あん

指運に任せて借りた映画のタイトルである。「赤毛のアン」ではない。念のため。河瀨直美監督作品である。この監督の作品は忘れていた日本の美しさ、あるいは日本人の心の美しさをじわっつと気づかせてくれる。
樹木希林扮する老女がどら焼き屋のアルバイト募集の張り紙を見て雇ってほしいと言う。永瀬正敏扮する店長は年齢を理由に断る。老女は帰りにどら焼きをもらい帰る。後日老女は食べてほしいと自分で作った餡を持つて来る。店長は食べて余りの美味しさに感動し老女を採用し餡の作り方を指南してもらう。その時の老女の生き生きとしている姿をカメラが追う。節くれだった手のカットが挟まれる。あることの伏線になっている。
おいしい餡が評判になりどら焼き屋は繁盛する。だが老女がハンセン病だったとの風評で客足は遠のきオーナーから解雇するように店長は命令される。その日店長は深酒する。
しばらくして店長は常連の中学生と老女がいる施設を訪ねる。老女は少し弱っているようだ。だがどら焼き屋で働いた日々の事を語ると本当に楽しそうな表情になる。店長はこみあげてくるものを堪えて居る。次に施設を訪ねた時は老女はなくなっており形見として餡を作る時のすりこ木やらボウルやらを渡される。ラストシーンは独立した店長が満開の桜の下で「どら焼きいかがですか」と声を出すカットだ。顔が輝いている。
ざっとストーリーを話すとこんなところだ。「あん」が「餡」でないほうが良いとわかる。
樹木希林が素晴らしい。
この老女を見て僕は二人の老女を思い出した。一人は母親、一人は新聞の集金人のお母さんである。
母親は91歳。週に一度風呂に入りに僕の所へ来る。足が弱っているので高い湯舟だと跨げないからである。時々大きな洗濯物も持ってくる。自分で干せないからだ。夕食を食べて一泊し朝食を食べて帰る。毎回朝ごとごと音がする。拭き掃除をしているのである。利き手も骨折しているので不自由なはずだが何かできることを捜してやっていくのである。いくらいいと言っても聞かない。好きにやってもらって一言「ありがとう」と言うほうが本人も満足げである。
集金のお母さんは確か86歳だ。冬でも自転車で回っている。今年で30年目のはずである。6月の集金が最後になるとのことである。僕はそのお母さんが元気に集金に来るのを楽しみに自動引き落としにしていないのである。その旨お母さんに言ったら「旦那さん、うれしいわー」と顔をほころばせて帰っていった。ささやかな記念品を用意して最後の集金を待っているのである。
過日高校球児が「感動させるゲームをしたいです」と言っていた。いつからか感動が安売りさせるようになっていった。