武器輸出拡大の意味

まず大手新聞の一部には防衛装備と表現されている。条文が防衛装備移転3原則という苦い薬をオブラートに包んだ表現になっているから仕方ないのでもあるがここに国民を欺く伝統がある。全滅を玉砕、占領軍を進駐軍、敗戦を終戦と言い換え本質を隠す。戦闘以外の救難、輸送、警戒、監視、掃海の所謂5類型の用途を撤廃し何でも輸出出来るとした。国会の審議は全く得ていない閣議決定である。日本は戦後80年戦争に加担しなかったばかりか武器も輸出しなかったのである。宮澤喜一外相が日本は武器を売るほど落ちぶれてはいないと宣言していた時代が眩しい。政府は経済に寄与するところも有るとしているがこれも怪しい。輸出出来る国は技術移転協定を結ぶ国に限る。アフリカの紛争地域例えばソマリアに輸出出来るならば元々反対ではあるが儲かりはする。だがこれは出来ない。ぶっちゃけた話、米国が商売している国に限られる。このイラン戦争で国民が生活不安を訴えている時に慌てて安全保障政策を転換しなくてはいけないのか・・・・。米国の継戦能力が落ちてきているからである。ウクライナとイランの2か所で武器を使いまくり在庫が品薄になってきた。そこで子分の日本にお声が掛かった。武器の生産ラインを稼働させよ・・・。生産数は指示する。こちらに納品せよ。場合によっては同盟国に直接納品してもらうこともある。その時はたっぷり手数料は貰うぜ・・・。と言う事である。武器は国家機密の塊である。経済効果がまんべんなく波及することはない。そういえば買ったはずのトマホークが1発も届いていない。先の2国で使って品薄だからだ。指名料だけ払わさられて女の子が一度も席についてくれないボッタクリバーと同じ手口である。

針の穴にラクダを通す

裁判というものは全ての証拠を検察、弁護士、裁判官が共有し審議するものと思っていた時期がある。大間違いである。検察はある事件を公判に持ち込むまでに自分のストーリーを構築する。それに合致するような証言を被疑者から引き出そうとする。そこには恫喝まがいの取り調べも頻発する。容疑を否認すれば何度も拘置期間を延長される。裁判所が許可するからだ。大河原化工機事件では拘留中にガンが悪化し死亡した事例もある。人質司法の悪癖の典型である。袴田事件では結審するまで58年を要した。気が遠くなる。こうした矛盾を是正するため再審法の改定がいま議論されている。70年前に制定された刑事訴訟法は500ほどの条文で成り立っているが再審に関する部分は19だけである。法制審からあがってきたものは条文の変更はなく申し訳程度に付則が加味されているだけである。部会では流石の自民党議員からも怒号が飛び交う事となった。取り調べの可視化、証拠の開示、幾つかは是正されてきた部分はあるが不服申し立ての抗告条項には大きな問題が内包されている。再審には時間がかかりすぎると言う事である。被告が再審を申し立てしたとする。大方の裁判官はいい顔はしない。裁判の回数は裁判官の籤運で決まる。数年に一度という回数では必然的に結審するまで時間がかかる。逆に被告が無罪になったとする。検事は100%抗告する。チエホフの演劇論ではないが抜かれた剣は使われなくてはならない。抗告制度が有れば使うと考える組織体である。これを検事側には付与しなければ胸を撫でおろす検事が多数いるのではないかと言う議論がある。だが出てきた付則は裁判官側弁護士側に再審に見合う証拠を1年以内に提示せよという上から目線の条項であった。それは検察の体質に起因している。日本は世界でも治安が安全な国として知られている。それは我々検察が悪者を厳しく取り待っているからだ・・・・という自負から来ている。有罪立99%の検察を相手に再審抗告で無罪を勝ち取るのは針の穴にラクダを通すより難しいと司法業界では云い伝えられている。なぜラクダなのかは分からない。

砂場で学んだこと

自民党党大会で現役自衛官が制服姿で君が代を歌った事が物議を醸し出している。一点は自衛隊が特定の政治宗教団体の集会には参加しないとの自衛隊法に抵触するのではないかと言う事。もう一点は自民党が自衛隊を政治目的の為に利用しているのではないかという疑惑である。自民党本部はイベント会社(九分九厘電通である)に委託した件であることを理由に責任を回避している。この女性自衛官は休暇中であり出演依頼が有ったことは上司に報告し制服組トップまで情報は上っている。ただ小泉防衛大臣には報告があがっていなかった。ここに文民統制の観点からも問題が起きている。高市総理の挨拶には消費税の話もイラン戦争の話も石油危機の話も出てこない。憲法改正論議を加速させる話で埋め尽くされていた。折しもトランプからホルムズ海峡への自衛隊派遣の依頼を条件付きで承諾しそうになり今井尚哉内閣官房参与に羽交い絞めにされたとの報道が流出している。この事は同じ地平で起きている事である。現役自衛官が刃物を持って中国大使館に侵入した事件もあった。現役将官クラスが制服姿で靖国参拝する姿も散見する。自衛隊内部での箍が外れかかっている。子供の頃砂場で山崩しと言う遊びをよくしていた。砂山の真ん中に憲法と書いた旗が立っている。周りの砂を掠めとるが旗は倒してはいけない。そこに悪い女の子が来て旗を倒そうとする。その子はディープパープルの表敬訪問を受け世良公則に「燃えろいい女」の替え歌でヨイショされて浮かれている。

8days a week+1

8days a weekはビートルズの名曲である。恋人への愛を伝えるのには1週間じゃ足りないよと・・・いう内容である。周年記念9daysが終わった。僕の愛はビートルズを超えてしまった。学生から東京のプロまで色々な組み合わせでの九日間であった。実は幻の10日目が有ったのだが松島を熱帯ジャズ楽に譲った。それが実現していると「一週間に十日来い」というカマキリ夫人五月みどりの曲と並ぶことになった。空になった酒瓶、大量のペットボトル、まだ洗いきっていないグラスを見ていると音が甦ってくる。どれも素晴らしい演奏であったがそのピークは金曜日のカルテット、松島が一音出した瞬間に訪れた。アイドリングなどする間もなく一気にトップギァーに入っていく。背筋に走るものが有った。今回はホテルがバカ高くはなかったので多少救われた。満席の日が二日ほどあったのだがお客さんの怪我、御身内の入院、体調不良、急な仕事10人くらいのキャンセルが出たのは残念であった。「おお、神は我に試練を与え給う・・・・」という映画ポセイドンアドベンチャーの神父役ジーン・ハックマンのセリフが思わず口をついた。遠隔地からホテルをとってきたくれた方も大勢いた。たくさんの頂き物も頂戴した。酒、おつまみ、ご祝儀、ケーキ、祝電・・・それぞれ有効的に使わせていただいた。この場を借りて御礼を申し上げる。今回新しい試みを行った。jazz研新入部員の招待日を二日設けた。15人くらい来てくれた筈である。質の良いリスナーに育ってほしいと願っている。
9日間飲み続けた割には元気である。毎年思うのであるが祭りの後の寂寥感と9試合投げぬいた甲子園球爺のまた来年ここへ戻っって来るぞ・・・という意気込みが錯綜する。甲子園の砂の代わりにlazyのゴミを袋に詰めている。

周年記念への思い

明日から周年記念のライブが始まる。九日間の長丁場である。当初lazyは蝶ネクタイをしたバーデンダーのいる正統派バーとしてスタートを切った。僕はまだ隣にあったGroovyを切り盛りしていた。ライブは東京のミュージシャンを呼ぶ時を中心に月に1回くらいであったと思う。BGMにはジャズを流していたがgroovyから持ち込んだものをダスキンの様に定期的に交換する手法を取っていた。週一回、ソロピアノでラウンジミュージックみたいなものもやっていた。それなりに客は入っていた。バーテンダーも良い人間で人気もあったがジャズに愛着が有ったわけではない。そういう店はジヤズのフアンは決して増えない。ある時から今のlazyの様な形態に大きくかじを切った。それはそれで大変であった。急にジャズフアンが増える訳ではない。やせ我慢をしてやっているうちに20年を過ぎた。何度も土俵際まで押し込まれた。昨年は完全に土俵の外に足が出ていた。それを箒で痕跡を消しての22周年である。諸物価は高騰し続け交通費、宿泊費に金を掛ける僕の方法は経営者としては愚の骨頂である。
分かっちゃいるけどやめられない。ほれ・・スイスイスダララッタ・・スラスラスイスイスイ(^^♪
学生、社会人、から地元のプロと東京組とのコラボ、週末のメインディッシュまでフルコース9品揃えてお待ちしている。

三度目の正直

人間は人生で3回は手放しで褒められる。生まれた時、結婚するとき、そして死ぬとき。僕はその前にもう1回褒められる栄誉を頂いた。以下渋谷琥珀の店長毬子さんのface bookの文章である。さすがにちょっとこそばゆいがこういう風に生きたいとは思っていた。

【感謝と余韻 出張 Lazybird @渋谷琥珀】
先日、琥珀にて
札幌ジャズバー「レイジーバード」のマスター
吉田さんをお迎えし、
2日間のライブイベントを開催しました。
この2日間は、音楽が人を繋ぎ、
人が人を想い、長い年月で育まれてきた時間が
重なり合うような、とてもあたたかい空間でした。
この日に集まってくれたミュージシャン達は
出演料という形を超えて、
吉田さんへの感謝と敬意の想いを
そのまま音にして、ステージに立ってくれました。
それは、吉田さんが長年にわたり
多くのミュージシャンを育て、
居場所を守り続け、
音楽と人の縁を大切にしてきたことへの
自然な答えだったのだと思います。
吉田さんが琥珀にいてくださった時間は、
何か特別な演出をしたわけでもないのに、
空気がやわらぎ、
人の表情が少しずつほどけていくような、
そんな不思議な温度に包まれていました。
ステージに立ったミュージシャン達は
肩書きや条件ではなく、
「吉田さんと音楽で繋がってきた時間」
そのものを抱えて、
一音一音を大切に鳴らしていたように感じます。
それは、長い年月の中で
出会い、育て、見送り、
また迎え入れ、
迷いながらも続けてきた
吉田さんの歩みへの、
自然な感謝のかたちだったのだと思います。
ライブ終演後のアフターセッションには、
本当にたくさんのミュージシャンが
吉田さんに会いに来てくれました
演奏を終えてもなお、話したい人がいて、
会いたい人がいて、同じ時間をもう少しだけ
共有したくなる。
その光景を見て、
吉田さんがこれまで、どれほど多くの人の人生に
静かに寄り添ってきたのかを、改めて感じました
北海道から足を運んでくださったお客様、
吉田さんに会いに来たミュージシャン
北大jazz研究のOBの皆様
かつてレイジーバードで働いていた
青年達の姿もあり、そこには
「続けてきた人にしか見えない景色」が
確かにありました
吉田さんがどれほど多くの人に
愛され、信頼されてきたのかを
胸いっぱいに感じる2日間でした。
この時間に心から賛同し、
音楽を捧げてくれたミュージシャンの皆様
想いを受け取り、集まってくださったお客様
そして、この場を共につくってくれた
琥珀スタッフのみんなへ
言葉では足りないほどの感謝を込めて、
音楽は、続けてきた人の背中を照らし、
次の世代へと静かに受け渡されていくもの
このご縁と、この時間が
またどこかで繋がっていくことを願っています
本当に、ありがとうございました。
1/29 (Thu) 1/30 (Fri)
Special two days!!!!!
あとがき
毬子さんの文章を読んでうるっと来ている

暫定予算の意義とは何か

今日3月30日暫定予算案が成立する予定である。何故暫定予算が組まれたのか・・・・。本予算が年度内に成立しない為である。なぜ成立しないかと言うと国会の審議時間が足りないためである。高市総理は国会開催の冒頭で衆議院を解散した。結果は自民党の歴史的大勝に終わった。その国民の支持率の高さを追い風に集中審議など野党から突かれる委員会はすっ飛ばし数の力で強行採決により予算案の衆議院通過を成し遂げた。参院では自民党は少数野党である。衆院の様な横暴な運営は出来ない。だが衆院は通過しているので参院で否決されても法案は30日後自動成立する。だがプライドの高い高市総理はこれが許せない。支持率70%の私が提出した予算案よ・・・速やかに通しなさい・・・と言う事である。ところが参院は抵抗した。ここにかすかな望みを見出すのであった。本予算が採択されなければ行政が機能しない。例えば公立病院が休みになる。給食がでない。役所の窓口業務が滞る。・・・様な事が起こりえる。そこで採択されるまでの間仮の予算で運営される。財務省は仕事が増えるのでこれを嫌う。財務省に嫌われたくない高市総理は何とかこれを避けたいと考えていた。元はと言えば自己都合解散である。何をかいわんや・・である。戦前はどうしてたかと言うと予算が通過しない場合は天皇の詔勅により前年度予算で執行されていた。起源はと言うと19世紀のプロイセンに遡る。鉄血宰相ビスマルクが議会と対峙していた。軍拡派のビスマルクと当時リベラルであった議会は一歩も譲らず行政は混乱を極めていた。それを解決したのが戦争であった。非常事態にちんたら
議論している場合ではない・・・といってビスマルクは軍拡予算を強行に遂行していった。その反省からじっくり議論しましょう・・・と暫定予算で動かす発想が生まれた。予算が通らないと言う事は法的に言うと緊急事態に該当する。最近耳にする憲法論議で緊急事態宣言を盛り込むという発想は時計の針を19世紀に戻すことに等しい。高市総理は衆議院の運営は強行突破に味をしめてこの手法を乱用すると思われる。参院での抵抗はアームストロング船長の言葉を借りれば「この一歩は我々にとっては小さな一歩であるかもしれないが国民にとっては偉大な一歩である」と言う事になる。

松風鉱一の命日

1月29日が松風さんの命日であることを本田珠也のFacebookで知った。今日ピットインでは追悼ライブが行われる。出演者6人のうち4人は因縁浅からずといったミュージシャンである。僕がlazyをやる前に引き継いだGroovyのマスターは松風さんに深く傾倒しており松風さんの音楽活動を支援する事が店の営業目的位まで発言していた。ある時期までマルチリード奏者の松風さんはアグネスチャンのバックも務めていたはずでありよく札幌にも来ていた。そういう事もあって聴く機会は多かった。前マスターが亡くなった時もいの一番に松風さんに連絡した。葬儀当日はライブが入っていて来られなかったが日を改めて線香をあげに来てくれた。奥さんの依頼で3周忌に松風さんのトリオに来てもらった。そういう縁もあってアルバムにGROOVYという曲を残してくれている。Lazyでの演奏はないがGroovyには来てもらったことが有る。その時はバリトンサックスからバンブフルートまでありとあらゆるリード楽器を持ってきた。狭い店内には置く場所はない。カウンターのお客さんが膝の上に置いて保管に協力してくれた。演奏中に楽器を取り換えることもあり僕が司令塔になり伝言ゲームの様に伝達し楽器を戦時中のバケツレースの様に移動したことを覚えている。エリック・ドルフィーに特化したクリニックをやってもらったこともある。音使いはそんなに凝ったものではないが音程を飛躍させることであの効果が出ると説明していた。米木が若いころごく短期間だが自分のグループを持っていたことが有る。フロントが松風さんと今泉博の2ソプラノサックスであった。マルチリード奏者の松風さんにソプラノだけを吹かせるというのは勇気がいる。米木の弁であるが・・・松風さんのアルトの纏わりつく感覚が苦手でさぁ・・・・分かる節がある。珍味商人の僕もこのマニアックなグループに来てもらうことはなかった。松風さんは渋谷オーケストラでも重要な役割を担っていた。松風さんが一番左にいてその隣は峰さん、その隣には臼庭もいた。素晴らしい並びである。合掌。

日米首脳会談報道における温度差

日本の大手報道機関の論調はおおむね良好である。高市総理は大量失点を免れたリリーフエースの様な扱いである。だが11兆円の投資がお土産として渡されているのである。ジャッジも甘くなろうというものだ。まず芸能週刊誌的観点での日米での温度差である。高市総理とトランプ大統領が会う場面である。高市総理はトランプに抱きついた。これを親愛の情と見るか軽薄な行動と見るかは意見の割れる所である。日本で報道されているのはここまでである。この後2人はホワイトハウスに入る。その時の後ろ姿が米国では報道されている。外交でここまでやるかというような失楽園的は不倫を感じさせる絵になっている。高市総理を支持するものではないが明らかに高市総理を貶めている。だいたいトランプは高市の名前さえ憶えていないと思われる。高市がいくらドナルドと呼んでも先方は日本の総理という呼び方しかしていない。高市ともさなえとも報道されていない。ここからが重要な事なのだが日本の報道機関はホルムズ海峡への自衛隊派遣の件については渡米前の説明を繰り返して印象操作を行っている。法的に出来る事と出来ない事があるという論法である。これは憲法改正をもくろむ高市総理が拳法第9条にすがっている姿でもある。アメリカの報道番組では国連大使が日本は艦船を派遣してくれるとの返答をもらっていると発言している。法的に問題があるのなら法律を改正すれば良いとさらっといいのけている。このことは日本の報道機関は全く触れていない。最早大平戦争前の大本営発表に酷似している。

日米首脳会談、米国での報道様相

なにかすっきりしない。日米首脳会談に関する日本の報道機関の評価は概ね良好である。ホルムズ海峡への艦船派遣に関しては法律上出来ることとできないことが有るとして明言を避けた。ここだけ見ると大成果と感じる。NATO諸国はどこも良い返事をしていない。そこで日本はいの一番に手を上げトランプの歓心を買うのでは戦々恐々としていた。高市総理がトランプ大統領と会う時の品のない抱きつきはその後の会談の伏線である。日本の記者がイラン爆撃の情報をなぜ日本に知らせなかったのかとトランプに質問した。トランプは待ってましたとばかりに日本は真珠湾奇襲の際なぜアメリカに知らせてくれなかったのだと答え笑を誘った。そしてその時の高市総理のキョトンとした表情が何度もアメリカの報道機関で流されている。悪意を感じる。そしてそのインタビュー番組でキャスターはトランプから日本から艦船の派遣了承を取っていると明言している。トランプの発言なので100%信じる訳にはいかないが何らかの裏取引があったのではないかと勘繰らせる内容である。

日米首脳会談の行方 2026/3/19

高市総理の抱きつき外交で始まった日米首脳会談はすっきりしない形で幕を閉じた。艦船の派遣は法的に精査を必要とすると言う事で先延ばしにした。トランプも毎日言う事が変わる。たまたま地雷を踏まなかったと言う事である。対米融資案件第二弾として次世代原発小型モジュール炉の建設も表明した。アラスカの原油開発など盛りだくさんのお土産である。自衛隊を派遣するよりはましだとは思うのだが日本がこんな卑屈な外交しかできない国であることが本当に悲しい。この日日本の戦後80年の国の在り方が変わったかもしれない日であった。皮一枚で繋がったが前門の虎後門の狼である。明日ホルムズ海峡封鎖前に出港した最後のタンカーが到着する。その後この戦争が解決しないと原油が入ってこないと言う事である。日本の備蓄は254日分。日本政府からその対策を聞いたことはない。
原油不足は物流、工業、農業全ての分野に影響が出る。物価高騰は必死である。そんな中で我々は生きていかなければならない。

jazz紳士交遊録 vol28 中本マリ

初めてマリさんを生で聴いたのは1979年か80年の頃である。「アフロディーテの祈り」が1979年にリリースされその発売記念のコンサートであった。このアルバムは今なお日本最高のヴォーカルアルバムと思っている。僕は札幌市民会館の最前列に陣取っていた。そのライブの途中でヤンキー座りになりあまりに大人しい札幌の聴衆に半ば切れ気味に「ねえ、楽しんでくれているの・・・」と語りだした事を今でも覚えている。それから何十年経ったか覚えていない。札幌のライブハウスに来ると言う事で聴きに行った。バックは米木が居たのは覚えているので大石のトリオであったと思う。僕はいつになくはしゃいで聴いた。79年の悲劇を覚えているからだ。マリさんもその事を覚えているようでMCでその事にふれた。「今日は良い雰囲気よ」僕は札幌のリスナー代表として胸をなでおろした。打上にも参加し79年のツアーの時最前列に居たことをアフロディーテに告解した。「あら、吉田ちゃんいたの・・やあだ」それが縁でlazyでもやってくれることになった。マリさんからどういう経緯でjazzを歌うようになったかなど・・・という話を聞かせてもらった。それは日本の芸能界の誕生の話でありjazzの歴史でもある。60年代半ばにナベプロ制作の音楽番組があった。そこにはバックコーラ隊がいてメインの歌手を盛り上げていた。マリさんもバックコーラス隊の一員であった事を知った。「同期にはマリコやしんちゃんもいたのよ」まりことは「五番街のマリー」の高橋真梨子でしんちゃんとはクレヨンしんちゃんでも松原慎之介でもなく森進一の事である。ナベプロは新人を発掘しその方向性まで指導していたのだ。もしかしたら高橋真梨子が「アフロディーテの祈り」を歌いマリさんが「五番街のマリー」を歌っていたかも知れないのだ。マリさんはギターリストに育ててもらった・・・という話をよくしていた。デビューアルバム「アンフォゲタブル」の横内章次さんの事である。ギターリストに恩返しをしたいとも話していた。ブレイク前の渡辺香津美を使ってアルバムを制作しているのもそういう経緯がある。今回は札幌のギターリスト長沼タツルを使ってくれている。その内容については牛さんのライブレポートも合わせて読んでいただきたい。
余談
ヴォーカル物のライブがあるときは母親にも声をかけていた。マリさんの時も来ていた。インターバルの時マリさんが「米ちゃん、ちょっと」と呼んでいた。母親は何を思ったか危なげな足取りでマリさんのところへ.近寄った。僕はしょうがないのでマリさんと米木に母親を紹介した。2人は歯の浮くようなセリフで僕のことを褒めてくれたのである。母親はその間中頭をぺこぺこ下げっぱなしであった。母親の名前は「米子」という。僕の叔母だけが母親のことを「米ちゃん」と呼ぶ。

イラン空爆の落とし前

トランプが秋の中間選挙対策の為ネタニアフにけしかけられる形でイランを空爆したのが1週間前になる。その行為自体国際法違反でありアメリカ議会の承認も得ていない憲法違反でもある。トランプは軍事行動は4,5週間続くと発表している。地上軍を投入すればその期間で終わることはない。歴史が証明している。戦争は相手が負けましたと言うまで続く。イランの支配者は今不在である。革命防衛隊はゲリラ戦を展開し白旗を上げることはないだろう。まず誰が白旗を上げるのだ。トップが決まるまで最低1カ月はかかる。その間不毛な戦闘が続く。イラクを見ろ。アフガニスタンを見ろ。ベトナムを思い出せ。侵略した方が勝利したことなど一度もない。日本はどうする。せっかくイランと良好な関係にあったものを現政権を批判しアメリカの傍若無人の行動を諫める行動は取らなかった。高市内閣はイラン戦争対策と嘯き予算を強行採決した。その予算案の中身も出鱈目である。物価対策など爪の垢ほどもない積極財政政策である。それだけでもインフレを加速するのにこの戦争で原油はうなぎ上りに高騰している。ホルムズ海峡を閉鎖されると中東に石油、液化天然ガスを依存している日本は息の音を止められる。石油が値上がりすると全てが値上がりする。最早スタグフレーション目前である。第一次オイルショックの頃を思い出す。本当に店頭からトイレットペーパーが消えた。まだ親のすねをかじっていた頃なので物価高の実感は無かったがトイレットペーパーを見つけたら買え・・・という親の言いつけは守っていた。19日には高市総理は渡米する。手が痛いと断れ・・・。どうせ軍事費増強、アメリカへの投資推進、下手すれば自衛隊をホルムズ湾に派遣させられる。こんな世界に誰がした・・・。と恨み節が口をついてくる。

イラン空爆

トランプが又とんでもないことをしでかした。イランの核開発の阻止という名目で空爆し最高指導者ハメネイ氏を殺害した。その部下も殺害されているのでベネズエラの大統領拉致の時同様念入りに計画された行動である。水面下では核開発に関しての話し合いもされていたがこの場に及んでは形作りとしか思えない。全くの国際法無視の愚行であり人類が長年培ってきた民主主義を突き崩し時代は中世に戻った感がある。トランプ関税は最高裁で違憲の判決が出された。ネタニアフと同様時代が時代なら法廷で裁かれて檻の中にいるべき人間である。そして気になる日本首脳の反応である。高市総理も小泉防衛大臣もアメリカに一定の理解を示した。相変わらずの頭の悪さである。日本とイランの関係は悪いものではなかった。NHK職員が逮捕された件でトランプに救出の相談をしたようである。外交センス0である。ホルムズ海峡が封鎖されるかは予断を許さない状況であるが短期的には石油価格は高騰しインフレをより加速させる要因になる。安倍総理が存立危機事態の説明にホルムズ海峡封鎖を持ち出していたのも思い出した。だがホルムズ海峡を封鎖して一番得をするのは石油資源を持つアメリカである。イランの石油が市場に出回らなければ高騰し漁夫の利を得る。どちらにしろ日本はとんだとばっちりを被る。空爆だけで政権を転覆できるはずはない。イランの兵力は61万、人口9000万人。地上戦と言う事になればイラク戦争やアフガニスタン侵攻の様に泥沼状態になること必至である。日本も軍事大国への道を歩みつつある。政府首脳がこの戦争に加担しない様見張らなければならない。

国民会議と言うまやかし

自民党は11月までは消費税減税には反対であった。ところが選挙に突入にするにあたり期限付きの減税をうたいだした。本音は見え見えである。やりたくない、逃げおおしたい・・・である。そこで国民的レベルで議論するという名目で国民会議なるものが立ち上げられた。衆議院で絶対多数を維持する自民党は国会でこの議題を議論をする事を嫌っている為である。その免罪符として国民会議で充分議論した。よって国会ではすんなり通してほしいと言う事である。そのメンバーには消費税減税を表明している共産党、参政党等は呼ばれさえいない。参加しているのは自民、維新、チーム未来など減税反対の党ばかりである。飲み会の誘いではないのだから自分のお友達ばかりに声を掛けるのはそもそも公平だはない。給付付き税額控除もその場で議論されるではあろう。元々複雑な仕組みである。税は貧乏人程堪えるものであるがそれを少し緩和する目的がある。だが気候変動で寒暖化が進むとしたらその対策をハゲが帽子被ってしのぐ事に似ていて根本的解決策にはならない。そのうち廃案になる。それを野党も参加した国民会議のだした結論と逃げの道具にされる

出張lazy bird 顛末記 最終章

2日目一般の御客さんが居なくなってから宴会セッション状態に突入した。ギターリストの平田晃一や荻原亮がビートルズメドレーを弾き、楠井五月がデープパープル王様バージョンを歌う。僕にもギターが回ってきたが勿論丁重にお断りした。君子危うきには近寄らずである。この企画の話が出たのは昨年の秋ごろである。零細企業lazy birdは物価高、ホテル代の高騰の煽りを受け青色吐息であった。今の日本の様に赤字国債を連発しデフォルト寸前である。そろそろ潮時かな・・・と考える事もあった。何とか増資出来る一脈の光を見出した時この企画の話が出た。ご褒美を授けるからもう少し続けろという天の声と思った。僕は店を演者、お客さん、店の人間のコモン(共有地)と考えている。その地を豊かにできるかどうかは3者の関係性による。東京の渋谷で理想のそれが実現できたのは奇跡と言ってよい。改めて毬子店長、店のスタッフの方々、遠路駆けつけてくれたお客さん、演者の皆さんに御礼を申し上げたい。帰ってきてから体調を壊したこともあるが怖い夢を見ることが有った。楽器を持った大勢のゾンビが「今回の貸はいつ返してくれるんだ」と繰り返しながらドアを蹴るのである。今年いっぱいかけてそれらのゾンビにお返しをしようと思っている。

出張lazy bird顛末記 その3

琥珀で何人かの方に紹介された。その一人がPIT INNの社長であった。自分の店で日本最高の演奏が聴けるのに他店にも顔を出す行為に頭が下がった。。多分であるが珠也が僕が組み合わせたバンドを気にいって「lazy bird reunion」という名前で何回かPit Inndで再演してくれたからではないかと思っている。今回の上京目的は琥珀で演奏を聴く以外に故人となったミュージシャンの仏前に線香を上げる事でもあった。臼庭潤、鈴木央紹、津村和彦、井上淑彦、セシル・モンロー・・・・
臼庭はお母さまの体調が思わしくなくお邪魔できなかった。央紹は奥さんが東京の家を引き払って九州に帰られたと言う事であった。一日目飲み過ぎた事もあって東京の昼は北欧の昼かと思うくらい短かった。結局臼庭の妹さんと想い出話をするだけで終わってしまった。名前を上げたメンツが生きていたなら快くかいやいやかは分からないが出張lazy bird企画に参加してくれた事と思う。演奏を聴きながらそんなことが頭をよぎった。体調を崩していた曽我部が元気に吹いていたのを見てちょっと安心した。ピアノの大石が顔を出してくれたのには驚いた。大石はこういうセッションものは好きでないことは知っているからだ。米木も原大力もいる。期せずして5年ぶりに大石学トリオが再現されることになる。松島のバックで田中菜緒子、大石、平倉初音が順番に弾いてくれた。同じ会場にピアニストが何人もいることはフェス以外あまりない。豪華絢爛。ラーメンを味噌、塩、醤油のスープで3杯食べた感覚である。松島麺へのスープの絡み方の違いを食べ分けられる。もうおなか一杯。lazy のバイト経験者も4人駆けつけてくれた。その一人昇太が東京でいも美も見つけて差し入れしてくれた。渋谷でのいも美は格別であった。
続く

この写真が2日間のすべてを物語っている。

出張lazy bird顛末記 その1

渋谷の琥珀に行ったのがもう3週間ほど前の事になる。帰ってきてからすぐその様子を書き記そうと思ったがインフルにかかり1週間ほど寝込んでしまった。渋谷に行くのも飛行機に乗るのも20年振りであるが病院に行くのも20年振りである。今回東京にいくにあたりいくつか心配事が有った。飛行機の搭乗手続きが自動になっているらしい。皆スマホをかざしてピュッと小粋に搭乗手続きを済ます。
こちとらそんな高度な技は身に着けていない。便名やら予約番号やら確認番号やらをメモ用紙に書き胸ポケットに入れる。紛失した時の事も考えて手帳にも書き写す。足が弱ってきていることもあるが持病であるおなかゴロゴロ状態になっても途中下車できる様時間には相当余裕持たせて自宅を出発した。札幌でもインバウンドの話はよく聞くが24条で生活していると時々見かける観光客しか接点はない。札幌駅に行って驚いた。切符売り場にインバウンド専用コーナーがーが有りずらりと人が並んでいる。嫌な予感がした。案の定空港行きJRは満員で立錐の余地もない。天候は悪くはないのだが飛行機も2時間以上遅れる。自力でホテルまでは行こうと思っていたが暗くなると自信がない。毬子店長に迎えに来てもらった。待ち合わせ場所は田舎者でも分かるハチ公前である。僕は毬子さんを識別出来る自信がないのでリックを背負って正ちゃん帽を被っているジャン・レノ風の日本人が僕であることを告げて探してもらうことにした。ハチ公前は観光スポットらしく外国人が写真やら動画をとっている。犬の前にいる僕を邪魔者扱いし追い払おうとする。僕は外国人にも分かるように「vow vow」と英語で吠え場所を譲ってあげた。毬子さんと丈造が迎えに来てくれた。店の場所を教えてもらいセンター街を歩くこと15分。そこを抜けると急に閑静な住宅街になる。NHKの向いにホテルはあった。とっていただいたホテルなので名前を覚えていないがこじんまりとしているが応対から全てが行き届いている。そんな記憶の断片の総体が今回の東京訪問の想い出になっている。この段階でまだ琥珀には到着していない。続く

内閣参与の知恵袋

僕が内閣参与であれば高市総理に次の様に進言するであろう。
総理選挙大勝利おめでてとうございます。ですが議席獲得数程得票数は離れていません。SNSを駆使した我々の戦い方の勝利ともいえますが公職選挙法ギリギリの戦略を揶揄する独立メディアの言動もちらほら聞こえてきます。ぼろが出る前に本丸に切り込んだ方が得策と考えますがいかがでしょうか。スパイ防止法案、原潜所有の議論も出来る環境ですが、経済政策のぼろが徐々に出てきます。そうですよね。一時金をばら撒いても焼け石に水です。インフレ抑制策は全くとっていないのですから。流石に国民も怒りだします。その前に憲法改正やってしまいましょう。中道をはじめとする野党は議論する体力さえ残っていません。市民運動も先の選挙の大敗で沈静化しています。国政選挙は2年半後までありませんが一気にやってしまうのが得策と考えます。国会召集の日の冒頭解散と同じ手口です。憲法改正の発議やってしまいましょう。参院で国民民主と維新に連立の打診しているのは参院での発議を可能にする画策ですよね。衆議院で絶対多数の議席を獲得しているのに両党に秋波を送っているのはそのためですよね。物事の白黒はっきりさせる総理に共感し中国に反感を持つ国民は3割はいると考えます。今が最高の機会と考えます。
18日国会が召集される。上記の様な悪夢が実現しない様祈る毎日である。日本は思っている以上に崖っぷちに追い込まれていると思っている。

衆院解散の意義

高市総理衆院解散の記者会見を見た。全くの茶番the茶番である。解散の大義を総理が高市早苗で良いのかと問いたいと言う事であった。日本は議院内閣制である。憲法にも抵触する発言である。国会は開かれず冒頭解散である。物価対策だどはなからやるつもりはない。責任ある積極財政・・・政策を転換させた印象をあたえるが中身は赤字国債連発のインフレ政策である。税収は自動的に増え負債は相対的に目減りする代わりに庶民の暮らしはますますきつくなる。ここで大きな政治的な動きが有った。立民と公明が新組織を立ち上げた。中道改革連合である。綱領は玉虫色ではあるがあのいつも寝ている立民が目を覚ました事を評価しておきたい。選挙結果によっては政界再編が起こりえる状況となった。財源を示したうえでの消費税軽減は庶民には嬉しい。それに呼応するかのように高市総理も消費税減税の議論を加速させるとの発言をした。勿論財源など示してはいない。霞が関文学では「やらない」と言う事である。選挙で後れをとってはならないとの対策である。今までひどい総理は何人も居た。だが高市総理だけは勘弁してもらいたい。プライドが高い。義理人情に薄い。外交センスは全くない。中道改革連合が比較第一党になったとしても荊の道である事には変わりない。だが一脈の光を見出せばそれに耐えうる忍耐力を我々は持っている。外はこの冬最大の寒波が訪れて吹雪いている。僕は吹雪の南極大陸に立ち尽くす皇帝ペンギンを想い出すのである。

衆院解散の裏読み

読売新聞に衆院解散検討の記事が出た後大手メディアの後追い記事は出なかった。毎日が申し訳程度に掲載するだけであったが朝日が後追い記事を掲載した。事は俄かに信憑性を帯びてきた。自民党幹部、鈴木幹事長、萩生田幹事長代行、麻生副総理等は俺聞いていないよ・・・と怒りを露わにしているが腹芸が達者な政治家であるので本心は分からない。読売は誤報と言えば龍角散と言われるくらい2度の誤報を発信し流石に今回は裏付けが有ると考える。高市総理自身か官邸幹部のリークである。ネットで発表されたのが9日夜、その後3連休に入る。観測気球を上げ反応を見るのにはもってこいの日程であると考えた人間がいる。今井尚哉内閣官房参与であるらしい。安倍内閣では補佐官を務め安倍内閣の政策を継承する象徴として高市総理に請われて官邸幹部に名を連ねている。読みはあたったようだ。選挙が有れば現場の作業日程もギリギリである。総務省が全国の選管に準備をするよう通達を流した。各党代表も反応を示した。吉村維新代表は冷静を装い連立与党として準備を進めると発言した。一応閣外協力の形を取っているにも関わらず解散の話は全く聞かされていない。最早使い捨てカイロ状態である。待てば海路の日和あり状態は起きえない。国民民主の玉木代表は怒っている。178万の年収の壁を破ることの同意で予算案に賛成表明し連立への意欲を示していたが予算審議にも入れない状態になる。公明党と立民は全国で共闘方法を模索している。ここまで事が大きくなれば高市総理も解散を断行せざるを得ないであろう。頼みは自身の支持率の高さである。立民があまりにも力がないので自民は今よりは議席を増やすことは確実である。だが微増で党内の勢力地図が変わるかは疑問である。何よりこんな理不尽な解散をされて国民はもっと怒らなければならない。高市総理の首が繋がろうがすげ替わろうがわれわれには物価高の現実が待っている。

衆院解散の可能性

1月10日の読売新聞一面は「衆院1月解散を検討」であった。その後毎日新聞がかなり薄めた形での後追い記事を出しているが他の大手メディアは追随する様子はない。この手の記事が出ると想い出すことが有る。読売新聞2025年7月23日の石破総理退陣の大誤報である。この時は明らかにメディアの役割を逸脱した世論の扇動であった。今回は解散検討とある。検討は高市総理が政権に就いた時から常時行われている行為であって珍しがることではない。本当に解散するかどうかは競馬の予想より難しく素人が的中させる術はない。だがこの時期にする際の意義と影響は述べることができる。松の内が明ける前世論調査会社から電話が有った。今回の事と関係が有るのかもしれない。理由は良く分からないが高市内閣の支持率は恐ろしく高い。この支持率の高さをバネに衆院を冒頭解散すれば国会で裏金問題、韓鶴子逮捕による統一教会と自民党の新たな癒着問題を突かれなくて済む。公明党抜きで絶対安定多数の議席を獲得することも出来るかもしれない。そうなると今までの疑惑などすっ飛ぶ。だが予算審議の時間はほとんどない。責任ある積極財政の個別方針は全く筋違いとは思っているが予算が通らなければ施策ができない。高市総理は3月には日米首脳会談の為米国に行く。お土産は何か・・・。いも美でも兜でもないはずだ。意味のないミサイルを買わされ軍事費の増額を約束させられる。その論議が国会で全くされないことになる。マーケットはすぐさま反応し1ドル158円まで下がった。インフレはまだまだ続くと言う事である。衆院解散の大義は何か・・・。もっともらし看板は掲げられるだろう。だがその裏は自身の権力誇示と自民党勢力を伸ばせることができるかどうかだけのパワーゲームと化している。

カリブの海賊は誰か

カリブ海にはアメリカの艦船が頻繁に航行し空には戦闘機がこれ見よがしに航空ショーを繰り広げていた。
正月から餅がのどに詰まりそうな事件が起きた。アメリカがベネズエラに軍事介入しマドゥロ大統領夫妻を拘束しアメリカに連れ帰ってしまった。名目は麻薬取締であるが狙いは世界一の埋蔵量と言われる石油利権である。その裏には中国への警告が有る。中国はベネズエラの石油資本に投資している。だがベネズエラ経済は破綻しており効率的に運営はされていない。マドウロ独裁政権が中国と親密になる前に叩いておこうと言う魂胆であった。マドウロ大統領は不正選挙で当選したと言われる相当な人物である。・・・からと言って主権国家に土足で入り込み大統領を拘束するなど国際法上許される行為ではない。米国では軍隊を動かすのには議会の承認がいる。トランプはそれも無視している。というかそういう法規制が有ることを知らないのではないか。兎に角無茶苦茶である。ベネズエラは人口3000万弱の国家であるがその1/4は国外に避難している独裁国家であった。マドウロ大統領の拘束を喜ぶ風潮も国内には有るのが現実である。昨年のノーベル平和賞受賞者であるマリア・コリーナ・マチャドがトランプを賞賛しているのは痛し痒しである。トランプが二期目就任の時グリーンランドをよこせ・・・とかパナマ運河の利権をよこせと言っていたのはとち狂っていたのではなく本心であった事が今回の事件で分かった。トランプは最近G2という用語を多用している。東半球は中国にやる。その代わり西半球はアメリカのものだ・・・という宣言である。今回の事件もその方針に従ったものである。中国もロシアも表向きは今回の事を批判しているが裏では舌をペロッとだしている。ウクライナ問題も台湾問題にも口をはさむことは出来なくなる。日本政府と高市総理の反応はどうであったか・・・。批判的な表現は一切なく当たり障りのないラウンジミュージックの様な表現に終始している。付いて行きます・・どこまでも私はあなたの下駄の雪・・・と言う事である。アメリカは日本を守る気などさらさらない。もう安全保障環境を考え直す時期に来ていると考える。

2026年新年のご挨拶

明けましておめでとうございます。旧年中は大変お世話になりました。昨年は自分のやり方では店はもたない言う事が改めて突きつけられた年でもありました。何とかカンパでしのぎました。知人の方の援助もありましたが「頑張ってください」さん他御礼の返信もできない方の援助もありました。この場を借りて改めて御礼を申し上げます。春先に会社で言う所謂増資によって暫くは存続可能かと思いますが根本的問題が解決したわけではありません。慢性的インフレによって原材料の高騰、光熱費など固定経費の高騰・・・だが簡単には値上げを出来る経済環境には無いような気がします。先日いつも使っているホテルから連絡が有りました。週末は年間契約割引は適用されずインバウンドなどの需要によって宿泊料金は変動するとの事です。昨年からなのですが一番高い時期は4倍、通常でも2倍から3倍になっています。lazy,groovyをやる前からjazzのライブは主催していましたがそれで一儲けしようと考えたことはありませんでした。普段の営業で補填出来る状況にない為特別企画は回数減らし開催期間を縮める以外に有効な手段が思い浮かびません。今月末渋谷のライブハウス琥珀で出張lazy birdという企画をやってくれます。僕も呼ばれています。lazy馴染みのミュージシャンが2日に渡って20人ほど出演してくれます。僕にとっては大勲位菊花賞を授与されたに等しいと考えています。支えてくれたお客さんとここに参集してくれたミュージシャンに恩返しをしたく今年一年頑張る所存です。

2025年を振り返る

2025年は歴史的に語られる時が来たらある変節点であったとされるだろう。日本でも健全な資本主義は崩壊し利益誘導型の縁故資本主義に変節し新しい産業は育たず過去の遺物である重厚長大産業にシャブを打ち続ける。ジェット機をまともに造れなかった会社が軍需産業としてゾンビの様に息を吹き返す。軍事費は毎年積み増しされそれに反比例するかのように高額医療費は自己負担になり生活保護費も減額される。憲法違反との判決が出ても是正されない。大学への補助金も毎年1%ずつ減らられいる。今年はそれがたまたま止まっただけで財務大臣が鼻高々になる。排外主義が横行しそれを党是とする政党が急速に勢力を伸ばす。外国人や弱者を叩く言説がSNSで横行しその切り取り動画が再生数を稼ぎ金に結び付く。政権与党もそれに媚びるように右傾化していく。そして元々能力の低い政治家が無頓着に発言し中国との外交問題をひき起こす。日本人は忘れやすい民族なのか。自民党を追い込んだはずの裏金問題、統一教会問題は忘れ去られ議員定数削減という全く別の問題にすり替えられ国民の目を誤魔化している。福島の原子力非常事態宣言はまだ継続中であるにもかかわらず新潟県柏崎刈羽原発の再稼働が決まった。その陰でこっそり北海道泊村の再稼働にも鈴木知事が認可した。それにお灸を据えるかのように翌日北海道では地震が起きた。10年続いたアホノミクスの後遺症で日銀の金融政策が機能しなくなっている。物価高で相変わらずの円安である。中国人観光客は減ったとはいえ相変わらずのオーバーツーリズムである。日本には素晴らしい観光資源は有る。だがこの観光ブームは安倍政権時代、成長産業が見込まれない事への目くらまし政策である。ホテル代は高騰し全国を行脚する旅芸人ミュージシャンには大打撃を与えている。その反面1杯3000円のラーメンを召しあがる外国人旅行者の為の御慰め音楽を提供する演奏家にはいい市場が出来たと言ってよい。だがこれは悪魔に魂を売り渡すファウストを連想させるのである。日本は確実に劣化している。質の悪い政治、それを直視しないマスコミ、それを許す国民。その相似形が音楽状況であってはならない。

リーダーの素質

この時期大学のjazz研首脳部の交代の時期である。先日も北大jazz研新3役が挨拶に来てくれた。開口一番学生から今年の予想は当たったかを尋ねられた。創立時期からのjazz研ウォッチャーなので外すことはめったにない。大雑把に言えば人柄か技術かあるいはその割合で選ばれているようである。谷に子供を落とすようなライオンのようなスパルタ方式を選ぶか羊の群れの様にみんな仲良く草を食む生活を選ぶかである。リーダーの考え方によって運営方法も微妙に変っているようである。僕にとってjazz研部員は将来の良質なリスナー予備軍と考えている。そういう部員が残ってくれるような運営をしてほしいと心で手を合わせているが学生サークルなので思いが届くとは限らない。まあ学生サークルであれば許せる範囲である。だがこれが一国の総理であった場合は話しは別である。高市総理は国会答弁で台湾有事に関する質疑でそれまでの日本政府が取ってきた考えとは別の考えを開陳し中国の怒りを買った。高市総理はプライドの塊である。外務省の回答集に指示されていた具体的な例にはふれないようにとの掟を簡単に破ってしまった。その後も意見を撤回することはなかった。中国はその後海産物の実質的輸入禁止、コンサートなど文化公演の中止、日本への渡航自粛、さきの自衛隊機へのレーダー照射へと一触即発の状況を招いている。色々な政治思想はあるかとは思うが総理たるもの国民の安全を担保し飢えさせない施策を取ることは最低の条件と考える。スーパーへ行くと分かるのであるが生活必需品の価格はうなぎ上り、オレンジジュース、卵などはまた品薄状態である。高市総理は積極的財政政策というフレーズをグラントグリーンのシークエンスフレーズの様に繰り返すばかりで物価を下げるとは絶対に言わない。物価対策の特効薬は円安の是正である。だがその施策を採用しないのは日本の財政赤字をインフレによって相対的に軽減させようという下心が見え見えである。軍事費だけが増大し三菱重工の株価が馬鹿あがりするような政策はやめてもらいたい。だが絶対聞いてくれるような人物ではない。辞任に追い込むべきと考える。

祝辞と記者会見、そしてjazz

ライブ中に全く関係ないことを思い出すことがある。
会社員時代よく結婚式の祝辞を頼まれることが有った。女性の多い職場であったので新婦側の立場で挨拶順は2番目が多かった。その時上司に言われたことは新郎側の挨拶より長くしゃべるな、上手すぎてもだめだ・・・という事であった。男性優位の風潮が色濃く残っている時代の話である。その時は珍しく新郎側来賓で2番目に挨拶する事になっていた。一番手は新郎の会社の社長であった。途中から明らかに様子がおかしい。しどろもどろになり同じフレーズを繰り返している。所謂飛んでしまった状態である。緊張すると覚えてきた原稿が真っ白になることが有る。その社長の長いソロが終わり僕の順になった。司会者の紹介が有り僕がマイクに向かって珠玉のソロを始めようとしたその時かの社長が「もう一度喋らせてください」と言って出てきた。僕はマイクを譲り席に戻って二度目の祝辞を拝聴した。ああ‥このフレーズを入れたかったのだろうな・・・と言う事はつぶさに分かった。挨拶で慎ましく原稿を読む事は悪い事ではないと思う。だがジャズのふりして中身は書き譜、さらに人のソロにも強引に乱入してくる3流のソニー・スティットの作法は流石に大人げない。場所は首相官邸に移る。木原官房長官の記者会見である。最初は記者クラブに加盟している大手メディアの質問である。抑揚から明らかに原稿を読んでいる。官房長官もどの答弁を読むかを見失わないように答弁書を目で追っている。記者と目を合わすことはない。新聞に記事を書くためのデティルに関する質問ばかりで問題の本質に切り込む討論は皆無であった。まさに三文芝居の出来レース。ジャズ的意思疎通はない。lazyでのライブでも開演直前まで練習している輩がいる。あるフレーズを何度も反復している。そのカッコ良いフレーズを何処かにぶっこめばいかしていると思っている節が有る。そのフレーズが相応しい瞬間は一生訪れないかもしれないのである。この練習マニアも大手メディア記者もかの社長もジャズをあまりご存じないようである。

団扇と扇子

高市早苗総理は自分の言葉で語ろうとする。国会答弁でも官僚の作成した文章を読み上げるだけでなく自分の言葉で語ろうとする。それは評価しよう。だがついつい本音が出てしまう時が有る。内輪
の会合であれば許されるが国会の場で外交問題である場合には許される問題ではない。外交センス
が欠如していると言わざるを得ない。台湾に戦艦が派遣された場合には日本の存立危機事態に該当するという見解を示した。日中友好条約を締結して約50年、歩みは鈍いが両国国民の総意を蔑ろにする発言である。そもそも台湾は国ではなく一地域である。その事実は日本もアメリカも承認している。失言に対してトランプからの援護射撃はないばかりか梯子を外される状態になっている。アメリカにとって中国はディールの大事な相手。日本は鉄砲玉の子分である。関税交渉を見ていれば分かる。中国も台湾が独立する動きを見せない限り武力介入などする気は1ミリもない。台湾の与党民進党も時折独立を口にするがその筋に対するリップサービスであり大半の国民も現状に満足している。アメリカも単独では中国と事を構えることなどない。基地提供を初めとする日本の協力が不可避なのである。となれば存立危機事態の鍵は日本自身が握っていることになる。中国総領事の発言も言語道断であるがSNSで再生回数を稼ぐ愚論には冷静に対処したい。中国政府は日本への渡航を再考する様国民に流した。観光面でも打撃であるがこれが経済面の交流に影響が出てきた場合には日本の経済は立ち行かないのは目に見えている。俳優菅原文太は生前政府の役割は二つあると言った。一つ、国民を飢えさせない事、一つ戦争を決してしない事・・・・文太兄貴総理なってくれ。

立花孝志と斎藤元彦を巡る司法の動き

立花孝志が逮捕され斎藤元彦の二馬力選挙を巡る公選法違反の解明に期待していたが翌日嫌疑不十分とし不起訴が発表された。広告会社メルチュに74万払った行為が買収もしくは最低でも利益誘導罪には該当すると考えていたので驚いた。告発者の郷原弁護士、上脇教授も起訴猶予くらいは勝ち取れると考えていたようで何らかの政治的判断が働いたとの見解を示した。二人は検察審議会の判断を仰ぐ意向を示した。当の斎藤知事は一定の判断が示されたとして相変わらず涼しい顔をしている。兵庫県議は再度斎藤知事に不信任案を突きつけ選挙で信任を問うて欲しい。舞台は目まぐるしく展開する。逮捕された立花は犯行を全面的に認め示談を申し入れた。驚きの行為である。しかし原告に却下され事は裁判に及ぶ。犯行を認めた行為は裁判では限りなく不利に働く。そして裁判では斎藤元彦との関係も暴かれた行くものと思う。あの鉄面皮の斎藤の化けの皮がはがれることを期待して今後の司法の動きに注視したい。それにしても色々な場面で出てくる「政治的判断」とは何者なのか。伊丹十三の映画「マルサの女」のラスシーンを思い出す。東京地検特捜部長小林桂樹の元へ一本の電話が掛かってくる。「先生、その件につきましては・・・・」有力政治家からの様だ。政治的判断が示される前に映画は終わる。

人称の問題

村上春樹の文章を読んでいて思い出したことが有る。村上はある時期まで一人称で小説を書き「僕」を採用していた。文章を書く時自分の事を何と呼ぶか問題である。私、わたくし、俺、僕、わし、拙者、おいどん、あたい・・・・。ブログを立ち上げるにあたって数秒ほど悩んで僕になった。だが今の実生活では9割「俺」であらたまった美千代の席では「私」を使っている。僕が「僕」という言葉を使っていたのは中学生までである。だが文章となると何故僕の方がしっくりくるのか・・・。俺だと少しぞんざいに感じ私だと少し改まった感じがする。間をとって僕を選んだのかもしれない。僕らの世代にある日本人中流意識の表れである。ついでに家族、親戚の呼称である。学生と飲んでいて話題が家族の事に及ぶと違和感が有る表現に出会う。皆母親の事を「おかあさん」と呼ぶのである。「単位落としてしこたまお母さんに怒られた・・・。」上半身Tシャツなのに靴はリーガルのローファーみたいな組み合わせで違和感が有る。バイトしながら学費を捻出する苦学生でありながら甘えている印象を受ける。有る世代までは人前で話す時は母親父親と呼ぶようにと教育されたのだと思う。自分は自宅でお母さんと呼んでいたのは高校の途中までであったような気がする。ある年からは母親の事はテレクサ・テンでお母さんとは呼べない。ずっとおふくろである。先日叔父の葬儀が有った。その席で僕は3番目の年長者であったが全員「ちゃん」付けで呼び合っていた。共同体の中では当たり前の呼称であるが外から眺めているとちよっと違和感を感ずるのではないかと思う。女性は9割5分自分の事を「わたし」と表現する。吉原の遊郭の様に「わちき」とかガード下のパンパンの様に「あたい」と自称することはない。日本の様に職業、地方、階層によってこれほど呼称が豊かな言語はない。女性の自称が「わたし」に収束していったのは社会での女性の位置の象徴でもある。

立花孝志逮捕の意味するもの

何故こういう人物がのうのうとお天道様の下を歩いていられることを常々訝っていた。やっと逮捕に至ったがいくつかの問題が浮き彫りにされた。嫌疑は亡くなった竹内英明兵庫県議に対する名誉棄損である。死者に対する誹謗中傷は立件が非常に難しと言う事であり立花はそれを熟知したうえでの発言である。生存者に対する名誉棄損はそれが事実でなくとも成立し得るが死者に対するそれははっきり事実でなければ立証が難しい。忘れがちであるが立花はN党党首でありN党は自民党の会派に所属している公民である。政治家は政治的発言をする。それはある者を批判する意見であり誹謗中傷と紙一重になりえる場合があり慎重にならざるを得ない。又立花はある意味で権力側なのである。こういうケースでは警察、検察とも時の権力者の顔色を伺う。高市早苗総理が最高権力者とは限らない。あまりの支持率の高さを面白く思っていない勢力が自民党内に巣食っている。現政権にダメージを与えておいた方が得策と考えた麻生副総理の思惑が影響しているとの説もある。警察の捜査が政局に左右されるという事実にも憤りを覚える。この先2馬力選挙における斎藤兵庫県知事の公選法違反への解明につながることを切望するが道のりは遠い。立花は選挙をビジネスと考えている。批判する者にはスラップ訴訟、SNS上での誹謗中傷が後を絶えず、正義を訴えるものの力を削いでいる。これで罰金刑以上の刑が確定されれば他の容疑の執行猶予がとけ堀之内のお勤めが始まる。この訴訟を決断した竹内県議の奥さんの所へモリカケ問題の公文書偽造罪で自殺に追い込まれた赤城さんの奥さんが出来ることはお手伝いしますと訪ねてきたと言う事である。二人とも同質の被害者である。そもそも立花孝志の様な人物を面白そうと言って増長させた層がある。馬鹿に馬鹿という勇気を持ちたい。

山犬集団日本維新の会

先の参院選で惨敗したにもかかわらず数合わせの連立入りでにわかに注目を浴びている。橋下徹が設立した大阪維新の会が母体になっている政党である。反自民反共産、身を切る改革・・・と受けのようキャッチコピーと吉本興業の芸人を使ってのテレビでの宣伝で大阪では圧倒的な支持を集めている。現代表の吉村知事は大阪のテレビに出っぱりでいつ公務をこなしているのか訝る程である。もう記憶が薄くなっているがコロナにはイソジンが効くというデマを流し、医療用とうたい使いもしない雨合羽をあつめた。議員には横領、恐喝、パワハラ、セクハラ不祥事の万博を開催できる面々が顔を連ねている。つい最近も藤田共同代表が公金流用の疑いで赤旗のスクープされた。激変する政局の裏で万博が閉幕した。吉村知事は黒字で終わったとしているが真っ赤な嘘である。運営費もインフラ整備の費用も入っていない収支である。突貫工事を強いられた業者への未払い問題も未解決のままである。吉村知事は民民の問題としてほっかむりをしている。万博が終わるや否やIRの為の工事が加速している林立するクレーンの垣間に麻生セメントのタンクが見える。ゴミの島を固定するには900トンのセメントが必要と言う。巨大な利権である。大屋根リングの撤去作業も始まっているがここに使われた木材と費用で能登地方に4000軒の仮設住宅を増設できた。維新は自民党に取り入るにあたって企業団体献金廃止の刀を鞘に納め比例区の議員定数を謳い出した。これには大阪での成功体験が有る。府議選の際定数を減らし他党が当選する確立を減らし維新独占体制を築いた。国政レベルでも比例定数の削減は自党に影響しないと踏んでいる。身を切るのは府民であり国民である。議員はイベリコ豚の様に肥え太っている。病院を減らしコロナ禍での死亡者は全国一位である。公務員への締め付けは厳しく教員は近県へ逃げて行っている。維新は副首都構想を自民に迫っている。それにあたり封印していた大阪都構想をタンスの奥から出してくる。こういう政党に政権の片翼でも担わせて良いのか・・大阪のヒョウ柄のシャツ着ている叔母チャン・・・・「吉村はん頑張ってはる」言うてる場合ちゃうで・・ほんまに。考えてや、頼むで・・・・。

地位協定の影

舞台は原子力空母ジョージワシントンの艦上である。トランプ大統領に紹介された高市総理が拳を振り上げ飛び跳ね喜びを表現した。その行為について賛否両論である。親密さを世界にアピールできて良かったとの説。欠舐め外交の象徴と言う説。僕は一国の代表が軽はずみな体現はすべきではないと考えている。だが実際あの映像を見ると高市早苗ノリが良くて意外と可愛いじゃん・・・と思ってしまったのである。時々僕の中のミソジニーの残滓が湖底から気泡の様に浮かび上がってくる。そこにはもう一つの問題が隠されている。六本木のど真ん中に米国のヘリポートが存在するのである。そこから横須賀の米軍基地まで所謂横田空域を通って大統領専用ヘリで移動するのである。そこは日本にある異国である。安全保障条約が結ばれたとき同時に日米地位協定も締結された。基地内部は治外法権である。沖縄で米兵が問題を起こしても基地に戻ってしまえば手の出しようがない。裁判権が日本側に戻ってくることもない。NATO諸国も地位協定を結んでいるが日本ほど片務的なものではない。その象徴的な場所への移動を象徴的な乗り物である大統領専用ヘリで移動する時、ディズニーランドのスプラッシュマウンテンに乗るように嬉々としていた姿を見た世界は高市総理の政治的資質をどう判断したであろうか。そしてアメリカ政府は・・・・

日米首脳会談の印象

公式に報道されることはごく一部で水面下で行われていることは知る由もない。だがトランプ大統領は上機嫌、高市総理も緊張感は隠せなかったが機嫌は悪くないように感じた。何らかの取引が成立しているように感じた。そのキーワードは安倍元総理である。トランプは安倍総理から高市の事を聞いているとしたが高市と言う固有名詞は会見の中に一度も出てこなかった。名前を覚えていないのだと思う。安倍総理には相当恩義を感じている様だ。それは兵器を爆買いしてくれたことによる。2027年に防衛費をGDP比2%にする約束をしているが高市総理はそれを2年前倒しにすると首脳会談前に発表している。トランプは会見で新しい取引が成立していると発言しているがそれは前倒しの件ではないようだ。外務省の公式発表とNHKの同時通訳でもその部分が切り取られていたり曖昧にされたりしている。事務レベルではヨーロッパ諸国のようにGDP比3.5%の調整がされているようだ。米国は一国では軍事的には中国に敵わないことを知っている。その補強材として日本を見ている。米国自身は通商の部分では何とか中国と折り合いをつけようとしている。高市総理は就任すると靖国参拝について明言を避けるようになった。中国を刺激しないようにとのアメリカからの圧力による。高市総理は党内の支持基盤がきわめて脆弱だ。その最大の後ろ盾は米国である。トランプは天皇と会見した時、陛下を指さしGreat manと言った。これを見ても右翼筋が怒らないから不思議である。

熊と鹿と時々狐

鹿のソロピアノライブ。感想は言うようにしている。シカトすることはない。その帰り夜食に緑のタヌキを買った。その日また狐を見かけた。赤い狐ではなく狐色の狐である。頻度が多い。一度カラスに虐められている狐を助けたことが有る。だが御礼に赤い狐が一年分届くということはなかった。深夜であったのでカラスに面が割れることはなかった。家の非常梯子にカラスの巣を作られそれを撤去したことが有る。棒で突いている時からその家主のカラスであろう者が喧騒に叫び出した。20羽は集まった。さながらヒッチコックの映画「鳥」の様な不気味さであった。その翌日からカラスの嫌がらせが始まった。ベランダ、階段が糞だらけになる日々がしばらく続いた。電線に5,6羽止まりこちらにガンを飛ばしてくることもあった。追い払うために「バイバイ ブラックバード」をかけるが効果はない。幸いまだ熊に遭遇したことはない。札幌でも市街地に熊が出没しているがこれは或る問題を提起していると考える。狐を頻繁に見かけるのも同じ理由である。札幌の場合緑が豊かなので個体数も多いがそれを賄うだけの餌も里山で完結していた。だが今年は餌不足なのである。それで市街地に出没しはじめた。札幌市の政策は棲み分けが主であり電気柵をめぐらしそれを超えてこない限りそれ以上の方策は取らない様である。専門家は言う。人間が生活圏で熊を目にすること自体危険状態である・・・と。全国で熊の増加率が一番多いのは秋田県である。それは離農率と比例する。人間が開墾し畑を管理していた時期は水際で熊を駆除も含めて引き止めていた。その土地を人間が放置するようになると里山は荒れだした。個体数は増えだしそれを養うだけの餌が獲得できなければ人里に降りてくることとなる。高度成長期、木材の需要が拡大し日本の里山は殆ど禿山状態になった。それ以前は毛皮の需要、食肉としての需要もあった。その時期は熊の個体数も減ったという。農業政策の変化により農業で食べていけない人が離農し都市に住み始めると棲み分けができていた地域でもその境界線が曖昧になり事故に発展している。熊を殺すのは可愛そうという意見も聞くが我々は牛も豚も殺して食べているのである。いい子ぶるのは辞めたい。県名は忘れてしまったが東北で昨年の死亡者が交通事故より熊の被害で亡くなった人の数が多かった県が有った。たかだか数人の差と言わないほうが良い。熊の被害に遭遇する確率は交通事故の確率の1/1000位である。熊も資本主義の被害者ではある。熊は見えたが熊はいないとする論理。・・・・その裏に何か重要なことが隠されている。そういう意味でユダヤ問題と共通するものがある。

71%

高市内閣の支持率が71%と聞いて椅子からずり落ちた。30才までの若者層の支持率はそれ以上の80%と聞いて耳を疑った。自分の感覚が世の中の平均とずれているのは認識しているがこの数字はにわかに信じがたい。歴代5位の高さである。ご祝儀相場としても高すぎるのではないか。今週学生のライブが有って打上ではジャズ談義やら部員の馬鹿話で盛り上がっていた。政治の話は出てこない。今の若者は白黒がはっきりする政治の話はしない。だがその中に8割高市内閣の支持者がいるのが現実なのだ。ジャズも所信表明演説も見せかけのフレーズに騙されてはいけない。そもそも先の参院選は何の為であったのか。生活が苦しい国民を蚊帳の外に置き一部議員が裏金を蓄財し何の御咎めもない事への審判を下したのだ。我慢の限界と思った公明党は連立を離脱した。だがその反省は所信表明演説には全く出てこない。経済政策は完全にアベノミクスの代理コードである。政府債務残高の対GDP比を減らすという発言が有った。インフレ政策を続ければ名目GDPは増える。株価もあがり好景気を装うことができる。それに伴う物価高は給付金あるいは消費税の暫定的引き下げの審議を俎上に載せることで凌ごうとしている。確認しておくが引き下げではない。引き下げのことも話し合っていますよ・・・・というポーズである。消費税に限らないが減税の議論になると財源はどうするという理屈を出してくる。だが防衛費だけはVIP待遇で応接間に案内される。防衛費GDP2%を安倍政権時代に約束させられた。高市総理はそれを2年前倒しで実行すると明言した。近々トランプ大統領が来日する。そのお土産と考えられる。外交政策では世界の真ん中で輝いていた日本を取り戻すと豪語し満場の喝采を浴びていた。戦後日本が外交の世界の中心で愛を叫んでいたことはない。それは1930年のロンドン軍縮会議に遡るのではないかと考える。国会が空語で満たされている。

高市早苗総理誕生について思うこと

破壊せよとアイラーは言った。・・・・正確に言うとそのセリフは作家中上健次のものであるがふとそういうセリフが頭を掠める今日この頃の政局である。10月21日、高市早苗が維新と連立を組み総理大臣に就任した。騙し合いの横行する悪魔連合の政権である。身を切る改革を党是する維新は当初企業団体献金規制を政策に掲げていたが自民党が絶対受け入れないとみるや議員定数削減を最優先課題と位置づけ自民党に提案した。高市はまあ・・ぼちぼち検討すると言う事で・・手を打った。選挙区変更は時間も金もかかる案件だがやっている感は出せる。維新は議員の定数を減らすことによって身を切る政党を演出する。実情は比例代表を減らすことは地方の声が今より届きづらくなり民主主義の根幹を揺るがすものである。維新は一旦全国政党を諦め大阪副首都構想を自民党に飲ませ自分は大阪で左団扇で暮らそうという魂胆である。連立と言っても閣僚は出さず風向きが拙い時には何時でも逃げ出せる準備をしている。自民党は自民党で何か支持率が上がる政策が当たれば解散で単独過半数を獲得できる機会を伺っている。取りあえずガソリン暫定税率の廃止を考えている様だ。勿論財務省は反対する。その緩衝材としての片山さつき元財務官僚の財務大臣抜擢であると考える。選挙公約であった給付金は雲散霧消し物価対策は俎上に上りづらい。経済対策はこの場に及んでまだアベノミクスの継承である。日銀の利上げを牽制している。日米の金利差はますます広がり円安傾向は恒常化しそれに比例して輸入物価はますます値上がりし我々の生活を苦しめる。アイラーが破壊せよ・・と言ったものは形骸化したジャズのフォルムであってジャズそのもではない。我々が期待するのも利権構造に依拠した政治であって日本そのもではない。

jazz幼稚園の想い出 No3

一度思い出し始めると止めどがなくなる。曲はCジヤムブルースであった。リズムセクションがステージで待機している。そこに後部の入り口からホーン4人が客席の間を練り歩きながらワールドサキソホーンカルテットの様なノリで入ってくる。ホーンセクションがステージにのったらリズムセクションも加わり強力にスイングするという構想であった。だがここに思わぬ穴が有った。サックス主任であるS名を先頭に練り歩くという予定であったが、Cジャムブルースのテーマダダッ、と吹くとそこでS名は「達磨さんころんだ」の遊びの様にその都度止まってしまいホーン奏者の接触事故が多発した。普通に歩きながら吹けないという。その日ホーンセクションだけ残し歩きながら吹く練習をした。それを考えると一糸乱れず行進する高校生のマーチングバンドを見るとひれ伏すのである。僕の構想は色物を出しながらメンバー、お客さんの目先を変えながら長期的にはちゃんとした主流派の音楽の腕を磨くというものであった。だが一度色物に手を出すとヤクに手を出したクレィジーキャッツの様にそちらの方のネタを考えるのである。臼庭潤がゲストの時ラップに手を出してしまった。モンクのベムシャスイングにのせて僕がラップをするという企画であった。ラップを舐めくさっていた。酔った時の駄洒落の様にそれくらい湧いて出てくると考えていた。出だしだけ考えジャズ的偶然性にまかすという愚挙に出てしまった。一応予防線は張っていた。臼庭には「ベムシャスイング」と言ったら「私困ってます」という意味なので後埋めてテーマに戻ってもらうという傷害保険を掛けていた。
割と早めに日本生命に保険申請したのだがその「ベムシャスイング」の声が南州太郎の様にひっくり返ってしまった。その事を臼庭が亡くなるまでネタにされてしまった。
ネタニナル首相、臼庭にユスラレル

jazz幼稚園の想い出 No2

jazz幼稚園の名前の由来は初心であることの表明であり予め演奏に対する厳しいご意見をブロックするためでもある。車の後部に子供乗っていますと注意を喚起するステッカーのようなものだ。それと実際に幼稚園の経営者もメンバーであったことにもよる。S原というドラマーが在籍していた。創立時のメンバーで当時は室蘭から参加してくれていた。ドラマーなのでカウントを出してもらった。スティックを鳴らしながら1.2.1234といったところまでは良かったが全く違うテンポでドラムを叩き出した。僕らは全く入れず皆ずっこけた。一度演奏を止め演奏を始めるテンポでカウント出してといった。「え、カウントって言えばいいんじゃないんですか」僕はもう一度ずっこけた。ドリフのコントのような一幕であった。その日からS原のあだ名を「カウント蔑視」と命名した。歴代のゲストは綺羅星の超一流のミュージシャンである。米木康志、池田篤、臼庭潤、原大力。原がゲストの会。僕らはリハをしていた。そこに原が到着した。曲はブルーモンクであった。原はレガートをするしぐさで拍を数えだした。リハが終わってから原から尋ねられた。僕が変拍子にアレンジしたと思っているらしい。最後だけ5拍になっているのだ。ドラマーのS原はどうしても1拍多くなってしまうのでS原に合わせてそこだけ5拍子にしてしまった。原は顔をくちゃくちゃにして「イエィ、jazz幼稚園すごいね」と大笑いしていた。

jazz幼稚園の想い出 No1

30年前負け犬と呼ばれ石をぶつけられるのを覚悟の上東京から帰ってきた年3人で始めたのがjazz幼稚園の前身である。楽器ができなくとも結構。音楽を楽しみたい人の為のワークショップという触れ込みで始めた。その裏には良いリスナーを増やしたい・・・という今でも持ち続けている真意が有った。一昨日今は東京に住んでいる「さやか」がlazyを訪ねてくれた。20年ぶり位である。jazz幼稚園のメンバーでTSを吹いていた。その当時は女子大生で構成員の中では一番の若手であった。最盛期は組員15名準構成員4,5人抱える一大組織に発展しlazyでの東京組のライブも一声で満席に出来る位であったので今考えると慢心していた。さやかは物持ちが良いのか当時のフライヤーや僕の作った譜面を持参してくれた。その日ライブレポートを書いてくれている牛乳屋さんもいて想い出話に花が咲いた。
lazy開店前はzippyやジングルで月2回くらいの全体練習の上年1,2回の発表会をやっていた。初級者から上級者まで色々な編成で出番を作っていた。コンセプトは大人の学芸会である。構成とMCは僕の担当なので笑の仕掛け花火は各所に仕掛けてある。オープニングはカーラ・ブレイのアイダ・ルピノである。僕はGのオープンチューニングで怪しげなアルペジオを始める。そこに微妙なタイムで三管のテーマが乗っかってくる。よく言えばマイルスとショーターのネフェルティティのフィール、正直言えば誰かがずれている。執拗に繰り返すテーマが熟したころ詩の朗読を乗せる。長田弘の詩集にクラッシックの作曲家をモチーフにしたものが有る。毎回その中から選んでいたが「ハイドン」が人気であった。朗読はさやかにお願いしていた事が多い。さやかは出だしの一節を覚えていた。「ハイドンは言った」で始まる。僕も何を言ったのかは覚えていない。気になるので本を捜したがすぐには見つからない。でもハイドンは何かを間違いなくいったはずである。それはオイドンが補償するでごわす。牛乳屋さんと当時セミプロ活動をしていたささと3人でスーパーギターートリオの真似事で「地中海の舞踏」をやったことが有る。毎回ササを呼び出すのは悪いので牛乳屋さんと二人で半年くらいかけて仕上げていった。本番2日前仕上げにササも入って貰って仕上げようとリハに臨んだ。正確な譜割を書いた譜面がその日なかったので僕はインド音楽の様に口承伝達を試みた。「ダバダバダ、ダバダバダ、ウン、ダバダバダ」ササはどこか半拍違うと言い出した。僕ら二人の中では出来上がっている。本番は近い。こちらに合わせろと言ったが真面目なささは原因を探ろうとしそれで牛乳屋さんは調子を崩し本番では力を出せなったという。キャノンボール伊藤という組員がいた。その名の通り体形が似ているのである。当初TPをやってみたいと言っていたがtpは音が出るまで時間もかかるしsaxはすぐ音が出ると騙しasを勧めた。勿論有る構想が有っての事だ。そのasは池田篤が選んでくれた。楽器が届いて2週間後発表会が有る。マーシーマーシーマーシーの最初の2小節だけ死に物狂いで覚えてもらった。本番バックはジェームス・ブラウンを待つJB’sの様に執拗なファンクパターンを繰り返し主役のお出ましを待つ。そこにスーツ姿のキャノンボール伊藤が登場しダバダバダッパーと水を噴き上げるアフリカゾウの様にパオーというフレーズを吹き終える。バックはそこでテポドンとカットアウトする。すかさずMCが入る。「今回はここまで、この後は来年」会場はドッカーン。一年後ちゃんと最後までやり遂げた。
続く

熟年離婚の原因

長年寄り添ってきた夫婦が突然別れることが有る。周りで具体的な原因を詮索する。旦那が若い子と浮気した、合法薬物に手を出した。或いは流行りもしないjazz barをやると言い出す。それまで数多くの戦禍を潜り抜けてきたはずである。そこにはヤクザ映画に見られる仁義を守ってきた経緯があり大体の事は許される。
公明党が26年の連立を解消するという。表立った最後の理由は裏金、政治資金の問題である。選挙協力をしている公明党の実働部隊から自民党の裏金議員をかばって謝って歩かねばならないのかという不平が出ていたのは事実である。ミスター裏金議員的存在である荻生田光一が幹事長代理に指名された。党内人事と言う事で公明党には相談なしである。時間を昨年の衆議院審議の最終日に巻き戻す。その日勇退する公明党委員長山口那津男の演説の機会を奪った。その後に委員長に就任した石井啓一は落選し委員長を辞任した。高市早苗総裁は就任後最初に挨拶に行ったのは公明党現委員長斎藤鉄夫ではなく玉木雄一郎であった。高市は公明党は当然ついてくるものという前提で連立候補を国民民主に絞った。ここで温厚な斎藤鉄夫がぶちぎれた。礼儀知らずにも程が有る・・・と言う事である。政治が政策の良しあしでスパッと決まればどんなに良いかと思うのであるが世の中そんなに甘くない。上手いミュージシャンが売れるわけではない。政治家でもミュージシャンでも義理をかく人間は限りなく多い。

羊を巡る冒険風に

どこから話したらよいのか迷う話である。フィリップ・グラスのミニマル音楽の様に永遠の循環コードに入ってしまう。北大のjazz研は定期演奏会が終わった12月の吉日に新3役が発表され3人でlazyにも挨拶に来る。前部長M上の時はバイトの都合で1人で来た。たまたまその時M上は村上春樹の「スプートニクの恋人」をもって現れた。その本を取っ掛かりに雑談を始めたのを覚えている。登場人物に「ミュー」という女性がいる。部員にも同じ名前の子がいるが部長は分からないと言った。苗字で呼ばれているからであろう。高市早苗の鹿問題で有名になる前から彼女は「鹿ちゃん」と呼ばれlazyに出演しているもう一人の鹿と区別し小鹿またはバンビと呼んでいる。M上は心理学を専攻しているがそれは母親の影響であることを話してくれた。村上春樹は心理学者河合隼雄に影響を受けており対談集も出している。親御さんは河合隼雄の授業を受けたがったがかなわなかったという。神戸女学院大学出身と聞いた。僕が神戸女学院大学を知っているのは思想家内田樹が勤務していた事。建築家ボーリーズがデザインしマイクを使わなくとも声が届く構造になっている素晴らしい建築と知っているからだ。その親御さんが来札していると風の便りで聞いた。ちょうど連絡することもあったので「親の顔をみたい」と言ったら本当に顔を見せに連れて来てくれた。M上は弄られきゃらであるがその其のとっ付きやすい人柄で部員を引っ張っていた。それは親御さんのおおらかさを引き継ぎでいると感じた。その日小学生からの幼馴染Kバチもついてきた。KバチはM上を慕って岡山から北大に来て一緒にjazzをやっているのである。村上春樹の初期三部作「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊たちの冒険」は鼠3部作とも呼ばれている。主人公の「僕」と「鼠」の関係はM上とKバチの関係を彷彿とさせるのである。

高市早苗総理誕生で日本はどこへ行く

とうとう高市早苗が総理になってしまったというのが第一印象である。これが小泉進次郎だってとしたらどう感じたであろうか。やはり小泉進次郎が総理になってしまったのかと思ってほっぺたをつねるであろう。どちらにしろ泥船日本の未来は暗い。総裁選がどういう力学で動くかということが少しわかってきた。石破総理は高市早苗にだけは総理の椅子を与えないために絶妙のタイミングで辞任した。もうすぐ安倍総理を殺害した山上徹也の裁判が始まる。安倍派が息を吹き返しかねない。選挙中も勝ち切るためにある政策、思想を封印することもある。権謀術数が働き今回も最後は麻生太郎の「決戦投票では党員票の獲得数が多かった候補に入れろ」という指示が総裁を決めたといってよい。忘れてはならないことに裏金問題で派閥は大方解消し正式に残っているのは麻生派だけなのである。結局派閥の力学で総裁が決まり日本の将来も決まる。今まで通り何も変わらないという帰結になる。コップの中の嵐に過ぎないことが毎日大仰にマスコミで取り上げられる。だがそのコップの中の嵐が我々の生活にも嵐となって舞いもどってくることがある。だからこそ注視しなければならないのである。高市早苗はどこまで右寄りであるのか。良くわかない。昔はもっとリベラルであった。いわゆる岩盤支持層の受けを狙い右寄りの発言をしている節もある。安倍政権時代総務大臣であったことがあるがその時偏った報道する局は停波もあり得ると脅したことがある。親分が後ろに控えている時のチンピラやくざの行為に似ている。今年も8月15日に靖国参拝をしている。右派の支持を得るためである。総裁になった時の会見ではお茶を濁した。営業右翼というレッテルを貼られることもある。中道リベラルであってほしとは思うがそれをかくして右派を装うという姿勢があるとしたら其れはそれで信用できない。経済政策は積極財政であるがアベノミクスの反省なくしての浮揚策はないと考える。万が一景気が一時期上向きになって支持率が上がったりするとそこでの衆議院解散はあり得る。政策思想がかぶる参政党、保守党は一気に飲み込まれる可能性もある。本当の鉄火肌の姉御であるなら片肌脱いでトランプとさしの日米地位協定改善の盆を立ててほしい。一水会などの筋金入の右翼は民族独立派である。

自民党総裁選の座標軸

世界が目まぐるしく動く中での自民党総裁選である。まあ、誰がなっても本質は変わらないだろうという諦念が今の体制を延命しているとの反省感もあり出馬会見や討論会もまめには見ている。そもそも何のための総裁選か。表向きは石破総理の選挙責任を問うと言う建付けである。では何故選挙に三連敗したのか。統一教会との癒着、裏金問題、失われた30年と言う事である。最低総裁選ではその事は問われなくてはならない。前回の総裁選と同じ5人が参戦している。だが議論は一歩も二歩も後退している。日本の将来を見据える展望の様な話は全く出てこない。取りあえず庶民は物価高による生活苦からの脱却が一番の要望である。
消費税を含む減税の話になると社会保障費はどう捻出するという議論にすり替えられる。トマホークミサイルを買う時、財源の話になったことはない。国民の事を考えている振りしながら財務省、アメリカの顔色を伺っている。総裁選自体生簀の中の序列争いである。当初小泉進次郎でほぼ決まりと思っていた。だが運動中の色々な事件によってその順位、支持率が微妙に上下する。高市早苗の奈良の鹿問題、その会見を見ていたが椅子からずり落ちた。あの場で鹿問題など持ち出すことなど考えられない。もはやこれまで・・・・と思っていた。だが世論は支持の方に傾いた。バズれば勝ちという原理である。ところが小泉進次郎のSNSのステマ戦略に関してはNOの意見を突きつけられた。広報担当はデジタル担当大臣である。警察長官が盗撮するようなものである。その処分は甘い。これくらいなら小泉さんは許してくれるだろ・・・という思惑が見える。実際この程度のリーダーシップで日本を牽引できるのか甚だ疑問である。だが人柄の良さに騙されてしまうのである。茂木候補は子ども食堂とスーパーの視察から運動を始めた。これが上流階級意識まるだしで庶民からは総スカンを喰らっていた。黒塗りの車で乗りつけ子供食堂で誕生日ケーキをプレゼントされ嬉々として喜ぶ顔が写された。多分秘書が子ども食堂側に伝えたのであろう。嘘でも良いからその日の食材位プレゼントしろよ・・・と言いたくなる。スーパーにも普段は行ったことがないのが分かる。買う時財布を秘書から貰っていた。庶民感覚ゼロで総裁選も早くから脱落したようだ。後半戦になり石破総理が林芳正候補を後継者とする発言などが有り林候補が浮上してきている。未だ3番手であるが2番手に浮上した場合番決戦投票で狂わせも有るかもしれない。どちらにしろ後4日で決まる。だがこんな日本にしたアベノミクスの反省と裏金議員の処分をうやむやにした中でいくら自民党再生とお題目を唱えても虚しく響く。

スター・クロスト・ラバーズからの記憶の連鎖

9月12日ボーカルのルナのライブが有った。エリントンのスター・クロスト・ラバーズを歌ったのだがそのMCでその由来はシェークスピアで有ることを語っていた。悪い星の元に生まれたロミオとジュリエットの様な存在である。日本では織姫と彦星に例えられるが間違いとされている。僕はそうは思わない。ところ変われば品替わる・・・と言う事である。キリスト教的発想が仏教の様相を呈して現れる事だってある。その時ふと思い出したのだ。村上春樹の短編小説でスター・クロスト・ラバーズの想い出から始まるものが有った。村上がニューヨーーク在住だった頃トミー・フラナガンのライブを聴きに行ったことが有った。その時「バルバトス」「スター・クロスト・ラバーズ」を演奏してくれたらどんなに素敵だろうと思っていたら本当にその2曲が演奏されたという事実から始まる。これは宝くじに当たる確率くらいである。その小説を読み直したいと思ったがタイトルが思い出せない。そのうち当たるだろうと思って読み直していたら3冊目であたりが出た。「偶然の旅人」であった。この本を読んだときこんなことが起こるのだ‥と思い僕も念じて見たことが有る。流石に2曲は実現しなかったが「スター・クロスト・ラバーズ」は実現したことが有る。池田篤のライブの時だ。僕は精神主義者ではないがそういった経験は稀にある。その小説の中で主人公がカフェでディケンズの「荒涼館」を読んでいたら見知らぬ女性から話しかけられたという下りが有る。この小説は誰でも読む小説ではない。その女性は読書会でその小説を読んでいる奇遇さから話しかけて見たくなったと言う事だ。あれっ・・・こんな話自分も書いたことが有ると想い出した。ライブがメインになる前カクテルバーだった頃が有る。その時代カクテルや酒の名前を冠したショーストリーを書いて店を側面から盛り上げていたことが有る。サーバー代を払い忘れてHPが一瞬にして消滅し、そこに書いた文章の類もバックアップをとっていなかったため殆どが消えてしまった。だが似たエピソードと感じた「泡盛1」というテクストは残っていてショートストーリーのコーナーに再録してある。沖縄のホテルのプールサイドでカーソン・マッカラーズの「心は寂しき狩人」いう小説を読んでいたら片足の女性から話かけられるという話である。そんなに一般的でないテクストが二人の距離を急速に縮めると言う事はあり得る。そんな関係性に憧れているのかもしれない。自分が「泡盛1」をいつ書いたのかその時はもう「偶然の旅人」読んでいたのかも思い出せない。この小説が素敵だなあ・・と思いこういう文章を書いてみたいと思ったとしても自然な事である。村上春樹の初期三部作に出てくる「僕」と「鼠」の関係はR.チャンドラー「ロング・グットバイ」の「マーロウ」と「テリー・レノックス」との関係の相似形である。

北大、商大jazz研1年生定期戦

10年ほど前の事となる。当時の北大の部長とジャズ研の現状についての話を聞いていた。6月の学園祭を終えると1年生が燃え尽きた症候群と次の目標がない為大量に辞めるという。そこで夏休みの頃一年生だけのバンドでライブをやると云う企画を提案し現在まで続いている。このイベントを通過すると定着するかと言えば必ずしもそうとは限らない。その後全く見なくなる部員もいる。卒業まで在籍するのは年次にもよるが2割くらいと言う。僕の一番の願いは学生時代に一生ものの趣味を作って卒業後は演者として良質なリスナーとして世に出てもらいたいと言う事である。上手な学生を見出して何とかしたいという気はない。うまいと言っても生簀の中のハマチの大きさを競っているに過ぎない。
今年は2日間で7バンドが参加した。上級者が2人、技術とは別に人を引っ張れる力を持った人間が2人、楽器の初心者が3人、ついでに天狗が二人。一番気になるのは初級者である。相当のプレ付きッシャーの中で演奏し当然うまい演奏などできない。そんな体験がトラウマになって辞めないでほしいと手を合わせて聴くのである。リハから聴くので1日5時間つき合うことになる。流石にちよっと疲れる。だがこの時間が学生たちが何を考えてジャズに向かっているのかが分かる時間でもある。ここで多分代々ひきつがれているリハでの構成確認問題が浮上するのである。lazyで演奏する東京のミュージシャンで構成確認をする演者はいない。曲を決めないで始まるケースもある。ジャズはその場で起きたことに反応しながら進行する音楽である。その事がわかるのは上級年になってからの様だ。そもそも人生がジャズ的なものなのだ。2daysの最後に御世話役からコメントを求められた。言いたかったことは上記のようなことであったがいつもの悪い癖でふざけた話をしてしまった。ちょっと後悔し反省している。

経済政策とジヤズシーン

ニセコ地区ではインバウンド客を基礎票としたフェスティバル、営業の仕事が増えている。ミュージシャンにとっては良いことの様に思える。ライブハウスのギャラよりは実入りの良い仕事の筈である。その地区だけが治外法権の国の様にラーメンが2000円だったりする。ホテル代は数万円である。だが外国人客にとっては円安の為高く感じないのである。東京のミュージシャンからよく聞く。ツァーがしずらくなったと・・・・。遠距離でも車で移動し交通費を浮かすがホテルを取った時点で赤字が確定することが有る。大きなイベントで交通費を出してくれる主催者がいるとその日程に合わせてツァーをくむ。だが皆考えていることは同じなので全てのミュージシャンに恩恵が行き渡るわけではない。そもそもこういう経済状況にいつなったのか。ここ20年一部の富裕層を除き所得は上がっていない。物価は上がるがレイジーでも値上げはしていない。それで地元ミュージシャンに払えるギャラも横ばいである。間違った経済政策アベノミクスによって赤字国債によって金ジャブジャブ状態にしたが国内では成長産業に投資はされなかった。国債の価値が下がり比例して円安傾向が増長しインバウンドは増える。円安を受けて海外投資家が積極的に動き株価は高値を更新している。安倍総理もそれを根拠に経済好調と嘯いていたが今も変わっていない。京都の様な有名都市はオーバーツーリズムに悩まされるが一部の店舗では連日満席が続く。円安は輸入物価を押し上げ食料品を中心に物価高が続き庶民の暮らしを直撃する。消費税はある意味で消費に対する罰則である。だが必要なものは購入しなくてはならない。税収はインフレ率にスライドし過去最高である。そして政府の赤字国債などの負債はインフレによって相対的に軽減しているのである。こうした経済状況の中で賢い経営者はうまく切り抜けいると思うのであるが僕にはそういった才覚はない。昔ながらの焼畑農業である。ジャズシーンを牽引しているなどとは決して思わないが貢献できていると思う事は多少ある。東京でも聴けない組み合わせが聴ける。それを演者が気に入ってくれて再演したりする。東京のミュージシャンが札幌のミュージシャン、社会人、学生を刺激して新たな領域に連れ出してくれたりもする。T.Tさんがピアニストとして生涯最高の演奏をしてくれたのは米木、珠也がいた時のlazy のライブであると断言してしまおう。その記憶はシャブを打った時の記憶の様に決してなくならない。時々シャブを打たしてください。

皆さんのご支援で生き延びています
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北洋銀行札幌駅南口支店 普通預金3624418 ヨシダナオシ

石破おろし総括

石破総理の積極的支持者ではないがもう少し頑張ってくれるのではという淡い望みを抱いていた
それは次期総理候補として下馬評では上位にいる小泉進次郎、高市早苗の名前を聞くたびに暗澹たる想いになるからだ。総裁選前倒しという踏み絵を突きつけられて党分裂と言う選択肢は選び難かったという任侠の人で有ったと言う事である。野党共闘は望めず立憲民主党は存在感は全くない。自民党は徹底した利権政治である。政治献金を裏金としてため込みびた一文税金は払わない。そしてその業界、団体に有利になる政策、法案を打ち出す。官僚はその立案に汗水流しそのご褒美に天下り先を紹介してもらう。政財官の強力なトライアングルが形成されている。それは全盛期のキース・ジャレットトリオのように盤石であった。問題の根幹に裏金問題が有ったはずである。石破総理が根性あれば衆議院を解散し裏金議員は公認せず刺客を立てるくらいのことをすれば自民党は割れるかもしれないが国民の支持は得られたはずである。自分としては自民も立民も分裂し政界再編が起こることを願っていた。「夢見るシャンソン人形」と揶揄されるかもしれないが思ったことは表明しておく。この石破おろし騒動は第三次世界大戦が起こるかもしれないという今の状況ではコップの中の嵐に過ぎない。そしてそれに加担したのが読売、毎日の大手の新聞社である。読売は石破辞任の号外まで打って政局を動かそうとした。もはやジャーナリズムの程をなしていない。自民党新聞部の部活動に墜落している。日本は政治的にも経済的にも文化的にも坂を転げ落ちている。細かいことは良い。将来の展望を示してくれる政治家の出現を切に、切に願う一市民である

秋の8daysご報告と御礼

週末の池田篤、松島啓之のクインテットをメインイベントに据えた秋の大催しが無事に終わりました。
週末は二日間満席でした。ただホテル代の高騰、航空券も時期、曜日によって金額がかなり上下する現在の状況では決してペイすることはありません。それを通常営業の収入で補填することは出来ない状況にあります。今回も頂いたカンパでしのぐことができました。本当にありがとうございます。支援してくれる方がいると言う事はこう云う企画を続けろという天の声として受け取っています。回数は減らしても行けるところまで行こうと思っています。次回は11月20日からの魚返トリオをメインにした5日間です。今回ほど長くはないのですが日程がcity jazzのメインアクトとまるかぶりしていて苦戦が予想されます。引き続きご支援を賜りたくお願い申し上げます。カンパを頂いた方には御礼のメールを出させていただきましたがご連絡先が分からない方もいらっしゃいます。この場を借りて御礼申し上げます。
カンパ先
北洋銀行札幌駅南口支店 普通預金3624418 ヨシダナオシ

辞任と退任

「再生の道」代表石丸伸二の辞任記者会見を見た。これが辞任なのか退任なのか交代なのかそんなことはどうでも良い。そもそも政党にはある党規約なるものがない団体である。昨年12月にyoutube番組で参院選前後まで代表を務めると発言したらしい。そんなことは一般人は覚えていない。
記者会見の冒頭新聞社二社を具体的にあげ悪意をもった報道があったとし徹底的にあげつらい記者たちを萎縮させた。一人だけが執拗に質問していたが遮られ以後質問の機会は与えられなかった。あまりの対応に腹をたて途中退席したと後で知った。それ程醜悪な記者会見であった。どうでも良い質問が続き尺だけ稼ぐダラダラしたソロが続くジャズライブを見ているかのようであった。石丸は安芸高田市長時代から典型的なパワハラ野郎であったが今もその点ではⅠミリもぶれていない。都知事選二位につけてた勢いで都知事選参院選にも擁立したが全敗であった。参政党に投票した有権者も再生の道には投票しなかった。絶望の中にちょっとした光明を見る思いであった。だが都知事選であれだけ熱狂していた有権者がいとも簡単に醒めてしまうのかとも訝った。この党の候補者は上から目線の人間が選ばれている。社会で一定の評価を得た人間の集団である。石丸は広島県知事選、東京都知事選も視野に入れて政治活動を続けていくという。どういった人間かと言う事を決して忘れない事である。後この記者会見で改めて大手メディアの記者の劣化が目に付いた。恫喝されてお手盛りの質問しかできない記者が多すぎる。単なるサラリーマン記者である。事実の奥に真実が隠されているという気概を持たなければSNSの再生回数を稼ぐ動画に負けてしまう。それはとりもなおさず民主主義の死を意味する。