簗農水相問題のA面

臨時国会が召集されている。衆議院予算委員会での質疑は簗農水大臣の恫喝問題に集中している。ここでの高市総理の答弁に微妙な変化がみられる。予算配分に関し国交省に働きかけがあった証拠はないが予算の差配に影響力があったかのように振舞ったのは「ダサい」と発言した。「ダサい」という表現が国会の場に相応しかどうかはさし置くととしてこれが「言語道断である」等と表現すれば一気に辞職問題に発展し自分の任命責任まで飛び火する。辞任させることはもう決めてあると推測する。問題はこの切り札をいつ使うかと言う事である。現在の日本は経済的にも最低の状態にある。円安、長期金利の上昇、物価高に庶民は苦しんでいる。議論がこちらの本質的な方向に修正されないようにスキャンダルとして簗農水相問題を飴として使い一番の高値で売り抜けようとしてる相場師を思い起こさせる。もともと利益誘導政治は自民党の本質であり減額要求は珍しいが今までも当然あったはずである。全国に議員の名前がついた道路や橋あるいはJR駅が点在している。この利権政治を選挙制度に立ち返って学術的、ジャーナリズムの視点から議論することも重要であるが政局によって日本が直面している問題が蔑ろにされることに注意を払わなくてはならないと考えている。簗問題は所詮B面である。松田聖子の「SWEET MEMORIES」がB面からA面に出世したことに似ている。

所信表明演説のイミテーションゴールド

高市総理の臨時国会での所信表明演説を聞いた。経済政策が7割くらい占めていた。ベッセント財務長官からリフレ政策を非難された事もあって市場の動きを気にしだしたと言う事かと思う。だが内容は具体策は全くなく美辞麗句を並べた精神論が満載されていた。経世済民と言う言葉が二度使われていた。一体いつの時代の事を言っているのだ。竃からの煙を見て庶民の暮らしもそこそこになってきたものだな・・・・王様か。完全に上から目線である。責任ある積極財政路線は崩していない。成長のボタンを押して押して押しまくると言う表現は使われていない。そんなドラえもんの手品のようなボタンなどあるはずもないからである。日本の産業はどの分野も世界レベルで1周遅れになっている。その事を認識せずに必ず失敗するクールジャパンの様な官民ファンドを吹聴している。例えばAI関連である。熊本では半導体産業が定着したおかげで雇用が増え税収も増えたとしているがこの会社TSMCは台湾の会社であって日本にはそのレベルの会社がありませんと言う実例になっている事は隠されている。来年食料品の消費税が下げられる。財源は相変わらず示されていない。だが心配には及びませんと発言している。心配ないならどうやって捻出するのか示せと言いたい。一番簡単なのは防衛費の増額を抑える事である。これを議論することは最早タブー視されている。アメリカが怒るからである。結局砂場で遊ぶ山崩しの様に棒が倒れない程度に社会保障費を少しづつ少しづつ減らし積み残しは赤字国債でエイャーと言う事になるような気がする。その減税は円安要因になり輸入物価を押し上げ結局物価高の原因になるブーメランである。外交関係についてはほとんど言及がなかった。9月末岩屋前外務大臣が日本貿易促進協会会長として中国を訪れた。中国側は王毅外相が応対し冷え込んだ日中関係修復の手がかりを示した。高市総理の台湾有事発言についても撤回から是正という和らげた表現になっていた。今回その是正の格好の機会が与えられていたのにも関わらず女の意地で一切の述べられていなかった。所信表明演説は作文としては上出来であるが引っ搔けばメッキが剥がれる山口百恵のイミテーションゴールドに等しい。
ア・ア・ア・イミテーションゴールド♪
ごめんね。また去年の人とまた比べている♪
石破総理がどれだけましだったか思い出す。

jazz紳士交遊録 vol32 池田篤

篤ちゃんとはかれこれ40年くらいの付き合いである。だがレギュラーグループで来てもらったのはニューヨークに行くとき入浴帰りの2回だけであった。来週鉄壁のユニットで来てもらう。最近のアルバムは一枚がオリジナル集もう一枚はスタンダード替え歌集である。二日やってもらうのでオリジナルの日とスタンダードの日を分けようかと言う話もあったがいい具合にブレンドして2日間20曲ほどかぶらない様に選曲するとの事だ。レギュラーグループのなせる技である。初めて聴いたのが順番は定かではないが池田芳夫さんのグループとイースタシアオーケストラであった。国音出たての頃である。凄い若者が出現したと思った。すぐ連絡して一日クリニック、一日ライブと言うスケジュールでニューヨークに行くまで二年ほど毎月足を運んでもらった。まだ携帯などない時代である。丁寧な手紙を書いた。今では考えられない事であるが毎年発刊されるスイングジャーナル別冊にはミュージシャンの住所、電話番号、足のサイズが載っていた。全員ではないが女性ミュージシャンのそれも記載されていて古本では高値がついているらしい。緻密で熱い演奏を聴かしてくれる篤ちゃんであるが私生活では以外にアンポンタンである。池田篤事件簿の中に3大事件という逸話がある。冬靴購入事件、置き引き事件、空港火事事件どれもライブ開催が危ぶまれた事件であるが内容については有料サイトで・・・。ロサンゼルスオリンピックが終わった1985年か1986年の事だったと思う。椎名豊、俵山、広瀬潤二のレギュラーグループでミニツァーをブッキングしたことが有った。恵庭で小学生にジャズを説明してほしいと云う企画が持ち上がって池田Gに演奏してもらって僕が解説するという機会があった。ロスオリンピックの開会式ではマルサリスが演奏するということが有った。子供たちに「開会式でトランペットを吹いていた人覚えている人手を上げて」と言うと大きな声であちこちから「ハーイ」と言う声が聞こえてきた。池田さんはその人と演奏したことが有ります・・・と紹介すると「へぇーすごい」という反応が返ってきた。掴みはOKである。jazzは即興でする音楽です。・・・・など特徴を説明した後池田さんは何でもできます。何か聞きたい曲はありますかと聞いた。子供たちの選ぶ曲だ・・・サムスカンク・ファンク等と言うことはない、何とかなると考えた。リクエスト曲は僕でも知っている唱歌であった。ところが篤ちゃんは僕に耳打ちするのである。「その曲知らないです」フリーにして貰えば解説でおち付けるからやって・・・と諭したが出来る曲にしてくださいと懇願された。そういうところは誠実である。不倫はするのにフリーは苦手らしい。僕から子供たちに提案し曲を変えてもらってその場を切り抜けたことが有る。ご存じかとは思うが篤ちゃんはガンで摘出したため片肺がない。一時期はもうだめかと思ったこともあった。元気に吹いてる姿を見るだけで目頭が暑くなる事もあった。篤ちゃんは僕の宝であり日本の宝であると考える。

ジャニーズ問題の現在

東山紀之が補償会社スマイルアップの代表を辞任すると言うニュースが飛び込んできた。ジャーニーズ問題がどうなっているのか整理しておきたい。突然の辞任であるので何か裏があるはずである。東山は俳優業も辞め残りの人生を性加害被害者救済の為に捧げると発言していた。二度の記者会見の後表立ったところには顔を出していない。性加害問題自体国民に忘れ去られてしまったようだ。その幕引きを計ることが東山の一番の仕事であった。そこに東山のスター性が利用された。ファンと後輩に対する緩衝材の役柄を莫大な報酬を貰って演じていた。ところがアメリカで起きた性加害問題を提訴された案件で大きな動きがあった。飯田恭平さん田中純弥さんはスマイルアップ、スタートエンターテイメントはじめ藤島ジュリーなど関係者を広範囲にわたり訴えている。その総額約460億円。スマイル側は関係者が日本在住である事、時効が成立していることを盾に裁判の却下を申し出ていた。ところが9月ネバダ州の裁判所が却下申し立てを棄却する判断を下した。これにより日本にはない制度デスカバリー(証拠開示)の段階に進むこととなった。スマイル側は慌てた。この制度により経営分離の実態の正当性が正され賠償逃れの詐欺的壌渡ではなかったのかが明らかにされる可能性がある。そこでスマイル側といおうか藤島ジュリーが法律専門家を社長に据える人事異動を行ったと言うのが実情である。その記者会見はうるさい質問をするNG記者を排除するように閉鎖的な会場で極秘裏に行われた。その翌日元忍者のメンバーである志賀泰伸さんの第一回口頭弁論が開かれた。今まで裁判所は公開にすることを頑なに拒否していた。スマイルアップ側は被害者救済委員会を通して補償を進めようとしていたが補償金額、陳述書の取り扱いを巡って折り合わず会社側が被害者志賀さんを訴えると言う暴挙に出た。3年前被害者なのに訴えられた苦しみを涙ながらに語っていたのを思い出す。志賀さんは反訴に踏み切りその初公判が今回なのである。道のりは気が遠くなるくらい遠い。忘れないことが応援につながる。

jazz紳士交遊録 vol31 鈴木良雄

チンさんこと鈴木良雄さんが亡くなった。享年80才。チンさんとは1回だけのご縁であった。だが1回の縁だからこそ鮮明に覚えていることもある。1979年の事であったと思う。年3,4日回東京のグループのライブを主宰するようになっていた。その2番目のグループがチンさんのバンドMATURI
であった。チンさん、井上淑彦、秋山一将、内田恒誠、セシル・モンロー。その後何回と付き合うことになるメンバーであった。だが秋山以外皆鬼籍に入っている。その日は厳寒の真冬日で出迎えに行った札幌駅で遅れた汽車を体を擦りながら待っていた。メンバーの顔を見た時には一安心した。釧路からの入りであった筈である。ライブ主催を初めて間もなかったので開演前当時の札幌のジャズシーンの窮状を訴えるような挨拶をしていた。秋山から「ジャズを滅びゆく恐竜の様に言うのはよくない」と釘を刺された。チンさんは知っての通り貞夫さんのグループがデビューである。LPなどなかなか買えない時期にシングル盤のジャズを買っていた。その中に貞夫さんの「パストラル」のライブがあって若いころのチンさんとギターの増尾さんが入っている。そういう経歴のチンさんであるが当時貞夫さんには厳しい意見を吐いていた。「貞夫さんがジャズをダメにした」・・・・カルフォルニアシャワーなどが大ヒットしフュージョン全盛の時代がやってくる。それにつれライブツァーの形態も変容していった次期で地方のライブハウスが少しづつ衰退していった時期でもある。チンさんはそういう事を危惧していたのだと思う。なぜチンさんと呼ばれるのか・・・もう一人ベースで鈴木姓の重鎮がいる。オマサンである。そちらと識別するためと言う事が一義にあるが中国人に似ているからと言うのが定説である。本人から聞いたのであるが動作がチンタラ、チンタラしていたので貞夫さんがつけたと言う事である。確かに打上を一緒にするとそういう感じがする。重鎮になったのちも自分のグループで積極的にツァーを敢行している。そのグループはチンさん抜きで秋のツァーをやり遂げると聞いた。いないからこそ際立つ存在であったと改めて気づかされる。チンさんはそういう存在であった。ミュージシャンの愛情あふれる追悼文がネット上に溢れかえっている。合掌

jazz研定期戦に関する所感

毎年この時期に北大と商大のjazz研1年生の発表会を開催している。事の発端は10数年前に遡る。当時の北大の部長とよもやま話をしていた。学祭が終わると燃え尽きた症候群なのか次の具体的目標を見失うからなのか一年生が辞めることが多いと聞いた。セッションは毎週あるが具体的な出番は12月までない。それで一年生が持ちこたえられる1st位の長さのライブをやることを目標にしたらどうだろうと言う事になった。それが夏休みのこの時期に他大も巻き込んでの定期戦という現在の形に定着していった。毎年一人二人傑出した人材がいるものだが今年は見当たらなかった。逆に拙い演奏をしている子の方が気になる。明らかにjazzという何が入っているか分からない闇鍋を食べらされているように見受けられるからだ。どうか辞めないで続けて欲しいと願いながら聴いていた。サークルの在り方については部外者は外から見守る以外手立てはないが大きく分けて二種類の運営手法があると考える。ライオンが子供を谷に落として這い上がってくるものだけを育てる手法。高度成長期の日本の様な護送船団方式である。その間を針が揺れ動くのであるが幹部部員の考えが微妙に反映されている。現在はと言うとゆとり教育的護送船団方式であると考える。この方式の難点は伝統として受け継いできたものが希薄になる事である。個人の演奏能力、理解度或いはバンドとしてのクオリティに口だすことは殆どない。だが演奏以前の人としてのマナーにかける学生が数人いたのには正直言って腹が立った。そういえば運営にも一言も口を出さずとも立て板に水を流すように進行し心たおやかに聴いていた年もあったことを想い出した。亡くなった鈴木央紹がよく言っていた。「松島さんと出演する会場は大体満席ですが若い層がいない時は危機感を感じます」日本は少子化が進んでいる。その中でジャズに興味を持ってくれる人間が少しでも増えることを願わずにはいられない。養殖した鮭の稚魚を放流する水産試験場の職員の気持ちでライブを聴いていた。このうち何匹が川を遡上して戻ってきてくれるのだろうか・・・。その川がレイジーリバーでなくとも構わない。だがその鮭が大根と土鍋を背負ってレイジーリバーを遡上してくれたとしたらこれ以上嬉しいことはない。

メディア報道から見た日米首脳会談

それはワシントンに降り立った高市総理の映像スナップショットから始まる。手を振る高市総理の姿を捉えている。ネット上ではそれを後ろから取っているショットが出回っている。手を振っている先には誰もいない。政府関係者と思われる数人が確認できるだけで米国政府関係者もメディアも来ていない。ここからもうやってる感を演出している。この費用来年度には10倍に跳ね上がる政府広報費73億で賄われている。二日後習近平国家主席が到着した時には国賓待遇の扱いで空港にてトランプ大統領自ら出迎えている。これは異例の事である。そもそもこの会談の目的は何か。米中首脳会談の前に日米首脳会談を行い米中関係に楔を打つために無理やりつくられた機会である。そのため会談時間も35分と極めて短い。高市総理は内閣改造の話をしている。トランプは何の興味も示していない。その後な話に移りましょうと告げるとき随行した通訳は記者の退出をお願いしますと超訳を行った。米国側からは笑が起きた。トランプは現在気に入らないメディア2社を出禁にしメディアユニオンと揉めているからである。高市総理はICC問題はじめ記者には質問されたくないからでもある。この間高市総理はドナルド、ドナルドとファーストネイムで呼びかけるがトランプ大統領は日本の総理としか呼ばない。まだ名前を憶えていないようだ。覚える気もないのかもしれない。だが日本の大手マスメディアはいつものⅡⅤフレーズ良好な関係を確認したとしか報道しない。この後の国連総会で高市総理も演説しているが殆ど聞く人間が居ない。その閑古鳥が鳴く状況を隠すような映像アングルが選ばれている。高市総理は演説の中で敵国条項の削除について言及している。何でこのタイミングなのだ。それをあざ笑うかのようにその翌日の米中首脳会談、トランプ大統領は先の大戦で義勇飛行隊「フライングタイガー」のエピソードを持ち出し米中で協力したと発言した。その相手国は勿論日本である。習近平国家主席はそれに呼応するかのように米中はファシストによる侵略に対し肩を並べて戦ったと発言している。ファシストとは日本の事を指している。日本政府は米国が支援したのは蔣介石政権であって現在の中国政府ではないと反論しているが両政権が国共合作で日本に対抗した史実が隠蔽されている。マスコミも政府見解を垂れ流している。高市総理は完全に梯子を外された形になっている。これは中国側が演出したシナリオでトランプはそのシナリオを演じているに過ぎない。この種を蒔いたのは昨年の高市総理の台湾有事発言である。外交の舞台でも日本はどんどん端役に追いやられているが大手マスコミはその事は報じない。購読者数が激減しているので政府のヨイショ記事で少ない購読者をつなぎ止めようと必死である。小さなエピソードであるが中国から米国にパンダが送られる。普通名前は送られた国が命名する。「リンリン」「ランラン」とかである。だがこのパンダには予め名前がつけられている。「平平」へいへいではなく「ピンピン」と読むらしい。これは明らかに習近平を意識している。
我々の年代になるとピンピンコロリと人生を終えたいと思うが今の日本もここ30年でそれに近い死に方に近づいている。

2026.9.17~19  スリー・ブランド・ナイス



 この3日間は初日トリオ、二日目と三日目はリーダー代えのカルテット。言うなれば、ここに三つの銘柄(スリー・ブランド )が成立しているのである。なお、オリジナル曲には*を付した。
9.17 布施音人トリオ 布施音人(p)三嶋大輝(b)西村匠平(ds)
 布施を聴き始めてから比較的日は浅いが、ここ2年程度で回を重ねることが出来ている。回数ごとにメンバーが変わる中で、少しづつ彼の全体像に近づいてきたと感じ始めている。多彩な長尺フレーズやブロック・コードによる分厚いグルーブが瞬時の閃きによって自在に出入する。これは聴衆が息をのむ域に達していると思わせるものである。何時ぞや、池田篤氏がマスターとの会話の中で、「布施君いいヨ」と語るのを傍で聞いていた。LIVEが進行するにつれ、池田氏の真意が伝わって来るのである。見事なパフォーマンスだ。演奏曲を紹介する。「317 East 32 nd」、「*いきり」、「Dienda」、「Lost In The Stars」、「Hallucination」、「Pinocchio」、「白と黒のポートレート」、「*Railway」、「*佐渡」、「*Pototsu」、「*Ascending Shadow Of The Mountain」、「Four Brothers」。そして続く二日間も布施は決定的ともいうべき極上の演奏をやり切って行った。余禄1点。三嶋がベースのソロ・アルバムを構想しているとのことだ。この手のものはセールスを期待できないが、その日が来たら皆さんの愛ある対応をお願いしたい。
9.18 曽我部泰紀カルテット 曽我部泰紀(ts)布施音人(p)三嶋大輝(b)西村匠平(ds)
 曽我部は.Push以来およそ4年ぶりの来演だ。そのブランク突破より嬉しいのは、彼がテナー・マンであることだ。テナーを待望していた理由は、レイジーのLIVE史が教えてくれる。ただ私たちは去来する思いを伏せて、今日の曽我部に意識を傾注しなくてはいけない。しかし、人間正直なものである。定刻を過ぎて開始までの数分、自分に込み上げるものを感じていた。吹き出しはインパルスのコルトレーンのような雰囲気だったが、徐々に曽我部流の歌いっぷりに転じていく。テナーが発する独特の太い醍醐味もあれば、身動きを封じられるエレガンスもあり、次第に曽我部の陣地に引き寄せられて行ったのだった。実はこの四人、1月の出張レイジー・バードで曽我部が飛び入りしたらしいのだが、公式ブッキングでは初めての編成だという。それにしては、”meets the rhythm section”がArtなサポートで、それに乗って曽我部も力量を思う存分出しまくったのである。オリジナル曲も実にユニークで、彼の宝財が込められたものとなっている。演奏それぞれの情感の加減が素晴らしく、特にバラードは出色と言えるものだ。こうして曽我部図鑑を見開いているうちに、彼にはレイジーの新たなテナー史を築いて欲しいという願いが募るのだった。演奏曲は「Oriental Fork Song」、「*蟹の巣穴」、「*925」、「*Opus Three」、「*しらさぎ」、「Nothing Ever Change My Love For You」、「After The Rain」、「The Mighty Soul」、「Shiny Stoking」。余禄1点。曽我部はスケッチ魔ということである。世の中には”がさい”という見下し言葉がある。作品の一部を拝見したところ、彼には”画才”が溢れているのをしっかり確認した。
9.19 西村匠平カルテット 西村匠平(ds)曽我部泰紀(ts)布施音人(p)北垣響(b)
 ジャズ市場ではテナーが品薄なのに引き換え、ドラムスは在庫に問題ないらしい。激戦区のためか、西村も1年以上ぶりの登場になる。筆者にレイジーに来るドラムを即刻挙げよと問われれば、おっ~と西村は先頭から少し引き離されてしまった。今般いい頃合いでこの進撃のドラマーは挽回の機会を得たのである。そして今日はリーダーだ。従ってオリジナルが採り上げられている。彼のオリジナルは、美メロというよりは親しみやすい好メロという感じがする。ジャズのみならず、良質のポップ音楽にも精通しているのだろう。筆者にとって初めての西村から結構な年数が経っているが、未だに初聴きの時のフレッシュな勢いが刷り込まれている。いまその勢いに円熟が追いついて来たというのが率直な印象だ。彼には会場を賑わわす天賦の才があるように思う。楽しくなるのである。その彼曰く「作った中で唯一のシリアスな曲」とされたのが「時しらず」である。開放的なキャラクターの希少な裏面は神妙そのものであった。それ以外はワクワクさせるものばかりだ。とりわけソロにおいてピークへ持っていくノリ、マックスでの歌の全開は魅力一杯だ。聴いたばかりを理由に色を付けようとは思わないが、一言呼びかけよう。匠平!レイジーのトップ・ドラマー最上位に”お帰りなさい”。 演奏曲は「Why Don’t I ?」、「Estate」、「Sleepy Dancer Sleep On」、「A Nightingale Sang In Berkeley Square」、「*両網線」、「*Wanna Be」、「*Tiny Stone」、「*時しらず」、「*Tip Kicker」、「*始発 朝焼け 5時3分」。
 今回のLIVEは「西村匠平5Days」と冠されていた。初秋を飾る重要任務を立派に果たして行ったことだろう。 標題は屈指のドラマー西村に敬意を表し、大家アート・ブレイキーの一作を改変させて頂いた。(M・Flanagan)

政局と人事異動 その2

会社員を経験した人には納得してもらえることであるが人事の話が好きである。その結果に一喜一憂する。人の会社の事であれば知ったことかと言う事になるがこれが日本株式会社の話となると微妙である。この結果いかんにより日本の将来が垣間見えるからである。第二次高市内閣が発足した。通常内閣改造を行うと支持率が上がる。今回は目玉人事は見当たらない。所謂守備固め内閣である。主要ポストは麻生副総裁の思惑が反映しているがその他の部分は高市総理がかなり押し戻した感がある。一番の注目点は林芳正総務大臣を解任し野に放ったことである。通常次の総理大臣候補は閣内に留め置き次期総裁選に立候補させない戦略を取る。高市総理は来年9月の自民党総裁選を無投票で乗り切りたいと考えている。麻生副総裁は自分の影響力を維持するため対立候補が出ることを願っている。その選挙戦が僅差になればなるほど高市は自分を頼ってくるはずだと踏んでいる。そんな中、林芳正を解任したと言う事は高市はそれでも勝てると踏んだと言う事である。林芳正は次回立候補しなければ政治生命は終わる。石破前総理など反高市勢力はある程度集まるだろう。だが何を旗印に戦うのか難しい。高市政権の売りは「責任ある積極財政」である。2040年までに官民ファンド370兆円を投資する計画が発表されている。この政策が円安、金利上昇傾向を呼び覚ましアメリカからも苦言を呈されている。これと戦うためには「規律ある財政政策」と言う事になるがこれには増税と言う国民に血を流してもらう事を言わなければならない。これで選挙を戦うのは極めて難しい。今現在も物価高で我々は苦しめられている。イラン戦争が長引けば原油はまた値上がりし物価に跳ね上がってくる。政府はインフレ課税であることをひた隠しにしている。いつ血を流すかと言う事である。政策で政権を選ぶには我々が賢くならなければならない。だが現実は生簀の中の権力闘争に日本の将来が翻弄されているのである。

jazz紳士交遊録 vol 30 西村匠平

匠平には若手ミュージシャン発掘企画の一環で来てもらったのが5,6年前であった。北島佳乃子リオのメンバーである。とにかく気のいい人間でいると楽しくなる存在である。打上の席、酔った勢いで自分のグループで来いよ・・・・とか言ってしまったのだと思う。.pushで何度か来てもらっているうちのlazyの常連になってしまった。ドラマーで自己のバンドを運営していく大変さを知っている。アート・ブレイキーの様に音楽監督丸投げサウンドではなく自分の主張を貫いている。「ハイボール・パーティ」、「始発朝焼け、5時散歩」などキャッチーな曲は学生にも人気でその界隈でちょっとだけ流行っている。ドラムに関してもどのジャンルでも良い意味で熟すことができる。それで色々な組み合わせも頼みやすい。その匠平が明日から5daysを行う。初日は今年の二月渋谷琥珀での出張lazy 企画での布施音人トリオのリユニオンである。

沖縄知事選を振り返る

9月13日沖縄知事選投開票日、午後8時。所謂ゼロうちで古謝玄太の当確がNHKで発表された。玉城デニー候補が肉薄しているとの趨勢分析はあったが予想通りの結果となってしまった。今後の日本の日本の政治の在り方、選挙の在り方、民主主義の在り方を占う意味でも暗澹たる気持ちになった。沖縄の経済状況は悪くはない。ただその利益は本土資本に吸い上げられる構造には有った。古謝候補はその経済構造を明らかにする事無く手取り10年で倍増をぶち上げ生活苦を訴える沖縄県民を1本釣りで取り崩していった。その絵に描いた餅の様な公約は大手マスコミで検証されることなく流布されていく。辺野古基地移設問題もいくら県民の民意を示そうとも粛々と進められていく。県民のある種の諦念感を利用し経済政策に焦点をずらしていった。辺野古は税金で珊瑚礁を埋め尽くす半永久に続くサグラダファミリア的公共事業である。普天間基地が返還されないばかりか那覇空港の米軍使用も顕在化している。SNS上では玉城デニー候補へのデマ情報、誹謗中傷動画で溢れかえりそれが少なからず選挙に影響を及ぼす。辺野古沖での修学旅行生抗議船転覆事件と中道分裂もリベラル勢力の足を引っ張る結果となってしまった。世代別の得票数を見ると20代は70%以上が古謝候補に投票している。沖縄に限らずリベラル勢力の高齢化が取り沙汰されている。翁長県政時に発足したオール沖縄は高齢者の歯が欠けるように少しづつ崩れていった。玉城陣営は支援者の若返り化に失敗している。玉城候補の最後のスピーチがあった。悔しさは滲ませていたもののスタッフに気遣いながら今後の県政を見続けていく意欲を示し最後に明るくカチャーシーを舞って見せた。立派な敗軍の将の弁であり立ち振る舞いであった。目頭が暑くなった。

恩師の訃報

高校2年の時の恩師が亡くなったと同級生から連絡が来た。偲ぶ会をやるようだ。全道で最初に制服廃止を決めた高校でリベラルな校風で知られているが教師間では確執があったと卒業してから知った。
その中でも渡辺先生は生徒の自主性を重んじてくれる方であった。当番制の教室の清掃を週何回かに限定した事も席順も早い者勝ちというアメリカナイズされた方法も容認してくれた。メーデーの日先生は「これからデモに参加してくる。君たちは自習していて欲しい」と地方公務員法では禁じられているデモに出かけて行った。教室では「異議なし」の声が上がり拍手が伝播していった。その年の合唱大会の選曲は「夏の思い出」とか「翼をください」の様な曲が選ばれる中で我々のクラスは聞け万国の労働者・・・・の「インターナショナル」であった。保守的な先生からは相当にらまれていたはずである。そういうクラスメートが大勢いた学級であったので政治活動に参加している生徒も少なからずいた。国際反戦dayの日声をかけられて革マルか中核か鹿島建設かわからないヘルメット被らされてデモに参加した。そういう運動の影響かかなりの数の休学者がでて先生がつるし上げられていると聞いた。先生を男にしてあげようではないかとの声が上がった。全校クラス対抗駅伝大会というイベントがあった。そこで上位入賞して反動教師の鼻を明かそうと言う事になった。体育会系サークルに所属していたのは僕くらいしかいなかったので僕が練習メニューを作り健康管理と言う名の2か月間の酒煙草禁止令を発令した。気分は水野忠邦であった。結果は本当に優勝してしまったのだ。あまりに上手くいきすぎてドーピング疑惑が出てくるほどであった。新年会もやった。先生もいるのにまさか酒を持ってくる奴はいないだろうと踏んでいたがアホはいるものだ。先生も制止することはなかったが一人完全に酔っぱらってしまった。先生はそいつを家まで送って行った。親は恐縮して「うちの子は酒が弱いもので」と言ったとか・・・・通報されたら一発レッドカードである。先生の家にもよくお邪魔した。伝説の2年生と呼ばれる生徒がいた。僕が入学した時2年生卒業した時も2年生で何処かの高校から編入してきたのだが何歳なのかは分からなった。そのSとよく先生の社宅を訊ねた。Sは先生の前でも煙草を喫い酒も飲んでいた。先生はロシア文学専攻であったがSはその先生とプーシキンについて論じ合っていた。Sが酔っぱらいとなりの教頭先生の家を襲撃してしまった。流石にまずいと思った。案の定教頭先生が訊ねてきた。「渡辺先生、世間の目という者が有りますのでほどほどにさせてください」と言う事であった。先生も体張ってくれていたのだと思うが世間もまだ包容力のある時代ではあった。僕は人生で重要な事は高校時代に学んだと思っている。渡辺先生のご冥福を心より祈っている。合掌

沖縄県知事選の意味するもの

沖縄県知事選は残すところ3日間となりオール保守陣営の古謝玄太とリベラル陣営の玉城デニーの一騎打ちになっている。大手メディアの報道では古謝一歩リードとの事であるが選挙は最後の追い込みで決まる。予断を許さない状況である。SNS上では県外からのデマ情報、誹謗中傷切り抜き動画であふれかえり少なからず選挙の風向きを左右している。2人の宜野湾市での街宣を聞いた。基地問題には言及せず経済問題を訴える演説であった。その街宣中にも数分おきに爆音が演説を妨げる。上空には米軍機やオスプレイが飛来してる。これが基地のある街の現実なのだと改めて思い知らされる。沖縄は経済状況は悪いわけではない。ただ古謝候補が掲げる10年で所得倍増には無理がある。高度成長期ではない。年7~8%の成長は期待できない。今期待できない・・という表現を使った。この政策は県知事レベルでできる政策ではない。県知事ができる所得を上げる方策は沖縄振興一括交付金を使って最低賃金を底上げする事くらいではないのか。実はここに沖縄県知事選が意味するものが隠されていると考える。時計の針を告示2日前の8月25日に戻す。下地幹郎候補が出馬を断念する発表をした。保守陣営を一本化して玉城デニー候補に対抗するためである。下地候補は前回にも出馬し5万票程獲得している。ここで何らかの裏取引があったのではと囁かれている。下地の人品骨柄を考えると当然あったと推察される。だが問題の本丸はその事ではない。降りるにあたって自民党と政策合意を結んだ。当初ニュースを聴き間違ったかと思った。普通は私は降りて貴方を応援しますが最低これこれ‥‥のことはやってくださいと言って応援する候補と合意文書をかわすものである。ところが政策合意の相手は自民党でありその署名者は高市総理ではなく鈴木幹事長でもなく小林政調会長ですらない。署名者は西村康稔選対委員長である。普通は裏でこっそり行われることがおく目もなく地方自治も政府が関与しますと宣言しているのである。内容は4項目で構成されているが内容の是非はともかく中央政府が沖縄をこういう風に支配していきますということが述べられている。もし古謝陣営が勝ったとしてもその合意内容が守られないケースもあり得る。普天間飛行場返還、辺野古移設の条項は米国政府が明言しているので無理である。その時の言い訳が用意されている。高市総理はそんなの知らんがな。選対委員長が勝手にシンドバッドで決めたことですがな・・・としらばくれる姿が目に浮かぶ。古謝候補は中央政府の子飼いの犬である。戦いは地方自治がそこに住む住人の手で行えるかという重要な試金石となっている。

文体とリズムそしてAI

ある文学賞でAIが書いた作品を見抜けなかったと言う事で審査員だった作家最相葉月が辞任したことが有った。内田樹はAIが書いた文章は奥行きがないという。村上春樹はリズムの悪い文章は最後まで読んでもらえないと自分の著書で述べている。文芸評論家の三宅香帆は村上春樹の文章はここぞと言う時同じ音数の言葉を畳みかけるように使ってリズムを整えると指摘していた。AI は殆ど使うことはないが一度「村上春樹が書いたような文章を作って」と問題を出して見た。それはスパゲッティーをゆでる場面から始まっていて村上春樹の口癖「やれやれ」がすぐ出てきた。その文章読んだことが有る様な気がしたのでそのままパクって来たのか一部改変したのかしらべようとも思ったが著作が膨大なので断念した。AIが訊ねてくる。「何かお困りですか、お手伝いしましょうか」痒い所に手が届くやり手のスナックのママの営業トークである。会話を続けてニューボトルを入れさせられてもしゃくなので「こちとら、そんなに暇じゃないんだぜ」と見栄をはって終了させた。その文章はAIに指示して書かせた文章なので迷うことはなかったが村上春樹を全く知らない人であれば最相葉月でなくとも識別は難しいと感じた。ただ言いたいことはそれがどうした・・・と言う事である。三宅香帆が指摘したリズムの問題は例文は忘れてしまったが「飛んで飛んで飛んで、回って、回って、回って・・回る~」と言う歌が典型的である。3・3・3・4・4・4・3とリズムが変わる。三宅は村上が意図的にこの方法論を使っていると指摘する。いくつかの例文は確かにそのようになっていた。これは我々日本人の共通意識の中に和歌の57577の様なリズムが組み込まれているからで特に意図的でないのではと考える。それと村上春樹はジャズに造詣が深い。その事の方が文体とリズムに深く影響していると考える。ロリンズのST.トーマスのソロの出だし風のリズムで書いてみようと思えば書ける人である。村上はあまり長いセンテンスでは書かない人であるが時々息継ぎができないような長いセンテンスで書くことが有る。あっ・ここはリー・コニッツ意識しているなと思う事がる。
音楽、特にジャズにとってはリズムは憲法の様に重要である。文章にとってもそして会話にとっても。話が合うと言う事は会話のリズムが合うと言う事に限りなく近い。

カンパのお礼と年内の営業方針

TN様カンパありがとうございます。TNさんは多分面識の無い方である。窮状を訴えてから毎月カンパしてくださっている。本当にありがたい事だと思っている。最近カンパのお願いをしないのはこの物価高大変なのは自分だけではないと思っているからである。今年毎月1グループずつ4,5日単位で来てもらっている。こうした企画でも何とか年内は持ちそうだと踏んだからでもあるが渋谷琥珀での出張lazy bird企画で参加してくれた30人以上のミュージシャンに恩返しをしたいと考えたからでもある。店と自分の体力が無くなってきてからでは無理である。そうはいっても連休時の航空券代、ホテル代の高騰には驚いて椅子からずり落ちてしまう。9月連休時はホテル代はとうとう2万円を超えてしまった。開店時から利用しているが便宜をはかってくれたスタッフがいた時は4千円で利用させてもらっていた。10月までの大催しについてはHPにアップしてある通りである。11月は伊藤、柳沼のリズムセクションに若手の江澤茜as井口大夢pを・・・。12月は鈴木央紹の追悼を縁のあった東京のミュージシャンを中心に地元のミュージシャン、学生時代共演歴のあるジヤズ研OBとのセッションをクリスマスが終わってから最終営業日まで根性でやり通す。世話になった央紹の為である。それくらいの義侠心は失ってはいない。
11月10日出張lazy 企画第2弾で札幌の中野広也G,白井紘人bを連れて琥珀にお邪魔する。ドラムは本田珠也である。lazy で一度やってもらったら珠也が気に入ってくれた。2人を東京に連れて行ったらやってくれるか打診したところ珠也が快く引き受けてくれた。その勢いで琥珀の毬子さんにダメもとでお願いしたらやらせてもらえる事になった。2人は学園ジヤズ研OBである。関東圏にいらっしゃる方には是非情報を拡散していただきたい。
来年は招聘企画は縮小せざるを得ないと考えていますが一回でも多くやりたいと考えています。余裕のある方だけで結構です。カンパ先を併記しておきます。よろしくお願いします。
北洋銀行札幌駅南口支店
普通預金3624418
ヨシダナオシ

2026.8.28 LB急行達人事件


魚返明未(p)井上銘(g)
 何てこったい!この感嘆には二つの意味がある。結果が散々か胸がすくかだ。このLIVEは文句なしに後者である。今回はDUOということで、個人を論点とすることには疑問が残るが、多少なりとも思い入れがあるので、静寂と喧噪、容易に混ざりあわないもの透過する魚返と淀みないソロに変幻自在のストロークの井上ぐらいは言っておきたい。本LIVEは、このDUOの第2弾がリリースされたのを記念するツアーの一環である。彼らは2年ほど前にレイジーに演奏を残している。その時のセカンドはノン・ストップで完走するという息もつかせぬパフォーマンスだったこともあり、特に記憶が生々しい。その記憶の延長上にあるのがこの日ということになる。記憶は時とともに曖昧になることを避けられないが、その幾つかはHow DeepなOceanにも届くものとして薄れ行かない。LIVEでは「あれっ?」と思わせる箇所が時々あるものだが、彼らはそれを完璧にクリアしてきた。今日は彼らのお手付きを探そうか、筆者はそのような端たない聴き方はしないが、エラーがないから感動を呼ぶとは限らないと常々思ってはいる。この二人は気心の知れた間柄であるが、その関係を通り越して楽器どおしの息遣いにまで調和が及んでおり、二児が一児のごとき双生から生まれる一体性を体現している。重要なのは夫々の個性が独立していることにある。この独立した個性同士が交差を繰り返す中で、特異なほどサウンドの共同時空が濃厚になって行く。これがDUOの最大の聴きどころだと言い切っておく。この流れは初めて聴くオリジナルは、その旋律を上手く捕まえられなくとも、何ら気にならないというところに導いていくのである。もう回りくどいことは言うまい。いま筆者は相当凄いものを聴いてしまったという実感の中にいて、LIVEを振り返りながら新作アルバムに耳を傾けているところである。この日の演奏曲は勿論アルバムからのもの(*)が中心だ。紹介しておく。「*ゆらゆら」、「*Light Gray Variations」、「The Lost Queen」、「*May 3rd」、「 Cycling Road」、「A Memory Of H・ H Mama」、「*グラサン」、「遥かなる青」、「*鉛色の鐘」、「*陽射し」、アンコール「I thought About You」。かつて「Just the tow of us」とういうキャッチーなヒット曲があった。それに結びつけてみると、”我らたった二人”で演り切ったという彼らの爽快感ある表情が、緊張続きの場内を和らげたと思うのである。余談ながらクライマックスでは、魚返スペシャルが炸裂、「ブツッ」高音部D線上のアリャリャ。少なくとも店の主だけは口を固く真一文字にしていたようである。
 今日の完成度はヤバく、もうあと一言が出ない。なので著名作家の助言を拝借することにした。アガサに推理してもらったところ、本件「LB急行達人事件」とのことである。しかも「今後何が起こるか分からずTo be continuedよ」と付け加えるているのである。その時は喜んで継続捜査に同行しようと思っている。
 なお、新作「魚返明未 井上銘 Ⅱ」は予想に違わぬ深みのある出来ばえになっている。めいめいの聴き方で「明・銘」を楽しんで欲しいものだ。 (M・Flanagan)

政局と人事異動

国政は正面切って政策の議論で動かすべき・・・との正論がある。僕もそうあってほしいと常々思っていた。ところが世の中甘くない。誰と誰がくっついた・・・離れた。誰と誰が飯を食べた。そんなどうでも良いことを端緒に国が思わぬ方向に連れて行かれることもある。そんなことから政局も注視するようになった。現高市政権の立役者は麻生副総理である。党内に基盤を持たない高市が先の総裁選で第3コーナー辺りから抜け出してきた。騎手は麻生である。党内で唯一派閥を解消せず60名の所属議員がいる。それを飴と鞭で差配している。党要職は麻生が官邸は高市が指名するという棲み分けがされることになっていたがその領域がどんどん麻生に侵食されている。だが高市の支持率は未だに高い。麻生としても簡単には高市を外せない。秋の臨時国会前に党3役、閣僚の人事異動が行われるのが通例だ。今年は9月16-18の予定だ。高市にとっては政治生命をかける最大の山場だった。過去形で語るのには理由がある。もう勝負がついている。大手各紙には2,3日前から要職の留任記事がリークされている。麻生副総裁、鈴木幹事長、茂木外相、木原官房長官、片山財務大臣・・・・。高市の意見は全く反映されていない。麻生の完勝である。だが勝負はその前についていた。10日ほど前であろうか高市と麻生が3度目の会食をしたとの報道があった。時間は3時間・・・。食事にしては長い。満漢全席を食していたわけではないはずだ。今回の人事について話し合っていたはずである。高市勝利の奇策が一つだけあった。麻生を外し、その配下の閣僚も一掃し自分色を前面に出し財務省の嫌がる減税を旗印に衆議院を解散し信を問う・・・と言う作戦である。その時は麻生と会食はしない。高市は麻生の操り人形であっても自分の総理としての延命を計ったと言う事である。来年4月の統一地方選にぼろ負けしない限り麻生の腹積もりもあろうが9月の総裁選も乗り切るのではないか。そうなると日本の将来はますます暗い。

長期金利3%の意味するものは

30年振りの長期金利3%である。長期金利は10年物国債の市場での価値を決めるものである。3%ぐらいの利子をつけてくれないと買いませんよ・・・・という市場の意志の反映である。落ち目の演歌歌手のドサ回りに似ている。高市政権は責任ある積極財政と言う触れ込みで史上最高額143兆円の予算を組もうとしている。不足分の財源は示されていない。各省の税制大綱審議会で議論されているが出てきた金額は笑うことなかれ、10万円である。誤植ではない。10万円である。30年前自民党は時政権党であった民主党をばらまき予算を辞めろと糾弾していた。その民主党であっても公開処刑の様な蓮舫議員の審議会議論で1兆円は捻出していた。残りは結局国債で賄われる。その売れ行きの悪い国債を新NISAと称して非課税で国民に売りつけようともしている。利払いは0.何%の上昇で何10兆円にものぼる。それを政府はインフレ課税で軽減しようとしている。その尻拭いをさせられているのは物価高という十字架を背負わされた我々国民である。おにぎりの値段を見よ。ポテトチップの袋の小ささを見よ。やせ細った秋刀魚を見よ。いも美の領収書を見よ。ホテルの請求書を見よ。ダリウス・ミヨー、田代美代・・・浅田美代・・・。
ベッセント米国財務長官からリフレ財政は辞めよ・・・という意思表示がなされている。だが片山財務大臣はそういった意見は聞いていないと嘯いている。他国の財務長官が財政金融政策に口出しをするようになった。日本は敗戦を終戦と言い換えた時に政治的には米国の属国になったが経済的にも属国になったことがはっきりした事件であった。
個人的な話になるが30年前、1兆2000億の負債を抱えた企業の経理財務課長だった。その借入金の返済が儘ならず最終手段として金融機関に一部債権放棄をお願いし会社更生法の適用を受ける手続きをしていた。当たり前の話であるが簡単に借金を棒引きにしてくれる銀行などないし、どんどん日銀券刷ってインフレにして借金の価値を下げることもできない。その時の実感が今の日本に重なって見える

As time goes by 日記 9月2日 複雑化の教育論

札幌は完璧に秋の気配である。暑かったとはいえ昨年ほどではなくこれから来る冬の事を考えると寧ろ暑かった夏の事が懐かしくなる。別れた彼女が素敵に思える幻覚と同じである。ここ一週間の中で学生と朝まで過ごすことが二度ほどあった。内田樹が「複雑化の教育論」の中で述べている事であるが学生生活は偶然の出会いに満ちている。その中で将来の道が偶然的に決まることが有る。例えばサークル活動である。キャンバスを歩いていたら渡されたチラシを見てジャズ研に入ってプロになってしまったと言う事もある。今の学生はシステマティックに設計されたプログラムをこなしてきたものが受験の勝者になり上のステージである大学でも当局の指針に従うものが優秀な人材と評価され社会に輩出されていく。そしてそういう序列的な社会構造が再生産されていく。当然生活、文化面でもその社会構造の相似形の村社会が生まれる。その共有地がサークルだったりする。話はダカーポしてサークル活動に戻る。ジヤズ研でも同じ年目の繋がりが強く年代で固まる傾向がある。先輩は得た知識を後輩に身をもって示すのが理想と考える。それは音楽用語で語れる物だけではない。音楽用語とデータべース的知識が多いものが声がでかくなる組織は活性化しない。通称学生all starsと云う企画がある。プロと学生がコラボしてもらう企画である。僕の思惑は優秀な学生のプロ登竜門としてしているわけではない。ある力量に達した時に経験した体験を後輩に伝えてもらう事である。後は良質な聴き手として社会に輩出してもらう事である。ドリームハラスメントと言う用語がある。将来の夢を早く設定しその階段を一歩ずつ上がっていく人生がある。いかにも賞賛されそうな生き方であるが一個歯車が狂うとボロボロになるケースがある。身近の学生が心の病になるケースをよく見聞きするようになった。早く設定した夢の反動であることが多い。

As time goes by 日記 8月19日  臼庭潤の命日

8月19日は臼庭潤の命日にあたる。14回目か・・・臼庭潤と言っても知っている人はもうあまりいないかもしれない。無名な店lazy birdであるが東京方面では二点に於いて有名である。其の一本田珠也にドアを蹴破られたこと。其の二、臼庭がライブレコーデイングをしてくれてそれがアケタズディスクから発売されたこと。二人はマブダチで若い頃しのぎを削っていた。両方からお互いの面白いエピソードを色々聞いた。臼庭はピットインで出禁になったことが有るらしい。音楽そっちのけでお笑いライブまがいになったことが有る。lazyでは節度あるパフォーマンスでMCも楽しいものであったがその心根は推察できる。ロリンズの東京公演は全部聴いている。だが楽屋は一度も訪ねたことはないと言う。
ロリンズが嫌な人間だったらイメージが崩れるからという理由からだ。その心配は宝くじにあたる確率よりも低い。ロリンズもそちら側に行った。思う存分話して欲しい。僕は昔駄洒落を連発する人間ではなかった。臼庭と出会って開眼した。
東大モトクロス
京大ザンギ
このフレーズのやり取りから全ては始まった。音楽と一緒である。「俺はお前の音ちゃんと聴いてるぜ・・お前のアイデアの膨らませ方と一緒だろう・・・」と言っているのである。臼庭の豪快に吹きまくる裏の繊細な感受性を僕は見逃してはいないと思っている。殆ど音楽の話はした事がない。全部ライブで出し切っている。音で分かるよな・・・と言われている気がした。
今年の二月出張lazy企画で渋谷の琥珀にお邪魔した。臼庭の妹さん綾子さんが臼庭の写真を携えて来てくれた。珠也が誘ってくれたのである。綾子さんは亡くなってからライブに行くことができなくなったと聞いた。お母さまの体調がすぐれなくて線香をあげに行くことは叶わなかったが綾子さんと数時間臼庭の想い出話をした。臼庭の思い出は尽きない。〆の駄洒落である
クラッシックネタになった時の作品である
爆笑の湖
ピーターとオカマ
剣の二の舞
ショパンの事情
臼庭潤よ永遠なれA。

As time goes by 日記 8月16日 我、宮城に向かいて遥拝す

8月6日広島での平和記念式典が行われた。その後の記者会見は完全な出来レースで予告された質問に高市総理は回答書を見ながら読み上げただけであった。会見は10分ほどで終わり業を煮やしたフリージャーナリストがもう一問問質問させてくださいと挙手をしたが司会者に遮られ、その記者は広島県職員に取り囲まれた。それを横目でにらみながら大手メディアの記者が余計なことするな・・・という表情を浮かべ会場を後にする。劣化したマスメディアを目の当たりにした。総理はその後公務があるということであったが向かった先は歯医者であった。8月9日の長崎での式典の挨拶にも共通することは非核三原則については現在維持されているということを述べるに留まり今後も堅持するという表現は使われなかった。これは年内に予定されている安保三文書の改定で変更もあり得ると暗に述べているに等しい。これが被爆者の家族の気持ちを逆なでしている。
8月15日終戦記念日。敗戦を終戦と言い換えたことにその後の日本の将来のねじ曲がり方の原型があると考える。全国戦没者追悼式での高市総理の式辞に戦争に至った反省はない。寧ろ巻き込まれたとのニュアンスさえ醸し出している。この日靖国神社参拝をするかどうかが取り沙汰されていたが流石に取りやめたようだ。だがこれでは右派支持層から見放されるという危機感から武道館駐車場から靖国神社の方に向かい正式な作法でこうべを垂れたと報道させている。参拝には行けなかったけど出来ることはしてるわよ・・・という右派人気取りの行動である。新聞各紙には遥拝と報道されている。戦争末期ガダルカナル島などで最後の突撃前にはるか離れた皇居の方に向かい万歳を三唱した後、深々と礼をする行為である。
そもそも靖国問題とは何であるのか・・・。中国は軍民二元論を採用している。中国は日本に侵略されたのは事実であるがそれは一部暴走した軍部の仕業であって多くの日本人民もその被害者である。1972年の日中国交正常化での共同声明では周恩来はその趣旨から日本に賠償を求めなかった。
靖国神社は明治時代に設立された一宗教法人である。官軍、いわば国家に奉仕した人間を合祀している。そこにA級戦犯が合祀されたのは1979年のことである。その後中曽根総理が公務として参拝をしてから中国が話しが違うと反発しだした。それ以前は反対声明を出したことなどなかった。歴史的経緯を知っておくことは重要である。

「日本人はなぜ家で靴を脱ぐのか」井上章一著

まだ全部読んでもいないのに紹介したくなる本が稀にある。タイトルの様に日本人が家で靴を脱ぐ理由は説明してくれない。これはぼったくりバーの客引きに引っ掛かり「3000円ポッキリ、若い子触り放題」の口上に釣られてドアーを開ける行為に似てはいないか・・・。子供の頃靴を脱ぐという行為は当たり前であった。自宅、学校、児童会館、病院、床屋・・・どこでも靴を脱ぐ。脱がなくて良いのはデパートの丸井さんだけである。(札幌の人間は丸井百貨店だけ丸井さんと「さん」づけで呼ぶ。三越、東急は呼び捨てである)初めてテレビが家に着て海外ドラマをみて驚くことが有った。母親が綺麗で冷蔵庫がやたら大きくそして家でも靴を履いている。ベットに寝そべる時も靴を履いている。イヌのウンチを踏んづけた靴で寝そべったらと思うとぞっとしたことが有った。当時日本ではそれ程犬のうんちが落ちていた。そこから「犬も歩けばウンチする」ということわざができている。大昔北大恵迪寮に行ったことが有る。あまりの汚さに靴は履いたままで良いと思っていたら土足厳禁と言われたことが有る。靴を脱ぐか脱がないかは屋内と屋外の境界線を巡る争いであり明治維新以後生活全般急速に西洋化を進めてきた日本人であるが靴は脱ぎ続けた日本人の心性とは何か。時々乗せてもらった車が土禁車だったりすることが有った。若者に多かった。やっと買った車は彼らにとって家そのものであり家では靴は脱ぐものという言う伝統的思考を引き継いでいる。1昨年、何十年かぶりにスナックに連れて行ってもらった。そこが靴を脱ぐタイプのお店であった。まずい・・・。指先に穴の開いている靴下を履いてきている。ずっと止まり木に止まるインコの様に指先を丸めていた。その深層心理はイケメンの彼に「今日は帰るの・・」と聞かれたとき勝負下着を着けていない事を後悔するOLのそれと同質である。

震災地視察動画の功罪

熊本地震の被災地を訪れた高市総理の動画が物議を醸しだしている。SNSではヘリコプターから祈りを捧げる高市総理の姿が切り取られ非難轟々である。そこだけ見ていても何をそんなに怒っているのか当初分からなかった。全編見た。と言っても高々2分程度である。見終わった印象はハリウッド映画の予告編、あるいはナチスの宣伝映画をとったレニ・リーフンシュタールのプロパガンダ映画を彷彿させる。女優高市早苗の凛々しさをクローズアップできるように色々な映画技術が駆使されている。カット割り、照明、ヘァーメイク、音の被せ方などなど。被災地熊本は完全に単なるロケ地として扱われている。福島震災時に被災者から罵声を浴びせられる菅総理の様なカットはない。避難所は前日に綺麗に清掃され豊富な支援物資は整然と並べられている。そこを視察する高市総理・・・。そこに出演する被災者は5人。その一人が総理に「至れり尽くせり」と謝辞を述べている。そのカットは被災者の目線と言う程で総理を写している。その老人はクーラーの利いた部屋で総理が来るまでの30分ほど新聞を読みながら待っていたと独立系メディアに抜かれている。被災者の切実な声はどこにも出てこないし瓦礫の山も写されていない。ご当地の職員と懇談する時或いは見送りを受けるときはアングルが明らかに上から目線である。撮影は映画機材で行われておりプロがとっている。これは政府広報でであり税金で賄われている。蓮舫議員はこの動画にいくらつぎ込まれたか国会で追及すると言っている。

2026.7.31 村田中@麗人バード


村田千紘(tp)田中奈緒子(p)若井俊也(b)中村海斗(ds)
 この時期の札幌はビア・ガーデンだの花火大会だの恒例行事の渦中にある。恨みはないが人だかりは鬱陶しいから近づかない。最早この種のイベントにいつ行ったったかすら思い出せないぐらい疎遠の状態だ。そんな折、街の片隅(失礼な!)で大規模催し何のそのの貴重なライブの幕が開いた。メンバー個々は聴いているも、村田中のユニットは初めてとなる。ここで少し脇道に入るが、好きな音楽はと問われて、「私ジャズです」という問答がある。このシンプルな受け答えには幾分注釈が必用である。例えば筆者が「ジャズです」と言ったとする。個人的には一時よく聴いたフリー・ジャズは今や殆ど聴かなくなっているし、あのフュージョン全盛時にあっても殆ど聴いていないという事実がある。一口にジャズといっても、筆者にとってのジャズはこういう経緯の上に存在している。人によっては更に狭い範囲でジャズに寄り添っているかも知れない。これは難しく考える必要などなく、聴き続ける基準として感じられるかどうかだけが残っているということだ。この基準に照らせば、無理して網羅的に聴く必要はなく、楽器においても管であれ鍵盤でれ垣根は取り払われていく。垣根が無くなり楽器群がバリア・フリーになっても、善良なるジャズ・ファンが、スティービー・ワンダーとミスター・マリックを見間違うことが有ってはならない。両者ともその分野のマジシャンだなどと言うなかれ。さて、話を立て直し、今夜のツー・トップである村田中に焦点を当てることにする。これまでの印象を語ろう。二人の共通点はあからさまに熱ある方位に向かって行くことはなく、熱っぽさを内側に託すことを選択していることだ。それは彼女らを写すアルバム・ジャケットと一致していないと思うのだが、ズレが気になっているだけで意地悪で言っているのではい。実際このライブを聴いていても、筆者が持ってきた印象は正鵠を得ていると思うのである。飽くまで聴きどころは、内省をコアとする演奏である。それが趣味の良い演奏として私たちに提示される。そこに海斗が程よく揺さぶりを掛け、俊也が総体の纏まりを付けていく、これがカルテットとしての全体像を型づくっている。そのバランスは上々のもので、「また呼んで欲しいリスト」に入れて置くことにしよう。演奏曲を紹介しておく。スタンダード「On The Trail」、C・コリアの”Friends”から「Waltz For Dave」、田中の凝ったアレンジによって曲のイメージを怪しく変える「How High The Moon」、スタンダード「These Foolish Things」、ブルー・ミッチェルの曲らしき「 Cup Bearers」、時々作曲の達人となるジジ・グライス「Social Call」、ワンダレイの名曲「Summer Samba」、田中の演奏に対する思いの丈をMAX詰め込んだ「Bright Lights」、作曲者不明の「Blues」、アンコールはサービス曲の枠に収まらない惚れ惚れする「I Hear A Rhapsody」。
 この前日は村田レスの田中奈緒子トリオ。演奏については二重◎を付けるに留めておくが、この日は海斗25才の誕生日だった。田中のHappy birthday to you~に乗ってレイジー店主が手で持ちきれないサイズのケーキ進呈。この”至上の愛”に海斗ビックリ、ライブならでの微笑ましい一コマであった。(M・Flanagan)

Jazz紳士交遊録 vol29 村田千紘

今月初め村田中でチッピーこと村田千紘に来てもらった。菜緒子の襷を村田千紘に引き継ぎたい。存在を知ったのも村田中のデビューアルバムである。音より先にそのジャケット写真に気を取られる。二人がスクールジャージに身を包み収まっている。チッピーは小首を傾げ品の良いお嬢様然としている。このアルバム制作者の意図は手に取るようにわかる。推しがしやすくなるように近くにいる庶民派に仕立て上げようとしている。初めて来てもらったというより演奏してもらったのは池田篤がコロナ関係で来れなくなった時だ。たまたま旅行がてら池田を聴きに来ていたチッピーに急遽演奏してもらったのがきっかけだ。見かけ通り山の手のお嬢様だったら会話がちょっと窮屈になるなあと思っていたら全く予想が外れた。品は良いが実にさばさばしている。頭は良いが気遣いも出来る。こうなると親の顔を見てみたいと言う事になるが若井俊也に聞くとご両親はいたって普通の真面目な方と言う事だった。トランペットも花形楽器であることも良いことにこれ見よがしに突っ走るタイプではない。しかしツボはちゃんと抑える演奏である。KドーハムとTベイカーを足して裏漉ししたものに塩、コショー、ヘロイン少々加えこんがりやきあげたものを想像してもらうと分かりやすい。二月出張lazyと云う企画で渋谷の琥珀にお邪魔した。チッピーも駆けつけてくれた。大石学トリオに松島、丈造、チッピー3人のトランぺッターが共演する場面が出現した。僕は一世風靡したブラスロックの雄チェイスを想い出した。その事を告げると勿論、曲「黒い炎」は知っています・・・と心強い返答があった。好きなトランぺッターは・・・というべたな質問はあまりする機会はないがチッピーの場合は聞かなくとも分かる。
もし一にマイルス、ニニ・ロッソと答えてくれたなら僕との相性もドンぴしゃ・チェーリーだ。

As time goes by日記 8月6日 産学連携

新聞にNTTドコモと藤女子大が女性のキャリア形成の分野を中心に産学包括連携協定を結んだとあった。この手の記事を目にすると「あ~ああ」と思うのである。また企業の延縄が大学に伸びてきている。大学が生き残りをかけて企業向きな学生を製造する工場になり下がりつつある。北大も独立行政法人になってからキャンパスに企業の施設を見かけるようになった。立消えになったが広い敷地を利用してファイターズの球場を誘致する話も有った。国からの補助金も文系は獲得しずらくなっておりそれを上手く引っ張ってくる教授に人気が集まる。大学院試験も難しくなると言うよりは手続きが煩雑になったとの印象がある。学部生は長ければ2年間就活に費やす。公務員志望の学生の中には在学中から専門学校に通って試験対策をする子もいる。いったいいつ本分の勉強をするのだ。昔は良かったというつもりはないが50年以上前の話になるがある教授の「君らは企業に入ればその組織にとって有用になるように求められる。大学時代位存分に無駄なことしてください」という言葉を今でも覚えている。無駄な事とはマージャン、パチンコの事ではないので念のため・・・。就活も2,3週間で終わった記憶がある。最後の大学紛争の残り火がある時期であったがサブカルチュァー的には実り多い時代でもあった。村上春樹、村上龍を輩出しジャズ界隈では山下洋輔トリオなど自分の言語で表現するグループも現れた。若者には時間と金を与えて好きなことをさせるのが一番面白いものが出てくるのは今も昔も変わりはない。今の学生は金がない。複数のバイトを掛け持ちしながらやりくりしてる。見ていて気の毒になる。まず学費が高い。そしてこの物価高である。親の仕送りだけではままならない。
将来に関し親の意見も考慮しなければならない精神が生まれる。それが良い大学、良い会社という
ヒエラルキーに従順に対応するボーダーコリーを産むことになっているのではないのか。それでは必ず学力、知力、そして国力も落ちる。

消費税減税と為替介入

食料品の消費税減税案が閣議決定された。来年4月には1%に引き下げられ差額は現金給付される。我々庶民にとっては朗報の様に思われるが果たしてそうなのだろうか。この財源は明示されていない。市場にはどうせ赤字国債でしょう・・・と見透かされている。そうすると長期金利が上がりインフレの加速要因となる。消費税をまけてもらっても全物価が上がりインフレ課税されるのであれば元の木阿弥である。3000円ポッキリと言われて入ったボッタクリバーで何万も請求されるのと同じである。この風潮を嫌った高市政府は「どう、正しい政策なのよ」と言わんばかりに円高誘導したという陰謀論が流布している。確かに選挙期間に財源は外為特会・・・との発言をしている。3日の協調為替介入に投入された金額は5兆円と聞いていたが市場推測で12~13兆円にのぼるらしい。その為替差益が5兆円と見込まれそれを消費税減税の原資と考えている節がある。まさかネットでバズっているこんなインチキ経済学に一国の総理が傾倒しているとは普通思わないはずであるがネット情報だけに頼る難民にはこれが真実と映る。これは経済学に限らない。ジャズに関しても当てはまる。

協調為替介入の真相

日米協調による円買いの為替介入があった。163円まで急落していた円が155円台まで急騰した。米国はユーロを売り円を買い支えた。トランプは日本に頼まれた・・・とX上意見表明しているがこれはあてにならない。米国が自国の為にならないことは決してやらない国である。軍事問題であろうが経済問題であろうが関係ない。財務省三村財務官は「日米通貨同盟の完成形」と嘯いているがすべて米国の事情による。米国の長期国債の利回りが高騰している。これは米国債が流通しづらくなっていることに起因している。日本は一番の米国債保有国である。だがこれを勝手には売れないのである。消費税減税の論議などになると必ず財源の話になるが米国債を売るという話にはならない。嘗て橋本内閣の時この話を持ち出して辞職に追い込まれたことが有る。高市政権は相変わらず積極財政を誇示し根本的なインフレ対策を打ち出さない。市場はそれを見切り相対的に安い日本の不動産購入に奔走し円は売り浴びせられている。米国は日本初のデフォルト、金融恐慌を警戒しての協調介入である。米国は日本だけが静かに死んでくれることを願っているのでありそれが米国に波及することを恐れているのである。投入金額は5兆円位らしいが一時円高に誘導しただけでじりじりと円安方向に戻しつつある。効かないシャブを打ち続ける3流ジャズマンの愚行に等しい。

Jazz紳士交遊録vol28  田中菜緒子

明日から菜緒子に来てもらう。この交遊録何回目か調べてみると前回は若井俊也であった。菜緒子を紹介してくれたのは俊也である。ちょうどタスキをつなぐ形になった。菜緒子の特徴はその包み込むような優しいピアノの音色にある。クラッシックのトレーニングを積み上げてきた人に時々ある「氷の微笑」的な冷たさがない。女性に在りがちな音符の眉毛が釣りあがったヒステリックな音もない。その音に身を任せていると想い出すのは母親の羊水に身を任せている無垢の自分である。オリジナルには凝った曲もあるが理論武装しないと太刀打ちできないようなものはない。それは菜緒子の人柄と相似形になっている。何度か来てもらっていると確率的に事務的な齟齬をきたすことが有る。菜緒子にはそれがない。この話を俊也にすると「それは僕が全部やっているからです」と言われた。菜緒子はそういう面では割と愚図らしい。やはり人は見かけによる・・・のか。菜緒子がCD買ってくれたお客さんにメッセージを書いて行ってくれたことが有った。その時はドラムの柳沼がいた。そして何故か店に口紅があった。菜緒子が書いた便箋に二人でキスマークを付けた。それを誰か菜緒子にメールで送った。返信が来た。「あいつらだな・・・」あいつと呼ばれて一気に距離感が縮まった。薄っすらと残った口紅を付けたまま打上のいも美を飲み続けた。
週末は村田千紘にも来てもらって村田中スペシャルカルテットである。俊也、中村海斗のリズムセクションである。お勧めである。
僕は吉田である。多少楽器が弾ける。以前菜緒子に「吉田中」で売り出そうと提案したことが有る。「ウフフ・・」と曖昧な笑で誤魔化されてしまった。

暴走列車

国会の最終日は大荒れであった。意味のない一週間の会期延長。副首都構想を通すという連立を組む維新へのお土産の意味しかない法案を無理くり通そうと目論んだ。維新は来春の統一地方選挙の際、大阪府知事選、大阪市長選を看板に三度目の大阪都構想住民投票を敢行する予定である。これはまだまだ人気のある吉村知事を前面に出し相乗効果で大阪都構想を通してしまおうと意図である。そのためには今国会で副首都構想を通しておく必要があるという極めて独善的な判断による。副首都が大阪に決まったわけではないが維新は既成事実の様に喧伝し自党延命、飯の種と考え重要視している。参院では採決が野党により拒否されそのお返しとして高市総理は衆院予算委員会集中審議への出席を拒否し抵抗している。。サナエトークン、物価高問題、消費税減税など何一つ説明されていない。結局集中審議は会期中には開かれなかった。高市総理のSNSでは寝る時間がないアピールが頻繁にされ限られた時間で洗濯やら裁縫やら家事をこなしているらしい。そういう情報が女性有権者に受けると考えている。悲しいかな実際に受けている。だがここにおいて急速に支持率が落ちてきている。皇室典範改正、国旗損壊罪など法としての枠組みが曖昧なものを通過させてしまった。数の力で国会を冒涜している。この事実が少しずつ国民に浸透してきたようだ。不幸中の幸いである。
1960年代一世風靡したグランドファンク・レイルロードというハードロックバンドが存在した。このバンドの日本公演は大雨の後楽園球場で開催され興奮した聴衆が暴れ出し警官が動員された。バンドの印象が暴走列車と重なる。それが二重の意味で高市総理と重なるのである。

As time goes by日記 7月19日 カラス

マリア・カラスの歌声で目覚めたいと思っていたが早朝けたたましい物音で目が覚めた。カーテンを開けるとベランダの手すりに肥え太ったカラスが止まっていてオジー・オズボーンの様にギャーギャーとシャウトしている。向いの電柱にはもう一羽止まってる。其の二羽が時々ヘビメタボーカリストの様に叫びながら地上すれすれまで急降下しお互いの場所を入れ替えている。目を凝らすとその先に油揚げを咥えた狐がいる。あれっ・・・この光景以前に見たことが有ると思った。自宅の近くに小さな公園がある。その日は何かの打上もあって朝方になっていた。公園の小山でカラスに威嚇されている狐を見つけた。 酒も入っていたので気も大きくなっていた。僕は傘を振り回しカラスを追い払った。気分は敵地に一人乗り込むトム・クルーズであった。店から自宅まで徒歩15分位である。その距離間で狐を見かけたことは4度ある。そんなに狐は繁殖しているのであろうか。同じ狐なのであろうか・・・公園で助けられた狐が今日も僕に助けを求めて自宅前まで逃げてきたと考える方が話としては面白い。
問題はカラスの方である。オジーオズボーンカラスの方は独特な鳴き方とその音域で聞き覚えがあるのである。流石に容姿では判別できない。AKB47のメンバーは皆同じに見えるのと一緒である。先日も店に行く途中、例の公園の近くで2羽のカラスに威嚇された。急降下爆撃機の様に頭めがけて執拗に攻めてくる。その日は勿論素面であり傘持っていなかったので純真な女子高生の様に走って逃げた。もしかして三度とも同じカラスで僕の事を怨んでいるのであろうか。それ程頭よければ北大に入れるかもしれない。
カラスとかけまして源義経と解く
その心は
どちらも九朗(crow)でしょう。

欲望という名の電車風に・・・

テネシー・ウィリアムスの戯曲でもマーロン・ブランド主演の映画でもなくケニー・バレルの名演でもない。
皇室典範改正という名のクーデターである。タイトルに惹かれてこのブログを開いた方は騙されているように我々はこの法改正に二重の意味で騙されている。この法整備過去に何度も議論されており悠仁親王が誕生した時一次沈静化棚上げされた経緯がある。皇族数の不足という観点から議論されていたが今国会に上程された内容は養子を含む男系男子による皇統継続と言う全く違う内容であった。殆ど国会の審議を経ず通過してしまった。国会の総意という点で騙し打ちにあった。2016年上皇の生前退位の御言葉が発表された。国民統合の象徴としての公務を果たせなくなったとのお考えからであった。上皇の在位期間は安倍元総理の在位期間と被っている。この時期は国民間の分断が進み格差が顕在化していった。寄り添うべき国民が分断されていることに心を痛めておられた。上皇は象徴天皇としての自分の責務を考え抜き国民に寄り添うかたちで災害の地域を訪問し先の戦争の激戦地を訪れ祈りを捧げた。その考えは今上天皇にも引き継がれており愛子さまにも受け継がれているはずである。愛子さまの小学生の時の作文を読むとそれがわかる。その平和主義が今の政権とそれを支える勢力にとっては邪魔なのである。先端産業では周回遅れをとっており、手っ取り早くGDPを上げるのに軍事産業に傾倒する安易な道を選んだ。その方針が現皇統の考えと西瓜と天ぷらの食べ合わせ位相性が悪い。それを今回の皇室典範改正という現天皇の皇統を断絶しかねない施策を強行に押し通してしまった。このだまし絵は分かりづらい。憲法に定められた象徴天皇制と言う国の形を変えるクーデターと言ってよい

As time goes by日記 7月18日 完璧なバイト

As time goes by日記 7月18日 完璧なバイト
土曜の夜の営業、ライブはない。昼ライブをやったこともあり半分消化試合的にアン・ハザウェイのビデオを見て暇を潰していた。眼鏡の度が合っていないので1本見るとかなり疲れる。そこに二人連れが訪れた。近寄らないと誰か分からなかった。見慣れないコード進行に出会うとロストしやすい事に近い。バイトのじんみと5,6代前の北大ジヤズ研の部長Iである。サークルOBの結婚式に参列するための来札である。二人とも出張lazy企画で渋谷の琥珀にも顔を出してくれた。二人とも学生all stars企画でその日出演していたミュージシャンの何人かともライブをしたことが有る。サークルのOBとの再会もあるがミュージシャンのとの再会も実現して楽しかったようだ。二人とも時間を見つけては楽器をいじりlazyで知り合ったミュージシャンのライブにも出かけてくれているようだ。lazyには歴代10人くらいの学生バイトが在籍していた。それぞれ賢くて素敵な子たちである。僕がボケないで元気なのは彼ら彼女らと付き合う時間がある事だと思っている。その中でもじんみの仕事ぶりは完璧であった。一を聞いて十を知る・・・どころではない。一を聞く前に二十が分かるタイプである。バイトにお願いしている仕事は限られているしあまり細かい指示はしていない。僕自身が適当な人間なのでコンビニみたくシステム化しすぎるとブーメランが自分に帰ってくるし雰囲気が無機質になる。じんみには同じ質問をされたこともないし帰る時にはグラスだけではなくシンクもピカピカになっている。後輩バイトも「じんみさんいつやっているんですかね」と首をかしげている。多分魔法使いで鼻をぴくぴくと動かすと一瞬のうちに綺麗になるのだと思う。精算時のミスも全くない。誰でも一度はやる計算ミス、善意の無銭飲食取り逃がしもない。僕は打上の駄洒落に集中できる。もし僕が国会議員になったなら第一秘書はじんみにお願いするつもりだ。

七夕の棚ぼた

7月7日、高市総理と吉村維新代表の七夕会談があった。維新の公約の一つである議員定数削減を今国会での成立を見送らせる事を約束させ皇室典範改正案を強行突破させる事を通告した。維新はすがりつき連立政権に残る道を選ぶか大阪で地域政党として細々生きるか選択を迫られた。維新は自党には影響しない比例定数の削減を打ち出し少数野党の顰蹙を買っている。参政党は大阪に大量の立候補者を擁立し全面戦争を辞さない構えである。維新も大阪でも安穏としてはいられなくなった。これで得をしたのは誰なのか・・・。麻生副総裁である。棚から牡丹餅が落ちてきたように見せかけているが完璧に仕組まれた政局である。皇室典範改正を何故今国会で成立を目指しているかと言えば高市人気が冷めぬ今しかないと麻生は踏んでいる。改正案は女性天皇を排除する内容になってる。これは明治時代の男尊女卑の考えにもつながる思想でありもっと突っ込んで言うなら国民の象徴としての役割を模索した上皇、今上天皇の皇統を排除したい発想に裏付けられている。先の戦争の反省など要らぬという事である。皇室典範改正も国旗損壊罪も防衛装備移転法案も安保法制解釈変更も地下水脈で繋がっている。戦争は明日から戦争します・・・と言って始まるものではない。高市総理は以前女性天皇容認の言説を吐いていた。元々確固たる政治理念を持っているようには思えなかったが自分の地位保持の為なら右だろうが左だろうがすり寄っていく。そこを麻生に見透かされた。大人しく俺の言うことを聴いていりゃ・・・総理の椅子にも少し座らせてやるわ・・・と脅されたのである。維新と手を切らされ国民民主との連立が見えてくる。今まで高市総理の施策は全く支持できないが首を取り換えられたとしてもキングメーカー麻生の息が罹った人間であるなら前門の虎後門の狼に等しい。

As time goes by 日記 7月8日 金利と大学生活

先日長期金利が2%に上がった。住宅ローンを変動金利で組んでいる人間にとっては返済額が何百万も増えてくることになる。これが社会人だけではなく学生にも影響している。奨学金を貰っている学生の返済額もこれに連動して増えることになる。卒業した途端何百万の負債を抱えて社会人のスタートを切るのはストレスが溜まる。就活も楽に返済ができる所謂コスパの良い企業が選ばれる。そういった基準で社会が回っていくことに学生時代から慣らされる。
奨学金が有償になったのは小泉政権時、竹中平蔵の音頭で採用された政策である。理由は返済をしない学生がいると言う事であったがその割合は1%前後であった筈である。生活保護費を削る理由と同じである。育英会の奨学金は教育、研究関係の特定業種にある年数従事すれば返済を免除された。その事が教育研究の分野の質を高める事にも貢献していた。
lazyでは学割2000円で東京のミュージシャンのライブも開放しているが参加する学生は年々少なくなっている。遠い親戚より近くの他人・・・と言う事なのかもしれないが学生のライブには来る。それも先輩、後輩よりも同期生を優先しているようだ。音楽に限らず伝統、技術が年目もっと大きく世代を超えて継承される事が真の保守主義と考える。そもそも金額の問題だけではなく学生は忙しいと言う事もある。まず学費が高い。生活費も高騰している。多分親の仕送りだけでは足りないのであろう。複数のバイトを掛け持ちしている学生も多い。国立大学の学費は54万、入学金26万初年度80万をポンと出せる家庭はそんなに多くはない。まして私学なら何をか言わんかな・・・である。僕の時代は学費4万だったと思う。その前の団塊の世代学費は1万だった。時代は高度成長期、バイトも腐るほどあった。上京しバイトをしながら学費も払える時代であった。親の意向を気にせず進路を選択できた。金が有って暇な学生ほど強いものはいない。学生運動もあったが文化的にも音楽、文学、演劇どの分野でも百花繚乱状態であった。こういう傾向を産業界は喜ばない。まず学生が暇でなくなるように学費を上げた。

ベストジューエリードレッサー賞の怪

高市総理の思想信条、人柄には一切共鳴できるものはないが服装のセンスは良いと思っている。高市総理がベストジューエリードレッサー賞なるものを受賞した。まずこの授賞式に出席した日時が問題である。インドとの首脳会議から帰国した翌日の事だ。その日の首相動静を見ると公務は何も入っていない。この授賞式に出席しただけである。国会の日程が厳しいとの理由でインド滞在期間を縮小したが当初地方の経済都市での開催を提案されたが先の事情で却下した。高市総理は国会答弁を拒否し逃げ回っている。飲んで飲んで・・・と歌ったのは河島英五であるが「働いて働いて」と表明したのはどなたであっただろうか・・・。寝る暇も無いと言うのであればそんな授賞式に出る暇あったら寝てください。高市総理はこの賞を主催しているジュエリー協会の副会長である。この授賞式に装着していた真珠のネックレスは2800万と発表されているがこの品は貸与されている。だがこの品とは別の800万相当の品が贈呈された報道されたのちこれも貸与されたとの訂正が入った。この品は国民の前には登場していない。よもやそんな首飾り貰ってはいないと思うがそんなことが有れば完全な贈収賄である。
李下に冠を正さず・・・という格言は知らない様である。高市総理は色々な真珠のネックレスをお持ちの様である。そのほとんどが母親の形見有ると公言しているがこれが又眉唾物である。母親は一時期公務員であったことがあるが常識的に考えて公務員の収入では宝石を買いあさる余裕はない。折れた煙草の吸殻で貴方の嘘がわかるのよ・・・♪」と中条きよしは歌った。高市総理の煙草部屋の吸殻を見てみたいものだ。
当日、この授賞式会場近くで安倍晋三回顧展が開かれており安倍昭恵夫人も出席していた。あれほど安倍元総理の威を借りて登り詰めた人間であれば最低の義理を果たしてしかるべきと思うが顔さえ出していない。東映ヤクザ映画を見たほうが良い。
義理と人情を秤にかけりゃ義理が重たいこの世の定め・・・♪
首で泣いてる唐獅子真珠

2026.6.27 大石・米木 June Pride


大石 学 (P) 米木康志(b)
 今年も半分過ぎていく。そして上半期の幕をこのDUOが締め括る。これは10数年の長きに亘って継続されている。巧妙な組み合わせに腕を振るうレイジーにあって、このような固定的プログラムはnot at allの部類だ。なので「前回、誰と演ったけ?」ということがなく、聴いた記憶にもブレが小さい。すると思い付き半分に纏めることが許されなくなる。かくなる上は、我が良心に従うしかない。そこで大石という演奏家について名誉棄損にならないよう注意を払いながら考えてみることにした。多くの者に共通しているのは、オリジナルを始めどの曲どの演奏においても、何処にも属さぬ大石だけの世界を感じているとことだろう。ある曲を例に採れば、固唾を飲むような細心のラインが続き、少しづつうねり始め、そして突然炎のごとく入魂の一撃を打ち込む。瞬く間に我々の耳殻が吸収される。ここには一貫して淀みを濾過しようとする美意識を以て曲に生命力を注ぎ込む大石がいる。では、大石をして大石たらしめているものは何か。これまで聴いてきたことを手掛かりに推量してみたい。おそらく彼は大勢の中で妥協を強いられることを頑なに拒否しており、そうすることによってしか本当の調和は得られないと確信している。俗っぽく言うなら、多数派工作にまみれて陣営の拡張を図るような振る舞いに対する嫌悪感が、彼を突き動かしている。窮屈な群がりから距離を置くことによって彼は自己証明の拠り所を獲得していると言ってよい。それは孤立ではなく創造の磁場に相当している。大石を初めて聴いてから今日に至る20数年間、音楽家としての彼の人間像に関する漠たる私見を述べさせて頂いた。ヤレヤレまた的中率を下げたかも知れない。さて、このDUOは諸作をリリースしている。その積み重ねを2026年6月のレイジーで十分確認出来た。この高潔なLIVEは、どうやら筆者にとって好いた惚れたのJune Prideとなったようである。演奏曲は「Old Folks」、「Nearness Of You」、「K・J&G・P」、「Gemini」、「Continuous Rain」、「All The Things You Are」、「い~も~美~」、「微熱」、「Everything Happens To Me」、「Wish」、「Peace」など。
 かつて毎年数度は来演していた米木さん。ここ5年ぐらいはメっきり減っているが、今回は1日置いて朋子さん岡本さんとの再会トリオの運びとなった。緊張感と和やかさが程よく、唯々心が温まるものであったことを付け加えておく。(M・Flanagan)

皇室典範改正の水面下

悠仁親王が生まれるまで愛子様へのバッシングは酷かった。天皇はオランダ、ベルギー外遊前に皇室問題は国民の納得できる形でと述べられている。棚上げしていた後継者問題が皇室典範改正という形で加速化していた。高市政権、それを裏で支える程を装っている麻生副総裁の思惑での改正案である。当初皇族数の確保という観点からの議論であったはずであるが蓋を開けたら男系男子限定、旧宮家からの養子案が盛り込まれ案が閣議決定された。ここ最近の愛子さまブームに水をさす形で絶対女性天皇はダメだと宣言した。自民党極右勢力の一角である中曽根弘文は愛子さまとは結婚する人もいない・・・等と発言した。流石の天皇もぶちぎれた。「てめえ、人の娘にケチつけやがって。二世議員のウィスキーボンボン野郎」と言いたいところをぐっとこらえて宮内庁長官に思いのたけを穏やかに伝えた。宮内庁は異例の意見表明を行った。そこには政治的発言が許されていない天皇陛下の思いが隠されている。天皇後継者問題が今回の様に皇室典範改正という形で変更されるならば今後も政権与党の思惑で政争に利用されかねない。それは国民の総意とは程遠い所にある。世界の情勢を見ても長子が継承するのが時流である。イギリスのエリザベス女王を見よ。訪問先のオランダ、ベルギーも皇太子は女性である。この少子化時代に男系男子で皇統を維持するのは無理である。かと言って竹田恒泰のような人間が皇族に復帰するようなことになれば皇族に対する尊敬の念は爪の垢ほどにもなくなる。明治までは皇室典範は憲法と同様、法律ではなかった。国も形を決める要素を含んでおりその流れが現憲法にも残っており1条から8条まで天皇に関する記述である。海外ではカジノや女性問題で身を持ち崩す輩が出てくる皇室もある。だが幸い日本ではそのような人物が出ない教育が施されている。その道徳性と品位が保たれる皇統維持のシステムが担保されるのであれば天皇制には賛成である。天皇制が廃止されていたとする。となると今の国家元首は高市総理になる。そんな国の国民ですとは恥ずかしくて名乗れない。
本日の駄洒落 天皇陛下に捧ぐ
明治天皇 「目、弄ってるの」
大正天皇 「鯛しよってるの」
昭和天皇 「show終わってるの」
戦前であればこんな言動が発覚すれば不敬罪で銃殺刑に処されたはずである。臼庭が存命だった頃、学習院中等科で現天皇陛下のご学友に選ばれたが陛下に駄洒落を教えるのでクラスを替えられたという話を聞いた。当時駄洒落を言う天皇がいればファンキーだろうな・・・と思っていたが今はそういう天皇はちょっと尊敬できないなあ・・・とは思っている。大体この話誰かが盛っている。陛下と臼庭は年がだいぶ離れている。

国旗損壊罪という馬鹿法律

国会が大荒れである。国旗損壊罪という愚策を数の勢いで衆院を通過させてしまった。その場に野党はいない。元々外国の国旗を侮辱する目的で傷つけると外交問題に発展する可能性が有るという意味で制定された法律である。自国の国旗については国旗損壊罪には該当せず器物損壊罪か窃盗罪で十分対応可能であったはずである。なぜこんなこんな法律を物価高の猫の手も借りたいときに制定するのか・・・・。不特定多数のいる場所で人に著しく不快感や嫌悪感を与えるような方法で国旗を破る蹴る犯す等の行為をした者を処罰する為とある。国旗に象徴される愛国心と言う信条にかかわる問題を計る踏み絵に利用され憲法違反の可能性もある。不快感、嫌悪感と言う曖昧な感情的な基準で処罰されるどうか決まってしまう。これを取り締まるのは末端の警官である。恣意的な運用で使われるのが目に見えている。例えば市民運動のデモで国旗の扱いが不味かった場合も処罰の対象となり得る。まあ・・・危ない行為はやめておくかという市民運動を抑制する効果もある。芸術行為に関しては除外とあるがこれも怪しい。大体どこまでが芸術か・・・・マルセル・デシャンの便器を陳列するのは芸術行為か・・・そこに日本国旗を干すように掛けたとしたらどうなるか。馬鹿げた議論がとめどもなく出てくるはずである。お子様ランチの国旗は除外とあるがとんかつ定食に立てたら法に抵触するのか。これが中華丼だとするとかなり微妙なはずである。書いているだけで馬鹿らしくなってくる。
余談
高校一年の時大雪青年の家で宿泊研修があった。朝は体育館に集められ国旗掲揚から始まる。その国旗を隠した若きチェ・ゲバラがいた。当然ながら夜全員集められ罪は問わないから返しておくように・・・との訓示があった。勿論その国旗は二度と掲揚されることはなかった。[killing me softly]
を口ずさんでいる奴がいた。隠し場所が分かった。
炉端・フラッグ

As time goes by 日記 6月24日 民泊下見

2時。喫茶店ミルクの前でY子ちゃんと待ち合わせる。ミルクはフォークソングフアンには聖地のような場所である。中島みゆきを育てたマスターがやっている。僕も大昔来た記憶が薄っすら残っている。そのビルの上の階で民泊を営んでいるとY子ちゃんから聞いた。昨今のホテルの高騰が頭痛の種であった。lazy から5分と言えば龍角散の距離にあるホテルに料金見直しと週末の契約企業割引がなくなる旨を告げられたのは昨年の事である。一番高い時で4倍の違いがある。年200泊位利用する年もあるので東京のミュージシャンを定期的に聴ける店を売りにしていたlazy にとっては死活問題であった。とはいえ長い時は1週間単位で滞在してもらう時もあるのであまり不便な施設は演者に失礼に当たる。3人までならプライバシーも保たれる間取りになっていたので一安心である。そうとは言え観光シーズンは混みあっていてスケジュールが合わない。取りあえず若手の労働者階級で試して感想を聞いて今後の事を決めようと思っている。そういうお試しコースに相応しい人材がいる。ドラムの柳沼である。大体柳沼は自分の部屋が燃えるごみの日のゴミステーション位汚いと聞く。チェックアウト後にミルクから賠償請求がこないかも知っておきたい。下見後仲介の労を取ってくれたY子ちゃんとミルクでお茶をする。喫茶店に行くのは2年ぶり位、誰かと喫茶店でお茶を飲むのは10年以上無い。場所柄だけに「学生街の喫茶店」のメロディーが口をついてきた。マスターと中島みゆきがいた頃の札幌の音楽状況の話をちょっとだけした。55年ほど前、札幌が松前藩だった頃札幌には軽音楽の団体が2つあった。中島みゆきが所属していたフートジャンボリー。マスターはそこの立ち上げをしたらしい。もうひと団体はSING OUT。僕は高校生でそこの末席を汚していた。マスターから高瀬さんの名前が出た。今は芸森の録音スタジオを運営しているが当時大学生でSING OUTの音楽監督をしていた人である。
両団体はライバル関係にありヤマハライトミュージックコンテストでどちらが合歓の里に行くか競っていた時代である。

本日の回文 ミルクに捧ぐ
妻、ミルク包み待つ

G7の風景

フランスのエヴィアンで主要国首脳会議が開催された。だがこの会合の目的が米国を引き留めることが主眼の会合に変質している。内容的にはG6+1あるが踏み込んでいえばG5+1+グリコのオマケである。そう思わせる情景がいくつかあった。各国首脳が席につく前談笑しているが高市総理は蚊帳の外である。英語が堪能ではない石破総理の時も同じような雰囲気であったが少なくとも媚びず堂々とはしていた。高市総理は会話に参加している振りをしてしまう。動画では一言も発していないのが分かるが政府広報の切り取り画像では何人かで談笑しているかのように印象操作されている。総裁選、衆院選の時と同じ手法である。首脳会議の場は外交の場である。空いている時間は友好的に使わなければならない。各国首脳は積極的に動く。誰からも話しかけられないし話もしない高市総理は手持無沙汰に椅子を揺らして時間を潰している。置き屋の芸者がお茶を挽いているのに等しい。英語ができないだけではなく中身をもう見透かされている事の帰結である。同じ女性のイタリア、メローニ首相は思想的には何ら共鳴するところはないが華が有り場を和ませる外交能力はある。スピーチでもトランプを持ち上げているようで内実凄い皮肉を込めていた。この会合のハイライトはイランとの停戦合意文章にトランプがサインするシーンである。場所はベルサイユ宮殿。普仏戦争、第二次世界大戦の調印をした場所でもある。マクロン仏大統領は歴史上残る画像を取る目的でこの場所を選んでいる。サインを終えたトランプに「good job」と誉めそやしている。世界の力関係が変わっていることを目の当たりにした感がある。記者会見で日本の記者が質問する機会を得た。
「どこから来た」
「日本」
「日本の総理は私の大フアンだ」
名前をまだ覚えていない。完全に見下している。高市総理にも何のシンパシーも感じないが同じ日本人として情けない。
マリー・ローランサンの鎮静剤からの一節を一部改竄、切り取り高市総理に捧ぐ
愛されない女より不幸なものは忘れられた女である。

余談
先日学生ライブの打上で学祭の打上の話になった。普段は顔を見せない女子部員が打上に来たらしい。過去にいくつか問題を起こした様に聴いている。打上の写真を見せられた。談笑している部員の肩越しに一人で恨めしそうにこちらを見ているその子の顔があった。
高市総理の印象と重なるものがあった。

As time goes by日記 6月15日 永遠の24才

老人特有の症状ではあるが朝早く目が覚める。時計を見ると4:30であった。you tubeの「寝ながら分かる純粋理性批判」がまだ流れている。そのせいかやたら理屈っぽい夢を見た。19年前のこの時間に友恵がなくなった。lazyの従業員であった。心のバランスを崩し1年ほど休んでいた。時々「絶対戻るから待っててね」とのメッセージが来た。店でちょっとした事件が二日続けて起きた。その事が原因で落ち込んでしまったのだ。僕にも責任の一端があるので彼女が戻ってくるまで待つ覚悟でいた。だがそれは叶わなかった。その時間に着信履歴があったのに気が付いたのは起きてからである。その当時は枕もとに携帯を置く習慣はなかった。その電話に出れていればと今でも思う。ちょっと危なげなところも有るが頑張り屋さんで僕にとっては実の娘がいる幻想を与えてくれた子であった。ある時期まで深夜後かたずけをしている時突然クーラーが動き出す事がよくあった。友恵が戻ってきたのだと思った。

As time goes by日記 6月9日 リラ冷えの季節

札幌はこの時期、猛暑の予感をさせるような天候が続くかと思えば倦怠期の男女関係の様に寒々とした日が続くこともある。北海道ではリラ冷えと呼ばれている。何となく隠微な響きがする言葉である。渡辺淳一の小説に「リラ冷えの街」という一編がある。自分の精子で人工授精をした女性と10年後奇しくもめぐり逢い不倫関係に陥る話である。50年前に読んだ小説であるがこういう天候が続くと何故か思い出す。この時期は北大祭の季節でもある。不倫とは無関係な催しである。毎年足を運んでいる。おおらかな心を持っている大人は300円で一日楽しめる。jazz研一年生の演奏を聴きたいので朝一から詰めかけている。高校生の時からジャズをやっているものはそんなに多くない。ブラスバンド上がりで楽器は操れる者、楽器も大学から始めたであろうという者がこぞってジヤズってこんな感じ・・・という演奏が微笑ましいのである。先輩に言われた曲を代表的な音源を聴きながら練習したのだと思う。枯葉を演奏したグループがあった。マイルスのサムシンエルスの手本にしている。マイルスとは別次元の緊張感である。ガス欠で止まりそうな車を皆で押して走らせているスピード感である。思わずにわか福音派となり指を組み神に祈るのである。頑張れ。頑張れ・・・・。年長者の演奏は流石である。Aブレーキートリビュートバンドがあった。時間が巻いて予定になかったモーニンをやることになった。会場が湧いた。同じリーダー、同じピアノで昨年もやっているからだ。名前は伏せるがlazyのバイトのIがピアニストであった。出だしのタッタタララララーラを全く違うメロディーを弾いてやり直した経緯がある。大爆笑であった。僕はIが受け狙いでやったのだと思っていた。今年もその流れを期待したが滞りなく進んでしまった。Iはサービス精神に欠けている。バット・パウエルではなくダチョウ倶楽部を研究した方が良い。今年が最後の学祭になる学生もいる。時間の都合で全部は聴けない。4年。或いは6年・・・僕にとってはあっという間である。

誹謗中傷動画問題の現在

週刊文春の報道に端を発した高市陣営の誹謗中傷動画問題は真相を究明すべく国会に議論の場を移したが高市総理はご飯論法やら一休さんのとんち話の様な逃げ口上を駆使しいっこうに話が前に進まない。IT会社代表松井健氏は高市総理公設第一秘書木下剛志氏から依頼を受け総裁選、先の衆議院議員選で対立する候補、陣営を貶める動画を大量に作成した事を文春に吐露したが高市総理は松井氏とは一切面識はないとし秘書からは週刊誌と私のどちらを信用するのかと怒られたなどと発言し国会の会期末まで粘るクリンチ作戦であった。ところがここで大きな進展があった。松井氏が実名、弁護士同伴で共同通信社の記者会見を行った。週刊誌を馬鹿にした様な発言をしていた高市総理もニュース配給会社は鼻であしらう事は難しいはずだ。大手メディアも後追い報道で援護射撃をして欲しいと望むものである。高市総理の国会質疑を見ていたが呆れて口が塞がらないしこんな資質の人間に今の石油危機を乗り切る能力などあるとは思えない。松井氏は暗号資産サナエトークンにも関わった人間である。このままでは全部自分に罪が覆いかぶさってくるとの危機感からゲロしたようであるが根は深い。

サキコロを巡る相聞歌


ロリンズが亡くなった。とうとうジャズの巨人が今いなくなったと言う思いである。牛さんに追悼文を依頼した。それに呼応する形で自分も一文載せようと考えていたがお互いのパソコン、ネット上のトラブルで時期を逸しそうになって来たのでロミオとジュリエットの様に引き裂かれた形での掲載となった。初めてロリンズを聴いたのは50年ほど前札幌市民会館であった。どういう曲を演奏したかは曖昧であるが大きな手とあの声は今も覚えている。宿泊先を突き止めホテルの入り口でロリンズを待ち伏せしサインを貰った。簡単な会話にも応じてくれて快くサインもしてくれて握手もしてくれた。毎年営業初めにはサキコロをかけていた。多分所持しているLPの中で一番再生回数が多いLPの筈である。ロリンズのフレーズは一部を切り取るとどこかアンバランスな感じがするがトータルで聴くと紛れもない「歌」に聴こえる。だがそれはスタン・ゲッツの様なシルクの肌触りの歌でなない。ロリンズは音だけ聞いていると豪放磊落という感じだが精神的には繊細で数度にわたり雲隠れし自分のスタイルに悩んでいた時期がある。モードジャズやフリージャズはロリンズには似合わない。ドン・チェーリーとフリージャズを模索していたRCA時代は低迷期である。馬子にも衣装と言うわけにはいかない。ロリンズの事を語ると臼庭の事を想い出さざるを得ない。臼庭はロリンズの東京公演は全部聴いていると言っていた。ギターの増尾さんがロリンズグループに参加していた時期もありその人脈で楽屋を訪ねることもできたが一度もドアを叩いたことはない。もしロリンズが思っていた人柄と違っていたら幻滅してしまうかもしれない事を危惧していた。師匠筋にあたる峰さんから「臼庭、コルトレーンじゃなくてロリンズを聴け」と言われていた時期があった。峰さん自身の体験からのアドバイスであろうがコルトレーンの死後傾いたジャズの回転軸を戻す動きがあったのは事実である。スティーブ・グロスマンがマイルスバンドを抜けてから先祖がえりをするかのようにロリンズにすり寄っていった。
さあ、ここでコルトレーンかロリンズかという大問題、あるいは愚問に直面することになる。王貞治か長嶋茂雄か・・・親子丼かカツ丼か・・・フォアグラか鮟肝か・・・・自分の好みを価値基準の上位に置きたがる象徴として使われた質問である。
サキコロで一番印象に残る曲は・・・と聞かれたら・・・。「ローマの休日」のラストシーンを思い出す。O・ヘップバーン演ずるアン王女が記者会見で聞かれる。「今回のヨーロッパ歴訪で印象に残った国は・・・」
それぞれに素晴らしかったですが・・と答え始めるが途中で言い直す・・・いえローマ、ローマです。
吉田レイジー国家主席は次の様に答えるであろう。モリタート、セント・トーマス・・・それぞれに素晴らしいと思いますが・・・・いえブルー・セブン・・・ブルーセブンです。
この曲だけ理論的に構築しようとした意図が感じられるが結局歌心が勝ってしまった壇ノ浦の戦いである。

<追悼> Sonny Rollins


 1975年の秋のこと、私にとって初めてのジャズ・コンサートだ。学祭のとき学生会館ホールにやって来たその演奏家こそがソニー・ロリンズだった。これは明らかに長らくジャズを聴き続けることになった起点になっている。ホール中央の前から5列目で聴いた「セント・トーマス」は忘れられない。そのロリンズが、2026年5月25日に他界した。著名人が亡くなったとき、決まって「一つの時代が終わった」というコメントが寄せられるのを目にするが、どうもしっくり来ない。これは一世を風靡した人物の功績が過去完了してしまっている場合に用いられるべきだ。従って朽ちることのないロリンズにそれは当てはまらない。そんなことを思いながら、ジャズの店の真似事のように供養の思いを込めて色々聴き返してみた。まずは名盤と言われているアルバムから開始するのを避けることにした。答えを急がないのが大人の作法である。ロリンズについては多くの論者が語り尽くしていると思われるが、私が思うことを手身近に言わせていただく。とかくシリアス系に偏りがちなジャズにあって、人のあらゆる情緒を音に解放し、大らかにして縦横無尽に吹きまくったのがロリンズなのである。しかもその溢れ出てくるプレイは演出めいたものではなく、資質から押し上げられて来ることによって、誰にも近寄ることができない個性となっている。立て続けに何枚も聴いていて、益々その思いを強くした。若くして名声を手に入れ、そして苦難を経験した巨大な才能は、最後まで自己検証を貫くという存在の仕方をしたに違いない。晩年は活動の縮小を余儀なくされたようだが、この人は第一線を退いた後も時おり隠遁しながらジャズの未来に目を向けていたはずだ。だから「一つの時代が終わった」などとは誰にも言うことができないのである。
 ロリンズとの出会いから50年余り経ってしまったが、ジャズとの”橋”は架かったままになっている。その場所からサキソフォン・コロッサスの冥福を祈りたい。(M・FLANAGAN)

大政翼賛会への逆行

タモリが新しい戦前という言葉を放ったのは何年前であったろうか・・・・。その空気感が今、色々な方面で充満している。高市総理が就任して初めての党首討論があった。時間は45分、それを各党の議席数の割合で時間配分するので3分という党もあった。キューピー3分間クッキングか・・・。どの党も全く政権を料理しきれていない。韓国外遊の高市総理をヨイショする外交辞令で無駄な時間を浪費し今日本が直面する問題に切り込む議論が全くない。週刊文春にすっぱ抜かれた公選法に抵触するかもしれないSNSでの誹謗中傷メール問題に関して誰も質問すらしない。付け加えて質問予告までしていることまで討論中にバレてしまった。茶番the茶番である。こんなことが許されるのであれば政権は真面目な議論などすっ飛ばして何でも数の力で押し切ってしまう。自民党内でも怪しい動きがある。「国力研究会」なる自民党議連が立ち上げられた。名目は高市総理の政策を挙党一致で支えるという勉強会である。417人の自民党議員のうち327人が参加している。これを裏で糸を引いているのは麻生太郎である。麻生副総裁は高市政権の生みの親ではあるが高支持率を背景に高市総理は麻生副総裁を閑職に追いやろうとして関係性は冷え切っていた。策士麻生はこれを逆手にとって政局を仕掛けた。表向きは高市政権を支えるという錦の御旗であるが参加しない、あるいはさせない反逆分子をあぶり出す細川踏み絵である。高市には「俺の言う事を聞いていりゃ来年の総裁選を無投票で通してやる」との圧迫をかけ反主流派には「人事で冷や飯食わせてやる」とのメッセージを送りつける。この飴と鞭によって麻生はキングメーカーとしての地盤を盤石にしようと目論んでいる。だが大手マスコミは大政翼賛会化する時流の本質を報道しない。そんな政局に左右される悪政を押し付けられる国民こそいい面の皮である。

東大五月祭中止における問題点

東大の学園祭が爆破予告で一日中止になった。政治サークル「右合の衆」が参政党党首神谷宗幣を招聘した事に端を発する。神谷宗幣はこれまで知的障害者、外国人、LGBTQに関する関する差別発言をしてきている。この講演に反対するグループが座り込み、神谷氏に文書にて誓約書の提出を求めた。
この誓約書はそれらの発言を撤回するよう求めている。この文章には日時、発言内容など具体的に記載されており神谷の発言は明らかにデマである事が分かる。講演を中止させるよりその事も含めて議論する方が良いのでは・・・という意見がある。ここに一つ目の問題点がある。言論の自由に抵触するのではないかとも・・・。議論は事実関係を共有したうえでそれぞれの立場を表明する行為である。デマによる差別発言には議論する土台がそもそもない。学園祭は学生の自治によって運営されている。学生が誰を呼ぼうと目くじら立てるようなことではない・・という大人の意見もある。だが学園祭とはいえ学問の府で行われている催事である。東大にも東大憲章があり神谷宗幣の講演はそれに抵触するというのが反対派グループの拠り所である。ここに学校当局が介入してくる危険性がもう一つの問題点と考える。こういう事件が起こると当局は内容を規制する動きになるものだ。1969年の安田講堂占拠事件を最後に学生運動は急速に衰えていき学生の自治権もそれに並行して縮小していった。今や東大には立て看板一つない。北大も・・・・
札幌も学園祭の季節である。つつがなく終わることを祈っている。

米中首脳会談で見えたもの

米中首脳会談が終わったが大山鳴動して鼠一匹という印象である。ウクライナ問題もイラン戦争にも何の進展もない。大名行列の様に連れてきた経済界のCEO達もいたが具体的な取り組みも発表されなかった。年内に4回の首脳会談を開くという目標は確認された。今回はその枠組みを作ると言う事でそこに流し込む中身は次回からと言う事らしい。中国は中長期的な視点に立ち米国は近視眼的な対応しかできないと言う事が晒された。トランプいかにもディールをしに来たという感であるが持ち札はあまりに少ない。高関税政策は国内で違憲とされ今回は話題にも上らなかった。世界中を混乱させたあの政策は何なんだったのだろうか。ロッキードを200機買ってもらって大豆と石油の購入量を少し増やしてもらいレアアースの輸出を止めない確約をとる。経済的には2G体制で世界を牽引していく意思表示である。ここで気になるのは習近平から台湾問題に釘を刺された事である。帰りのエアフォースワンの機内での米国報道陣に質問されたことは重要である。台湾には米軍を派兵するのかと習近平から聞かれ答えたくない・・・と返した事を吐露した。台湾の事はふれないようにしようという確認である。ここで高市総理は完全に梯子を外された形になった。高市総理とトランプが15分の電話会談をした事が殊更大きく報道されることが大手マスコミの後期末期がん的症状を露呈している。台湾有事は存立危機事態に相当するという見解は米国にも中国にも疎まれる結果となった。真綿で首を絞められるようにレアアースの輸出規制は日本の産業界に効いてくる。折しもイラン戦争の影響で原油も高騰し前門の虎後門の狼状態になっている。もう諸物価高騰の兆しが窺える。だが政府は大丈夫だ・・大丈夫だと同じフレーズを反復するグラント・グリーン様にアナウンスするだけである。我々平民は批判の声を上げつつも白黒パッケージのポテトチップを食べながら日常生活も営んでいかなくてはならない。

米中首脳会談の行方

トランプが北京に到着した。大統領専用車ビーストで習近平の待つところに向かう。その実況を見ていた。車を降りたトランプはゆっくりとした足取りで習近平の元へ近づく。その時米国記者たちの囁く声が聞こえたとの報道があった。「ここが最初の見どころだ。ハグするかどうかだ」先の日米首脳会談の高市総理の行動を揶揄している。最初の会見ではトランプは世界に対しては傲慢ではあるが習近平には媚びているとさえ見える態度である。ここに日中の扱い方の差がもう出ている。中国はオーケストラピットの前のS席、日本は立ち見の天井桟敷の人々である。首脳会談は当初予定の2倍以上の時間に及び微細なディールにも言及したらしいが現時点では詳細は報道されていない。晩餐会では9月に習近平がワシントンに招待され今年中に4回の米中首脳会談を持ちたいとの意見が交換されたという。日本の「に」の字も出てこない。トランプはこの会談の為イーロン・マスク他ビックテックのトップを同行させている。最先端半導体を輸出する代わりにAIを巡る枠組みを構築しょうと目論んでいる。この会談に先立ちトランプは周到な準備をしている。高市総理の台湾有事発言をたしなめ、イラン戦争を会談前に収束させようとする。トランプの訪中前にベッセント財務長官が日本を訪れている。アメリカに不利なる様な財政政策を取らない様釘をさすためである。中国はここまでウクライナ戦争といいイラン戦争といい気持ちが悪くなるくらい静かなる首領である。