
ロリンズが亡くなった。とうとうジャズの巨人が今いなくなったと言う思いである。牛さんに追悼文を依頼した。それに呼応する形で自分も一文載せようと考えていたがお互いのパソコン、ネット上のトラブルで時期を逸しそうになって来たのでロミオとジュリエットの様に引き裂かれた形での掲載となった。初めてロリンズを聴いたのは50年ほど前札幌市民会館であった。どういう曲を演奏したかは曖昧であるが大きな手とあの声は今も覚えている。宿泊先を突き止めホテルの入り口でロリンズを待ち伏せしサインを貰った。簡単な会話にも応じてくれて快くサインもしてくれて握手もしてくれた。毎年営業初めにはサキコロをかけていた。多分所持しているLPの中で一番再生回数が多いLPの筈である。ロリンズのフレーズは一部を切り取るとどこかアンバランスな感じがするがトータルで聴くと紛れもない「歌」に聴こえる。だがそれはスタン・ゲッツの様なシルクの肌触りの歌でなない。ロリンズは音だけ聞いていると豪放磊落という感じだが精神的には繊細で数度にわたり雲隠れし自分のスタイルに悩んでいた時期がある。モードジャズやフリージャズはロリンズには似合わない。ドン・チェーリーとフリージャズを模索していたRCA時代は低迷期である。馬子にも衣装と言うわけにはいかない。ロリンズの事を語ると臼庭の事を想い出さざるを得ない。臼庭はロリンズの東京公演は全部聴いていると言っていた。ギターの増尾さんがロリンズグループに参加していた時期もありその人脈で楽屋を訪ねることもできたが一度もドアを叩いたことはない。もしロリンズが思っていた人柄と違っていたら幻滅してしまうかもしれない事を危惧していた。師匠筋にあたる峰さんから「臼庭、コルトレーンじゃなくてロリンズを聴け」と言われていた時期があった。峰さん自身の体験からのアドバイスであろうがコルトレーンの死後傾いたジャズの回転軸を戻す動きがあったのは事実である。スティーブ・グロスマンがマイルスバンドを抜けてから先祖がえりをするかのようにロリンズにすり寄っていった。
さあ、ここでコルトレーンかロリンズかという大問題、あるいは愚問に直面することになる。王貞治か長嶋茂雄か・・・親子丼かカツ丼か・・・フォアグラか鮟肝か・・・・自分の好みを価値基準の上位に置きたがる象徴として使われた質問である。
サキコロで一番印象に残る曲は・・・と聞かれたら・・・。「ローマの休日」のラストシーンを思い出す。O・ヘップバーン演ずるアン王女が記者会見で聞かれる。「今回のヨーロッパ歴訪で印象に残った国は・・・」
それぞれに素晴らしかったですが・・と答え始めるが途中で言い直す・・・いえローマ、ローマです。
吉田レイジー国家主席は次の様に答えるであろう。モリタート、セント・トーマス・・・それぞれに素晴らしいと思いますが・・・・いえブルー・セブン・・・ブルーセブンです。
この曲だけ理論的に構築しようとした意図が感じられるが結局歌心が勝ってしまった壇ノ浦の戦いである。
投稿者: yoshida
<追悼> Sonny Rollins

1975年の秋のこと、私にとって初めてのジャズ・コンサートだ。学祭のとき学生会館ホールにやって来たその演奏家こそがソニー・ロリンズだった。これは明らかに長らくジャズを聴き続けることになった起点になっている。ホール中央の前から5列目で聴いた「セント・トーマス」は忘れられない。そのロリンズが、2026年5月25日に他界した。著名人が亡くなったとき、決まって「一つの時代が終わった」というコメントが寄せられるのを目にするが、どうもしっくり来ない。これは一世を風靡した人物の功績が過去完了してしまっている場合に用いられるべきだ。従って朽ちることのないロリンズにそれは当てはまらない。そんなことを思いながら、ジャズの店の真似事のように供養の思いを込めて色々聴き返してみた。まずは名盤と言われているアルバムから開始するのを避けることにした。答えを急がないのが大人の作法である。ロリンズについては多くの論者が語り尽くしていると思われるが、私が思うことを手身近に言わせていただく。とかくシリアス系に偏りがちなジャズにあって、人のあらゆる情緒を音に解放し、大らかにして縦横無尽に吹きまくったのがロリンズなのである。しかもその溢れ出てくるプレイは演出めいたものではなく、資質から押し上げられて来ることによって、誰にも近寄ることができない個性となっている。立て続けに何枚も聴いていて、益々その思いを強くした。若くして名声を手に入れ、そして苦難を経験した巨大な才能は、最後まで自己検証を貫くという存在の仕方をしたに違いない。晩年は活動の縮小を余儀なくされたようだが、この人は第一線を退いた後も時おり隠遁しながらジャズの未来に目を向けていたはずだ。だから「一つの時代が終わった」などとは誰にも言うことができないのである。
ロリンズとの出会いから50年余り経ってしまったが、ジャズとの”橋”は架かったままになっている。その場所からサキソフォン・コロッサスの冥福を祈りたい。(M・FLANAGAN)
大政翼賛会への逆行
タモリが新しい戦前という言葉を放ったのは何年前であったろうか・・・・。その空気感が今、色々な方面で充満している。高市総理が就任して初めての党首討論があった。時間は45分、それを各党の議席数の割合で時間配分するので3分という党もあった。キューピー3分間クッキングか・・・。どの党も全く政権を料理しきれていない。韓国外遊の高市総理をヨイショする外交辞令で無駄な時間を浪費し今日本が直面する問題に切り込む議論が全くない。週刊文春にすっぱ抜かれた公選法に抵触するかもしれないSNSでの誹謗中傷メール問題に関して誰も質問すらしない。付け加えて質問予告までしていることまで討論中にバレてしまった。茶番the茶番である。こんなことが許されるのであれば政権は真面目な議論などすっ飛ばして何でも数の力で押し切ってしまう。自民党内でも怪しい動きがある。「国力研究会」なる自民党議連が立ち上げられた。名目は高市総理の政策を挙党一致で支えるという勉強会である。417人の自民党議員のうち327人が参加している。これを裏で糸を引いているのは麻生太郎である。麻生副総裁は高市政権の生みの親ではあるが高支持率を背景に高市総理は麻生副総裁を閑職に追いやろうとして関係性は冷え切っていた。策士麻生はこれを逆手にとって政局を仕掛けた。表向きは高市政権を支えるという錦の御旗であるが参加しない、あるいはさせない反逆分子をあぶり出す細川踏み絵である。高市には「俺の言う事を聞いていりゃ来年の総裁選を無投票で通してやる」との圧迫をかけ反主流派には「人事で冷や飯食わせてやる」とのメッセージを送りつける。この飴と鞭によって麻生はキングメーカーとしての地盤を盤石にしようと目論んでいる。だが大手マスコミは大政翼賛会化する時流の本質を報道しない。そんな政局に左右される悪政を押し付けられる国民こそいい面の皮である。
東大五月祭中止における問題点
東大の学園祭が爆破予告で一日中止になった。政治サークル「右合の衆」が参政党党首神谷宗幣を招聘した事に端を発する。神谷宗幣はこれまで知的障害者、外国人、LGBTQに関する関する差別発言をしてきている。この講演に反対するグループが座り込み、神谷氏に文書にて誓約書の提出を求めた。
この誓約書はそれらの発言を撤回するよう求めている。この文章には日時、発言内容など具体的に記載されており神谷の発言は明らかにデマである事が分かる。講演を中止させるよりその事も含めて議論する方が良いのでは・・・という意見がある。ここに一つ目の問題点がある。言論の自由に抵触するのではないかとも・・・。議論は事実関係を共有したうえでそれぞれの立場を表明する行為である。デマによる差別発言には議論する土台がそもそもない。学園祭は学生の自治によって運営されている。学生が誰を呼ぼうと目くじら立てるようなことではない・・という大人の意見もある。だが学園祭とはいえ学問の府で行われている催事である。東大にも東大憲章があり神谷宗幣の講演はそれに抵触するというのが反対派グループの拠り所である。ここに学校当局が介入してくる危険性がもう一つの問題点と考える。こういう事件が起こると当局は内容を規制する動きになるものだ。1969年の安田講堂占拠事件を最後に学生運動は急速に衰えていき学生の自治権もそれに並行して縮小していった。今や東大には立て看板一つない。北大も・・・・
札幌も学園祭の季節である。つつがなく終わることを祈っている。
米中首脳会談で見えたもの
米中首脳会談が終わったが大山鳴動して鼠一匹という印象である。ウクライナ問題もイラン戦争にも何の進展もない。大名行列の様に連れてきた経済界のCEO達もいたが具体的な取り組みも発表されなかった。年内に4回の首脳会談を開くという目標は確認された。今回はその枠組みを作ると言う事でそこに流し込む中身は次回からと言う事らしい。中国は中長期的な視点に立ち米国は近視眼的な対応しかできないと言う事が晒された。トランプいかにもディールをしに来たという感であるが持ち札はあまりに少ない。高関税政策は国内で違憲とされ今回は話題にも上らなかった。世界中を混乱させたあの政策は何なんだったのだろうか。ロッキードを200機買ってもらって大豆と石油の購入量を少し増やしてもらいレアアースの輸出を止めない確約をとる。経済的には2G体制で世界を牽引していく意思表示である。ここで気になるのは習近平から台湾問題に釘を刺された事である。帰りのエアフォースワンの機内での米国報道陣に質問されたことは重要である。台湾には米軍を派兵するのかと習近平から聞かれ答えたくない・・・と返した事を吐露した。台湾の事はふれないようにしようという確認である。ここで高市総理は完全に梯子を外された形になった。高市総理とトランプが15分の電話会談をした事が殊更大きく報道されることが大手マスコミの後期末期がん的症状を露呈している。台湾有事は存立危機事態に相当するという見解は米国にも中国にも疎まれる結果となった。真綿で首を絞められるようにレアアースの輸出規制は日本の産業界に効いてくる。折しもイラン戦争の影響で原油も高騰し前門の虎後門の狼状態になっている。もう諸物価高騰の兆しが窺える。だが政府は大丈夫だ・・大丈夫だと同じフレーズを反復するグラント・グリーン様にアナウンスするだけである。我々平民は批判の声を上げつつも白黒パッケージのポテトチップを食べながら日常生活も営んでいかなくてはならない。
米中首脳会談の行方
トランプが北京に到着した。大統領専用車ビーストで習近平の待つところに向かう。その実況を見ていた。車を降りたトランプはゆっくりとした足取りで習近平の元へ近づく。その時米国記者たちの囁く声が聞こえたとの報道があった。「ここが最初の見どころだ。ハグするかどうかだ」先の日米首脳会談の高市総理の行動を揶揄している。最初の会見ではトランプは世界に対しては傲慢ではあるが習近平には媚びているとさえ見える態度である。ここに日中の扱い方の差がもう出ている。中国はオーケストラピットの前のS席、日本は立ち見の天井桟敷の人々である。首脳会談は当初予定の2倍以上の時間に及び微細なディールにも言及したらしいが現時点では詳細は報道されていない。晩餐会では9月に習近平がワシントンに招待され今年中に4回の米中首脳会談を持ちたいとの意見が交換されたという。日本の「に」の字も出てこない。トランプはこの会談の為イーロン・マスク他ビックテックのトップを同行させている。最先端半導体を輸出する代わりにAIを巡る枠組みを構築しょうと目論んでいる。この会談に先立ちトランプは周到な準備をしている。高市総理の台湾有事発言をたしなめ、イラン戦争を会談前に収束させようとする。トランプの訪中前にベッセント財務長官が日本を訪れている。アメリカに不利なる様な財政政策を取らない様釘をさすためである。中国はここまでウクライナ戦争といいイラン戦争といい気持ちが悪くなるくらい静かなる首領である。
On a slow boat to China
On a slow boat to Chinaというジヤズのスタンダード曲がある。ロリンズの初リーダーアルバムでの快演が口をついてくる。歌ものでは憂歌団のものが印象的だ。村上春樹の短編小説に「中国行きのスローボート」というものがある。村上春樹の最初の短編小説でどう書き始めたら良いか分からなかったので取りあえずタイトルだけ決めたという。頭に浮かんだのはロリンズの演奏だったという。
その小説は次の様に始まる。
「最初の中国人に出会ったのはいつの事だったろう」
8人目の中国人がlazy に来たのはデュオのライブの日だった。毎日店につくと最初にやる仕事はメールのチェックである。予約を確認しピッキングの糞メールを素面のうちにホルムズ湾の機雷撤去の様に削除する。林さんから日本語が上手くできないが予約なしで言っても大丈夫でしょうかとのメールが来ていた。確かに拙い日本語ではあったが誠実さを感じさせる文面であった。僕は予約なしでも楽しめます・・・。ただクレジットは使えません。・・・と拙い英語で返信した。ライブが始まった時は来ていなかったのでメールのやり取りをした事は忘れてしまった。ステージの途中でフリーのお客さんが来店した。メニューを見せ普通にビールを頼まれた。意思疎通に齟齬はなかったのでその時は林さんだとは気が付かなかった。演奏が終わり演者も含めて談笑している時にメールをくれた林さんだと分かった。北京から来たこと。上手ではないがチエロを弾いている事。翌日はストーンズのライブを聴きに行くこと・・・ええ・・ローリングストーンズが来日しているかと驚いたが肉じゃがーのいるストーンズではなくアイドルグループにストーンズというユニットがあることを初めて知った。嵐も知っていると言った。大野君は僕の義理の弟だと軽いジャブを放つとクスクス笑っていた。lazyの情報はGoogle検索で知ったという。検索序列の上位に出てくることはないのでそれだけでも一期一会の縁と言える。翌日丁寧なメールと演者の写真が送られてきた。大した話をした記憶はないがとても楽しかったとあった。僕も楽しい旅を・・・気をつけて帰ってくださいと通り一遍の文章の後・・中国と日本がもっと仲良くできたら良いですねと・・返信した。林さんから再度返信があった。「私は国家間の関係も一人の人間の関係から始まると思っています」とあった。周恩来が日本の賠償責任を免除し新しい二国間の関係を模索したのも関わらずそれを邪魔した人間が居た。今や嫌中感情を醸成し米国との抱きつき外交一辺倒の総理の元、関係性は最悪である。だが市民レベルの交流は途切れてはいない。それが実感できる林さんとの時間であった。「日本に来たら又寄ります。」とあった。だが北京と札幌はあまりに遠い。
中国行きのスロウ・ボートに
君を乗せられたらな
そして、僕だけのものにできたらな
As time goes by 日記 ゴールデンウィークの過ごし方
ゴールデンウィークが終わった。今年も無策で消化試合の様な営業状態であった。ただ言い訳をするならもしライブが入らなければ休業にして体の動くうちに何処か旅行にでもとは考えていた。甘かった。この時期こんなに高いとは思わなかった。会社員時代は業種柄ゴールデンウィークなど休んだことなどないしこんな高くてどこも混むとき旅行する人…ご苦労さんと考えていたのでまともにリサーチなどした事がなかった。こういう時は家でじっくり本でも読んで過ごすのがよい。野積になっている本を整理しているとページがめくられた形跡がない本が10冊は出てきた。目も衰えてきているので長時間集中して読破する事が出来なくなってきている。徹夜で酒は飲めるのに読んでは休み読んでは休む爺の散歩の様な読書である。今年は憲法と昭和史について考える連休となった。自分は教条左翼ではないが理論的に腑に落ちると前に進めるタイプの人間である。今の社会情勢が戦前の軍国主義のアリ地獄に落ちていく映像とシンクロして見えるのである。少し身の回りの物も片付ける事が出来た連休でもあった。迷ったら捨てる・・・を大前提で進めるのであるが昔の写真やら手紙やらが出てきて整理する腕に大リーグ養成ギブスをはめて妨害するのである。花屋のポイントカードも出てきた。最後のスタンプは3年前である。ゴールデンウィークが終わると母の日である。久し振りに花を買いに行こうと思う。世界で一番安上がりな親孝行である。本の谷間にある母親の遺影と目が会った。「yea!]と一瞬微笑んだように見えた。
憲法記念日に思う。2026
5月3日憲法記念日である。札幌はまずまずの天候であるが日本には改憲の暗雲が立ち込めている。読売、毎日の世論調査では統計の取り方に問題が有るとしても改憲が護憲より勝っている。数日前昭和100年の記念式典が有った。高市総理の式辞は終戦、戦後復興、経済成長の話でジャズの楽曲で言えばAABA32小節のスタンダードであったが重要な戦争と戦争に至る過程のバースの部分が省略されていた。その話を温厚な表情で聴いている天皇陛下が居た。天皇陛下の発言機会はなかった。政府の意向らしい。天皇陛下の式辞には先の戦争の反省と戦没者への鎮魂の意が込められたはずである。それが改憲の流れに掉さす事になると言う懸念から省略されと考える。会場の中央に鎮座する天皇ご夫妻が縫いぐるみと感じられる悪意の演出になっていた。現在戦後最大と言っても良い経済危機である。政府のすべきことは国民の生活を守ることが最優先課題である。それがどさくさに紛れて改憲、皇室典範改正、スパイ防止法案等々一気に戦前に戻す機運が高められている。ハンナ・アーレントは戦争とは国同士の憲法の戦いである。・・・と定義した。アフガニスタンで医療、開拓の仕事に従事した中村哲氏は物資の輸送車両に日本国旗をつけることで戦禍を免れたのは憲法9条のおかげと発言している。ゼレンスキーが日本に来た際欧州各国で依頼していた武器援助の話を封印した。武器輸出三原則を底辺で支える憲法第九条があることを知っていたからだ。
As time goes by日記 4月26日 石油危機の記憶
中東情勢を一度整理しておきたい。2週間の停戦は実現したものの恒久的な合意には至らなかった。イランはホルムズ海峡を封鎖するものの通行料を支払う国は通過を許可した。日本にも働きかけがあったが抜け駆けを良しとしない武士魂によってこれを拒否した。日本には石油の盤石な備蓄があるというのが政府見解である。タンカーは2月以来1隻も入ってきていないのに具体的な数字は示されていない。米国はホルムズ海峡を逆封鎖しチキンレースの様相を呈してきた。お互いに妥結点を見いだせないままにトランプは停戦の無期限延長を発表した。停戦と言う名の戦争が長期化すると言う事である。ホルムズ海峡の封鎖は続いたままである。日本はホルムズ海峡経由の原油に90%頼っている。各国は節約を呼びかけ原油の調達に奔走している。イタリアは国内線の航空機は飛んでいない。韓国は自家用車の使用をナンバーによって制限している。高市政権は補助金を出しガソリンの使用をむしろ奨励しているようににさえ見える。70年代の石油危機の記憶が薄っすらある。トイレットペーパーを求めて国民は狂騒していた。何故トイレットぺーにこだわっていたのかは今でも良く分からない。今現在の様にナフサ不足を憂慮した記憶はない。今回の石油危機と根本的に違うのは原油の輸入量は当時ほとんど変わっていなかった事である。国際石油資本の手から中東諸国が支配権を回復する運動であったため価格が20%ほど上がった。長期金利は9%であった。当時の田中角栄内閣の動きは敏速であった。三木武夫が特使として中東に飛び原油確保に奔走した。ゴールデンウィークが始まる。自民党議員の視察と言う名の海外旅行の季節である。高市総理はそれぞれの渡航先で原油確保の根回しをするようにとの指示を出したが中東を歴訪する議員は誰もいない様である。産業界からは原材料の不足を危惧する声が上がっているが政権はひた隠しにしている。寝た子が起きるのは時間の問題である。その時どの程度の経済不況になるのかを本当に危惧して髪が抜けそうである
推薦盤 池田篤Quartet『Weaver Of Dreams』

もうベテランの域にある池田だが、その人柄のせいか敷居の高さを感じさせない演奏家だ。これはそんな池田の最新作である。筆者は誰がどう評しているかを気にせずにレポートしているが、本作のライナーノーツは池田本人によるものなので、目を通してみた。それは「この年齢になると、ついつい”昔はよかったなあ”」という書き出しから始まっている。そして誕生してからの思い出やミュージシャンになるまでの経緯が記され、最後にかつて音楽の主力媒体だったLPレコードのA面、B面をイメージしてスタンダードを中心に収録したという趣旨になっている。そこで池田の思いに従い、針を落とす気分で聴いてみた。ライナーノーツのとおり、この作品で池田は自らの歩みを俯瞰しながら、慣れ親しんできた曲を抱きかかえるように演奏しているようにみえる。筆者にはエネルギーを使い果たすかの如く疾走する池田のイメージを消し去ることはできないが、ここでは何らの気負いも衒いもなく、だだ「平常心」だけが貫かれているように思える。誰しも年齢とともに、僅かな短距離ですら全力で駆け抜けることが出来なくなる。すると本作から演奏は記録を競うものではないという自明の原点が見え始める。膨大な時間を音楽に注いできた演奏家が過去を懐かしみながら、ひょいと立ち止まって現在の自身を開示したのがこの作品なのだという思いに至った。本作はバップ的なものからクール派を感じさせるものまで盛り込まれており、レコード面のAとBがCDに収められた愛すべき1枚となっている。どうだろう、誰の所有物でもないスタンダード曲が、ニンマリしながら池田に近づいて来ているように見えはしまいか。筆者は池田の「平常心」に潜む人生の奥深さを教えてもらったような気がする。いま池田に『Weaver Of Dreams』についてどう思うか尋ねてみよう。微笑みながら返ってくるだろう。”昔はよかったなあ”。
風の便りでは今年このメンバーでやって来ると噂されている。風向きが変わらないことを願っている。(ジャズ放談員)
Master’s comment notice
レコーディングメンバーで10/16,10/17ライブあります。
武器輸出拡大の意味
まず大手新聞の一部には防衛装備と表現されている。条文が防衛装備移転3原則という苦い薬をオブラートに包んだ表現になっているから仕方ないのでもあるがここに国民を欺く伝統がある。全滅を玉砕、占領軍を進駐軍、敗戦を終戦と言い換え本質を隠す。戦闘以外の救難、輸送、警戒、監視、掃海の所謂5類型の用途を撤廃し何でも輸出出来るとした。国会の審議は全く得ていない閣議決定である。日本は戦後80年戦争に加担しなかったばかりか武器も輸出しなかったのである。宮澤喜一外相が日本は武器を売るほど落ちぶれてはいないと宣言していた時代が眩しい。政府は経済に寄与するところも有るとしているがこれも怪しい。輸出出来る国は技術移転協定を結ぶ国に限る。アフリカの紛争地域例えばソマリアに輸出出来るならば元々反対ではあるが儲かりはする。だがこれは出来ない。ぶっちゃけた話、米国が商売している国に限られる。このイラン戦争で国民が生活不安を訴えている時に慌てて安全保障政策を転換しなくてはいけないのか・・・・。米国の継戦能力が落ちてきているからである。ウクライナとイランの2か所で武器を使いまくり在庫が品薄になってきた。そこで子分の日本にお声が掛かった。武器の生産ラインを稼働させよ・・・。生産数は指示する。こちらに納品せよ。場合によっては同盟国に直接納品してもらうこともある。その時はたっぷり手数料は貰うぜ・・・。と言う事である。武器は国家機密の塊である。経済効果がまんべんなく波及することはない。そういえば買ったはずのトマホークが1発も届いていない。先の2国で使って品薄だからだ。指名料だけ払わさられて女の子が一度も席についてくれないボッタクリバーと同じ手口である。
針の穴にラクダを通す
裁判というものは全ての証拠を検察、弁護士、裁判官が共有し審議するものと思っていた時期がある。大間違いである。検察はある事件を公判に持ち込むまでに自分のストーリーを構築する。それに合致するような証言を被疑者から引き出そうとする。そこには恫喝まがいの取り調べも頻発する。容疑を否認すれば何度も拘置期間を延長される。裁判所が許可するからだ。大河原化工機事件では拘留中にガンが悪化し死亡した事例もある。人質司法の悪癖の典型である。袴田事件では結審するまで58年を要した。気が遠くなる。こうした矛盾を是正するため再審法の改定がいま議論されている。70年前に制定された刑事訴訟法は500ほどの条文で成り立っているが再審に関する部分は19だけである。法制審からあがってきたものは条文の変更はなく申し訳程度に付則が加味されているだけである。部会では流石の自民党議員からも怒号が飛び交う事となった。取り調べの可視化、証拠の開示、幾つかは是正されてきた部分はあるが不服申し立ての抗告条項には大きな問題が内包されている。再審には時間がかかりすぎると言う事である。被告が再審を申し立てしたとする。大方の裁判官はいい顔はしない。裁判の回数は裁判官の籤運で決まる。数年に一度という回数では必然的に結審するまで時間がかかる。逆に被告が無罪になったとする。検事は100%抗告する。チエホフの演劇論ではないが抜かれた剣は使われなくてはならない。抗告制度が有れば使うと考える組織体である。これを検事側には付与しなければ胸を撫でおろす検事が多数いるのではないかと言う議論がある。だが出てきた付則は裁判官側弁護士側に再審に見合う証拠を1年以内に提示せよという上から目線の条項であった。それは検察の体質に起因している。日本は世界でも治安が安全な国として知られている。それは我々検察が悪者を厳しく取り待っているからだ・・・・という自負から来ている。有罪立99%の検察を相手に再審抗告で無罪を勝ち取るのは針の穴にラクダを通すより難しいと司法業界では云い伝えられている。なぜラクダなのかは分からない。
As time goes by 日記 4月20日 新聞勧誘員
道新の勧誘員が来た。二年前まで購読していたことを知っていた。新聞をとることを辞めたのには理由が三つある。大幅な値上げ、紙面の内容の劣化、もう一つは毎月集金に来ていたお母さんが辞めたことである。自分の母親に近い年齢であったと思う。集金時にはちょっとだけ世間話をする。仕事がなくなるので引き落としにしないで・・・と頼まれたことが有った。時々あまりに余りあロドリゲス的存在である引き出物のタオルの類をプレゼントしていたら辞めることになったとカシューナッツの缶を持って挨拶に来てくれた。職場からもお子さんからも肩を叩かれたらしい。話を本線に戻す。新聞の購読を辞めると流石に広く浅くという情報の摂取先がなくなり結局時々コンビニに買いに行っている。それに新聞紙は無いと吐き気を催した時に困る。勧誘員は昔ほど強引ではないが景品を餌に6カ月だけでもと食い下がった。定期購読するつもりはなかったので断ったが今日の朝刊を置いて行ってくれた。一面はイラン戦争関係とその影響で道内農業に影響が出ているという内容であった。イラン戦争にかまけているうちに色々なコソ泥が横行している。昨日ネットニュースで市町村会が冬季オリンピック誘致要望書を札幌市長に提出したと聞いてため息が出た。夢と感動を子供たちに・・・嘘言ってるんじゃないよ、禿親父ども。政府の金引っ張ってインフラ整備と称して一儲けしたいだけでしょう・・・
そんな記事はないかと紙面をめくると鈴木北海道知事の特集記事が載っていて下落傾向にある支持率回復為、レガシーつくりに冬季オリンピック招致に前のめりであるとあった。困った時の祝祭資本主義の典型である。
砂場で学んだこと
自民党党大会で現役自衛官が制服姿で君が代を歌った事が物議を醸し出している。一点は自衛隊が特定の政治宗教団体の集会には参加しないとの自衛隊法に抵触するのではないかと言う事。もう一点は自民党が自衛隊を政治目的の為に利用しているのではないかという疑惑である。自民党本部はイベント会社(九分九厘電通である)に委託した件であることを理由に責任を回避している。この女性自衛官は休暇中であり出演依頼が有ったことは上司に報告し制服組トップまで情報は上っている。ただ小泉防衛大臣には報告があがっていなかった。ここに文民統制の観点からも問題が起きている。高市総理の挨拶には消費税の話もイラン戦争の話も石油危機の話も出てこない。憲法改正論議を加速させる話で埋め尽くされていた。折しもトランプからホルムズ海峡への自衛隊派遣の依頼を条件付きで承諾しそうになり今井尚哉内閣官房参与に羽交い絞めにされたとの報道が流出している。この事は同じ地平で起きている事である。現役自衛官が刃物を持って中国大使館に侵入した事件もあった。現役将官クラスが制服姿で靖国参拝する姿も散見する。自衛隊内部での箍が外れかかっている。子供の頃砂場で山崩しと言う遊びをよくしていた。砂山の真ん中に憲法と書いた旗が立っている。周りの砂を掠めとるが旗は倒してはいけない。そこに悪い女の子が来て旗を倒そうとする。その子はディープパープルの表敬訪問を受け世良公則に「燃えろいい女」の替え歌でヨイショされて浮かれている。
8days a week+1
8days a weekはビートルズの名曲である。恋人への愛を伝えるのには1週間じゃ足りないよと・・・いう内容である。周年記念9daysが終わった。僕の愛はビートルズを超えてしまった。学生から東京のプロまで色々な組み合わせでの九日間であった。実は幻の10日目が有ったのだが松島を熱帯ジャズ楽に譲った。それが実現していると「一週間に十日来い」というカマキリ夫人五月みどりの曲と並ぶことになった。空になった酒瓶、大量のペットボトル、まだ洗いきっていないグラスを見ていると音が甦ってくる。どれも素晴らしい演奏であったがそのピークは金曜日のカルテット、松島が一音出した瞬間に訪れた。アイドリングなどする間もなく一気にトップギァーに入っていく。背筋に走るものが有った。今回はホテルがバカ高くはなかったので多少救われた。満席の日が二日ほどあったのだがお客さんの怪我、御身内の入院、体調不良、急な仕事10人くらいのキャンセルが出たのは残念であった。「おお、神は我に試練を与え給う・・・・」という映画ポセイドンアドベンチャーの神父役ジーン・ハックマンのセリフが思わず口をついた。遠隔地からホテルをとってきたくれた方も大勢いた。たくさんの頂き物も頂戴した。酒、おつまみ、ご祝儀、ケーキ、祝電・・・それぞれ有効的に使わせていただいた。この場を借りて御礼を申し上げる。今回新しい試みを行った。jazz研新入部員の招待日を二日設けた。15人くらい来てくれた筈である。質の良いリスナーに育ってほしいと願っている。
9日間飲み続けた割には元気である。毎年思うのであるが祭りの後の寂寥感と9試合投げぬいた甲子園球爺のまた来年ここへ戻っって来るぞ・・・という意気込みが錯綜する。甲子園の砂の代わりにlazyのゴミを袋に詰めている。
2026.4.9-10 Lazybird 22周年 『Catch22をぶっ飛ばせ!』

あまり記憶が定かではないが、周年記念LIVEは、創業10年を迎えた時から始まったように思う。この業界では20年を超えると老舗に分類されるので、威風堂々の四字がよく似合う。他方、吹き荒れる物価上昇の壁が老舗にも苦難を強いているのは周知のとおりである。このやり切れない世相の下で迎えた22周年であるが、今年も練りに練った編成となっており、信念のこもった企画が実現した。なお”Catch 22”は、にっちもサッチモ行かない状態の慣用句、念のため。
4.9 平倉初音(p)伊藤勇二司(b)本田珠也(ds)
冒頭から「このトリオは東京でも見られない」とアナウンスされた。こういう奇跡を数々仕組んできたのがレイジーの軌跡でもある。平倉と伊藤の”初勇ペア”は、昨年の7月に整理整頓の達人として知られる柳沼佑育の推しで初登場し、エビデンスで鯛を釣るような収穫を残していったのは記憶に新しい。この個性派二人と年齢とプロ・キャリアが近似している天下の本田珠也の編成である。それだけで「興味あり」の棒グラフがぐんぐん上がるというものだ。この良好な風向きを味方につけ、リーダー平倉のオリジナルと著名曲のパレードを観戦した。平倉については、初演で躍動感と繊細さのバランスの良さを印象付けられていたが、今回改めて聴いてみて、独特な間の置き方や意表を突く音使いに何度もオゥと反応させられた。彼女のクオリティーを決定づけているスィング感やアウト感に白旗止む無し、この才媛には益々期待が膨らむ。伊藤については、太いナタでぶった切るイメージが強かったが、鉛筆の芯先を研ぐようなデリケートさを持ち合わせていることを間近で確認した。それもこれも珠也が臨機応変なドラミングで目を光らせていたが故の快演だと独断しておく。演奏曲は、「Sea Raccoon」、「Unconditional Love」、「The Jitterbug Waltz」、「But Beautiful」、「Hallucinations」、「Mysterious Apple」、「Theme For Marco」、「Duke Ellington’s Sound Of Love」、「The Song Is You」、「Come Rain Or Come Shine」。それは1St.が終わった合間のことだった、珠也が平倉に語り掛けているのが耳に入った。「But Beautiful」の時、”お袋が歌っているのが聴こえてきてきて、一緒に演奏したよ”。これ、ジーンと来たなぁ。
4.10 松島啓之(tp)平倉初音(p)伊藤勇二司(b)本田珠也(ds)
前日の熱が冷めぬまま、松島の参加で熱攻めに拍車がかかりそうだ。いきなり余談二席。一つは自分ちではトランペットを能く聴くが、ライブでは驚くほど聴く回数が少ない。この不均衡が「松島来たる」に心弾ませる一因になっているということ。もう一つは、これからジャズを聴こうとする人には、松島を薦めたら良いのではないかと常々思っていたということで、これは松島の演奏が取っ着き易いということではなく、ジャズのエッセンスを感じさせる演奏をするという意味合いだ。マイルスで言えば’50年代であって、「アガ・パン」は入門にならない、バップなのである。以上で一人相撲の終了。さて、この日も松島を楽しみにしているお客さんが詰めかけていた。華のある演奏家は少なくないが、それに加え松島には音色に華がある。そんな松島が加わるこの4人の組み合わせも初めてだという。オープニングから松島が駆け抜け、珠也ががっちり並走する。平倉と伊藤が身を尽くして喰らいついている。たちまち初めてとは思えない結束力生まれ、全員が22周年をサウンドで祝福していると少し無理筋に解釈した。Up Tempoの興奮とBalladの深々しさとが織りなす入魂の演奏の数々、これを最良のLIVEと言わず何と言う。演奏曲は「Back To Dream」、「Fiesta Mojo」、「Skylark」、「Ugetsu」、「You Are My Everything」、「Punjab」、「My One&Only Love」、「Fun」、「Up Jumped Spring」。
現存するミュージシャンで老舗レイジーの殿堂入りを果たしているのは、周年LIVEで重責を担ってきた米木康志、池田篤、本田珠也の各位だという。噂では遠からず松島の椅子が用意されるらしい。今のところ厳格なRー50規定により若手・中堅にその資格はないが、平倉、伊藤のようにレイジー延命の新薬として効能あるプレイをしていれば、チャンスは虹の彼方に見えるだろう。さて、22周年LIVEは粒ぞろいの快演により”Catch 22”に優勢勝ちをして幕を閉じた。来年の標語もまた「Make Anniversary Great Again」になっているそうだ。(M・Flanagan)
As time goes by 日記 4月13日 停戦交渉決裂か
周年記念ライブも終盤戦となってきた。一昨日平倉初音と伊藤勇司が帰り珠也も今日帰途についた。残るは松島啓之だけとなった。長い闘いであったはずである。お互いの考えを尊重しながらギリギリまで自己表出成し遂げる。・・・音楽における高度な外交を見る思いがした。朝起きるとトランプの会見のニュースが飛び込んできた。ホルムズ海峡をアメリカ軍が封鎖しイランに通行料を支払って通行する船舶を取り締まるとした。それを邪魔するものは叩きのめすと公言した。実質上停戦交渉は決裂したと考えて良い。原油はどうなるのか・・・我々国民の生活はどうなるのか。高市総理は原油は備蓄が有り不足はしてないと言い張る。イランがホルムズ海峡を支配していた時期に日本船舶が通過したのは事実である。だがこの船舶向かったのはインド他他国である。大手メディアはその事を伏せている。国民を動揺させない為らしいが我々は見くびられたものである。確かにその程度の知性の人間が間接的に高市政権を選んだことになっている。アメリカからも手に入るし紅海経由でも手には入るかもしれない。だが実際の消費量と輸入可能量の実数を見比べるとのんきなことは言ってはいられない。政府は補助金を出しガソリンの価格を170円で抑えると発言している。どうやら最低連休までは国民の移動を止めたくないらしい。経済指標が低下するからである。その後コロナ期の様に突然緊急事態宣言が出て不要不急の外出自粛が求められる事になるのではと心配している。それ程の国難と考えている。
As time goes by日記 4月11日 チエスとポーカー
イランとアメリカが戦争というゲームを戦ってる。だがそのルールがかみ合っていない。
イランは戦力の違いを認識し非対称な戦術を取っている。それはたとえば500万のドローンーで攻撃しそれを何億円かのミサイルで撃ち落させる。知的な定石の積み重ねであるチェスに似ている。アメリカは世界最高の戦力を持っている事を背景に相手の出方を探り毎日違う戦い方をしている。スリーカードでベットを重ね原芸で相手に降りさせるポーカーのようである。だがこの戦法では億万長者といえども長引けば長引くほど疲弊していく。とばっちりを受けるのは世界の市民である。もともと国際法無視の戦争である。NATO諸国でさえ基地使用や領空飛行を禁止している国が出始めている。日本は今場に及んでまだ態度をあいまいにしている。その影響が国民にじわじわしわ寄せが来ている。政府と大手メディアはそのことをオブラートで包んでひた隠しにしている。周年記念の素晴らしい演奏に夜は酔いしれ朝起きて戦争状況にがっかりする毎日が続いている。
As time goes by 日記 4月6日 オブラディ油ダ
こういうご時世になるとビートルズを思い出す。オブラディオブラダ♪ life goes on
イタリアのメローに首相は中東に石油を買いに行った。アラブの油だ ♪ life goes on
高市総理は首相官邸に引きこもり油を売っている。アダブラカダブラ♪ life goes on
首相動静をチェックすると土曜日官邸に引きこもり殆ど何もしていない。lonely womanである。日米首脳会談の時の「世界を救えるのはあなただけよ・・・ドナルド」という最低のスピーチも官邸で一人徹夜で考えたという。官僚のレクチャーも聞かない。イラン戦争になれば当然原油、石油製品が不足する。だが石油備蓄の豊富さを理由長期的な対策を打ち出さない。補助金を出し価格を抑えているがそれが国民の節約意識を助長しない。戦争が長引けば価格が高騰するだけではなく本当に現物がなくなる。それが先の2回のオイルショックと根本的に異なる事である。今日の国会質疑では流石に長期的方針を打ち出す様な事を発言しているが具体的な事は言わない。大体一番大変な仕事を人に押し付ける。重要物資安定各保相を設置しそれを赤沢大臣に兼務させる事になった。失敗すればまた「私に恥をかかせないで」とDonna Leeばいい話にしようと思っている。
話が途中であるが次回に続くとさせてもらう。今日から周年記念ライブ。初日は学生と平倉初音のセッションである。打上の準備の合間を縫っての投稿である。今オレンジレンジが「チーン」と作業に戻れと教えてくれた。
周年記念への思い
明日から周年記念のライブが始まる。九日間の長丁場である。当初lazyは蝶ネクタイをしたバーデンダーのいる正統派バーとしてスタートを切った。僕はまだ隣にあったGroovyを切り盛りしていた。ライブは東京のミュージシャンを呼ぶ時を中心に月に1回くらいであったと思う。BGMにはジャズを流していたがgroovyから持ち込んだものをダスキンの様に定期的に交換する手法を取っていた。週一回、ソロピアノでラウンジミュージックみたいなものもやっていた。それなりに客は入っていた。バーテンダーも良い人間で人気もあったがジャズに愛着が有ったわけではない。そういう店はジヤズのフアンは決して増えない。ある時から今のlazyの様な形態に大きくかじを切った。それはそれで大変であった。急にジャズフアンが増える訳ではない。やせ我慢をしてやっているうちに20年を過ぎた。何度も土俵際まで押し込まれた。昨年は完全に土俵の外に足が出ていた。それを箒で痕跡を消しての22周年である。諸物価は高騰し続け交通費、宿泊費に金を掛ける僕の方法は経営者としては愚の骨頂である。
分かっちゃいるけどやめられない。ほれ・・スイスイスダララッタ・・スラスラスイスイスイ(^^♪
学生、社会人、から地元のプロと東京組とのコラボ、週末のメインディッシュまでフルコース9品揃えてお待ちしている。
三度目の正直
人間は人生で3回は手放しで褒められる。生まれた時、結婚するとき、そして死ぬとき。僕はその前にもう1回褒められる栄誉を頂いた。以下渋谷琥珀の店長毬子さんのface bookの文章である。さすがにちょっとこそばゆいがこういう風に生きたいとは思っていた。
【感謝と余韻 出張 Lazybird @渋谷琥珀】
先日、琥珀にて
札幌ジャズバー「レイジーバード」のマスター
吉田さんをお迎えし、
2日間のライブイベントを開催しました。
この2日間は、音楽が人を繋ぎ、
人が人を想い、長い年月で育まれてきた時間が
重なり合うような、とてもあたたかい空間でした。
この日に集まってくれたミュージシャン達は
出演料という形を超えて、
吉田さんへの感謝と敬意の想いを
そのまま音にして、ステージに立ってくれました。
それは、吉田さんが長年にわたり
多くのミュージシャンを育て、
居場所を守り続け、
音楽と人の縁を大切にしてきたことへの
自然な答えだったのだと思います。
吉田さんが琥珀にいてくださった時間は、
何か特別な演出をしたわけでもないのに、
空気がやわらぎ、
人の表情が少しずつほどけていくような、
そんな不思議な温度に包まれていました。
ステージに立ったミュージシャン達は
肩書きや条件ではなく、
「吉田さんと音楽で繋がってきた時間」
そのものを抱えて、
一音一音を大切に鳴らしていたように感じます。
それは、長い年月の中で
出会い、育て、見送り、
また迎え入れ、
迷いながらも続けてきた
吉田さんの歩みへの、
自然な感謝のかたちだったのだと思います。
ライブ終演後のアフターセッションには、
本当にたくさんのミュージシャンが
吉田さんに会いに来てくれました
演奏を終えてもなお、話したい人がいて、
会いたい人がいて、同じ時間をもう少しだけ
共有したくなる。
その光景を見て、
吉田さんがこれまで、どれほど多くの人の人生に
静かに寄り添ってきたのかを、改めて感じました
北海道から足を運んでくださったお客様、
吉田さんに会いに来たミュージシャン
北大jazz研究のOBの皆様
かつてレイジーバードで働いていた
青年達の姿もあり、そこには
「続けてきた人にしか見えない景色」が
確かにありました
吉田さんがどれほど多くの人に
愛され、信頼されてきたのかを
胸いっぱいに感じる2日間でした。
この時間に心から賛同し、
音楽を捧げてくれたミュージシャンの皆様
想いを受け取り、集まってくださったお客様
そして、この場を共につくってくれた
琥珀スタッフのみんなへ
言葉では足りないほどの感謝を込めて、
音楽は、続けてきた人の背中を照らし、
次の世代へと静かに受け渡されていくもの
このご縁と、この時間が
またどこかで繋がっていくことを願っています
本当に、ありがとうございました。
1/29 (Thu) 1/30 (Fri)
Special two days!!!!!
あとがき
毬子さんの文章を読んでうるっと来ている
As time goes by 日記 4月1日 エイプリルフール
現地時間4月1日夜トランプが国民向けに演説すると知ってリアルタイムで聞いていた。トランプは昨日言ったことと変わることもあるし3時間前に言った事とも整合性が取れないこともある。はっきり言って出たとこ勝負である。そのトランプがエイプリルフールに演説するという。地上軍を投入すると明言するかとびくびくしていたが前日の発言を踏襲するものであった。どうせ驚かすのならエイプリルフールらしく「全世界に迷惑かけたので辞任します」くらい言ってみろ。論点は3つあった。イランには壊滅的打撃をあてえている。ホルムズ湾の安全はそれぞれの国が行え。軍事行動は後2,3週間続く。今も何のための空爆であったのかはっきりしない。目的がはっきりしないので発言もコロコロ変わる。短3度で変わっていくコルトレーンチエンジより目まぐるしい。こんな出鱈目なトランプチエンジなど良い子は真似しないでほしい。当初イランの核施設を攻撃すると言っていた。それが反米勢力の排除に変わった。それが、欲しいのは石油だと本音に近いことを言った。今日の演説では石油は米国には豊富にある。困っている国は自分で何とかしろとおっしゃる。海兵隊など地上軍も日本から出撃しホルムズ湾近くに集結しているが地上戦の話は避けている。話の展開からトランプは戦争を手じまいにしたいと考えているのではないか。勿論世界の為などではない。全くの自己都合である。アメリカには60日ルールというものがある。大統領は開戦を自己決定でできるが60日以内に議会の承認を得なくてはならない。その締め切りが4月末に来る。殆ど形骸化はしているが足を引っ張る原因にはなる。そういう意味での軍事行動は2,3週間続くという表現になったのではないか。裏を返せば2.3週間で辞めたい。7月4日には建国250年を迎える。その時は何か輝かしい功績を演説に盛り込みたい。戦争は終わっていて欲しい。11月には中間選挙がある。下院では全く不利である。弾劾が起きる可能性が有る。それは何が有っても避けたいと考える。戦争が終わった時点で犯罪者に落ちるネタニアフと同じ運命となる。供給が途絶える前にこの時期なのに灯油をしこたま購入した。もうすってんてんである。
暫定予算の意義とは何か
今日3月30日暫定予算案が成立する予定である。何故暫定予算が組まれたのか・・・・。本予算が年度内に成立しない為である。なぜ成立しないかと言うと国会の審議時間が足りないためである。高市総理は国会開催の冒頭で衆議院を解散した。結果は自民党の歴史的大勝に終わった。その国民の支持率の高さを追い風に集中審議など野党から突かれる委員会はすっ飛ばし数の力で強行採決により予算案の衆議院通過を成し遂げた。参院では自民党は少数野党である。衆院の様な横暴な運営は出来ない。だが衆院は通過しているので参院で否決されても法案は30日後自動成立する。だがプライドの高い高市総理はこれが許せない。支持率70%の私が提出した予算案よ・・・速やかに通しなさい・・・と言う事である。ところが参院は抵抗した。ここにかすかな望みを見出すのであった。本予算が採択されなければ行政が機能しない。例えば公立病院が休みになる。給食がでない。役所の窓口業務が滞る。・・・様な事が起こりえる。そこで採択されるまでの間仮の予算で運営される。財務省は仕事が増えるのでこれを嫌う。財務省に嫌われたくない高市総理は何とかこれを避けたいと考えていた。元はと言えば自己都合解散である。何をかいわんや・・である。戦前はどうしてたかと言うと予算が通過しない場合は天皇の詔勅により前年度予算で執行されていた。起源はと言うと19世紀のプロイセンに遡る。鉄血宰相ビスマルクが議会と対峙していた。軍拡派のビスマルクと当時リベラルであった議会は一歩も譲らず行政は混乱を極めていた。それを解決したのが戦争であった。非常事態にちんたら
議論している場合ではない・・・といってビスマルクは軍拡予算を強行に遂行していった。その反省からじっくり議論しましょう・・・と暫定予算で動かす発想が生まれた。予算が通らないと言う事は法的に言うと緊急事態に該当する。最近耳にする憲法論議で緊急事態宣言を盛り込むという発想は時計の針を19世紀に戻すことに等しい。高市総理は衆議院の運営は強行突破に味をしめてこの手法を乱用すると思われる。参院での抵抗はアームストロング船長の言葉を借りれば「この一歩は我々にとっては小さな一歩であるかもしれないが国民にとっては偉大な一歩である」と言う事になる。
松風鉱一の命日
1月29日が松風さんの命日であることを本田珠也のFacebookで知った。今日ピットインでは追悼ライブが行われる。出演者6人のうち4人は因縁浅からずといったミュージシャンである。僕がlazyをやる前に引き継いだGroovyのマスターは松風さんに深く傾倒しており松風さんの音楽活動を支援する事が店の営業目的位まで発言していた。ある時期までマルチリード奏者の松風さんはアグネスチャンのバックも務めていたはずでありよく札幌にも来ていた。そういう事もあって聴く機会は多かった。前マスターが亡くなった時もいの一番に松風さんに連絡した。葬儀当日はライブが入っていて来られなかったが日を改めて線香をあげに来てくれた。奥さんの依頼で3周忌に松風さんのトリオに来てもらった。そういう縁もあってアルバムにGROOVYという曲を残してくれている。Lazyでの演奏はないがGroovyには来てもらったことが有る。その時はバリトンサックスからバンブフルートまでありとあらゆるリード楽器を持ってきた。狭い店内には置く場所はない。カウンターのお客さんが膝の上に置いて保管に協力してくれた。演奏中に楽器を取り換えることもあり僕が司令塔になり伝言ゲームの様に伝達し楽器を戦時中のバケツレースの様に移動したことを覚えている。エリック・ドルフィーに特化したクリニックをやってもらったこともある。音使いはそんなに凝ったものではないが音程を飛躍させることであの効果が出ると説明していた。米木が若いころごく短期間だが自分のグループを持っていたことが有る。フロントが松風さんと今泉博の2ソプラノサックスであった。マルチリード奏者の松風さんにソプラノだけを吹かせるというのは勇気がいる。米木の弁であるが・・・松風さんのアルトの纏わりつく感覚が苦手でさぁ・・・・分かる節がある。珍味商人の僕もこのマニアックなグループに来てもらうことはなかった。松風さんは渋谷オーケストラでも重要な役割を担っていた。松風さんが一番左にいてその隣は峰さん、その隣には臼庭もいた。素晴らしい並びである。合掌。
As time goes by 日記 3月25日 免許返納
免許更新の案内がずいぶん前から着ていたのは知っていたが中身を確認することなくほっておいた。誕生日近くになってそろそろ行かなくてはと思い案内を見ると高齢者講習を受けなくては更新できないとある。道路交通法が改正されたのだ。国会中継はよく聞くのだが何処かの委員会で議論されている筈の高齢者講習など放送されるはずもなく妾の生活の様にヒッソリと六法全書の隅で生きていることに改めて気づかされる。時々ニュースで高齢者がブレーキとアクセルを踏み間違ってコンビニに突っ込んだりするのを見聞きすると他人事とは思えなくなってきた。ここ数年バランス感覚が衰えてきているのは自覚しているのでこの機会に山口百恵の様に静かに免許証を置く事とした。考えたら20年は運転していない。大体運転が好きではない。免許もライブの主催をするようになり演者の送迎やら楽器の移動の為取り直したのだ。せっかく取り直したのに運転の評判は思わしくない。ポールブレイのソロピアノの様に息が詰まる運転らしいのだ。何十年前か忘れたが旭川への移動中、ベースの米木から何度も運転を替わると言われたが演者に運転させて疲れさせるわけにはいかないと断ったがとなりで座っているほうが疲れると言われなくなくハンドルを譲った事は忘れない。車そのものにもそんなに興味はなかったが会社員時代車を所有している時期が有った。納車の日家の前に収める縦列駐車の際操車術を誤り家の物置をなぎ倒し車の前部をへこましマイケル・レッカー車で購入先へ連れられて行った。初めて運転するオートマチック車であった。何の為に教習所に行ったのか分からない。その時ほど自分の事をサムスカタン・ファンク野郎だと思ったことはない。警察窓口で免許取り消し通知書を貰う時長い間ご苦労様です。・・・と慰労される。その時頭をよぎったことである。
日米首脳会談報道における温度差
日本の大手報道機関の論調はおおむね良好である。高市総理は大量失点を免れたリリーフエースの様な扱いである。だが11兆円の投資がお土産として渡されているのである。ジャッジも甘くなろうというものだ。まず芸能週刊誌的観点での日米での温度差である。高市総理とトランプ大統領が会う場面である。高市総理はトランプに抱きついた。これを親愛の情と見るか軽薄な行動と見るかは意見の割れる所である。日本で報道されているのはここまでである。この後2人はホワイトハウスに入る。その時の後ろ姿が米国では報道されている。外交でここまでやるかというような失楽園的は不倫を感じさせる絵になっている。高市総理を支持するものではないが明らかに高市総理を貶めている。だいたいトランプは高市の名前さえ憶えていないと思われる。高市がいくらドナルドと呼んでも先方は日本の総理という呼び方しかしていない。高市ともさなえとも報道されていない。ここからが重要な事なのだが日本の報道機関はホルムズ海峡への自衛隊派遣の件については渡米前の説明を繰り返して印象操作を行っている。法的に出来る事と出来ない事があるという論法である。これは憲法改正をもくろむ高市総理が拳法第9条にすがっている姿でもある。アメリカの報道番組では国連大使が日本は艦船を派遣してくれるとの返答をもらっていると発言している。法的に問題があるのなら法律を改正すれば良いとさらっといいのけている。このことは日本の報道機関は全く触れていない。最早大平戦争前の大本営発表に酷似している。
日米首脳会談、米国での報道様相
なにかすっきりしない。日米首脳会談に関する日本の報道機関の評価は概ね良好である。ホルムズ海峡への艦船派遣に関しては法律上出来ることとできないことが有るとして明言を避けた。ここだけ見ると大成果と感じる。NATO諸国はどこも良い返事をしていない。そこで日本はいの一番に手を上げトランプの歓心を買うのでは戦々恐々としていた。高市総理がトランプ大統領と会う時の品のない抱きつきはその後の会談の伏線である。日本の記者がイラン爆撃の情報をなぜ日本に知らせなかったのかとトランプに質問した。トランプは待ってましたとばかりに日本は真珠湾奇襲の際なぜアメリカに知らせてくれなかったのだと答え笑を誘った。そしてその時の高市総理のキョトンとした表情が何度もアメリカの報道機関で流されている。悪意を感じる。そしてそのインタビュー番組でキャスターはトランプから日本から艦船の派遣了承を取っていると明言している。トランプの発言なので100%信じる訳にはいかないが何らかの裏取引があったのではないかと勘繰らせる内容である。
日米首脳会談の行方 2026/3/19
高市総理の抱きつき外交で始まった日米首脳会談はすっきりしない形で幕を閉じた。艦船の派遣は法的に精査を必要とすると言う事で先延ばしにした。トランプも毎日言う事が変わる。たまたま地雷を踏まなかったと言う事である。対米融資案件第二弾として次世代原発小型モジュール炉の建設も表明した。アラスカの原油開発など盛りだくさんのお土産である。自衛隊を派遣するよりはましだとは思うのだが日本がこんな卑屈な外交しかできない国であることが本当に悲しい。この日日本の戦後80年の国の在り方が変わったかもしれない日であった。皮一枚で繋がったが前門の虎後門の狼である。明日ホルムズ海峡封鎖前に出港した最後のタンカーが到着する。その後この戦争が解決しないと原油が入ってこないと言う事である。日本の備蓄は254日分。日本政府からその対策を聞いたことはない。
原油不足は物流、工業、農業全ての分野に影響が出る。物価高騰は必死である。そんな中で我々は生きていかなければならない。
As time goes by 日記 3月19日 同期の桜
東京では昨年より5日早い桜の開花宣言が発表された。同じ日高市総理は日米首脳会談の為ワシントンに向かった。トランプ大統領は朝令暮改の発言を繰り返し全世界を困惑させている。最早何を考えているのか全く分からない。イラン戦争真っ只中の最悪の時期の首脳会談会談である。NHKの討論番組では手が痛くなるし国会審議の際は風邪で体調を崩すのになぜこんな微妙な時期に渡米するのだ。イランの小学校を誤爆したミサイルは横須賀基地から出港したイージス艦から発射されたトマホークであるとの説が有力になっている。となればもう戦争に片足突っ込んでいることになる。トランプからどんな要求が出されるかは予断を許さない状況であるが高市総理はトランプ大統領を相手にネゴシエイト出来る外交能力は持ち合わせていない。もしどんな形にしろ自衛隊派兵を求められたとしたら高市総理は断れないと推測される。イラン側から見るとそれは敵国としか映らないであろう。どうかこの推測が外れることを願うばかりだ。だが頭をよぎるのは高市総理とトランプ大統領が肩を組んで「同期の桜」を熱唱する姿である。
♪貴様と俺とは同期の桜・・・・中略・・・見事散りましょう国の為
どうせ散るなら会談前に散ってほしい。
jazz紳士交遊録 vol28 中本マリ
初めてマリさんを生で聴いたのは1979年か80年の頃である。「アフロディーテの祈り」が1979年にリリースされその発売記念のコンサートであった。このアルバムは今なお日本最高のヴォーカルアルバムと思っている。僕は札幌市民会館の最前列に陣取っていた。そのライブの途中でヤンキー座りになりあまりに大人しい札幌の聴衆に半ば切れ気味に「ねえ、楽しんでくれているの・・・」と語りだした事を今でも覚えている。それから何十年経ったか覚えていない。札幌のライブハウスに来ると言う事で聴きに行った。バックは米木が居たのは覚えているので大石のトリオであったと思う。僕はいつになくはしゃいで聴いた。79年の悲劇を覚えているからだ。マリさんもその事を覚えているようでMCでその事にふれた。「今日は良い雰囲気よ」僕は札幌のリスナー代表として胸をなでおろした。打上にも参加し79年のツアーの時最前列に居たことをアフロディーテに告解した。「あら、吉田ちゃんいたの・・やあだ」それが縁でlazyでもやってくれることになった。マリさんからどういう経緯でjazzを歌うようになったかなど・・・という話を聞かせてもらった。それは日本の芸能界の誕生の話でありjazzの歴史でもある。60年代半ばにナベプロ制作の音楽番組があった。そこにはバックコーラ隊がいてメインの歌手を盛り上げていた。マリさんもバックコーラス隊の一員であった事を知った。「同期にはマリコやしんちゃんもいたのよ」まりことは「五番街のマリー」の高橋真梨子でしんちゃんとはクレヨンしんちゃんでも松原慎之介でもなく森進一の事である。ナベプロは新人を発掘しその方向性まで指導していたのだ。もしかしたら高橋真梨子が「アフロディーテの祈り」を歌いマリさんが「五番街のマリー」を歌っていたかも知れないのだ。マリさんはギターリストに育ててもらった・・・という話をよくしていた。デビューアルバム「アンフォゲタブル」の横内章次さんの事である。ギターリストに恩返しをしたいとも話していた。ブレイク前の渡辺香津美を使ってアルバムを制作しているのもそういう経緯がある。今回は札幌のギターリスト長沼タツルを使ってくれている。その内容については牛さんのライブレポートも合わせて読んでいただきたい。
余談
ヴォーカル物のライブがあるときは母親にも声をかけていた。マリさんの時も来ていた。インターバルの時マリさんが「米ちゃん、ちょっと」と呼んでいた。母親は何を思ったか危なげな足取りでマリさんのところへ.近寄った。僕はしょうがないのでマリさんと米木に母親を紹介した。2人は歯の浮くようなセリフで僕のことを褒めてくれたのである。母親はその間中頭をぺこぺこ下げっぱなしであった。母親の名前は「米子」という。僕の叔母だけが母親のことを「米ちゃん」と呼ぶ。
2026.3.11 中本マリさん来たる
中本マリ (Vo) 長沼タツル(g)
「ここにおわすお方をどなたと心得る/先のレジェンド・シンガー中本マリさんに在らせられるぞ」。水戸黄門のエンディングである。だがマリさんは「頭が高い」と命ずることはない。こっちが拍子抜けするぐらい入場からフレンドリーなのである。これは姿を見せた瞬間からライブが始まっているということでもある。レイジーで聴くマリさんは実に10年ぶりとなるが、前回の盛り上がりの第2幕のようなオープニングだ。何でもマリさんは全国各地で地元ミュージシャンとの共演を続けているとのことである。今回は北海道ブロック選出・ギター長沼とのDUO、新千歳での初対面から僅か数時間とのことである。アット・ホームな雰囲気の中に、長沼がどうマリさんに応じていくかという緊張感もある。当のポーカー・フェイス長沼だってそうだろう。マリさんの客に語りかける三言四言が、それを和らげる。準備完了。名曲中の名曲がズラリ並んだので、早速演奏曲を紹介する。「Summer Time」、「On Green Dolphin Street」、「Give Me The Simple Life」、「Black Coffee」、「Blame It On My Youth」、「There Will Never Be Another You」、「Someone To Light Up My Life」、」「Yesterdays」、「Autumn Leaves」、「Come Rain Or Come Shine」、「I Could Write A Book」、「Misty」、「But Beautiful」、「Just Friends」、「Someone To Watch Over Me」。初っ端から、腹の底に声帯があるように湧き上がる声が迫って来る。長沼も何ら力みがなくスムーズに協調している。マリさんは曲間に手前のお客さんとグラスをカチンと合わせたりしている。歌っているとき、話術で繋ぐとき、ジワジワ聴衆の心を囲んでいく。会場全体のライブ化、これは客の共通体感だろう。インストなら、演奏一流スピーチ三流というのはよくあることで慣れているが、概してヴォーカルの人は総合力があり、2時間がスキなくデザインされていて大いに関心させられる。マリさんはかつて不朽の名作を世に放った人である。その日々は絶えず遠くに去っていく。いま至近距離に、全身をもって発声するマリさんの姿がある。ここには、過ぎ行く日々を冷静に受け入れながら、それを克服していこうとする張り詰めた覚悟があるように見える。マリさんは言う「まだまだ不完全、いつもが勉強なのヨ」。ころし文句が出た。長年の蓄積が重み深みとなって凝縮されている。私たちは嬉々として頬を崩しながら圧倒されるばかりだと言い切っておきたい。マリさんを思う筆者の歌唱評価は決して過大評価ではない。追い打ちをかけるように兎にも角にも惜しみなく全身が注がれたステージが終わりを告げていった。客席は満足感に包まれていて、疑り深くない筆者の目には全員が正しい人に映った。
マリさんは、開演前の腹ごしらえがオーバー胃袋とこぼしておられたが、熱唱の連続はその満腹感を消費し尽くしてしまったに違いない。食事を共にした長沼のプレイがそれに一役買っていたのは言うまでもない。(M・Flanagan)

As time goes by 日記 3月12日 経済音痴
高市早苗首相は経済音痴である。こういう事を書くと時々反論が来る。小さなjazz barをまともに経営できないお前が言うな!・・・というお𠮟りである。僕は経営音痴であるが経済音痴ではない。日本政府は石油放出すると発表した。IEAの協調放出とは別枠でである。それと同時にガソリン価格を170円程度に抑制するため税金を投入するとした。全くの問題先送りで本質的解決にはならない。価格は需給のバランスで決まる。需要を抑制するか供給を安定させるかである。日本は原油の90%を中東に頼っている。ホルムズ海峡の運行が制限される状態になれば供給は逼迫する。茂木外務大臣は原油をロシアから輸入する考えはないと発表している。原油価格安定に公金を注入すると言う事は円の海外流出を意味し円安傾向を助長し輸入物価の値上がりを意味する。他の先進国で公金を注入して原油価格を抑えている国はない。それが可能であるならばゼロになるまで貨幣を刷って買い支えれば良い事になる。それはインフレを助長することが分かっているからだ。供給を安定させるのには戦争を終わらせることが第一である。ところがネタニアフとトランプが自己保身の為に始めた戦争は出口が全く見えない。おまけに高市総理は経済音痴の上外交音痴でもある。19日日米首脳会談の為渡米する。国民の為どうか余計なことを口にしないでほしいと願わずにはいられない。
2026.3.3 松原慎之介 若獅子たちカルテット
松原慎之介(as)平田晃一(g)富樫マコト(b)高橋直樹(ds)
今や地元よりも東京での方が知名度が高くなっている気鋭の4人が揃った。一見ややドヤ顔グランプリ系だが(平田除く)、まずはその風貌だけでジャズしていると好意的に受け止めよう。彼らは年少期から音楽交流があると聞いている。それが今では、同窓会が立派な職業となっている。前置きはさておき本題に移ろう。これはレギュラーの編成であるとアナウンスされた。そうとは知らなかったが、この4人のLIVEは初めてにつき鮮度は高い。若い世代にしか実現出来ない演奏というのがある。それが後世にまで生き残っていくことも珍しくはない。結果というものは、必ず後になってからしか判明しないが、ライブ演奏はリアル・タイムで結果を先回りできそうな稀な事例のような気がしている。そういうこと気を留めながら、今日はどうなるのかと思うとワクワクが募ってくる。夫々については聴いているので、おおよその見当はついているが、それがひと塊になり、なおかつレギュラー編成なのだから、磨かれた出たとこ勝負が期待できるというものだ。さあ始まった。予想通り引き締まっていて、個々の技量も文句なしだ。リーダー慎之介のナチュラルに熱量を発散させるプレイは流石のものがあると同時に、更に表情の豊かさが積み上がって来ていると感ずる。メンバー達は慎之介に引っ張り込まれるというよりも、既に対等な相互作用を機能させていると言ったほうが良さそうだ。ベースのマコトはいつもながら追いの手を休めず、そこに平田の高音域が華麗に応じていく。しかも平田はバッキングも含めグルーブ全開といった体で、感心させられることしきりだ。実は開演前から筆者の内心に呟くものがあった。「直樹から目を離すな」だ。それは彼のドラムを聴く機会が少なかったこともあるが、過去のパフォーマンスが印象に残るものであったからだ。予想的中、今回の彼のプレイを日本語変換すると太鼓判とでた。このコンボは、何ら小ぢんまりしておらずノリが大きい。若さの特権を生かし切っていている演奏を聴いていると、帰り来ぬ青春の立場からは実に羨ましく思える。さて彼らの前途と脈を切らないよう注意喚起をお願いする。アプリ名は「慎之介4」、妙なコード進行使ってアン・インストールしないようご用心!。演奏曲を並べてみよう。「いま」、「坂道」、「My Ship」、「Jean De Fleur」、「*Surprise Guest」、「The Meeting」、「Star Dust」、「Strike Up The Band」、アンコール「*Dear」。
標題は、若きL・モーガンの「Young Lions」を拝借しようと思ったが、それだとムンムンする響きがないので、彼らの凄みには和風の「若獅子たち」の方が似合うと判断した。
忘れてはいけない、特筆しておくべきことがある。このライブでレイジーと縁の深い臼庭潤の楽曲(「」内*)が採り挙げられていたことだ。他界してから十年以上経ち、彼を知る者も少なくなっているが、2曲演奏されたことに喜びを禁じ得ない。何より臼庭が一番喜んでいるはずだ。なお、慎之介が演奏中に着用いているのは、臼庭が率いていた「jazzroots」のTシャツである。(M・Flanagan)

As time goes by日記 3月7日 誕生日
母親が亡くなってから僕の誕生日を知っているのは全世界で3人になってしまった。一人は僕自身である。色々な登録上必要なパスワードは忘れるが名前と生年月日はまだ言える。そこまでは耄碌していない。これが冗談には聞こえない年になってしまった。後の二人からはお義理のお祝いメールが来た。ちゃんと喜んでいる振りメールを返信した。大人の対応である。lazyを開店した時は自分の誕生日と開店記念イベントが重なったと記憶している。そういう時は開店記念日を前面に出すのでこの界隈のスナックのママの様に何とかママお誕生日おめでとう・・・という花輪が店の前に並ぶことはない。この日たまたま北大jazz研のOBOGが6人ほど訪ねて来てくれた。皆卒業して10年以上にはなる。久しぶりに会う人間もいたので年齢を聞かれた。隠すこともないので「今日で72になる」と答える。あった時から殆ど変わらないと言われた。これは喜んでも良いのだが会った時から爺だったともとれる。カウンターのお客さんの相手をしていたらケーキを手にした元学生らがhappy birthdayを歌いながら入場してくる。ロウソクの火を吹き消した記憶は子供のころ以来である。いも美とケーキの相性も抜群である。
イラン空爆の落とし前
トランプが秋の中間選挙対策の為ネタニアフにけしかけられる形でイランを空爆したのが1週間前になる。その行為自体国際法違反でありアメリカ議会の承認も得ていない憲法違反でもある。トランプは軍事行動は4,5週間続くと発表している。地上軍を投入すればその期間で終わることはない。歴史が証明している。戦争は相手が負けましたと言うまで続く。イランの支配者は今不在である。革命防衛隊はゲリラ戦を展開し白旗を上げることはないだろう。まず誰が白旗を上げるのだ。トップが決まるまで最低1カ月はかかる。その間不毛な戦闘が続く。イラクを見ろ。アフガニスタンを見ろ。ベトナムを思い出せ。侵略した方が勝利したことなど一度もない。日本はどうする。せっかくイランと良好な関係にあったものを現政権を批判しアメリカの傍若無人の行動を諫める行動は取らなかった。高市内閣はイラン戦争対策と嘯き予算を強行採決した。その予算案の中身も出鱈目である。物価対策など爪の垢ほどもない積極財政政策である。それだけでもインフレを加速するのにこの戦争で原油はうなぎ上りに高騰している。ホルムズ海峡を閉鎖されると中東に石油、液化天然ガスを依存している日本は息の音を止められる。石油が値上がりすると全てが値上がりする。最早スタグフレーション目前である。第一次オイルショックの頃を思い出す。本当に店頭からトイレットペーパーが消えた。まだ親のすねをかじっていた頃なので物価高の実感は無かったがトイレットペーパーを見つけたら買え・・・という親の言いつけは守っていた。19日には高市総理は渡米する。手が痛いと断れ・・・。どうせ軍事費増強、アメリカへの投資推進、下手すれば自衛隊をホルムズ湾に派遣させられる。こんな世界に誰がした・・・。と恨み節が口をついてくる。
イラン空爆
トランプが又とんでもないことをしでかした。イランの核開発の阻止という名目で空爆し最高指導者ハメネイ氏を殺害した。その部下も殺害されているのでベネズエラの大統領拉致の時同様念入りに計画された行動である。水面下では核開発に関しての話し合いもされていたがこの場に及んでは形作りとしか思えない。全くの国際法無視の愚行であり人類が長年培ってきた民主主義を突き崩し時代は中世に戻った感がある。トランプ関税は最高裁で違憲の判決が出された。ネタニアフと同様時代が時代なら法廷で裁かれて檻の中にいるべき人間である。そして気になる日本首脳の反応である。高市総理も小泉防衛大臣もアメリカに一定の理解を示した。相変わらずの頭の悪さである。日本とイランの関係は悪いものではなかった。NHK職員が逮捕された件でトランプに救出の相談をしたようである。外交センス0である。ホルムズ海峡が封鎖されるかは予断を許さない状況であるが短期的には石油価格は高騰しインフレをより加速させる要因になる。安倍総理が存立危機事態の説明にホルムズ海峡封鎖を持ち出していたのも思い出した。だがホルムズ海峡を封鎖して一番得をするのは石油資源を持つアメリカである。イランの石油が市場に出回らなければ高騰し漁夫の利を得る。どちらにしろ日本はとんだとばっちりを被る。空爆だけで政権を転覆できるはずはない。イランの兵力は61万、人口9000万人。地上戦と言う事になればイラク戦争やアフガニスタン侵攻の様に泥沼状態になること必至である。日本も軍事大国への道を歩みつつある。政府首脳がこの戦争に加担しない様見張らなければならない。
国民会議と言うまやかし
自民党は11月までは消費税減税には反対であった。ところが選挙に突入にするにあたり期限付きの減税をうたいだした。本音は見え見えである。やりたくない、逃げおおしたい・・・である。そこで国民的レベルで議論するという名目で国民会議なるものが立ち上げられた。衆議院で絶対多数を維持する自民党は国会でこの議題を議論をする事を嫌っている為である。その免罪符として国民会議で充分議論した。よって国会ではすんなり通してほしいと言う事である。そのメンバーには消費税減税を表明している共産党、参政党等は呼ばれさえいない。参加しているのは自民、維新、チーム未来など減税反対の党ばかりである。飲み会の誘いではないのだから自分のお友達ばかりに声を掛けるのはそもそも公平だはない。給付付き税額控除もその場で議論されるではあろう。元々複雑な仕組みである。税は貧乏人程堪えるものであるがそれを少し緩和する目的がある。だが気候変動で寒暖化が進むとしたらその対策をハゲが帽子被ってしのぐ事に似ていて根本的解決策にはならない。そのうち廃案になる。それを野党も参加した国民会議のだした結論と逃げの道具にされる
出張lazy bird 顛末記 最終章
2日目一般の御客さんが居なくなってから宴会セッション状態に突入した。ギターリストの平田晃一や荻原亮がビートルズメドレーを弾き、楠井五月がデープパープル王様バージョンを歌う。僕にもギターが回ってきたが勿論丁重にお断りした。君子危うきには近寄らずである。この企画の話が出たのは昨年の秋ごろである。零細企業lazy birdは物価高、ホテル代の高騰の煽りを受け青色吐息であった。今の日本の様に赤字国債を連発しデフォルト寸前である。そろそろ潮時かな・・・と考える事もあった。何とか増資出来る一脈の光を見出した時この企画の話が出た。ご褒美を授けるからもう少し続けろという天の声と思った。僕は店を演者、お客さん、店の人間のコモン(共有地)と考えている。その地を豊かにできるかどうかは3者の関係性による。東京の渋谷で理想のそれが実現できたのは奇跡と言ってよい。改めて毬子店長、店のスタッフの方々、遠路駆けつけてくれたお客さん、演者の皆さんに御礼を申し上げたい。帰ってきてから体調を壊したこともあるが怖い夢を見ることが有った。楽器を持った大勢のゾンビが「今回の貸はいつ返してくれるんだ」と繰り返しながらドアを蹴るのである。今年いっぱいかけてそれらのゾンビにお返しをしようと思っている。
出張lazy bird顛末記 その3
琥珀で何人かの方に紹介された。その一人がPIT INNの社長であった。自分の店で日本最高の演奏が聴けるのに他店にも顔を出す行為に頭が下がった。。多分であるが珠也が僕が組み合わせたバンドを気にいって「lazy bird reunion」という名前で何回かPit Inndで再演してくれたからではないかと思っている。今回の上京目的は琥珀で演奏を聴く以外に故人となったミュージシャンの仏前に線香を上げる事でもあった。臼庭潤、鈴木央紹、津村和彦、井上淑彦、セシル・モンロー・・・・
臼庭はお母さまの体調が思わしくなくお邪魔できなかった。央紹は奥さんが東京の家を引き払って九州に帰られたと言う事であった。一日目飲み過ぎた事もあって東京の昼は北欧の昼かと思うくらい短かった。結局臼庭の妹さんと想い出話をするだけで終わってしまった。名前を上げたメンツが生きていたなら快くかいやいやかは分からないが出張lazy bird企画に参加してくれた事と思う。演奏を聴きながらそんなことが頭をよぎった。体調を崩していた曽我部が元気に吹いていたのを見てちょっと安心した。ピアノの大石が顔を出してくれたのには驚いた。大石はこういうセッションものは好きでないことは知っているからだ。米木も原大力もいる。期せずして5年ぶりに大石学トリオが再現されることになる。松島のバックで田中菜緒子、大石、平倉初音が順番に弾いてくれた。同じ会場にピアニストが何人もいることはフェス以外あまりない。豪華絢爛。ラーメンを味噌、塩、醤油のスープで3杯食べた感覚である。松島麺へのスープの絡み方の違いを食べ分けられる。もうおなか一杯。lazy のバイト経験者も4人駆けつけてくれた。その一人昇太が東京でいも美も見つけて差し入れしてくれた。渋谷でのいも美は格別であった。
続く

この写真が2日間のすべてを物語っている。
出張lazy bird顛末記 その2
ホテルから琥珀に向かう道すがら50年前の記憶が蘇ってきた。このセンター街の中華料理店が入っている何処かのビルの会議室で第一志望の企業の最終面接を受けに札幌から出てきたことを想い出した。
琥珀にはメンバーの入り時間より早めに入らせてもらった。素敵な店であった。スタッフの方から「二日間よろしくお願いします」と挨拶された。それはこちらの言うセリフである。ベースの三嶋が出迎えてくれた。今回の企画の橋渡しをしてくれた人物である。ミュージシャンのブッキングも丈造と二人でその労をとってくれた。公式サイトに載っているミュージシャンは20人であるが顔を出してくれたミュージシャンは他に10人はくだらない。そのミュージシャンにも全て演奏機会を作ってくれた。もう満漢全席状態である。トップバッターはお世話人二人が入っているトリオで口火が切られた。こちらがこそばゆくなる挨拶であったがもうジーンと来ているのが分かった。初日二番手は珠也、井上銘、古木佳祐のトリオである。珠也が僕とlazyとの関係を割と長めに喋って紹介してくれた。もう持ちネタになっているがドアを蹴破ったエピソードも織り込んでいた。そのサウンドは俄か組み合わせのサウンドではなかった。張り詰めた空気感が支配していた。三嶋もいつもの琥珀の雰囲気とは違います・・・と教えてくれた。この後も豪華組み合わせが続くのであるが個別のサウンドを全て記憶しているわけではない。気は張っているが振舞い酒を受けているうちに記憶が耳から駄々洩れしてしまった。ベースは三嶋が持ち込んでくれたがその楽器を米木、俊也、古木、楠井が弾く。当然サウンドが皆違う。米木が弾いている時若手ベーシスト達が話しているのが聞こえた。米木の沈み込むサウンドは日本ベース界の謎である・・・という意見であった。本業の物言いは面白い。この日特別なお客さんが来てくれることになっていた。lazyに来たことが有るお客さんなら知っている事であるがステージの正面に臼庭潤がここで録音してくれたCDのジャケット写真を飾ってある。昨年13回忌を迎えた。毎年命日に妹さんが未発表音源や動画をUPしている。臼庭が亡くなってから妹さんはライブハウスから足が遠のいたという。今回僕が上京すると言う事で臼庭の盟友珠也が琥珀に来ることを勧めてくれた。妹さんは臼庭の写真をもって琥珀を訪ねてくれた。カウンターに立てかけられた臼庭の写真を眺めながらステージの音を聴き続けた。終電で帰るには楽しい時間が短すぎると言う事で大勢始発まで残ってくれた。勿論僕も朝まで付き合う。逆に僕が残ると皆帰れないのではとそこそこの時間・・・といっても5時は過ぎていたと思う・・・に失礼した。ホテルに帰った時携帯が無いことに気づく。拙い・・・酔ってはいるが雪のない道路なら100倍速く歩ける。急いで琥珀に戻る。幸い店はまだ開いていた。スタッフと柳沼がまだいた。誰かが携帯を鳴らしてくれてどこからか兎に角携帯は出てきた。柳沼に始発待ちか…と聞くと財布がなくて帰られないという。そういえば携帯を探す時見慣れないものがポケットから出てきた。柳沼の財布であった。胸ポケットからこっそり盗み出す技術は持ち合わせていないのでテーブルにあった財布を自分のものと思ってしまったのだと思う。多分。次の日「本当にお前の財布か証明しろ」と絡んだと聞かされた。24条ではないので飲み過ぎは良くない。窃盗犯にならなくて本当に良かったと思う。柳沼の良識に感謝したい。

財布泥棒と被害者
出張lazy bird顛末記 その1
渋谷の琥珀に行ったのがもう3週間ほど前の事になる。帰ってきてからすぐその様子を書き記そうと思ったがインフルにかかり1週間ほど寝込んでしまった。渋谷に行くのも飛行機に乗るのも20年振りであるが病院に行くのも20年振りである。今回東京にいくにあたりいくつか心配事が有った。飛行機の搭乗手続きが自動になっているらしい。皆スマホをかざしてピュッと小粋に搭乗手続きを済ます。
こちとらそんな高度な技は身に着けていない。便名やら予約番号やら確認番号やらをメモ用紙に書き胸ポケットに入れる。紛失した時の事も考えて手帳にも書き写す。足が弱ってきていることもあるが持病であるおなかゴロゴロ状態になっても途中下車できる様時間には相当余裕持たせて自宅を出発した。札幌でもインバウンドの話はよく聞くが24条で生活していると時々見かける観光客しか接点はない。札幌駅に行って驚いた。切符売り場にインバウンド専用コーナーがーが有りずらりと人が並んでいる。嫌な予感がした。案の定空港行きJRは満員で立錐の余地もない。天候は悪くはないのだが飛行機も2時間以上遅れる。自力でホテルまでは行こうと思っていたが暗くなると自信がない。毬子店長に迎えに来てもらった。待ち合わせ場所は田舎者でも分かるハチ公前である。僕は毬子さんを識別出来る自信がないのでリックを背負って正ちゃん帽を被っているジャン・レノ風の日本人が僕であることを告げて探してもらうことにした。ハチ公前は観光スポットらしく外国人が写真やら動画をとっている。犬の前にいる僕を邪魔者扱いし追い払おうとする。僕は外国人にも分かるように「vow vow」と英語で吠え場所を譲ってあげた。毬子さんと丈造が迎えに来てくれた。店の場所を教えてもらいセンター街を歩くこと15分。そこを抜けると急に閑静な住宅街になる。NHKの向いにホテルはあった。とっていただいたホテルなので名前を覚えていないがこじんまりとしているが応対から全てが行き届いている。そんな記憶の断片の総体が今回の東京訪問の想い出になっている。この段階でまだ琥珀には到着していない。続く
内閣参与の知恵袋
僕が内閣参与であれば高市総理に次の様に進言するであろう。
総理選挙大勝利おめでてとうございます。ですが議席獲得数程得票数は離れていません。SNSを駆使した我々の戦い方の勝利ともいえますが公職選挙法ギリギリの戦略を揶揄する独立メディアの言動もちらほら聞こえてきます。ぼろが出る前に本丸に切り込んだ方が得策と考えますがいかがでしょうか。スパイ防止法案、原潜所有の議論も出来る環境ですが、経済政策のぼろが徐々に出てきます。そうですよね。一時金をばら撒いても焼け石に水です。インフレ抑制策は全くとっていないのですから。流石に国民も怒りだします。その前に憲法改正やってしまいましょう。中道をはじめとする野党は議論する体力さえ残っていません。市民運動も先の選挙の大敗で沈静化しています。国政選挙は2年半後までありませんが一気にやってしまうのが得策と考えます。国会召集の日の冒頭解散と同じ手口です。憲法改正の発議やってしまいましょう。参院で国民民主と維新に連立の打診しているのは参院での発議を可能にする画策ですよね。衆議院で絶対多数の議席を獲得しているのに両党に秋波を送っているのはそのためですよね。物事の白黒はっきりさせる総理に共感し中国に反感を持つ国民は3割はいると考えます。今が最高の機会と考えます。
18日国会が召集される。上記の様な悪夢が実現しない様祈る毎日である。日本は思っている以上に崖っぷちに追い込まれていると思っている。
As time goes by日記 2月13日 豚と肉屋
自分は古い人間であることは重々承知の上で言うのであるが何故出鱈目な切り抜き動画やゴロの良いキャッチコピーに惑わされるのかが分からない。自民党と言おうか高市党が地滑り的な勝利を勝ち取った。にわかに信じがたい。中道が人気ないのは選挙前から知ってはいるがそれにしてでもある。高市総理の失言、明らかな事実誤認、経済知識のなさ、外交センスの欠如。・・・ある程度の知的レベルが有れば見破れる内容であると信じていた。再生回数数億回ともいわれる高市総理の切り抜き動画・・・「高市さん、頑張ってはる・・・」兵庫の斎藤知事現象が全国にまん延している。投票前日には全世帯に電通考案の高市キャッチコピーが届けられる。政策など虹の彼方に飛んで行ってしまい、すり込まれた印象だけが残ってしまう。それを選挙上手と言うのは簡単である。勝てばすべて官軍なのか。ここで個別の政策については言及しないが一点だけ記しておきたい。責任ある財政政策に転換するとあった。大嘘である。安倍内閣、黒田日銀体制から継続政策でばら撒きインフレ政策である。これでは絶対に物価は下がらないし国内に成長産業も芽生えない。アメリカに80兆も投資しおまけに武器を買う事に血税を消費する。我々は食べられるだけの豚なのか・・・。豚が肉屋を支持してどうするのだ。インフルで体調が思わしくないこともあるのだが時々人嫌いになることが有る。インフルはタミフルで治るがインフレは我々が賢い選択をしなければ皆でアリ地獄に落ちてしまう。
As time goes by 日記 2月9日 天国と地獄
琥珀の出張lazy bird企画は自分の人生にとって最大級のプレゼントであった。素晴らしいミュージシャンが延べ30人ほど駆けつけてくれた。お客さんも北海道から来てくれた方、僕が主催していたワークショップjazz幼稚園のメンバー、北大jazz研のOBOGの面々、東京からlazyに時々聴きに来てくれる御客さん、・・・・懐かしい顔ぶれでまるでlazy で演奏を聴いているかのように錯覚してしまう瞬間があった。2日間始発電車が動くまで飲み続けた。帰路につく日はほとんど寝ないで羽田に向かった。足が弱っているので時間には余裕を持たせてある。北海道は大雪らしく飛行機は大幅に遅れJRも間引き運転で運行され最悪乗れない可能性も出てきた。最悪空港で泊まる覚悟で飛行機に乗ったが幸いJRには乗ることがはできた。積み残しの乗客が空港にあふれていた。東京のホテルを出てから12時間かかってlazy にたどり着いた。翌日軽い咳が出る。いつものように早めのパブロンと気合で直そうと努めた。3日後高熱が出てきた。流石にまずいと考え30年振りに病院に行った。インフルエンザにかかっていた。ライブのない日は店を休み、ライブのある日は体が思うように動かないのでバイトの石川に手伝ってもらって何とかこなしてきた。熱は下がり咳もおさまってきたのだが日曜の選挙速報を聞いた時また熱が出てきた。
2026.1.23-24 BCG REPUB

ハクエイ・キム(p)杉本智一(b)本田珠也(ds)
結成4年にして初作、これはBCG待望の「TIME IS OUR SIDE」リリース記念ライブである。ほぼアルバム収録曲を中心に進めるとアナウンスされ、シメタと思った。昨年来、繰り返し聴いていたので、アルバムと初日そして二日目と三通りを追っていけることになった。その甲斐あってかBCGによる三種混合を大いに楽しめたのである。このライブをアルバム・タイトルになぞらえれば、「時は我に味方せり」ということになる。アルバムの楽曲はハクエイの手によるもので、一曲だけ杉本が提供している。二日目にファン・サービスでスタンダードが混ざることを恐れていたが、そうならなくて良かった。これによって同一曲の似て非なるものを存分に堪能出来た。このバンドは我々が漠然とイメージするピアノ・トリオとは随分異なっている。インタープレイの様相から、ブレーク・スルーしたくて堪らないジャズ・トリオって感じがする。全般的にバンドの体幹たるベースがアルバムより割り増し強化されていて、杉本は中央の位置を譲らないというふうであった。CDにはライナーが付されてないので、演奏曲の断片を申し上げる。まず「Ladders」、そんじょそこらの揺さぶりには動じない強度のある演奏で、外されてしまうような卑怯さは一切なしだ。全てが荒ぶるといったものではなく、バラードの「Your Sky」は淀みを受け付けない心情を基調としているが、後半テンポ・アップする流れは筆者のお気に入りだ。続けてスロー系を紹介すると、杉本が少年時代に出会った隠れキリシタンにまつわる図書の思い出を捉え返した厳粛でストーリー性のある「Rosario」、ハクエイの亡き父に捧げた「Yuse」などは固い岩をも怯ませるかのようなもので強く魅れかれる。このバンドの演奏は豪放なものと静謐なものとを絶妙に調和させているが、それを1曲に纏めたのが「The Calm Before The Storm」だ。”嵐の前の静けさ”が映像を伴なって伝わってくる力演だ。そしてアルバムとライブ共通してホール・ロッタ・ラブなのは、ライブのハイライトをなす「Construction Site(工事現場)」だ。これは珠也にしかできないプレイを想定して作ったのだと紹介された。三者の激突は解体工程が発する騒々しさを伴なう様子を重層的に描いていく。それに区切りがつくとドンピシャで建造への結束行程に突き進む、それが第一の聴きどころだ。特に二日目では、いよいよクライマックスに至ったところで、「あれっ、終わったの?」、場内は8拍分ほどのサイレンス、と次の瞬間に弾丸ライナーの爆動ドラムが始動し、一気に場内の喝采を引き出して見せたところが第二の聴きどころだ。この二段構えの展開により晴れて竣工完了となった。この曲この演奏は、ハクエイのプログレ感覚が際立ったものになっていると言ってよく、会心の遊泳体験が現実のものとなったのである。なおアルバム収録外から最近の作品「Echoes Of Conversation」が封切りされた。改めてハクエイの旋律はどこの誰にも属していないと感ずる。両日を通じた実感を投げやり気味に言わせてもらう。ライブはB気合いだ!C気合いだ!G気合いだ! BCGとは何の略なのか知らなかったので尋ねてみた。本=Book 杉=Cedar キム=Goldなのだそうである。1月後半ではあったがギュっと締まった密度の濃い演奏は、年始の目覚めとなった。完全燃焼できたわい。
真冬の天候は甚だ不安定だ。ライブの翌日は大荒れになりそうな予報が出ていた。一難を逃れる思いを込めて、マイナーで終わるところ急遽メジャーに切り替えた曲があった。もちろん”嵐の前の静けさ”である。その願い空しく現実は、どマイナーに帰してしまった。これに懲りずレイジーへの次なる「出張 BCG」に期待している。最後にこの「TIME IS OUR SIDE」は躊躇なくお薦めできるアルバムなので、是非とも手にして頂きたい。万一意にそぐわない場合は、あのドアを無断で蹴っ飛ばすことを許可する×××。(M・Flanagan)
衆院解散の意義
高市総理衆院解散の記者会見を見た。全くの茶番the茶番である。解散の大義を総理が高市早苗で良いのかと問いたいと言う事であった。日本は議院内閣制である。憲法にも抵触する発言である。国会は開かれず冒頭解散である。物価対策だどはなからやるつもりはない。責任ある積極財政・・・政策を転換させた印象をあたえるが中身は赤字国債連発のインフレ政策である。税収は自動的に増え負債は相対的に目減りする代わりに庶民の暮らしはますますきつくなる。ここで大きな政治的な動きが有った。立民と公明が新組織を立ち上げた。中道改革連合である。綱領は玉虫色ではあるがあのいつも寝ている立民が目を覚ました事を評価しておきたい。選挙結果によっては政界再編が起こりえる状況となった。財源を示したうえでの消費税軽減は庶民には嬉しい。それに呼応するかのように高市総理も消費税減税の議論を加速させるとの発言をした。勿論財源など示してはいない。霞が関文学では「やらない」と言う事である。選挙で後れをとってはならないとの対策である。今までひどい総理は何人も居た。だが高市総理だけは勘弁してもらいたい。プライドが高い。義理人情に薄い。外交センスは全くない。中道改革連合が比較第一党になったとしても荊の道である事には変わりない。だが一脈の光を見出せばそれに耐えうる忍耐力を我々は持っている。外はこの冬最大の寒波が訪れて吹雪いている。僕は吹雪の南極大陸に立ち尽くす皇帝ペンギンを想い出すのである。
衆院解散の裏読み
読売新聞に衆院解散検討の記事が出た後大手メディアの後追い記事は出なかった。毎日が申し訳程度に掲載するだけであったが朝日が後追い記事を掲載した。事は俄かに信憑性を帯びてきた。自民党幹部、鈴木幹事長、萩生田幹事長代行、麻生副総理等は俺聞いていないよ・・・と怒りを露わにしているが腹芸が達者な政治家であるので本心は分からない。読売は誤報と言えば龍角散と言われるくらい2度の誤報を発信し流石に今回は裏付けが有ると考える。高市総理自身か官邸幹部のリークである。ネットで発表されたのが9日夜、その後3連休に入る。観測気球を上げ反応を見るのにはもってこいの日程であると考えた人間がいる。今井尚哉内閣官房参与であるらしい。安倍内閣では補佐官を務め安倍内閣の政策を継承する象徴として高市総理に請われて官邸幹部に名を連ねている。読みはあたったようだ。選挙が有れば現場の作業日程もギリギリである。総務省が全国の選管に準備をするよう通達を流した。各党代表も反応を示した。吉村維新代表は冷静を装い連立与党として準備を進めると発言した。一応閣外協力の形を取っているにも関わらず解散の話は全く聞かされていない。最早使い捨てカイロ状態である。待てば海路の日和あり状態は起きえない。国民民主の玉木代表は怒っている。178万の年収の壁を破ることの同意で予算案に賛成表明し連立への意欲を示していたが予算審議にも入れない状態になる。公明党と立民は全国で共闘方法を模索している。ここまで事が大きくなれば高市総理も解散を断行せざるを得ないであろう。頼みは自身の支持率の高さである。立民があまりにも力がないので自民は今よりは議席を増やすことは確実である。だが微増で党内の勢力地図が変わるかは疑問である。何よりこんな理不尽な解散をされて国民はもっと怒らなければならない。高市総理の首が繋がろうがすげ替わろうがわれわれには物価高の現実が待っている。
衆院解散の可能性
1月10日の読売新聞一面は「衆院1月解散を検討」であった。その後毎日新聞がかなり薄めた形での後追い記事を出しているが他の大手メディアは追随する様子はない。この手の記事が出ると想い出すことが有る。読売新聞2025年7月23日の石破総理退陣の大誤報である。この時は明らかにメディアの役割を逸脱した世論の扇動であった。今回は解散検討とある。検討は高市総理が政権に就いた時から常時行われている行為であって珍しがることではない。本当に解散するかどうかは競馬の予想より難しく素人が的中させる術はない。だがこの時期にする際の意義と影響は述べることができる。松の内が明ける前世論調査会社から電話が有った。今回の事と関係が有るのかもしれない。理由は良く分からないが高市内閣の支持率は恐ろしく高い。この支持率の高さをバネに衆院を冒頭解散すれば国会で裏金問題、韓鶴子逮捕による統一教会と自民党の新たな癒着問題を突かれなくて済む。公明党抜きで絶対安定多数の議席を獲得することも出来るかもしれない。そうなると今までの疑惑などすっ飛ぶ。だが予算審議の時間はほとんどない。責任ある積極財政の個別方針は全く筋違いとは思っているが予算が通らなければ施策ができない。高市総理は3月には日米首脳会談の為米国に行く。お土産は何か・・・。いも美でも兜でもないはずだ。意味のないミサイルを買わされ軍事費の増額を約束させられる。その論議が国会で全くされないことになる。マーケットはすぐさま反応し1ドル158円まで下がった。インフレはまだまだ続くと言う事である。衆院解散の大義は何か・・・。もっともらし看板は掲げられるだろう。だがその裏は自身の権力誇示と自民党勢力を伸ばせることができるかどうかだけのパワーゲームと化している。
As time goes by日記 26年1月7日 雑煮
一人で迎える正月であるが気持ちは日本人であるのでなますとうま煮を作り三が日はこれでもかというくらい雑煮を食べた。半世紀以上母親の味付けと具材になれているので自然とそういった味付けになる。3日は母親の誕生日でもあった。いつも正月と誕生日を一緒に祝われ損した・・・と亡くなるまで言っていたことを思い出す。今年は正月に帰省しない学生もいることを知り正月に学生ライブをやり雑煮を振舞った。味噌味の地方もあるので評価が心配であったが皆美味しいと食べてくれた。若者と正月を迎えるのも楽しいものである。ひととき世界で起きている暗い事件を忘れることができる。だが現実は直視しなければならない。ベネズエラの作戦成功に味をしめたトランプがもうグリーンランドに言及している。非難の声さえ上げられない日本を見透かすかのように6日中国は軍民両用品目の輸出規制を発表した。ここにはレアアースも含まれる。同じ日習近平は韓国大統領李在明と笑顔で面会しレアアースの供給を約束している。日韓のトップの外交センスの差が出てしまった。中国の経済制裁は真綿で首を絞めるように効いてくるはずである。自動車産業、半導体産業などBクラスの野球チーム日本ではあるがクリーンアップの打率にすぐ影響してくる。経済は循環である。日本経済にとってはベンチウォマーでしかないjazz barにもその余波は必ず訪れる。中国が好きか嫌いかの問題ではない。隣人とは折り合いつけて付き合わなければならない。右派の人気取りの為安倍総理の写真を掲げて伊勢神宮に参拝してる場合ではないのだ。一言の失言が国民の命運を左右する。はっきり言うが一国の総理を任す器ではない。即辞任してほしい。政治学者白井聡が年末番組で2026年の政治経済状況はもっと劣悪なものになるはずである。・・・正月には上手いものを食べておく事を勧めると発言していた。僕らの世代にとっての上手いものとは普段食べている普通の食べ物をさす。今年は上手い雑煮を食べておいてよかったと思わなくてよい一年であってほしい。
雑煮を食べると高校時代読んだJ.Dサリンジャーの小説「フラニーと雑煮」を思い出してしまう。
