新腹立ち日記 撮り鉄編

昼のバラエティー番組で共産党の綱領に関してデマを流したコメンテイターがいる。この八代なる人物は現在弁護士で元裁判官である。こんな人間に裁かれると思うと鳥肌が立つ。日本共産党が暴力革命を放棄したから、それに幻滅して革命路線を続けた一群の人々が「新左翼」と呼ばれた、という歴史的事実をまず認識しなくてはならない。
虚偽発言の言い訳に閣議決定を持ち出し権威を利用し虚偽発言を補強している。自民党が共産党の綱領を閣議決定するとしたらジェリコがlazyのブッキングをするに等しい。
共産・山添拓議員が、昨年11月、秩父鉄道の線路内に許可なく立ち入った疑いで書類送検された。この山添議員鉄道の写真が趣味のいわゆる「撮り鉄」である。
公安は共産党を70年監視し、この微罪を突き止めた。なぜか10か月沈黙し、満を持してひるおび問題発言後、衆院選前に書類送検である。明かに悪意がある。こんな数秒の行為の監視に人的資源を投入しているとしたら費用の面でも問題である。
地域ネタで申し訳ないが店の有る24条の西3丁目の交差点はある時間まで右折禁止である。週何日かはパトカーが張っていて結構釣れる穴場になっている。もう少し有意義なやることないのかねと思う。
山添議員は微罪であるがちゃんと謝罪している。本人ツィッターより
「2020年11月3日、休日を利用して趣味の鉄道写真を撮りに行った際に、長瀞町の秩父鉄道の線路を横断したことが、埼玉県警秩父警察署から軽犯罪法違反であるとの指摘を受け、本年9月16日付で送検した旨の連絡を受けました。軽率な行為だったと反省しています。」
現場の写真も見たが板が渡されていて地域の人も横断しているしそこに板を渡した人も御咎めは無しである。こういう「私設踏切」は全国何万か所もある。
テレビは党首選の候補者に無料で公的電波を通して自己宣伝させているし、新聞も三面まで同じ話題だ。この際高市候補がディープパープル好きという情報はいらない。野党にも喋らせないと不公平である。僕は道新を購読しているが「野党は埋没している」という論調で語る。「埋没させているのは誰なんやい・・・責任者出てこい」と叫びたくなる。
立民・枝野代表が報道を皮肉っていた「自民は多様、野党だとバラバラ」と

2021.9.14-15  LUNA女気の初秋夜曲

 LUNAによると、9月は10本のLIVEが流れたのだという。本文に目を置く各位はご承知のことと思うが、恒例となっているこの月の北海道ツアー(本編)もその流れに飲み込まれたのである。従って番外編も行き場を失うはずであったが、尻尾だけは再生することとなった。これはLUNAの女気を結晶させた本編なき変異型LIVEのドキュメントである。
9.14 Unpluged Rock Again  LUNA(Vo)町田拓哉(g、Vo)古館賢治(g、Vo)
今年の4月、これまで積み重ねてきたRock-Loud路線がショパンの事情によりUnplugedに切り替わったが、予想に増して好評を博したことは記憶に新しい。そしてその第2弾がここに実現したのである。前回は初競演とは思えぬ調和のとれたパフォーマンスを残していったが、今回は夕暮れに霞む“Loud”を尻目に“Unpluged”は満を持して綿密に電子連絡を交換し合ったとのことである。演奏曲は、「Long train running」(ドゥービー・ブラザーズ)、「NewYork state of mind」(B・ジョエル)、「Sunshine of your love」(クリーム)、「Old love」(クラプトン)、「Little wing」(ジミヘン)、「Forever young」(ディラン)、「Redemption song」(B・マーリー)、「Knocking on heaven’s dooe」(ディラン)、「The waight」(ザ・バンド)、「Imagine」(レノン)、「Nowhere man」(ザ・ビートルズ)、「Natural woman」(A・フランクリン)、「You’ve gatta friend」(k・キング)。個人的には1970年代後半くらいまでしかRockを聴いていないが、本日の演目の多くをリアルタイムで聴いていた。ということは、それらの曲は風雪に耐えて来たということができる。ただオリジナルの大半がソリッドのギターであったのに対し、“Unpluged”はアコギなので、異なった趣へと導いてくれる。しかも腕前を徒に見せびらかせない大人の立ち振る舞いが三者のバランスを絶妙なものとしていて、ジックリと聞いていられるのだ。加えてハモりを大の好物とするLUNAの期待に応えて余りある野郎どもの喉が何とも味わい深い。“洗練”という言い方が似合うこのコラボはまた有りそうであり、そう有って欲しいものだ。
9.15 日本の歌ブラジルの歌
LUNA(Vo)(Vo)古館賢治(g、Vo)板橋夏美(tb,Vo)
標題は前宣伝のコピーだが、全体としては“ほぼブラジル”である。まずはそれらの曲目から見ておこう。「晩歌」、「folas secas」、「corcovado」、「samurai」、「時よ」、「felicidade」「beijo partido」、「intil pasagem」、「romaria」、「行かないで」、「equilibrista」、「四季」、「panta de areia」、「chega de saudade」。ブラジルもの精通している人は、ニンマリするのだろうが、筆者にはほとんど何のことか分からない。いくつかは聴いたことがあるような気がする。だが知っているか知らないかを基準にすると音楽は部分化されて広がりようがない。そもそも音楽が世界化するのは、何度も引用されるエリントンの「音楽には好ましいものとそうでないものの二種類しかない」のであって、これは普遍的認識といっていい。従って知らないことに臆することはない。エリントンの音楽観を持ち出したのには理由がある。9月3日の本編は幻となってしまったが、これが実現していたら、エリントン特集だったのである。このこと自体は残念と言うより他ないが、私たちは何であっても聴いている間はその曲その歌を楽しんでいるだけでよいと思うのだ。ただ今回楽しむことを可能にしたのは、知らないもの伝えきるLUNAの力量によるものと言い切っておくが、それをサポートした女殺しの古館Voiceと添い寝されているような板橋の心地よい音色がこの日を大いに盛り立てていたのを忘れるべきではない。
翌日、所有しているボサノバもののなかから3枚ほど立て続けに聴いた。持っていても曲名は殆ど知らないことに気付かされたが、LIVEで助走がついているのですぅっと入ってくるのを感じた。ところがである、期せずして次の1枚はコルトレーンのヴィレッジバンガード・ライブを選んでしまった。音楽はどこからも繋がってしまうといという真実の前では、一貫性のない選択など些細なことである。やはり私たちはエリントンの音楽観から逃れることは出来ない。
最後に複数の実行犯が絡んだらしいハプニングについて伝えておきたい。LUNAはこの10日ほど前に迎えた誕生日を一人三角座りしながら夜に涙をぬぐっていたそうである。二日目のセカンド1曲目の最中に、何処からか不規則にカチッカチッという音が聞こえてきた。この曲の目終了に合わせてそれは起こったのだ。バースデイ・ケーキの進呈だ。年の数を大きく下回るロウソクの本数ではあったが、点火に手こずったそのカチッカチッが今も耳に残っている。
(M・Flanagan)

新腹立ち日記

腹に一物、背中に荷物。腹を立てると体に悪い。わかっちゃいるけどやめられない。止めてくれるなおっかさん。言わねばならぬ。「イワンの馬鹿」はトルストイ。言わねばなら・・・・ぬ~~~~。
ニュースの冒頭はここ最近、自民党総裁選の話題である。その後に野党の共闘の話題が小さく載る。新聞の一面も同様である。「総裁選の最中野党埋没観ある」などの表現もあったりする。埋没させているのは誰かと言いたい。野党4党が衆議院選挙で共闘するとの表明はもう少し大きく取り上げられてよい。野党党首も選挙に負けたら辞任するぐらいの気概を表明してほしい。史上最低の総裁選である。公約も差別化を図るために「ちょっと口紅変えてみました」程度の代物である。この10年のこんな住みづらい国にした安倍政治の総括が全くない。立憲民主党の枝野代表が総裁選中にこれを行うと言う。報道陣もこれくらいはちゃんと取り上げてほしい。民放で共産党の事を「暴力革命を目指している党」と発言したコメンテーターがいた。安倍総理の子飼いの人物であるが本人の謝罪は当然であるがテレビ局も謝罪すべき内容である。他の野党も他岸の火事とは考えないで意見表明をしてほしかった。
非常事態宣言がまた延長になり菅総理の会見があった。最後の花道を作るべく自分で赤い絨毯を引くかのごとき自画自賛の内容で見苦しい。コロナ対策に専念すると言ったのだから証明してほしい。無い知恵を絞ってもしょうがない。国会を開き野党の知恵も借りるべきである。

ライブ持続化CDR販売vol8 Luna

毎年秋にLunaの北海道ツァーがある。その後残ってもらって何日かlazyでやってもらっている。ところが今年は緊急事態宣言が延長となり半年以上前から仕込んだツァー自体中止になってしまった。悲劇の歌姫である。だが店独自の企画はそのまま続行することとした。緊急事態宣言下では多少なりとも休業補償金が出る。店も長い間、砂上の楼閣状態だがそれを一部上場企業のように内部留保とはせずミュージシャンの交流の場の維持に使いたいと思っている。
ライブに来ていただくと言う事は感染のリスクがゼロでないと言う事は重々承知している。来ていただけない方の為にライブCDRを販売する。ご購入いただくことでご支援を承りたい。
対象 9月14日Luna with新型‘s(アンプラグド ロック)
   9月15日Luna with 古舘賢治&板橋夏美(日本の歌、ブラジルの歌)
料金 予約ライブチャージ代
購入方法 HPのライブ予約欄よりお申込みいただき下記の口座に9月18日迄お振込みください。
北洋銀行 札幌駅南口支店 普通 口座番号3624418 名義ヨシダ ナオシ
郵送致しますのでご住所もお知らせください。
家内手工業生産による受注生産になりますので多少お時間かかりますことを予めご了承ください。

混声三部合唱

今月も色々な分野で亡くなった人がいる。三人の故人に追悼の辞を捧げたい。
チャーリー・ワッツを初めて聴いたのは中学三年生の時である。ステレオとレコードを持っている同級生の家でだった。ブルースに影響された泥臭いサウンドにはまだ馴染めず一緒に聴かせてもらった綺麗なハーモーニーのPPMの方が気に入ったのを覚えている。ロックを聴くようになってもストーンズは僕の中ではビートルズの後塵を拝していた。ジャズを聴くようになりルーツのブルーを聴くようになった。ジャズとは違う枝にはR&Bがありその先にストーンズがいた。つまみ食いではあるが一通りは聴いているアルバム「刺青の男」にS・ロリンズが参加していたので驚いたが、あれはジャズ好きのチャーリー・ワッツの思い入れであった。ジャズ好きが高じてジャズのアルバムまで作ってしまった。経済は回さなくてはいけない。プール付きの豪邸を購入するより金の使い方が良い。派手なフロントの二人をしっかり支えている仕事ぶりに敬意を払っている。合掌
日本が政治的に変動している時期にジャン・ポール・ベルモンドがゴダールと一緒にやって来た。「気違いピエロ」「勝手にしやがれ」は何度見たことか分からない。あの焦燥感と諦念感の意味を今も探っている。ベルモンドは演技も素晴らしいがアクションシーンでもスタントマンを使わず全部自分でやっていた。千葉真一のような側面もあった。そう、千葉真一も亡くなった。個人的には優しさが滲み出ているクロード・ルルーシュ監督の「ライオンと呼ばれた男」とアランドロンと張り合った「ボルサリーノ」が好きである。合掌
自民党総裁選の真っただ中、岸田候補が「新自由主義」を転換させる経済政策を一応打ち出した。「一応」としたのは筋金入りの風見鶏なので選挙情勢によってはその旗を降ろす可能性があるからだ。その新自由主義的な経済政策が席巻したのは小泉純一郎内閣時代、蔵相を務めた竹中平蔵の提唱であった。それに真っ向から異議を唱えた人物がいた。経済評論家の内橋克人である。市場原理主義と規制改革の行きつく先を見据えていた。圧倒的な格差を前にも自分の立ち位置は揺らがなかった。「匠の時代」という著書がある。高度成長期を支えた無名の技術者の姿を足を使って取材した労作だ。競争と効率だけではない共生社会の考え方に共鳴する。
立教大教授金子勝氏が朝日新聞に追悼記事を書いている。学者から見た功績を知りたい方はそちらも読んでいただきたい。合掌

予知能力

今日の新聞の二面は自民党総裁選の記事で埋められていた。その中で「河野氏 脱原発『封印』解く?」と在った。二重の意味で失望するのである。河野太郎行政改革担当大臣は脱原発が持論である。原発そのものに対しては色々な意見があることは承知している。日本の総理になろうかと言う人が風向きによって持論を出したり引っ込めたりすることにガッカリするのである。
そしてこのマスコミの表記の仕方「・・・封印解く?」の「?」に無性に腹が立つのである。ひっこめたのだから事実である。自説を人気投票のために曲げるのか・・・と堂々論陣を張ってもらいたい。この「?」で決めつけない大人の所作を演出。或いは若者の『封印解くみたいな・・』限りなく語感を弱める表現にしているつもりであろうがどちらにせよ中途半端なモザイクが掛かっているエロビデオを見ているようで失望するのである。こんなエロビデオもうたくさんだ・・・。「No more ビデオ」
贅沢にも総裁選を前振りに使ってしまった。
最近予知能力があるのではと思ってしまう事が続いている。「太陽を盗んだ男」(ローリングストーンズの日本公演の話がモチーフで使われている)を見た日チャーリ・ワッツの訃報を目にした。昨日はゴダールの「勝手にしやがれ」を見た。今朝新聞を見るとジャン・ポール・ベルモンドの訃報が載っていた。
総裁選の記事の下は週刊現代とポストの広告になっている。60代後半の親父たちが購買層のこの週刊誌は「飲んだら危ない薬」とか「幸せな老後を迎えるために」とか政局の裏話が主力記事の大半だ。勿論綺麗なお姉さんのヌード写真もある。週刊ポストの方の特集は「銀座の女に会いに行く」と言う特集だ。そこで「おそめ」と「エスポワール」という名前を目にした。昭和に張り合った銀座の二大クラブの名前である。なぜそんなことを知っているかと言うと昨日購入した石井妙子著「おそめ」に書いてあった。石井妙子のノンフィクションは「女帝 小池百合子」「原節子の真実」二冊とも面白かったので買ってみた。まだ二、三十ページしか読んでいないが面白いエピソードを知った。「夜の蝶」という言葉がある。僕は藤圭子の演歌がすぐ思い浮かぶがその辺から発生した造語だと思っていた。ところが原作が有って小説のモデルがいるのであった。それが「おそめ」と「エスポワール」の名物ママなのである。
偶然とはいえ続くのでちょっと気持ち悪い。僕に予知能力があるとしたら自民党総裁はあの人である。
死んだら困るので吉永小百合の映画はしばらく見ないようにする。来週はLUNAも来る。こちらも死んだらちょっと困るのでCDは聴かないようにする。
付記
厳しい状況下でのLUNA3daysになる。今回もライブ持続化CDRを販売させてもらう。ご協力をお願いしたい。詳細は後日トピック欄に掲載する。

太陽を盗んだ男

この映画を見た日チャーリ・ワッツが死んだ。そんなこと何が関係あるのだと思うかもしれない。僕の中では繋がっている。封切当時話題になっていたが見逃していた。長谷川和彦監督の作品で1979年の制作だ。何となくしらけてくる時代の空気感が横溢している。沢田研二が高校教師、菅原文太が刑事役。冒頭沢田研二は引率する研修旅行でバスジャック事件が起きる。
なんと皇居前である。捜査責任者が菅原文太で二人の協力で生徒たちは無事解放される。この出会いが伏線になっている。沢田研二は中学の理科の教師で学問的見地から生徒に原爆の作り方を教えている。実際沢田は原子力発電所に忍び込みプルトニウムを盗み出し自宅で小型の原爆を作り出す。それを武器の政府を脅すのであるが要求がはっきりしない。交渉窓口が菅原文太である。勿論犯人が沢田研二だとは知らない。最初の要求は今中継中の巨人戦のナイターを終了するまで放映することであった。学生運動が収束しつつあり何を目標に生きていけばいいのか分からない喪失感が出ている。沢田研二は学校以外での人間関係は一切捨象されている。沢田研二は池上季実子がディスクジョッキーを務めるラジオ番組のフアンでもあった。そのラジオフアンも巻きこみ二番目の要求がローリングストーンズの日本公演になった。僕は運命論者ではないが誰かが亡くなるとこういう経験がする。会場に犯人は必ず来ると踏んだ菅原文太は網を張る。沢田研二は辛くも逃げ延びる。そして最後となる要求が現金になった。原爆を作るにあたってサラ金から金を借りたのだ。・・・が本当に現金を欲しい感がしない。脳足りんなDJ役の池上季実子は聴取率を上げようと番組で逃亡の実況中継をする。池上は最終的に沢田研二の逃亡を助けるのであるがヘリコプターを飛ばすのは少し無理がある。池上演ずるDJは美人でセンスが良くて、けれど頭からっぽでジュリアナ東京のお立ち台で羽振って踊っているタイプである。けれどしらけている。生活は沢田研二と全く違うが同じ質の孤独感を抱えている。
菅原文太が刑事役で好演しているが撮影時いたるところにヤクザの癖が出てきてしまい若い監督に何度もNGを出され切れそうになったと聞いた。沢田研二も体当たりで演じているが長回しのカットで何十回ものNGをだしその度、消えていく制作費の事を考えプロデューサーは胃が痛くなった。
この映画が話題になったことの一つにロケを無許可でゲリラ的に撮影しているカットが多い事でもある。警察の手入れが入った時の為に助監督は始末書を胸にヤクザ映画で言うところの「鉄砲玉」の役を担わされてもいた。その中には相米信二もいた。そこがNG出せない緊迫感に満ちている。この映画の上映時マーティン・スコセッシ監督が来日しており日本映画を見て帰りたいと要望を出した。たしか映画の白井佳夫がこの映画を勧めスコセッシ監督も気に入ったと言う事だ。長谷川監督もスコセッシ監督のファンであり「タクシードライバー」のような映画を撮りたいと考えていた。そういえばR・デニーロと沢田研二の孤独感の在り方に共通したものを感ずる。
ラストシーン沢田研二は原爆を抱えて逃げるのであるが自分がもう被爆していることも知っている。今まで原爆に関する映画はすべて被爆者の立場から作られている。加害者の立場から作られた初めての映画でもあり被害者団体から相当のクレームが来たと聞いている。
最後に原爆はどうなったか・・・そんなことはどうでもいいと言わせる力作である。

人気投票

総裁選の世論調査で河野氏トップ31% 石破氏26%、岸田氏は18%と言う事らしい。この総裁選、選挙権は自民党員しかないのに人気投票をやる意味があるのか。AKBの人気投票がある。CDを買って選挙権を手に入れたファンが投票するのであって良く分からないjazzを聴いている糞親父どもに「大島より前田の方がセンターを取るに相応しい」とか言われる意見など意味がないはずである。総裁選も質的には同じにはずだが国民投票で選ばれたかのような錯覚をさせるところに危うさがある。
次のやり取りは河野大臣の一番有名な質疑応答である。北方領土問題に関しての質問であった。
記者「ロシア外相の発言について受け止めを」
河野外相(当時)「次の質問どうぞ」
記「反論するつもりもないということでしょうか?」
河「次の質問どうぞ」
記「協議に影響与える懸念もあると思いますが?」
河「次の質問どうぞ」
記「なぜ質問に次の質問どうぞと言うんですか」
河「次の質問どうぞ」
国会でも木で鼻を括ったような答弁を何度も繰り返している。候補の中で一番独裁的な人間である。河野候補と高市候補は特に危ない。
僕の総裁選予想である。菅総理が岸田候補との安倍総理争奪戦に敗れた。岸田候補は党員票に弱いので高市候補を応援する程を取り党員票を分散させ決戦投票に持ち込む。岸田候補は菅総理が辞任したので対立軸づくりの「説明責任」の部分はひっこめ安倍元総理の説明責任部分には蓋をする。それにより安倍元総理の主導の下岸田傀儡政権が誕生する。菅・二階同盟は河野候補を推し安倍、麻生の分断を図りその後の自分たちの地位の保全に走る筈である。安倍元総理は思想的な共鳴はともかく菅総理には特段の恩義を感じていてもおかしくはない。その菅総理にスパッと見切りをつけ早々高市候補支援の表明をしたと言う事は党内への隠然たる影響力をまだ掌握していると言う事である。
僕は総裁選の日替わり政局に興味があるわけではない。こうして予想を立てていくとその後の衆議院選挙の対立軸は見えてくる。どの候補が出てきても安倍政権で要職にあった人達だ。「安倍政治の10年を総括する」と言う視点からの政策論争が必要と考える。
ここに及んで野党が「菅総理の方が戦いやすかった」などと及び腰になっているのが情けない。我々国民も目先の補助金のような人参に目を奪われるのではなく、将来を見据える選択をしたい。

安倍は高市出して党員票を分散させ右翼勢力誇示して、決選投票での本命は岸田傀儡だと思いますよ。菅二階は河野推しで安倍麻生連合の分断で主導権奪還狙い。テレビのオレ様ネオリベ好きからすると河野が新総裁としては最悪ですね。総選挙まではもてはやすだろうから。

安倍氏の本命はいちばん操りやすい岸田氏。党員投票に弱い岸田氏を側面支援するため候補乱立で党員投票を分散させ、国会議員中心の決選投票に持ち込んで岸田氏を勝たせる作戦。岸田政権になれば菅政権以上に安倍傀儡になるのは間違いなし。その先にあるのは安倍氏の再々登板!
安倍は高市出して党員票を分散させ右翼勢力誇示して、決選投票での本命は岸田傀儡だと思いますよ。菅二階は河野推しで安倍麻生連合の分断で主導権奪還狙い。テレビのオレ様ネオリベ好きからすると河野が新総裁としては最悪ですね。総選挙まではもてはやすだろうから。

PRイベント

菅総理が辞任を表明した。コロナ対策に専念すると言う口実は将棋で言えば投了前の「形作り」である。前日まで内閣改造してまで自分の保身を考えていた人だ。党の実力者から「お前の賞味期限は切れた。党の事を考えろ」と言われたはずである。総理の辞任と共にコロナ対策の失敗をはじめ桜問題、総務省接待問題、河合杏莉議員買収事件、日本学術会議任命事件諸々すべてリセットされてしまう。報道は総裁選一色に染まり野党は蚊帳の外である。自民党伝統の危機回避の手法である。「悪名は無名に勝る」は政治のクリシェフレーズでもある。トルストイもアンナ・カレーニナの冒頭で言っている「愛されない女より不幸なものは、忘れられた女である」
日替わり政局を提供できればメディアを引き付けることができ、党内で疑似政権交代を演出できる。かつての小泉純一郎劇場を思い出してみると良い。「私が自民党をぶち壊す」と言ったセリフにまんまと乗せられて大勝させてしまった。その後しばらく自民党は難攻不落のナバロンの要塞と化した。こんな最低の内閣が二代、十年も続いたのに野党第一党立憲民主党の支持率がさっぱり上がらない。枝野代表から政権奪取すると言う意気込みが伝わってこない。連合の神津代表の顔色を窺い共産党との連立にも消極的である。大同団結も目指してほしい。枝野代表の気の弱さが自民党を延命させることになりかねない。
支持されない理由を徹底的に反省し、自分たちは何をすべきかを語ってほしい

原節子の真実 石井妙子著

まず原節子が最近まで生きていたと言う事実に驚く。42歳で銀幕を去ってそれから50年、ほとんど人前に出ることなく鎌倉の自宅で隠遁生活を送っていた。一線から身を引いた時期と小津監督が亡くなった時期が近いのでその事を関連付けた噂が流布され僕もそう信じていた。原節子は112本の映画に出演しているらしいが僕が見た原節子はほとんど小津監督の作品の中だけである。演じている役回りは献身的な母親だったり娘であったりする。最近「シネマレビュー」の「秋日和」でも書いたが主題と原節子の役回りが似通っていたりするので混乱することが有る。原節子自身も「同じ役回り」について不満を持っていたことを知った。僕にとっては驚愕の事実だ。強い師弟愛で結ばれていると思っていた。原節子の自薦の映画の中に小津の映画は入ってこない。その事を知っただけでもこの本を読んでよかったと思う。原節子には熊谷久虎という映画監督の義理の兄がいる。作風は黒澤明の様であるが才能は向こうの方が二枚も三枚も上だ。だが原節子はこの監督を評価し身内としても助けようとする。原節子は内面からにじみ出る演技を極めそれにふさわしい代表作を求め続けた女優であったことが分かる。だがこの業界に在りがちなことであるが看板スターになるとそのイメージを崩す役はやらせがらない。原節子は勿論美人であるけれどもそれだけではない聖母的な慈愛に満ちた美しさを秘めている。それを最初に見抜いたのはドイツのアーノルド・ファンク監督だ。昭和12年日独の合作映画「新しき土」でスター女優になる。当時のナチ宣伝相のゲッペルスとの記念写真もある。ファンク監督は言う「私が美人だと思った女優は二人だけだ」一人は原節子、もう一人はレニ・リーフェンシュタールだ。レニは女優から監督に転身しヒットラーの庇護下でベルリンオリンピックの記録映画を撮った人物である。原節子の目指す女優はイングリット・バーグマンである。I・バーグマンは単なる美人女優ではなくロマンスから活劇、コメディまでこなせる。原節子はそういうところに憧れていたのだ。そういえば二人は美しさの質が同じだ。
人は見かけによらないと言う事が良くあるが原節子の場合、見かけ通りだ。清楚なイメージ通り私生活も質素、人の輪の中に積極的に入っていくタイプではなかったが後輩の女優からは一番信頼されていた。あれくらいのスター女優になれば撮影所に会社の車で送り迎えもあったろうにいつも一人で電車で通っていた。以前テレビに日活のスター女優浅丘ルリ子が対談番組に出ていた。いつも撮影所には車で通っていたので国電の切符の買い方が分からなかった話を披露していた。人間の深みの違いを感じた。本田珠也というスタードラマーがいる。札幌に来てもらう時に後で清算するので航空券を自分で手配してほしいと言うと恥ずかしそうに「買い方が分からない」と言った。またドアを蹴破られると困るので「浅丘ルリ子か・・!」とは突っ込まなかった。話がアウトしてしまった。調性をB♭に戻す。
色々なエピソード満載で全部紹介すると原本より厚くなりそうな予感がするので辞めにするが原節子を語ることによって女優の在り方、映画産業の盛衰過程、日本の歴史まで取り込んでいるノンフィクションで実に読みごたえがある。最後に一つだけエピソードを紹介する。
引退してから生涯一度だけマスコミの取材を受けたことが有る。昭和20年米軍少佐が中国で一枚の日の丸を拾った。そこには家族、知人の寄せ書きがあり、持ち主は「正久君」と言う事だけしか分からない。ただそこには原節子のサインがあった。少佐はその日の丸を持ち主の家族に返すべく調査を報知新聞依頼した。新聞社は原節子に知人に正久と言う人物がいないか尋ねた。原節子の答えはそういうサインは何百枚としているので記憶がないと言う事であった。なぜ取材に応じたのか・・・。自分のブロマイドをポケットに入れ戦地に赴きそこで命を落としたかもしれない兵士たちへの最低の礼儀を通したのだと思う。