大口純一郎(p)米木康志(b)本田珠也(b)
今回のライブは、大口の最新アルバム・リリース全国ツアーの最後にあたるので、トリオも客も気合十分という好条件だ。そんな中で初めっからちょっとした驚きに出くわした。プロが三者ドンピシャのタイミングで入るというのは普通のことの筈だが、1曲目、W・ショーターの作品「サミット」での入りの瞬間、ドンピシャのタイミングにもレベルの違いがあることに気付づかされたのだ。“ああ、こう言うことなんだ”と呟いていた。これは正規軍トリオの力量を余すことなく見せつけるものであって、この一瞬が2日間を支配していたと言って過言ではなかった。その後は、安心してスリルの連続に乗っかればよかったのである。市井の人間関係は時とともに質的緩慢の日々に埋もれるものだが、このトリオは劣化の逆側で勝負していることが直に伝わってくる。
演奏曲は「インビテーション」、「アイ・ウントゥ・トーク・アバウト・ユー」、「ゼア・ウイル・ネバー・ビー・アナザー・ユー」、「タイム・リメンバードゥ」、「レッツ・コール・ジス」、「イマジン(イメージ)」、「ニンニクのスープ」(大口)、「ミスター・シングス」、「ラメント」、「モーメント・ノーティス」、「ニュー・ムーン」(大口)、「ベリー・スペシアル」(エリントン)、「マイルス・アヘッド」、「ジョーンズ嬢に会ったかい」、「ラウンド・ミッドナイト」など。
“インビジブル(Invisible)“とは大口トリオの新作アルバムである。そこには、『見えざる世界(Invisible)との対話。美しい「暗号」に満ちたジャズの新たな道標ここにあり・・・』と評者によって書き添えられているが、筆者にとっても、この“インビジブル(Invisible)“とは音という振動を耳から心に届ける使命(ミッション)を託された使節団の演奏を意味する。化粧の上手さで見える世界を渡り歩く夫人を”美人ぶる“と云うが、これとは大違いである。兎にも角にも、わが国最高峰のライブであったことは疑いようがない。
大口トリオの前後に触れておく。前の日(10/5)は、田中朋子スペシアル・カルテット(田中、岡本、米木、本田)のライブが催された。演奏曲は「ベイジャ・フロー」、「ジャックと豆の木」、「デイ・ドリーム」、「ハッケン・サック」、「ウイッチ・クラフト」、「ヴェガ」、「カレイドスコープ」、「レクイエム」。とりわけ、岡本の停電何するものぞのスリリングな演奏が印象的だった。最終目(10/8)は、大口・米木に高野雅絵によるボーカル・トリオのライブ。曲は「スパルタカス愛のテーマ」、「ジンジ」、「ルビー・マイ・ディア」、「死んだ男の残したものは」、「泣いて笑って」、「ソ・メニー・スターズ」、「マイ・ハート・ビロングス・ダディ」、「カム・トゥギャザー」、「ピース」、「ブリッジス」、「スマイル」。完璧なバックにシンガー自身も酔いしれ、盆と正月の合体のように緊張と満足に包まれていたようであった。密度濃い4日間に疲れと秋の寒さはどこへやら。
(M・Flanagan)