも良く分からない。今現在の様にナフサ不足を憂慮した記憶はない。今回の石油危機と根本的に違うのは原油の輸入量は当時ほとんど変わっていなかった事である。国際石油資本の手から中東諸国が支配権を回復する運動であったため価格が20%ほど上がった。長期金利は9%であった。当時の田中角栄内閣の動きは敏速であった。三木武夫が特使として中東に飛び原油確保に奔走した。ゴールデンウィークが始まる。自民党議員の視察と言う名の海外旅行の季節である。高市総理はそれぞれの渡航先で原油確保の根回しをするようにとの指示を出したが中東を歴訪する議員は誰もいない様である。産業界からは原材料の不足を危惧する声が上がっているが政権はひた隠しにしている。寝た子が起きるのは時間の問題である。その時どの程度の経済不況になるのかを本当に危惧して髪が抜けそうである
As time goes by 日記 4月20日 新聞勧誘員
道新の勧誘員が来た。二年前まで購読していたことを知っていた。新聞をとることを辞めたのには理由が三つある。大幅な値上げ、紙面の内容の劣化、もう一つは毎月集金に来ていたお母さんが辞めたことである。自分の母親に近い年齢であったと思う。集金時にはちょっとだけ世間話をする。仕事がなくなるので引き落としにしないで・・・と頼まれたことが有った。時々あまりに余りあロドリゲス的存在である引き出物のタオルの類をプレゼントしていたら辞めることになったとカシューナッツの缶を持って挨拶に来てくれた。職場からもお子さんからも肩を叩かれたらしい。話を本線に戻す。新聞の購読を辞めると流石に広く浅くという情報の摂取先がなくなり結局時々コンビニに買いに行っている。それに新聞紙は無いと吐き気を催した時に困る。勧誘員は昔ほど強引ではないが景品を餌に6カ月だけでもと食い下がった。定期購読するつもりはなかったので断ったが今日の朝刊を置いて行ってくれた。一面はイラン戦争関係とその影響で道内農業に影響が出ているという内容であった。イラン戦争にかまけているうちに色々なコソ泥が横行している。昨日ネットニュースで市町村会が冬季オリンピック誘致要望書を札幌市長に提出したと聞いてため息が出た。夢と感動を子供たちに・・・嘘言ってるんじゃないよ、禿親父ども。政府の金引っ張ってインフラ整備と称して一儲けしたいだけでしょう・・・
そんな記事はないかと紙面をめくると鈴木北海道知事の特集記事が載っていて下落傾向にある支持率回復為、レガシーつくりに冬季オリンピック招致に前のめりであるとあった。困った時の祝祭資本主義の典型である。
As time goes by 日記 4月13日 停戦交渉決裂か
周年記念ライブも終盤戦となってきた。一昨日平倉初音と伊藤勇司が帰り珠也も今日帰途についた。残るは松島啓之だけとなった。長い闘いであったはずである。お互いの考えを尊重しながらギリギリまで自己表出成し遂げる。・・・音楽における高度な外交を見る思いがした。朝起きるとトランプの会見のニュースが飛び込んできた。ホルムズ海峡をアメリカ軍が封鎖しイランに通行料を支払って通行する船舶を取り締まるとした。それを邪魔するものは叩きのめすと公言した。実質上停戦交渉は決裂したと考えて良い。原油はどうなるのか・・・我々国民の生活はどうなるのか。高市総理は原油は備蓄が有り不足はしてないと言い張る。イランがホルムズ海峡を支配していた時期に日本船舶が通過したのは事実である。だがこの船舶向かったのはインド他他国である。大手メディアはその事を伏せている。国民を動揺させない為らしいが我々は見くびられたものである。確かにその程度の知性の人間が間接的に高市政権を選んだことになっている。アメリカからも手に入るし紅海経由でも手には入るかもしれない。だが実際の消費量と輸入可能量の実数を見比べるとのんきなことは言ってはいられない。政府は補助金を出しガソリンの価格を170円で抑えると発言している。どうやら最低連休までは国民の移動を止めたくないらしい。経済指標が低下するからである。その後コロナ期の様に突然緊急事態宣言が出て不要不急の外出自粛が求められる事になるのではと心配している。それ程の国難と考えている。
As time goes by日記 4月11日 チエスとポーカー
イランとアメリカが戦争というゲームを戦ってる。だがそのルールがかみ合っていない。
イランは戦力の違いを認識し非対称な戦術を取っている。それはたとえば500万のドローンーで攻撃しそれを何億円かのミサイルで撃ち落させる。知的な定石の積み重ねであるチェスに似ている。アメリカは世界最高の戦力を持っている事を背景に相手の出方を探り毎日違う戦い方をしている。スリーカードでベットを重ね原芸で相手に降りさせるポーカーのようである。だがこの戦法では億万長者といえども長引けば長引くほど疲弊していく。とばっちりを受けるのは世界の市民である。もともと国際法無視の戦争である。NATO諸国でさえ基地使用や領空飛行を禁止している国が出始めている。日本は今場に及んでまだ態度をあいまいにしている。その影響が国民にじわじわしわ寄せが来ている。政府と大手メディアはそのことをオブラートで包んでひた隠しにしている。周年記念の素晴らしい演奏に夜は酔いしれ朝起きて戦争状況にがっかりする毎日が続いている。
As time goes by 日記 4月6日 オブラディ油ダ
こういうご時世になるとビートルズを思い出す。オブラディオブラダ♪ life goes on
イタリアのメローに首相は中東に石油を買いに行った。アラブの油だ ♪ life goes on
高市総理は首相官邸に引きこもり油を売っている。アダブラカダブラ♪ life goes on
首相動静をチェックすると土曜日官邸に引きこもり殆ど何もしていない。lonely womanである。日米首脳会談の時の「世界を救えるのはあなただけよ・・・ドナルド」という最低のスピーチも官邸で一人徹夜で考えたという。官僚のレクチャーも聞かない。イラン戦争になれば当然原油、石油製品が不足する。だが石油備蓄の豊富さを理由長期的な対策を打ち出さない。補助金を出し価格を抑えているがそれが国民の節約意識を助長しない。戦争が長引けば価格が高騰するだけではなく本当に現物がなくなる。それが先の2回のオイルショックと根本的に異なる事である。今日の国会質疑では流石に長期的方針を打ち出す様な事を発言しているが具体的な事は言わない。大体一番大変な仕事を人に押し付ける。重要物資安定各保相を設置しそれを赤沢大臣に兼務させる事になった。失敗すればまた「私に恥をかかせないで」とDonna Leeばいい話にしようと思っている。
話が途中であるが次回に続くとさせてもらう。今日から周年記念ライブ。初日は学生と平倉初音のセッションである。打上の準備の合間を縫っての投稿である。今オレンジレンジが「チーン」と作業に戻れと教えてくれた。
As time goes by 日記 4月1日 エイプリルフール
現地時間4月1日夜トランプが国民向けに演説すると知ってリアルタイムで聞いていた。トランプは昨日言ったことと変わることもあるし3時間前に言った事とも整合性が取れないこともある。はっきり言って出たとこ勝負である。そのトランプがエイプリルフールに演説するという。地上軍を投入すると明言するかとびくびくしていたが前日の発言を踏襲するものであった。どうせ驚かすのならエイプリルフールらしく「全世界に迷惑かけたので辞任します」くらい言ってみろ。論点は3つあった。イランには壊滅的打撃をあてえている。ホルムズ湾の安全はそれぞれの国が行え。軍事行動は後2,3週間続く。今も何のための空爆であったのかはっきりしない。目的がはっきりしないので発言もコロコロ変わる。短3度で変わっていくコルトレーンチエンジより目まぐるしい。こんな出鱈目なトランプチエンジなど良い子は真似しないでほしい。当初イランの核施設を攻撃すると言っていた。それが反米勢力の排除に変わった。それが、欲しいのは石油だと本音に近いことを言った。今日の演説では石油は米国には豊富にある。困っている国は自分で何とかしろとおっしゃる。海兵隊など地上軍も日本から出撃しホルムズ湾近くに集結しているが地上戦の話は避けている。話の展開からトランプは戦争を手じまいにしたいと考えているのではないか。勿論世界の為などではない。全くの自己都合である。アメリカには60日ルールというものがある。大統領は開戦を自己決定でできるが60日以内に議会の承認を得なくてはならない。その締め切りが4月末に来る。殆ど形骸化はしているが足を引っ張る原因にはなる。そういう意味での軍事行動は2,3週間続くという表現になったのではないか。裏を返せば2.3週間で辞めたい。7月4日には建国250年を迎える。その時は何か輝かしい功績を演説に盛り込みたい。戦争は終わっていて欲しい。11月には中間選挙がある。下院では全く不利である。弾劾が起きる可能性が有る。それは何が有っても避けたいと考える。戦争が終わった時点で犯罪者に落ちるネタニアフと同じ運命となる。供給が途絶える前にこの時期なのに灯油をしこたま購入した。もうすってんてんである。
As time goes by 日記 3月25日 免許返納
免許更新の案内がずいぶん前から着ていたのは知っていたが中身を確認することなくほっておいた。誕生日近くになってそろそろ行かなくてはと思い案内を見ると高齢者講習を受けなくては更新できないとある。道路交通法が改正されたのだ。国会中継はよく聞くのだが何処かの委員会で議論されている筈の高齢者講習など放送されるはずもなく妾の生活の様にヒッソリと六法全書の隅で生きていることに改めて気づかされる。時々ニュースで高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違ってコンビニに突っ込んだりするのを見聞きすると他人事とは思えなくなってきた。ここ数年バランス感覚が衰えてきているのは自覚しているのでこの機会に山口百恵の様に静かに免許証を置く事とした。考えたら20年は運転していない。大体運転が好きではない。免許もライブの主催をするようになり演者の送迎やら楽器の移動の為取り直したのだ。せっかく取り直したのに運転の評判は思わしくない。ポールブレイのソロピアノの様に息が詰まる運転らしいのだ。何十年前か忘れたが旭川への移動中、ベースの米木から何度も運転を替わると言われたが演者に運転させて疲れさせるわけにはいかないと断ったがとなりで座っているほうが疲れると言われなくなくハンドルを譲った事は忘れない。車そのものにもそんなに興味はなかったが会社員時代車を所有している時期が有った。納車の日家の前に収める縦列駐車の際操車術を誤り家の物置をなぎ倒し車の前部をへこましマイケル・レッカー車で購入先へ連れられて行った。初めて運転するオートマチック車であった。何の為に教習所に行ったのか分からない。その時ほど自分の事をサムスカタン・ファンク野郎だと思ったことはない。警察窓口で免許取り消し通知書を貰う時長い間ご苦労様です。・・・と慰労される。その時頭をよぎったことである。
As time goes by 日記 3月19日 同期の桜
東京では昨年より5日早い桜の開花宣言が発表された。同じ日高市総理は日米首脳会談の為ワシントンに向かった。トランプ大統領は朝令暮改の発言を繰り返し全世界を困惑させている。最早何を考えているのか全く分からない。イラン戦争真っ只中の最悪の時期の首脳会談会談である。NHKの討論番組では手が痛くなるし国会審議の際は風邪で体調を崩すのになぜこんな微妙な時期に渡米するのだ。イランの小学校を誤爆したミサイルは横須賀基地から出港したイージス艦から発射されたトマホークであるとの説が有力になっている。となればもう戦争に片足突っ込んでいることになる。トランプからどんな要求が出されるかは予断を許さない状況であるが高市総理はトランプ大統領を相手にネゴシエイト出来る外交能力は持ち合わせていない。もしどんな形にしろ自衛隊派兵を求められたとしたら高市総理は断れないと推測される。イラン側から見るとそれは敵国としか映らないであろう。どうかこの推測が外れることを願うばかりだ。だが頭をよぎるのは高市総理とトランプ大統領が肩を組んで「同期の桜」を熱唱する姿である。
♪貴様と俺とは同期の桜・・・・中略・・・見事散りましょう国の為
どうせ散るなら会談前に散ってほしい。
As time goes by 日記 3月12日 経済音痴
高市早苗首相は経済音痴である。こういう事を書くと時々反論が来る。小さなjazz barをまともに経営できないお前が言うな!・・・というお𠮟りである。僕は経営音痴であるが経済音痴ではない。日本政府は石油放出すると発表した。IEAの協調放出とは別枠でである。それと同時にガソリン価格を170円程度に抑制するため税金を投入するとした。全くの問題先送りで本質的解決にはならない。価格は需給のバランスで決まる。需要を抑制するか供給を安定させるかである。日本は原油の90%を中東に頼っている。ホルムズ海峡の運行が制限される状態になれば供給は逼迫する。茂木外務大臣は原油をロシアから輸入する考えはないと発表している。原油価格安定に公金を注入すると言う事は円の海外流出を意味し円安傾向を助長し輸入物価の値上がりを意味する。他の先進国で公金を注入して原油価格を抑えている国はない。それが可能であるならばゼロになるまで貨幣を刷って買い支えれば良い事になる。それはインフレを助長することが分かっているからだ。供給を安定させるのには戦争を終わらせることが第一である。ところがネタニアフとトランプが自己保身の為に始めた戦争は出口が全く見えない。おまけに高市総理は経済音痴の上外交音痴でもある。19日日米首脳会談の為渡米する。国民の為どうか余計なことを口にしないでほしいと願わずにはいられない。
As time goes by日記 3月7日 誕生日
母親が亡くなってから僕の誕生日を知っているのは全世界で3人になってしまった。一人は僕自身である。色々な登録上必要なパスワードは忘れるが名前と生年月日はまだ言える。そこまでは耄碌していない。これが冗談には聞こえない年になってしまった。後の二人からはお義理のお祝いメールが来た。ちゃんと喜んでいる振りメールを返信した。大人の対応である。lazyを開店した時は自分の誕生日と開店記念イベントが重なったと記憶している。そういう時は開店記念日を前面に出すのでこの界隈のスナックのママの様に何とかママお誕生日おめでとう・・・という花輪が店の前に並ぶことはない。この日たまたま北大jazz研のOBOGが6人ほど訪ねて来てくれた。皆卒業して10年以上にはなる。久しぶりに会う人間もいたので年齢を聞かれた。隠すこともないので「今日で72になる」と答える。あった時から殆ど変わらないと言われた。これは喜んでも良いのだが会った時から爺だったともとれる。カウンターのお客さんの相手をしていたらケーキを手にした元学生らがhappy birthdayを歌いながら入場してくる。ロウソクの火を吹き消した記憶は子供のころ以来である。いも美とケーキの相性も抜群である。
出張lazy bird顛末記 その2
ホテルから琥珀に向かう道すがら50年前の記憶が蘇ってきた。このセンター街の中華料理店が入っている何処かのビルの会議室で第一志望の企業の最終面接を受けに札幌から出てきたことを想い出した。
琥珀にはメンバーの入り時間より早めに入らせてもらった。素敵な店であった。スタッフの方から「二日間よろしくお願いします」と挨拶された。それはこちらの言うセリフである。ベースの三嶋が出迎えてくれた。今回の企画の橋渡しをしてくれた人物である。ミュージシャンのブッキングも丈造と二人でその労をとってくれた。公式サイトに載っているミュージシャンは20人であるが顔を出してくれたミュージシャンは他に10人はくだらない。そのミュージシャンにも全て演奏機会を作ってくれた。もう満漢全席状態である。トップバッターはお世話人二人が入っているトリオで口火が切られた。こちらがこそばゆくなる挨拶であったがもうジーンと来ているのが分かった。初日二番手は珠也、井上銘、古木佳祐のトリオである。珠也が僕とlazyとの関係を割と長めに喋って紹介してくれた。もう持ちネタになっているがドアを蹴破ったエピソードも織り込んでいた。そのサウンドは俄か組み合わせのサウンドではなかった。張り詰めた空気感が支配していた。三嶋もいつもの琥珀の雰囲気とは違います・・・と教えてくれた。この後も豪華組み合わせが続くのであるが個別のサウンドを全て記憶しているわけではない。気は張っているが振舞い酒を受けているうちに記憶が耳から駄々洩れしてしまった。ベースは三嶋が持ち込んでくれたがその楽器を米木、俊也、古木、楠井が弾く。当然サウンドが皆違う。米木が弾いている時若手ベーシスト達が話しているのが聞こえた。米木の沈み込むサウンドは日本ベース界の謎である・・・という意見であった。本業の物言いは面白い。この日特別なお客さんが来てくれることになっていた。lazyに来たことが有るお客さんなら知っている事であるがステージの正面に臼庭潤がここで録音してくれたCDのジャケット写真を飾ってある。昨年13回忌を迎えた。毎年命日に妹さんが未発表音源や動画をUPしている。臼庭が亡くなってから妹さんはライブハウスから足が遠のいたという。今回僕が上京すると言う事で臼庭の盟友珠也が琥珀に来ることを勧めてくれた。妹さんは臼庭の写真をもって琥珀を訪ねてくれた。カウンターに立てかけられた臼庭の写真を眺めながらステージの音を聴き続けた。終電で帰るには楽しい時間が短すぎると言う事で大勢始発まで残ってくれた。勿論僕も朝まで付き合う。逆に僕が残ると皆帰れないのではとそこそこの時間・・・といっても5時は過ぎていたと思う・・・に失礼した。ホテルに帰った時携帯が無いことに気づく。拙い・・・酔ってはいるが雪のない道路なら100倍速く歩ける。急いで琥珀に戻る。幸い店はまだ開いていた。スタッフと柳沼がまだいた。誰かが携帯を鳴らしてくれてどこからか兎に角携帯は出てきた。柳沼に始発待ちか…と聞くと財布がなくて帰られないという。そういえば携帯を探す時見慣れないものがポケットから出てきた。柳沼の財布であった。胸ポケットからこっそり盗み出す技術は持ち合わせていないのでテーブルにあった財布を自分のものと思ってしまったのだと思う。多分。次の日「本当にお前の財布か証明しろ」と絡んだと聞かされた。24条ではないので飲み過ぎは良くない。窃盗犯にならなくて本当に良かったと思う。柳沼の良識に感謝したい。

財布泥棒と被害者
As time goes by日記 2月13日 豚と肉屋
自分は古い人間であることは重々承知の上で言うのであるが何故出鱈目な切り抜き動画やゴロの良いキャッチコピーに惑わされるのかが分からない。自民党と言おうか高市党が地滑り的な勝利を勝ち取った。にわかに信じがたい。中道が人気ないのは選挙前から知ってはいるがそれにしてでもある。高市総理の失言、明らかな事実誤認、経済知識のなさ、外交センスの欠如。・・・ある程度の知的レベルが有れば見破れる内容であると信じていた。再生回数数億回ともいわれる高市総理の切り抜き動画・・・「高市さん、頑張ってはる・・・」兵庫の斎藤知事現象が全国にまん延している。投票前日には全世帯に電通考案の高市キャッチコピーが届けられる。政策など虹の彼方に飛んで行ってしまい、すり込まれた印象だけが残ってしまう。それを選挙上手と言うのは簡単である。勝てばすべて官軍なのか。ここで個別の政策については言及しないが一点だけ記しておきたい。責任ある財政政策に転換するとあった。大嘘である。安倍内閣、黒田日銀体制から継続政策でばら撒きインフレ政策である。これでは絶対に物価は下がらないし国内に成長産業も芽生えない。アメリカに80兆も投資しおまけに武器を買う事に血税を消費する。我々は食べられるだけの豚なのか・・・。豚が肉屋を支持してどうするのだ。インフルで体調が思わしくないこともあるのだが時々人嫌いになることが有る。インフルはタミフルで治るがインフレは我々が賢い選択をしなければ皆でアリ地獄に落ちてしまう。
As time goes by 日記 2月9日 天国と地獄
琥珀の出張lazy bird企画は自分の人生にとって最大級のプレゼントであった。素晴らしいミュージシャンが延べ30人ほど駆けつけてくれた。お客さんも北海道から来てくれた方、僕が主催していたワークショップjazz幼稚園のメンバー、北大jazz研のOBOGの面々、東京からlazyに時々聴きに来てくれる御客さん、・・・・懐かしい顔ぶれでまるでlazy で演奏を聴いているかのように錯覚してしまう瞬間があった。2日間始発電車が動くまで飲み続けた。帰路につく日はほとんど寝ないで羽田に向かった。足が弱っているので時間には余裕を持たせてある。北海道は大雪らしく飛行機は大幅に遅れJRも間引き運転で運行され最悪乗れない可能性も出てきた。最悪空港で泊まる覚悟で飛行機に乗ったが幸いJRには乗ることがはできた。積み残しの乗客が空港にあふれていた。東京のホテルを出てから12時間かかってlazy にたどり着いた。翌日軽い咳が出る。いつものように早めのパブロンと気合で直そうと努めた。3日後高熱が出てきた。流石にまずいと考え30年振りに病院に行った。インフルエンザにかかっていた。ライブのない日は店を休み、ライブのある日は体が思うように動かないのでバイトの石川に手伝ってもらって何とかこなしてきた。熱は下がり咳もおさまってきたのだが日曜の選挙速報を聞いた時また熱が出てきた。
As time goes by日記 26年1月7日 雑煮
一人で迎える正月であるが気持ちは日本人であるのでなますとうま煮を作り三が日はこれでもかというくらい雑煮を食べた。半世紀以上母親の味付けと具材になれているので自然とそういった味付けになる。3日は母親の誕生日でもあった。いつも正月と誕生日を一緒に祝われ損した・・・と亡くなるまで言っていたことを思い出す。今年は正月に帰省しない学生もいることを知り正月に学生ライブをやり雑煮を振舞った。味噌味の地方もあるので評価が心配であったが皆美味しいと食べてくれた。若者と正月を迎えるのも楽しいものである。ひととき世界で起きている暗い事件を忘れることができる。だが現実は直視しなければならない。ベネズエラの作戦成功に味をしめたトランプがもうグリーンランドに言及している。非難の声さえ上げられない日本を見透かすかのように6日中国は軍民両用品目の輸出規制を発表した。ここにはレアアースも含まれる。同じ日習近平は韓国大統領李在明と笑顔で面会しレアアースの供給を約束している。日韓のトップの外交センスの差が出てしまった。中国の経済制裁は真綿で首を絞めるように効いてくるはずである。自動車産業、半導体産業などBクラスの野球チーム日本ではあるがクリーンアップの打率にすぐ影響してくる。経済は循環である。日本経済にとってはベンチウォマーでしかないjazz barにもその余波は必ず訪れる。中国が好きか嫌いかの問題ではない。隣人とは折り合いつけて付き合わなければならない。右派の人気取りの為安倍総理の写真を掲げて伊勢神宮に参拝してる場合ではないのだ。一言の失言が国民の命運を左右する。はっきり言うが一国の総理を任す器ではない。即辞任してほしい。政治学者白井聡が年末番組で2026年の政治経済状況はもっと劣悪なものになるはずである。・・・正月には上手いものを食べておく事を勧めると発言していた。僕らの世代にとっての上手いものとは普段食べている普通の食べ物をさす。今年は上手い雑煮を食べておいてよかったと思わなくてよい一年であってほしい。
雑煮を食べると高校時代読んだJ.Dサリンジャーの小説「フラニーと雑煮」を思い出してしまう。
As time goes by日記 12月21日
今週は個人的にも日本の将来にとっても大きな動きが有った。まずは楽しかったことから・・・。北大jazz研との忘年会が終わった。前日からの食材の買出しに始まり当日は午前中から仕込みに入る。足元がつるつるなのでいつもより時間がかかる。僕のダブルブッキングの為日程を一日ずらしてもらったため定刻から来られない学生が5.6人はいた。皆バイトのシフト等をずらして参加してくれているのである。メインイベントは豪華景品付きビンゴゲーム。ジヤズに関する問題をだし今の学生の偏差値を確かめるのである。一問目は数字の付くスタンダード曲にした。4個ほどNGワードを用意しそれを言った学生はゲームセット、罰符100円~200円である。一年生は16枡埋めるのが大変の様でNGワードの地雷を踏む確率が多い。容赦なくなけなしの小銭を巻き上げる。上の年目の学生が戦い上手で景品をかっさらっていく。最後の3人が帰ったのは5時前、10時間の宴会が終わった。その翌日と言おうか当日がまた大変。つわものどもの夢のあと、ならぬ洗い物の山である。これを全部洗いきるのに2日、流石に疲れた。バランス感覚が衰えて機敏な動作が出来なくなってきている。おまけにここ何日かの溶けたり凍ったりの道路事情で慎重に歩いていたら今度は腰に痛みが来た。40年前からの持病なので付き合い方は知っている。ボロボロだったパーカーのラバーマンセッションよりは真っ当な生活は何とかおくれてはいる。
As time goes by 日記12月8日 ジョンレノンと石原莞爾
1980年12月8日ジョンレノンは暗殺された。この日の事はよく覚えている。高校時代はビートルズのフアンであった。だがこの日には過去形で語るほど冷めていた。オノヨーコがアルバムに係わるようになってから殆ど聴かなくなってしまった。兎に角オノヨーコはやることなすこと生理的に受け付けないのである。その前衛的美術作品やらベッドインしての反戦運動やら全部が胡散臭く感じていた。そして友達のいないジョンがヨーコの愛に助けられたなどと聞くとおいおい・・・その程度の孤独感かいと言いたくなるのである。マザーコンプレックスが見え隠れし幼児性が見えだした時「イマジン」が嘘くさく聴こえはじめた。当初ケネディ暗殺と同様軍産複合体制の陰謀説も浮上したが犯人のマーク・チャプマンなる人物もお粗末な人間であった。ジョンはCIAにマークされていたらしいがコンサートに何万人集まろうが権力側にはなんら脅威を与える集まりではなかったのである。むしろ良いガス抜きになったのではないか。ジョン自体が音楽資本の籠の鳥である。その籠が大きすぎて本人もフアンもその存在を忘れているに過ぎない。人の死に対し冷酷な感情を持ったことでも忘れない日ではある。
真珠湾を奇襲し日米開戦の火蓋が切って落とされたとされる日でもあるとされている。これは軍のプロパガンダである。この日の大本営発表では西太平洋で英米と戦闘状態に突入したと発表された。少なくともハワイは西太平洋ではないしなぜ米英ではないのか。この日西太平洋のマレー沖でも英軍と戦闘状態になっている。だがこちらの戦いは地味で真珠湾ほどの戦果はあがっていない。翌日大々的に戦果を発表するための伏線になっている。そしてまさにこの日戦争が始まったかのような印象を持つが錯覚である。AÁBAのスタンダードが有るとすればこの次点でもうBまで曲は進んでいると言う事である。事の発端は石原莞爾が始めた満州事変である。落としどころを見失い米英との戦争にまで突入してしまった。
As time goes by 日記11月26日 パンとサーカス
国民にはパンとサーカスを与えておけば大人しくなるものだ・・・ローマの詩人ユウエナリスの言葉である。大谷翔平の活躍が日米首脳会談より大きく取り上げられる。大谷は悪くない、素晴らしい。だがそうした大手マスメディアの行為がパンの大きさがどんどん小さくなっている事実を覆い隠そうとしている。高市早苗総理の存立危機事態事態についての発言が波紋を呼んでいる。中国の戦艦が台湾の海上封鎖をした場合米軍も出動する。その場合は存立危機事態に該当すると国会で明言してしまった。米国には台湾関連法という安全保障に関係する法律が有るが台湾の防衛を保障するものではない。中国も台湾が強力に独立を求めない限り軍事介入をする事はない。米中はそのあいまいさを残したまま外交を続けている。隠れて不倫関係を続けている男女がいる。周囲の人間も見て見ぬふりをしている。そこに空気読めない神戸のおばちゃんが「私が白黒つけやる」と意気込んで乗り込んできた状況に似ている。中国政府による日本への渡航自粛が呼びかけられたのに続き海産物の実質的輸入禁止が実施された。音楽関係の公演中止も相次いでいる。珠也もその煽りを食ったようだ。オーバーツーリズムの問題はあるが観光産業を国家戦略と位置付けた安倍政権以来の方針に水をさすこととなった。関連産業の株価は下落し円は下落し続けている。パンは大きさが小さくなるばかりか値上がりし続けている。僕はサーカスを仕込む事でパン代を稼ぐ業種である。サーカスの質と運営に毎回腐心している。
As times goes by 日記 11月19日
店のシャッターを開けると何やら封書が落ちていた。見ると水道局とある。拙い・・・。蛇口を捻るが雀の涙程度の水滴が落ちる程度である。水道が止まるのは人生初めてである。慌てて電話する。支払いが終われば当日にも復旧出来ると聞き胸をなでおろす。ライブの日流石に水なしでは営業できない。これが夫婦で切り盛りしていれば話は別である。水はなくとも営業できる。夫婦水入らず。・・・・お後がよろしいようで・・・とはいかない。週末は魚返トリオを中心とした5days。今年最後の大催しであるがCity Jazzのメインイベントと日程まるかぶりになって大苦戦をしいら林檎である。高市早苗総理の様に失言はしたつもりはないが店の存立危機事態が続いている。週末の予約と余裕のある方には交通費、宿泊費へのカンパをお願いします。
北洋銀行札幌駅南口支店
店番号310
普通預金3624418
ヨシダナオシ
As time goes by 日記 11月2日シケモク拾い
灰皿を外に出しておくと中の吸殻が無くなっているという怪奇現象が続いていた。僕の気のせいかとも思っていたがそうでもないらしい。クリスファー・ノーランの「インターステラ」における不可逆性の時間と重力場の歪みが原因の異次元空間の出現とも考えられる。書いていて自分でも何を言っているのか分からないが映画を見た人はああ・・あれねと理解してもらえると思う。先日お隣の焼鳥屋のご主人に何か知りませんかと相談したことがあった。ご主人は他の店のママさんにも善意で灰皿をきれいにしてくれている人はいませんかと聞いて回ってくれた。その筋の情報である。この界隈にシケモク拾いがいるそうである。コンビニも前によくいるということであった。戦後にはよくいたのは知っているが今の時代にほんとうにいるんだと驚いた。新しい戦後という標語が現実味を帯びてきている。30年も生活水準の上がらないのは最早個人の責任ではない。謎は解けたが何かすっきりしない。
As time goes by 日記10月28日
些細な事であるが最近気になっていることが有った。昨日それを喋ったことで確信した。店内はライブが終わるまで禁煙である。灰皿は外に出してある。喫煙者はライブ前に一服して席に着く。それでインターバルの時には日にもよるが数本の吸殻が有るはずである。それが消えていることが何度か有った。大量に溜まれば自分で一度片付けることが有るしバイトが居れば気を利かして片付けてくれたのかなとも思ったことも有った。まあたいしたことではないのでその都度忘れていた。昨日は貰い煙草の残りが有ったので開演前に2本喫った。インターバルの時一服しようと外に出ると灰皿が綺麗になっていた。たまたまお隣の焼き鳥屋のご主人が外にいたので一服後片付けてくれたのかもしれないと思い聞いてみた。涼みに出てきただけで自分は煙草は吸わないし片付けもしていないという返事であった。言葉にしてそういえばそういう事が何度か有ったと確信した。ある時インターバルの時コンビニに行った。店を出て東角の歩道に5.6本の吸殻がばらまかれていた。マナーの悪い人間が居るなあと思いながら戻ってきたがその時も確か灰皿が空になっていたことを想い出した。昨日も店の周りの道路を割とまめにチェックしてみたが吸殻は見つけられなかった。酔っ払いが灰をまき散らしたのなら灰皿ごとなくなっているのが自然だ。喫っていない煙草が無くなった事は有った。ドラムの柳沼がいた時の事だ。向いの歩道でストリートミュージシャンが歌っていた。日曜日だったのでこの辺りで歌っていても人通りはないですよとアドバイスした。僕らは一服して店に戻りインターバルで外に出た時に柳沼の置き忘れた煙草がなくなっておりフォークシンガーもいなくなっていた。僕らの中では犯人はあのフォークシンガーであると決めつけてしまったが吸殻消滅事件と関連が有るのかもしれない。戦後間もないころはシケモクを拾って針にさし大事に喫っていた光景を思い出すが流石に今の時代考えづらい。村上春樹の小説で表札を盗む癖が有る猿の話がモチーフなった「品川猿」という小説が有った。この辺りにも吸殻を盗む24条猿がいるのかもしれない。
As time goes by日記 10月17日
従妹から電話があった。僕の年で親戚から連絡が入る時にいい知らせの時はあまり無い。叔父の容態が急変したと言う事であった。急いで駆けつけた。集中治療室に入っており酸素マスクや色々なチューブが体に繋がれていた。意識はある。僕が名前を告げると「わかるよ」と小さく頷いた。何か伝えようと喋っているのだがゼエゼエしていて聞き取れない。時々無呼吸状態になる。叔母と従妹が頑張って息して・・と励ましている。無呼吸状態の方が楽そうなのだがその時が危ないそうなのだ。そのやり取りを眺めながら僕は子供の頃に叔父に遊んで貰ったことや祖父の家で親戚が集まり餅つきをしたことなど思い出していた。まだ皆が貧乏だが格差は感じられない大家族制の名残りが残っていた時代の事である。見舞いを終えて店に行った。従妹からもう一度電話が有った。5:30に亡くなったという知らせであった。あの時優しかった叔父が言いたかったことを想像してみるのである。
As time goes by 日記 10月14日
As time goes by 日記 10月14日
大きくとらえると言う事を僕はSロリンズから学んだ。毎日身の回りでは些細ではあるが煩わしい事鬱陶しい事がその必然性を厚化粧の下に隠して起きている。日常生活で起きることは世界で起きている事とは無関係に見える。ガザではハマスが人質20人を開放するという報道が流れた。だがネタニヤフはガザを巡るエジプトでの会合には出席しないという。トランプの神通力が効かなくなっている。そのアメリカでは予算が執行されず医療行為などに深刻な影響が出てきている。命令に従わない高級官僚は容赦なく首を斬られ反抗的な州には軍隊が派遣される。最早民主国家の程をなしていないトランプ王国である。戦後80年日本はアメリカに追随してきた。僕らの世代だと復興する日本の形を肌で感じることができた。バブル全盛時自分もその個性を捨象した総体としての日本国民もその共同幻想としての日本国も勘違いしていた。日本は未だにアメリカの属国である。公明党が「下駄の雪」なら日本はカレーにの片隅にのせられている福神漬である。その福神漬もこの物価高のあおりで盛り放題ではないらしい。自民党総裁選で高市早苗が選ばれた。だが総裁が日本の総理を意味するものではない。政局は目まぐるしく動いている。それに反応し株価は最高値を付けた後乱高下している。円安は153円まで進んでいる。NHK等大手メディアは株価高水準の事は報道するが円安の事は報道しない。円安はトヨタなど一部の輸出産業には有利な材料であるが庶民には逆風である。石油の値段を上げ電気代を上げ食料品を上げビールを上げいも美の値段を上げる。これはアベノミクスの後遺症である。円安は経済体質の国際的評価である。オーバーツーリズムはこの状況を綺麗に反映している。日本には誇れる観光資源が有ることは知っている。だが日本が二流国から更に落ちていること知っておくべきことと思う。
As times goes by 日記 7月17日 コルトレーンの命日
毎日自宅へ帰ると締め切った部屋が30度以上ある。換気をして、ある程度涼しくなってから寝ようと思うのであるが若い時の様にいつでもどこでも寝られるということはなくなった。あるポイントを過ぎると眠気が訪れない。入りそびれたテーマに入るのに1コーラス流す感覚と似ている。せっかくテーマには入れても睡眠時間というソロが段々と短くなってくる。それもダイヤル盤時代のパーカーの珠玉の短いソロともかけ離れた中途半端な睡眠で起きた時からすっきりしない。それにこの暑さである。昼寝もできない。早めの昼食をすますと店に避難している。せっかく早出したのだから事務作業をやってしまおうとは思うのだが日にち、時間帯によってネットに繋がりづらくなっている。そうだ日記を更新しようと思い日付を入力した時コルトレーンの命日であることを思い出した。
ジャズにのめり込み始めて頃時代はコルトレーン以降のポストフリーの音楽を模索していた。ジャズ喫茶ではまだコルトレーンが主流でかけられており僕も半分洗脳されていたのでコルトレーンより軟なものは聴かないと心に決めていた時期がある。セシル・テイラーが「マッコイ・タイナーはサロンピアニストである」と発言したのを聞いてちょっと困ったことになったと感じたことを思い出した。インパルス時代のマイフェバリットシングスやインプレッションが入っているものを聴きエネルギーの在り方の違いを確かめていた。バラードの時のメロディーを限りなくストレートに吹く奏法はモーダルな奏法のある意味での限界を示していると思っていた。それはプレステージ時代歌ものに固執して録音していた音源を聞くと確信できる。コルトレーン死後誰が後継者かという問題がジャーナリズムで取りざたされていた時期があった。ディブ・リーブマンやエイゾー・ローレンスの名前が挙がっていたが皆コルトレーンの亡霊におびえる存在でしかなかった。評論家油井正一が「同じ楽器から後継者が出るとは限らない。後継者はマッコイタイナーである」と発言したのは卓見であった。コルトレーン死後自然回帰などが叫ばれ牧歌的な、あるいはスピリチュアルなサウンドが流行りだした。「リターントゥフォーエバー」「パストラル」はその典型である。コルトレーンが亡くなったのは40歳である。それまでにあの偉業を成し遂げているのである。こちとら70歳過ぎても何も残していないことを恥じながら静かにコルトレーンに手を合わせるのである。
As times goes by 日記 7月12日 今週のbest5
何か論説文めいたことを書こうとすると最低限度の事実確認などしなければならないので短い文章でも結構時間がかかる。そのうち新しい事実が出てくるとどんどん上書きされて行くのでどこかで「エイ。ヤー」とアップしてしまわないと証文の出し遅れ状態になってしまう。今日はHPのアクセス状況の話しを書く。これは簡単である。ファクトチェックが要らない。マイク・ハマーのセリフの様に「俺が掟だ」言ってしまえば済む。統計期間は90日に設定してある。一番の目的はライブ情報の告知である。アクセス数は毎月大体1700件。勿論1700人は来ない。ということはライブ情報見たけどあまり聴きたいライブないわ・・・という厳しい現実を突きつけられている事になる。東京のミュージシャンが以外に見ていて「俺最近呼ばれていないんだけど・・・」という恫喝の情報源にされたりもする。コンテンツのアクセス数が今まで一番多かったのは央紹の追悼文で200弱くらいであった。現在のアクセス数ベスト5は次のとおりである。5位As time goes by 日記5/1。4位スケッチof 21周年記念の牛さんのライブリポートである。3位As time goes by 日記5/10.。日記物は我が祖先吉田兼好に倣い徒然なるままに書いている。タイトルが固いとなかなか読んでもらえない傾向があるので左記のタイトルで連載しているがカサブランカを思い出しついつい懐古趣味に走ってしまう。2位は歴史修正主義者。こんな固いタイトルで2位に頑張っている。ここに書かれている人物は今回の参院選に出馬していて時局の右傾化の波に乗って有利に選挙戦を戦っている。残念無念!!ここまでは僅差の団子レースで120台アクセスである。これを「大石、米木welcome back」牛さんのライブレポートが猛追している。牛さんのライブレポートは音楽と言葉の間に横たわるルビコン川に橋を渡す役目をしてくれている。さて今週の第一位・・・ドラムロール・・・dadadadadadadadadada・・Tepodon
北大祭探訪記。170アクセスである。この文章を最初に掲載した日いきなり100アクセスが有った。ヒットチャート入りした新曲がいきなり一位になるようなものだ。北大jazz研で話題になったようであるが一般のお客さんにも面白かったと言われた。ここで披露した笑えるネタは今年いっぱい使わせてもらうつもりだ。youtubeでフォロワーが何十万で再生回数が100万回の様な世界に比べたら電子顕微鏡で見るような微細な世界であるがアクセスしてくれる読者がライブにも足を運んでくれることを期待しながらもうひと頑張りするのである
As time goes by日記 7月7日 七夕
暑い日であった。暑さに強いわけではないが不感症の気が有る様なので熱中症に注意し店に避難した。
店は直射日光が当たらないので午前中はヒヤッと感じるくらいである。冷房を長時間入れると寒すぎる。一歩外に出ると灼熱地獄である。スーパーに入ると永久凍土のシベリア状態。また外に出ると灼熱地獄。店に戻るとリー・コニッツとトリスターの演奏のようにクールである。体に悪い。頻繁に冷蔵庫から出し入れされるマヨネーズの気持ちが分かる気がする。今日はstar closed loverの日である。T.フラナガンの名演があるが北海道の人間にとっては7月7日が七夕と言うのはピンとこない。北海道では8月7日に行われていた。子供にとっては夏休み中の一大行事であった。提灯或いは手作りのカンテラに蝋燭を灯し近所を「ロウソク出せ、出せよ、出さないとかっちゃくぞ、おまけに食いつくぞ」と恫喝しながら練り歩くのである。その日は夜遊びが公認の日なので貰ったロウソクを灯しながら花火等をしながら遊ぶのである。大量に貰ったロウソクをどうするかと言うとその頃時々ある停電の為に一部備蓄し一部仏壇の有る親戚の家に持って行った。残りはロウソクショーをするストリッパーのお姉さんに寄付した。なぜ北海道はひと月ずれて行うのかは子供の頃は知らなかった。織姫と彦星は実は年二回会っていたのではと勘繰っていた時期もあった。明治期に太陽暦に改暦が行われたときに新暦でお祭りをすると本来の季節とずれてしまうからだと知ったのは高校生位ではなかったか。
その後ロウソクが御菓子にかわり、その後はそういう風習自体無くなってしまった。地域共同体が崩壊した時期と一致する。
As time goes by 日記 7月5日
前日は学生ライブの打上で朝まで飲んでいたので洗っていないグラスやら食器がすっかりそのまま山の様に残っている。ライブがない日であったのでまあボチボチやればいいかとの怠け心が頭を擡げビデオを見始めてしまった。暑い日は少しでも涼を得ようとサスペンス物を選ぶ。話しが佳境に入つた時3人のお客さんが入ってきた。「飛雄馬か」と当時ついていたあだ名で僕のことを呼ぶ。二人は高校時代ロックバンドをやっていた時のメンバーであった。一人は10年ぶり、もう一人は25年ぶりくらいである。二人は高校卒業するとそのままバンドマンになりキャバレーやサパークラブで営業の仕事をしながらバンド活動を続けていた。もう一人のお客さんはその時代のバンドマン仲間であったが別口で知っていた人であった。話は一気に55年前の話題になる。ウッドストック世代の人なら誰でも知っているCSN&Yというバンドのコピーがメインのグループに参加していた。ボーカルのハーモニーが素晴らしいバンドであった。中学生の時一緒にフオークグループをやっていたメンバーがリーダーで作ったバンドである。少なくともギターは弾けると思っていたがベースをやってほしいと言われた。ベースには興味もなかったし大体持ってもいない。楽器も何とかするからと説得されてやる羽目になった。とはいってもベース音がほとんど聞き取れない。メンバーの合唱団あがりのボーカルがベースラインが歌ってくれたラインを必死に覚えた。この日キーボードメンバーから「あのライン難しくなかったか」と聞かれた。何せ初めてなのでこんなものかと思って弾いていたが今考えると妙にギターぽい。「あれはギターのスティルスが弾いているんだ」と教えてくれた。55年ぶりに謎が溶けた。何十年ぶりに思い出す名前もいっぱい出た。その辺の話が一巡すると話題はバンドマン時代の話しに移って行った。僕とやっていたのは精々2年、その後3人は何十年も同じ釜の飯を食うことになるのだから致し方ない。話しに出てくるミュージシャンの名前は知っている人物がほとんどであったが切り口が僕が考えていることと全く違う。僕が今ジャズを主に聞いて彼らがロック、ポピュラーを聴いているというジャンルの違いでない異質なものを感じた。そういう時は口を挟まないようにしている。後でゆっくりその違和感の理由を考えることが自分の立ち位置を確かめる意味でも大事と考えている。
As time goes by日記 6月15日
この日の午前4;30頃目が覚めた。僕の歳になると尿意で夜中目が覚めるのも珍しくないがこの日はちょっと意味合いが違っていた。枕もとの携帯が作動した音で目が覚めたのだ。一日何件も来る迷惑メールであった。16年前の6月15日4:30頃友恵は26才で亡くなった。それを知るのは二日後。彼女の父親からの電話であった。死亡時間は4:30頃であると言う事であった。僕の携帯にはその時間に友恵からの着信履歴が有ったのだ。出てやることができなかった。友恵はlazy開店の日に来た来た客であったがいつしかバーテンダーになっていた。心に傷のある子であることは知っていたがその大きさは亡くなってから知ることになる。ある事件がきっかけで外出ができなくなり1年ほど店を休んでいた。調子が良い時には「絶対店に戻るから待ってて」とメールが来た。月1回の心療内科への通院には付き添って行ったが人が怖いのか地下鉄の中では僕の腕にしがみつき目をつむっていることもあったし大勢の前で暴れることもあった。だが落ち着くと「ごめんね」と頭をぺこっと下げるのである。僕はお客さん時代につけられた通称「パパ」と呼ばれ続けそれは雇用関係が発生しても変わらなかった。それで時々親子と間違えられることが有った。僕は少なくとも信用はされていると感じた。自分の中に他人の信用に足る部分が多少なりとも有ると言う事を教えてくれた友恵に今でも感謝し思い出し続けている。
As time goes by日記 5月29日
学生が生きていかなければならない今後の日本の事をそして何より学生自身の事を心配している。北大のjazz研の部員の生活から推測するので針穴から見た画像のように多少歪んでいるかもしれない。まず金のない学生が多い。複数のバイトをこなす学生も多い。電気とガスが止まって蠟燭をともして勉強しているという話も聞いた。まずこの物価高だ。学生でなくとも苦しい。仕送りが減ったという話も聞く。弟妹が大学に入ると二人分の学費生活費を捻出するのは親にとっても大変だ。今の大学生に親は50代位である。就職氷河期に社会人になった世代のはずだ。非正規雇用の多い中ある意味では成功者に区分される階層ではある。今の国立大の授業料は54万、入学金は28万である。入学時この金額を支払えるシングルマザーの家庭は中々いない。よって進路に親の意見が入る。僕らの時代は学費4万、もう少し前の団塊の世代は1万である。時代は高度成長時代、親に助けてもらわなくともアルバイトをしながら東京で一人暮らしができた時代である。有り余った時間をヘルメットを被り学生運動に費やすこともできたし、企業も其れくらい元気が有ったほうが良い・・と言ってそういう学生も採用してくれた。経済成長率は7%、政治的には喧騒な時代であったが演劇、舞踏、音楽、文学の各ジャンルで素晴らしいカウンターカルチャーが生まれた。政府は若者に時間と金を与えるとろくなことをしないと言う事で学費を上げた。大学への補助金はどんどん減らされ産業界の金が注入されるようになっていった。当然産業界の意向が教育にも反映されていく。大学生活の半分を就活に費やし即戦力としての能力を求められる。一部文系の知識は低く見積もられその分野の研究は衰退していく。学生は所属するいくつかの共同体、平たく言えば生簀の仲での立ち位置、序列を気にして生きるようになる。学生たちから政治の話を聴くことはまずない。諍いになることは意図的に避けているように感ずる。日本学術会議の任命問題に限らず学問の世界に政府の圧力が掛かりつつある。沖縄にミサイルが配備され情報産業で世界に後れを取った日本は取りあえず軍需産業で一儲けしようと目論んでいる。その研究に大学を噛ませようとしている。バラバラに見える諸現象がつながるときはもう手遅れである。日本は本当に貧相な国になった。
As time goes by 日記 5月28日
21周記念ライブが終わって10日程になる。毎年の事なのだが甲子園で全試合投げぬいた高校球児の様に燃え尽き症候群になっている。昨日牛さんのライブレポートが届いた。それを読んでまた余韻に浸っている。旅行は3度楽しめるという。計画を立てる時、実際に旅行に行った時、帰ってきてから写真などを眺めながら思い出話をする時。良いライブもそれに似ている。それぞれの音楽性を考えながら、出てくる音を想像しながら組み合わせを考える時。その想像をはるかに超える音を聴く時。そして牛さんのライブレポートを読みながらそうそう・・とライブの音を思い出すとき。僕は一人で酒を飲むことはない。だが楽しいライブがあると酒が進む。最長不倒距離の8時を筆頭に六日間風よ吹け、胃も荒れよとばかりに飲み続けた。周年記念が終わった日、酒の神バッカスの怒りにふれたのか寒気が止まらず2日間布団にくるまり店も休み寝ていた。今は普通のクソおやじに戻っている。幸い連日満員ではあったがインバウンドの影響もありホテル代が高騰し東京から4人呼ぶのは大変になって来ている。声をかければまだ来てくれるお客さんがいることを励みにもうひと頑張りしようと思うのである。
As time goes by 日記 5月10日
久々にひいた風邪を気合とパブロンで直し学生ライブに臨んだ。ここ1週間学生ライブが重なったが北大関係は好調である。ジャズ研とは関係ない留学生が来てくれるようになった。lazy が良いと言ってくれた留学生がいたようでその情報が広まったようだ。店のシステムやらメニューを拙い英語で説明したら学生に褒められた。半分イギリスの血が入っていると冗談を飛ばすと「そうなんですか」と納得されてしまった。突っ込まんのかい・・・!この時期にしては新入部員も顔を見せてくれている。ある先輩が自分も最初は先輩に連れてこられて奢ってもらったという経験を話していてそれが功を奏したようだ。6月の学園祭の前に顔を一年生に覚えてもらえると助かる。大体受付は一年生が受け持っていてチケットのもぎりをやっている。通し券で300円であるがチケットはすぐなくしてしまう。300円程度で部長呼べ・・・とは言いづらいので何回か買う事になる。その点面が割れるとチケット失くしたんだけど・・・と言いやすい。打上も大勢残ってくれてケチと思われるのもしゃくなので翌日の自分用に買った食材も調理して出してしまった。嬉しい誤算である。週明けからの周年記念ライブの宣伝も出来たので良かった。思わず飲み過ぎてしまう。学生にとって僕の世代の人間は北京原人と同じである。知らないことは知ったかぶりせずに謙虚に教えを乞いている。あっちこっち体にガタが来ているが気持ち的に元気なのは半分学生と交流しているからだと思っている。
As time goes by日記 5月1日
As time goes by日記 5月1日
連休だというのに寒い。ストーブに火を入れる毎日である。札幌ではライラックの咲く頃に気温が下がることが有る。リラ冷えと言うが美しい表現である。ジャズの曲で「ブルーベリー ウィンター」という曲が有る事を最近知った。花が咲くころ冷え込むとブルーベリーに甘みが出ると言う事で
その時期の事をブルーベリーウィンターと呼ぶらしい。リラ冷えという訳語がぴったりと思う。社会人になってからの連休の想い出は全くない。サービス業であったのでそもそも連休などなかった。連休の想い出は子供の頃に遡る。叔父から「いつか、動物園に連れて行ってあげる」と言われて子供ながらに指折り数えて5月5日のこどもの日を楽しみに待っていた。おにぎりの入ったリックを背負って叔父の家に行くと何か空気感が違う。叔父は慌てて支度をし動物園には連れて行ってくれた。後から分かったのだが叔父は「someday」と言ったのである。「someday my prince will come」のsomedayであって子供の日の5月5日ではなかったのだ。この話は親戚筋が集まると僕が還暦を過ぎるまで言われ続けている。2025/05/01
As time goes by 日記 4月19日
おりしも日米関税交渉が始まって赤沢大臣のトランプ大統領に対する卑屈な姿を見せつけられた。
ハーバード大学がトランプの脅しに屈せず凛とした態度で接したことは称賛に値する。1兆円以上の資金の引き上げと留学生受け入れ資格剥奪の脅しにも負けなかった。アラン・ガーバー学長が拒否を表明するとオンラインで100万ドル以上の寄付があった。この時期の40倍以上の額という。
同大学が75年にわたって研究している「人の幸せとは何か」の問いに「年収、学歴、職業」ではなく同じ志を持つコミュニティで頼り頼られる「良い人間関係」ということが答えであった。このことが寄付の多さに関係しているのかもしれない。金は出すが口は出さない・・・という関係が学問的には一番成果を出す構造である。いま日本では日本学術会議の法人化をめぐって国会審議が始まっている。大学を国家に隷属させようとする行為は日本の国力を落とす事と同義である。この法整備に関して当の学生から反対の声を聞いたことがない。寂しい限りである。2025/4/19
As time goes by 日記 4月16日
lazyの打ち上げで主役の座に収まっている酒が有る。宮崎県のイモ焼酎、その名を「いも美」という。メインボトルを選定するに当たって配達をお願いしてる酒屋の焼酎を一通り飲んで決めた。薩摩焼酎のように匂いぷんぷんさせて片肌だして歩く薩摩おごじょとは一線を画す酒と感じている。ヤクザな焼酎なのだが品を感じさせるのである。藤純子演ずる緋牡丹博徒の其れである。残念ながら緋牡丹お竜は熊本県出身ではあるが・・・。学生も初めての酒がいも美という者も多い。時々品切れになり違う焼酎を出すと一口飲んで「これはいも美ではない」と当てる無意味に舌が肥えてくる者もいる。大石学は「E more me」という曲を作ってCDに収録してくれた。ワンノートサンバのようにミの音を中心にハーモニーが広がっていく美しい曲である。タイトルもしゃれている。「もっと光を」と呟いたのはゲーテであるが大石は「E・・もっとミを・・」と叫んだのである。この「いも美」が原因で打上の席でひと悶着起きたことが有る。ピアニストの荒武裕一朗が来たことが有る。荒武は宮崎県出身である。打上の席ではテーブルの真ん中にいも美が鎮座している。荒武はいも美の事は勿論知っていた。県人はあまりいも美は飲まないです・・。何を飲むか・・との僕の問に事もあろうか「いも美で良いです。」と答えたのである。「が」ではなく「で」という助詞を使った事に腹を立てたふりをした僕は「無理して飲まなくても良い」といも美の蓋を閉めた。慌てた荒武は「いも美が飲みたいです」いも美が飲みたいです」と「が」を連発したのであった。なぜこんなことを想い出したかと言うと今日博多華丸大吉の漫才を聞いていた。「イカが採れない」との切り口で始まる話であった。八代亜紀の持ち歌で「舟歌」というものが有る。「お酒はぬるめの燗がいい・・さかなは炙ったイカでいい」と歌い出される。ここに華丸はいちゃもんをつけるのである。イカが取れなくなった今日この頃「イカでいい」というセリフなないやろ・・・最低でも「イカがいい」だろう・・もっといえば「ご主人今日イカは入荷しましたかだろう・・・と話にイカのぶんざいで尾ひれが付いて行くのである。僕と同じ発想と感じた。
2025/4/16
As time goes by 日記 4月3日
韓国でアメリカでそして日本で社会を大転換させるかもしれないことが起こっているが書き留めておけるだけの事実確認をする余裕がない。移ろう日々の出来事を備忘録的に書き記しておく。
昨日見知らぬ方から封書が届いた。ジャズボーカルOとあり名古屋からであった。中にはポストカードと小さなおかきの詰め合わせが入っていた。今は名古屋に引っ越したが一度お邪魔したことがあると書いてあった。演者を全員覚えているわけではないが演奏をしたのであれば記憶の片隅に残っているはずであるが申し訳ないが全く記憶にない。その日たまたま居合わせたM川に聞くと自分のライブに一度来てくれたという。歌ったわけではなかった。そうするとたった一度だけ訪れた店にわざわざ挨拶文を送ってくれたことになる。今日日こういう事を出来る人は少ない。在札時代に知り合えなかったことを残念に思った。ちょうど女賭博師の映画を見たところだ。一宿一飯の仁義を通す女博徒と重なって見えた。マイクを持つ手に緋牡丹の彫り物が入っているのかもしれない。
As time goes by 日記 4月2日
4月1日は残念ながらApril foolの与太話ができる人物が来なかった。やっと雪も消え滑って転ぶ心配が無くなったので心的負担が軽くなる。だがルンルンという気持ちとはほど遠い。古希を超えてから急速に足が弱ってきた。足というかバランス感覚がなくなってふらつく。階段も登りは手すりがないと心もとない。外出も必要最低限となる。歯も弱ってきている。こうなってくると天気の良い日に散歩に行って林檎を丸かじりできることがどんなに幸せかと思うのである。
年配のお客さんに年を聞かれた。エイプリルフールは過ぎていたので直球の返答をすると驚いた様子で「私より10歳も若いのかい」と言われた。その方の年は81歳である。例にもれずずっと病気の話をしていたが声にははりがある。その方から「長生きしてください」というお言葉を頂いた。受け止めが難しい。
As time goes by日記 3月26日
21周年のお知らせのコンテンツのアクセス数が120回を超えたところで満を持して周年記念ライブスケジュールを掲載した。翌日ドキドキしながら予約状況を確認したら延べ人数で9名であった。まあ、良しとしよう。HPの統計情報が取れるようになって2カ月程であるがアクセス数は大体予想通りであった。バズることもないしアクセス数の多寡によって一喜一憂する事もないが多少Youtuberの心境が理解できた。Youtuberにとっては視聴回数が承認欲求を満たしてくれる基準であり金の卵を産む鶏なのだ。それは時として真偽のほども関係ない世界になったりもする。ネット上には糞情報で溢れかえっている。時々陰謀論的情報を信じ込んでいる学生を見かける。情報源がSNSだけだとすると再生回数が多い情報に影響されやすくなるのだ。ショート動画や文字数の少ない旧ツイッターの情報だけに接していると集中力が欠如してくる。映画を早送りしポップスのギターソロを飛ばして聞く行為はその作品の価値を半減させる。自分でも最近集中力が衰えてきていると実感することが有る。本を一気読みできなくなったのは視力の衰えだけではないようだ
As time goes by日記 3月25日
三嶋のベースソロライブが昨日終わった。集客しづらい演奏形態であったので予め学生のベース奏者に撒き餌をしておいた。何とかかっこはつくとは思っていた。ところが前日くらいに一般客の予約が結構入りほぼ満席状態になった。三嶋が何回か来ているうちにできた縁がつながったのかもしれない。演奏内容も予想を遥かに超える内容であったと思う。初めて来た時に辛辣な意見を言ったのを覚えているので今回の演奏は嬉しい限りであった。こういうイベントがあるとご褒美と称して翌日は自分に怠惰な一日を送ることを許してしまう。尻に火が付いている状態なのに焼けても尻程度だ・・と思ってしまう怠け者なのである。そういう人間は組織のくびきにつながれていた方が良い仕事をする。高邁な政治思想など持ち合わせていなかったが権威主義的なものには反抗する若さだけは持ち合わせていた。大した牙ではないがスッカリ丸く矯正され「私会社の為お国の為死ぬ覚悟であります」と言って最後の勤務地となった東京経理財務本部に赴いたのが30年前である。その年の3月20日地下鉄サリン事件があった。事務所は銀座2丁目にあったので事件発生当時、事務市内では何やらざわついた雰囲気が支配してていた。部下が有楽町駅前で配布されていた号外を持ってきた。地下鉄でサリンが撒かれたとあった。仕事、通勤で地下鉄丸ノ内線や銀座線を利用するものも多くいたので全員の安否を確認する指示が出た。札幌からも安否確認の電話が鳴りやまなかった。今はあの事件の意味するところ、何故防げなかったのかなど考える余裕がある。だがあの時点では被害を受けた方を慮る余裕などなく会社更生法の適用を申請した会社の生き残りのために奔走していた・・・と言えばまだかっこがつくが実際はその役目から外された。戦力外通告を受けたプロ野球選手の様であった。解雇されるわけではないので消化試合の守備要員のような仕事はあったがプライドが許さない。やめる口実を探していた。サリン事件もその一つに利用された。こんな街にはいたくない。
