選挙戦watching1

これだけ負の材料が出そろっているのに自民党単独過半数の選挙予想が出ている。正直言って驚いている。セシルテイラーplays bossa nova未発表音源見つかる・・・位衝撃的である。
参院静岡補選に野党が競り勝ったが勝ち方が良くない。投票率が45%と極めて低い。通常低投票率は自民に有利に働くが静岡県の場合は特殊要素が働いている。他県の事なので詳しいことは良く分からないが元々連合が強い上に知事が野党候補を支援し組織力で勝った。立憲民主と言うより国民民主の力で勝ったと言う事らしい。野党共闘の機運が高まり政権交代の熱気が高まったわけではない。
だいたい枝野代表の行動がおかしい。結党した時のあの大演説の思いはどこへ行った。連合の顔色を伺っているようでは風は起きない。自党の当選者数を微増させることにしか興味がない様に見える。志位委員長と山本太郎代表と3人で接戦区の応援に行き大きなうねりを起こしてほしい。投票率を上げ無党派層を取り込まなくては勝てない。
明日から若井俊也、西村匠平、壼阪健登ら若いミュージシャンが1週間色々なセットで演奏してくれる。ライブには来てほしいが選挙にも行ってほしい。日本の将来が掛かっている。

選挙と報道

半世紀前巨人が全盛期だった頃、他チームのフアンから半分やっかみの恨み節が漏れていた。
「巨人は10人で試合をしている」と言うのだ。10人目は審判だ。王がバッターボックスに入っている。ストライクともボールとも判断付かないきわどい球が来る。王は見逃す。審判は一瞬迷った挙句「ボール」とコールする。あの選球眼の良い王が見逃すのだからボールのはずである。と言う落ちである。
前回のNHK日曜討論で令和新選の山本太郎氏が消費税減税は可能であるという説明をしていた。法人税減税額と消費税が殆ど同額であるというクリップボードを提示した時カメラが切り替わりそれを写さないカットに変わった。山本太郎氏はそれに気づき体の向きを変え側面のカメラにボードを提示し「ちゃんと映してください」と要望した。その数字は自民党が隠しておきたい数字だったからだ。自民党は審判NHKもチームに入れ10人で野球をしている。
島根選挙区の話である。この選挙区は元官房長官長老自民党・細田博之氏VS立憲・亀井亜紀子(あきこ)氏の一騎打ちだったはずだった。ここに主婦で無所属の新人亀井彰子(あきこ)氏が突然立候補した。新人亀井彰子氏は300万円の供託金を支払い、選挙後半戦になっても第一声がない。立憲亀井あきこ氏は記名方法を「あきこ」から「亜紀子」に変えざるをえなかった。同姓同名の場合「亀井あきこ」表記分は比例配分されるからだ。明かに選挙妨害である。
これはロシアで行われた選挙妨害と同じで民主主義国家から後退している証拠でもある。ロシアサンクトブルク市議会選では同じ名前の人間が3人立候補し顔まで似ているおまけがついている。
Dappiと言うアカウントは個人を装っている。しかし自民党の金が流れている法人組織であり今回の選挙前にも河合夫妻の贈収賄事件の世論操作にも関与していたことが分かってきた。国会の代表質問でも取り上げられていた。ところがDappiなる言葉は大手新聞、テレビには全く取り上げられることがない。政権与党が「汚い世論操作」をしていた事実が次々と明るみに出ている時、「選挙に悪影響が出るといけないから報道を控える」という態度は、本末転倒である。多分年配の方はDappiなどと言う用語は知らないで選挙に行くはずである。選挙後のバラエティ番組化した選挙速報はいいから現在の問題点をちゃんと国民に知らしめる報道をしてほしい。
「タカ&トシ」もギャグを変えなくてはならない。「欧米か」ではなく「ロシアか」の方が相応しい。
公約が与野党の「ばらまき合戦」という報道もあるが意味合いが違う。例えば公明党の「18歳以下の子供のいる家庭に10万円支給」という公約がある。公約の中身の是非はさておく。なぜ今なのかである。野党の公約なら話は分かる。公明党は連立与党の一翼を担っている。何時でも施策はできたはずである。それは票を金で買う行為に等しい。
キャバクラに行くとする。60分飲み放題である。55分くらいたつと手を取って太ももに乗せてくれる。そして耳元でささやくのである。「ねえ、延長してくれない」むせるような香水の香りに幻惑されながら思うのである。「なぜ今なのだ、入店した時、太ももくらい触らせてくれてもいいのではないか」と・・・・
そろそろ大人に「 Dappi脱皮」しなくてはならない。

ま・く・ら

「談志が死んだ」という回文があるが今回は柳家小三治である。一落語ファンとしては残念である。残念ではあるがあまり寂しくはない。辛気臭くなっても噺家に失礼な気がする。談志は落語とは「業の肯定である」と一言で要約してしまった。死と言う現実も和田アキ子流に「笑って許して・・」で済ましても怒られない気がするのである。ある時布団に入ってから眠りに入るまでの時間がもったいないと思うようになった。年取って命根性が汚くなったせいである。まず本は論外である。電気がついていると寝むれないし、昼、嫌になるほど読んでいる。目は休ませなければならない。音楽も寝つきが悪い。ロックは勿論だめだがジャズも気になって眠れない。良く分からないクラッシックは寝るためにはジャズより有効だ。フランス語の朗読も向学心が頭をもたげてくると頭がさえてくる。そこで落語に行きついた。テンポの速くない滑稽話がよい。柳家小さんの「将棋の殿様」とか古今亭志ん生の「寝床」なんかを聴いているといつの間にやら笑いながら寝ている。時々こういう風に死ねたらなあ・・・と思うのである。
ここまでがまくらである。柳家小三治はまくら話の名人でもあった。僕が生で落語を聴いた唯一の師匠が柳家小三治である。山下洋輔トリオとのコラボと言う凄い企画であった。小三治が話す。それに反応して、たぶん反応しているのだと思う。トリオの演奏がある。その演奏を話でひろう。・・・その繰り返しでことは進行する。まくらの話は今でも覚えている。バイクに乗ってツアーした時の話であった。小三治はバイクも音楽にも詳しい。勿論正当な古典落語をちゃんと聞かせる高座も務めるが先のような企画や自分で歌を披露しながらの高座と言う新しい試みにも挑戦する師匠でもあった。
ジャズミュージシャンには落語フアンが多い。小山彰太さん、林栄一さんなど。なぜ多いのか考えてみたい。落語も同じ「禁酒番屋」であっても演者によって全く違う。お客さんの反応で高座の出来が変わるなどジャズと共通する要素が多い。山下洋輔さんのように落語の「寿限無」を曲にしてしまった例もある

落語家による推薦著作
「ま・く・ら」柳家小三治
多彩なまくら話を一冊にまとめた本。落語を聴くように読める。
「談志が死んだ」立川談四楼
談志門下には筆の立つ師匠が多い。談志が死んだ時の顛末を弟子の談四楼が小説にしてしまった。談志の戒名は「立川雲黒齊家元勝手居士」うんこ臭いと読む。
「現在落語論」立川吉笑
若手落語家が現代における芸能の生き残りをかけて落語とは何かを問い直した論考
「落語的学問のすすめ」桂文珍
関西大学での講義をまとめた本。こういう講義なら絶対眠くならない。試験は創作落語を作ってもらう事。それを文珍が演じて笑いが多ければ「優」

ネット工作

毎日数人のツィッターを読んでいる。作家、学者、ジャーナリストが多い。フォロワーとしてミュージシャンの意見を目にすることもあるがその種の情報を集めることが主目的ではない。その筆者が良くリツィートしている人が「この人がお勧め」みたいなコーナーに出てくる。ある時良く分からないで設定を変えると「お勧めコーナー」に全く意見を異にする百田尚樹や竹中平蔵が出てくることが有った。今考えると頻繁にアクセスして違うアカウントに導く行為ではなかったのかと思う。
Dappiなるアカウントでネット世論工作を行っているのではとの疑いがある。国会の代表質問でも取り上げられていた。このアカウントは個人名義ではなくウェブサイト制作会社の程を取っている。株式会社ワンズクエストと言う名前までは分かってきている。ここに自民党から大金が流れ込んでいるのである。もし与党が金と引き換えに現政権に好意的な世論形成の裏工作をしているとしたらロシア、中国と同じである。民主主義が維持されている国であればトップの辞任は当然であるが新聞テレビの反応が全くない。眞子さまの結婚話ばかりである。
実際の選挙戦でもデマ情報を流し野党共闘体制の足を引っ張っている。公明党の山口代表は「共産党は天皇制を否定している」と発言し甘利幹事長も今回の選挙は「民主主義を選択するのか共産主義を取り込むのかの選択だ」と選挙の争点を全く違うところに持っていこうとしている。勿論贈収賄の件はほっかぶりしての話だ。「盗人にも三分の理」と言うがこの人に「民主主義」と言ってほしくない。共産主義を収容所が至る所にあったスターリン時代のロシア、文化大革命時代の中国、或は知識人が皆殺しにされたポルポト政権下のカンボジアをイメージする様仕向けている。ある学者が志位委員長に「共生党」みたいな名前に変更してはと提案したが志位委員長は丁寧にしかも断固として断ったと聞く。小林旭ではないが「あなたがさがしてくれるの待つわ・・・♫昔の名前で出ています」と言う事だ。連合の女性代表芳野氏も野党共闘に水を差す発言を繰り返している。そんな中、you tubeで心強い動画を見た。芸能人が連帯して選挙に行って政治を変えようと言っているのである。知っている芸能人は二人しかいなかったがアッパラパーだと思っていたローラも名前を連ねている。一気にローラのフアンになる。地下鉄でローラが映っている中吊り広告を見るが確か永久脱毛サロンだ。応援はしたいが黙っていても抜けるので必要ないかな・・・投票率が変われば日本は変わると信じている。政権担当能力はあるのか・・とも言われている。ここまで我慢したのだ。多少のごたごたは大目に見る。
ライブハウスでも拙い演奏はある。誠意をもって演奏してくれると愛情を持って聞くことができる。そうこうしているうちに良い演奏家になることもある。良いリスナーと良い国民はそんなに差がないと思っている。

給付金と内部留保

給付金と内部留保
企業の内部留保が480兆円になる。960円のエビフライ定食を毎日食べたとしたら何年食べ続けられるか計算すると良い。僕には暇がないのでまだ計算していないが・・・。その原資は税制の直間比率の是正という名目で行われた法人税の減税である。そしてその穴埋めに徴収されたのが消費税でその75%を賄っている。福祉の為に使うと言う号令は真っ赤な嘘である。我々が豆腐買ったり醤油買ったり、時にはエロビデオ見たりしてコツコツ払った税金である。財務大臣は「経済を回す」という。だが消費税と言うのは消費することへの罰則と言う側面がある。煙草の例が分かりやすい。煙草をやめる理由は健康の為が一番多いがどんどん上がる金額にもある。1960年代の7,8倍の値段になっている。こんな体に悪いものを吸う奴には重税を課してやると言う戒めである。だから消費税には福祉の為と言う綺麗な衣装を着せて町の置屋に出しているのである。財務大臣は言う。「消費に回らず貯蓄に回った」10万円の給付金を出した際のコメントである。だが企業の貯蓄「内部留保」は手つかずで残っている。減税分は株式配当と内部留保である。株式など金融資産の運用で生活する富裕層はごく一部である。そしてそこには分離課税で最大20%までと言う税制の優遇がある。コロナ禍にあっても従業員の給与あるいは設備投資には全く回らなかった。経済が回る筈はない。
10月15日に緊急事態宣言が解除になり通常営業はできるようになった。
休業や時短営業の際は給付金が出る。Lazyの様な零細な店は一時的に給付金成金状態になる。ところが曲は簡単には終わらない。思わぬところにコーダマークが付いているのである。休業している時、収入はゼロである。それでも家賃光熱費など固定経費はかかる。それを給付金で補填して生活している。ここ二年店の営業収支は大赤字である。普通は給付金で補填して残った部分に課税されると思うのである。ところが営業収入の赤字はそれはそれとして・・・・給付金全額に雑収入としての税金がかかるのである。貧民層へのある意味で分離課税である。勿論国保、僕の年だと介護保険の算定基準にも関係してくる。今日のNHK日曜討論で立憲の福山幹事長がそのことに触れていてくれた。僕はここ一年半給付金を内部留保としない方針でやって来た。具体的に言うと月一回は東京のミュージシャンを呼び地元のミュージシャンとの交流の場を設ける。一回の企画で1週間単位になることもある。交通費、宿泊費が掛かる。その部分だけ考えると大赤字になる。何もしないで息を殺して生活するのが一番長生きできる方法だとは知っている。だが店の延命だけを考える生活は楽しくない。来年の4月の周年記念まで大催しのスケジュールは決めた。三年ぶりの米木康志、本田珠也のコンビネーションを味わい尽くす企画である。コロナ状況にもよるがここまで支えてくれた方々に恩返しをする日を作りたいと考えている。そこまでは何としても頑張るつもりである。店が桃色吐息状態になろうとも・・・。あれ色が違う・・青色吐息だ。最近目も弱って色弱傾向がある。

デジタル革命

 

つい最近までガラ携を使っていた。少数民族の気持ちが少なからずわかる。

4日前思い切ってスマホに変えた。「来年の3月で現在使用している機器は使えなくなります」という案内が毎月来ていた。現在乗り換えるとそこそこのスマホ本体が無料になるらしい。電話とメールしか使わないのであと半年頑張っても良かったのだがここ一年半困ったことが時々あった。休業補償の申請をする際告知状況を写真で添付しなければならないのだ。毎回撮影班のM山に写してそれをプリントアウトして持ってきてもらっていた。税務署まで同行してもらい確定申告書類を写してもらったこともあった。温厚なM山は怒りはしなったが「写真くらい、自分でできないですかね」と顔に書いてあった。それがどうだ。今は自分で映してパソコンに転送してそれをUSBメモリーに移し替えコンビニでプリントアウトできるのだ。「散切り頭を叩いてみれば文明化開化の音がする」と言う経験を実感している。

最後まで添い遂げてくれた電話機はバッテリーが弱っていて電源がない所では使えなかった。持ち運びができる軽量の家電と言ったほうが適切であった。それが今なら外でも電話がかけられる。「今外から電話しているのだけれど・・・わかる」と思わず自慢したくなってしまう。

ガラケー携帯は契約から設定までT恵がやってくれたものなので廃棄できない。

T恵は15年前lazyを手伝ってくれた子で26歳で亡くなった。亡くなる直前のメールもその中に保存されている。

ノーベル賞と国家権力

日本に生まれただけの真鍋淑郎氏がノーベル賞を受賞した。今前世界が直面している気候変動の予測モデルを発案した。日本に生まれただけのカズオイシグロがノーベル文学賞を取った時も日本人がノーベル賞を受賞したと報道された。国籍は日本ではない。日本人になった白鵬が年寄りになった時モンゴル出身といわれ細かい注文を付けられる。その根底にあるものは何か・・・・。皇室問題、難民冷遇にも通ずる日本人純潔思想を感ずるのである。
真鍋氏は言う日本での研究は気を使いすぎる・・・と。ここ最近ノーベル賞を受賞する日本国籍人(変な日本語だがしょうがない)も研究拠点を海外に求める。
日本国内ではすぐ金儲けに繋がる成果を得られない研究は冷遇される。感染症が爆発してからワクチンを開発する国になり下がってしまった。ネイチャーに発表される論文数も年々減ってきている。意欲のある研究者は海外に出ていかざるを得ない。教育研究は国家の根幹をなすものである。人材移転がどれだけの損失になるか気が付くべきである。大学が社会に出る予備校化し経済界の意向に左右される傾向にある。一番勉学に励む時期に就活に一年以上割かれる。当然レベルも下がる。学者も政府の顔色を伺う忖度学者ばかりになってしまう。日本学術会議任命問題にも通ずる問題である。
「ドクトルジバゴ」と言う映画がある。「アラビアのロレンス」と同じ監督デビット・リーンの作品である。ロシア革命時期の人間模様を描いた超大作である。語りどころ満載の映画であるがそれはいずれシネマレビューのコーナーに回すとして原作が描かれた当時の状況を述べてみたい。作者はパステルナーク。ノーベル文学賞を受賞した。冷戦下のソビエトで革命時期のロシアの内情を描いたとしたら発禁カイロは免れない。だが「決して戸は開けないでください」と言われると開けたくなる「鶴の恩返し」状態になり本は読み継がれた。その裏ではCIAがパステルナークにノーベル賞を取らせるべく暗躍していたという。概して禁止するより好きにさせたほうが良い結果になるものだ。パステルナークへの当局からの締め付けは厳しく授賞式に出席した場合には家族の安全は保障しないと脅された。結局パステルナークは出席を諦めた。その賞金も本人には一ルーブルも渡ることなく特許許可局国庫局(書くのは簡単だ)に収められた。

新腹立ち日記 忘却篇

「忘却とは忘れ去ること也・・忘れえずして・・・」と言うナレーションで始まる連続テレビ小説があった。その時間帯になると銭湯がガラガラになったという。「君の名は・・」である。日本の金メダルラッシュで東京オリンピックが終わった。終わったのは競技であり残務整理はこれからである。柔道の金メダリストの名前を上げられるだろうか。僕は一人も言えない。残った負債の処理の仕方についてこれからこっそり話されるはずである。そして最後には我々の所にジョーカーが回ってくるのである。どういう名の税金になるかは分からない。だがファッションショーと同じで服だけ替わりモデルは一緒である。新内閣のメンバーが発表になった。五輪担当相もいる。堀内詔子という方だ。ワクチン担当大臣も兼務しているので五輪の方はほとんど話題にならない。汚点は名もない難民のように闇から闇へと葬り去られてしまうだろう。札幌は冬季五輪にエントリーしている。検証結果だけは国民に提示してほしい。「まあ終わったことは、それとして又札幌でパッと盛り上がりましょうや」と言うのは止めにしてもらいたい。
前デジタル担当相の名はまだ記憶にあるかもしれない。平井氏である。「デジタル武士道」なる珍説を開陳した人である。NTTから過度の接待を受けた。ところが公になると後から割り勘にしたから問題ないと言い出した。この論理が通用するなら万引きもばれたら後から支払えば問題なくなる。こういう輩も一定の期間を置くと一線に復帰するから注意しなくてはならない。今の閣僚党役員にも禊議員が何人もいる。まず甘利幹事長。刑事訴追をうけながら睡眠障害を理由に国会では一切説明責任を果たさなかった。下着泥棒疑惑で取り調べを受けた人物までいる。この国ではヤクザの手打ちのように「終わったことは水に流そうや」というしきたりが蔓延している。
ライブでもある。毎回同じことができなくても許される。残念ながら僕は覚えている。

アマリヤ・ロドリゲス ファドの女王

岸田文雄新総裁が誕生した。生簀の中のボスを決める戦いではあったがまあ予想通りのコード進行であった。気にくわない質問には答えず「次の質問どうぞ」と繰り返したり市民団体からの質問には開封さえしないで返却する河野太郎や極右思想の持主の高市早苗でなくて取りあえずよかったと思ったのもつかの間・・・。その組閣の要職の人選を見るとがっかりしてしまう。I got rhythmのコード進行を借りたoleoの様な内閣である。はっきりいえば第4次安倍政権である。Oleoならまだ許せるが「俺俺」と次の機会を狙っているのが安倍前総理と言うシナリオが現実味を帯びてきた。岸田氏は割と普通が分かる人と思っていたが実力ない人が総裁になるとこういう人事dindiをせざるを得ないかと思うとジョビンでなくとも失望する。2016年に大臣室で現金を授受した疑いがあり政治資金規正法違反で刑事告発され閣僚を辞任した甘利氏が幹事長。アンマリヤ・ロドリゲス・・・ヘドの女王。戦争好きの高市前総務相が政調会長。このポストは自民党の政策・法案の責任者である。と言う事は選択的夫婦別姓も同性婚もご破算と言う事である。女系天皇ももちろんない。麻生財務大臣は副総理で残り、河野太郎氏は広報部長と言う降格人事で第二の石破茂のように干されていく。「干され・フェリシアーノ」
岸田新総裁の新自由主義を見直すという方針は地味だが大改革である。小泉政権時に竹中平蔵が提唱し安倍菅政権の保守派と右派の共通思想になっているからだ。「数十兆円規模の経済対策」株主と従業員の配分格差、税制見直し、教育のベーシックサービス、介護士や看護師の給料引き上げなどは、野党の政策とおなじである。と言う事は衆議院選挙をにらんでの争点つぶしと言えるかもしれない。そうすると今回の総裁選の意義が見えてくる。誰を選挙の顔にするかという事である。自民党はそういう事に老獪である。
投票率が上がらなければ意外と苦戦するのではないかと心配している。

メルカリとメルケル

「世の中は澄むと濁るで大違い刷毛に毛があり、禿にけがなし」と言う戯れ歌を想い出した記事があった
高市早苗議員の著書『美しく、強く、成長する国へ』が未使用新品を含め大量にメルカリに出品されている。この手の事は良くある。安倍晋三のヨイショ本がアマゾン売り上げNO1になったこともある。そして支持者に配られほとんど読まれずにメルカリに流れる。金がある陣営は特定の本を爆買いしアマゾンや大手書店のランキングを操作する。本屋に行くと判るのだがその手の本が平積で目に付くところに配置されている。今の様な選挙間近になると金がある陣営の不自然な規模の広告を目にする。何となくその陣営が有利である様なデジャブ現象に陥らせる。公共電波を使っての自民党総裁選の報道も、もはや宣伝である。
自民党総裁選の勝者が国会で首班指名されるだろう。それをメディアが軽々に「次の首相を事実上決める自民党総裁選」と報じることの「既成事実」感、刷り込み効果こそ政権側の術中。その「不自然さ」に気づけるかどうかが、知性だと思う。
2005年に首相に就任以来、16年在任したメルケル。16年首相をやっても、不正や権力私物化の話が全然出てこない。これが「先進国の首相」。身内優遇やりたい放題の日本の現首相や前首相とは潔癖さが全く違う。世の中は澄むと濁るで大違いとはこのことだ。
著作物がメルカリに流れることなどないメルケルは35年間言論の自由の無い東ドイツで育った。だから人一倍自由に議論を出来る場を大切にしている。河野太郎議員のようにツイッターをブロックすることも無い。科学者でもあったので専門的知見に基づいた政策を打ちだす。緊急事態宣言が9月で一応終わる。なんか良く分からないが感染者数が減ったからである。良く分からない理由で減ったので又増えるかもしれない・・・と言う事で北海道の時短はまだ続くようだ。お御籤ひいて決めてるのかと言いたい。
昔「監督があほやから野球できへん」と言った阪神の選手がいたが我々もそろそろ「総理があほやから生活できないべやー」と声を上げても良いのではないか。
僕もマスターがアホやから仕事ができないとミュージシャンやバイトから言われないようにそれなりに努力はしている。それなりに・・・