鈴木央紹(ts)本山禎朗(p)北垣響(b)伊藤宏樹(ds)
この4月に15周年記念の有終の美を飾るはずであった鈴木央紹ライブが、新型Vに直撃されていた。以後、胸の内は“Come Rain Or Come Rain”で、陽が差すことのない日々をくぐらされていた。店にナマ音がないということは、人が酸欠状態になるようなものだが、ひとまず呆然自粛明けを迎えた。これは何かの巡りあわせだろう、辛抱つづきのLIVE情勢が息を吹き返すに誰よりも相応しい鈴木が登場することになったのだから。かつて鈴木について、込み入ったことを、事も無げにやり遂げる演奏家である旨を記述したように思う。それは彼の演奏にいつも付き纏う印象だ。今回も同様のことを感じながら聴いていて、ふと思ったことがある。かつて川上哲治という野球人がいた。この野球人は打撃の神様の異名をとった人で、現役時代に「向かってくるボールが止まって見えた」という有名なセリフを残している。筆者は流れゆく演奏に耳を傾けながら、鈴木は瞬間的に時間を止めているのではないかと感じる。その一瞬のうちに音の玉を連打し、元の時間に戻って行くのである。この特異な時間感覚と演奏力が調合され、彼の並外れた仕上げが可能となっているのだろう。久しぶりに聴衆がいて鈴木の尽きない魅力に浸っていると、安堵という言葉が浮かんだ。これは偽らざる心情である。初日はオンライン配信されていたが、全国でこうした相互支援の活動が展開されたことは、遠まきに眺めるしかない者にとっても、その尊さが伝わって来くる。2ステ前に本山がモニターに向かってCDの宣伝をしているとき、機転を利かせた鈴木が、ピアノで「Smoke gets in your eyes」を奏でるという、心が和む一時を提供されたのも嬉しい。演奏曲は「ノーバディーエルス・バット・ミー」、「ハルシネーション」、「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」、「ヴェリー・アーリー」、「ミスティー」、「ソシアル・コール」、「In The Wee Small Of Hours Morning」、「マイルス・アヘッド」、「セレニティー」、「イット・ネヴァー・エンタード・マイ・マインド」、「コートにすみれを」、「ダフード」、「アイル・ビー・シーイング・ユー」など。どれもが素晴らしい演奏だった。
今年に入ってから“さんみつ”なる新語を毎日見聞きしている。これは耳ざわりも悪く残念ながら「はち蜜・すい蜜・あん蜜」のことではない。先ごろのLB-BLOGには国から国民へのお願いが「密接・密集・密閉の回避」、国民多数から国へのお願いが「密談・密謀・密約との絶縁」と記されていた。私たちは今日、鈴木央紹から『緻密・緊密・濃密』の演奏メッセージを確かに受け取った。“余人を以て代え難い”とは闇から闇へのⅡ-Ⅴに手を貸す者のことではなく、鈴木のような演奏家のことをいうのだ。いよいよ反転攻勢の始まりだ。
(M・Flanagan)