On a slow boat to China

On a slow boat to Chinaというジヤズのスタンダード曲がある。ロリンズの初リーダーアルバムでの快演が口をついてくる。歌ものでは憂歌団のものが印象的だ。村上春樹の短編小説に「中国行きのスローボート」というものがある。村上春樹の最初の短編小説でどう書き始めたら良いか分からなかったので取りあえずタイトルだけ決めたという。頭に浮かんだのはロリンズの演奏だったという。
その小説は次の様に始まる。
「最初の中国人に出会ったのはいつの事だったろう」
8人目の中国人がlazy に来たのはデュオのライブの日だった。毎日店につくと最初にやる仕事はメールのチェックである。予約を確認しピッキングの糞メールを素面のうちにホルムズ湾の機雷撤去の様に削除する。林さんから日本語が上手くできないが予約なしで言っても大丈夫でしょうかとのメールが来ていた。確かに拙い日本語ではあったが誠実さを感じさせる文面であった。僕は予約なしでも楽しめます・・・。ただクレジットは使えません。・・・と拙い英語で返信した。ライブが始まった時は来ていなかったのでメールのやり取りをした事は忘れてしまった。ステージの途中でフリーのお客さんが来店した。メニューを見せ普通にビールを頼まれた。意思疎通に齟齬はなかったのでその時は林さんだとは気が付かなかった。演奏が終わり演者も含めて談笑している時にメールをくれた林さんだと分かった。北京から来たこと。上手ではないがチエロを弾いている事。翌日はストーンズのライブを聴きに行くこと・・・ええ・・ローリングストーンズが来日しているかと驚いたが肉じゃがーのいるストーンズではなくアイドルグループにストーンズというユニットがあることを初めて知った。嵐も知っていると言った。大野君は僕の義理の弟だと軽いジャブを放つとクスクス笑っていた。lazyの情報はGoogle検索で知ったという。検索序列の上位に出てくることはないのでそれだけでも一期一会の縁と言える。翌日丁寧なメールと演者の写真が送られてきた。大した話をした記憶はないがとても楽しかったとあった。僕も楽しい旅を・・・気をつけて帰ってくださいと通り一遍の文章の後・・中国と日本がもっと仲良くできたら良いですねと・・返信した。林さんから再度返信があった。「私は国家間の関係も一人の人間の関係から始まると思っています」とあった。周恩来が日本の賠償責任を免除し新しい二国間の関係を模索したのも関わらずそれを邪魔した人間が居た。今や嫌中感情を醸成し米国との抱きつき外交一辺倒の総理の元、関係性は最悪である。だが市民レベルの交流は途切れてはいない。それが実感できる林さんとの時間であった。「日本に来たら又寄ります。」とあった。だが北京と札幌はあまりに遠い。
中国行きのスロウ・ボートに
君を乗せられたらな
そして、僕だけのものにできたらな