2019.4.10~13 14周年 連夜の三小説

これまで3月アタマに設定されていた“周年企画”は暴風雪に邪魔だてされてきたので、今年から少し後ろの“It might as well be spring”の日程に切り替えられた。お陰でウェザー・リポート確認の神経戦からは解放されることと相なった。連夜のライブを以下、三小説にまとめた。
2019.4.10 田中朋子(key)岡本広(g)米木康志(b)
‘80年代から夫々を聴いてきた。この組み合わせはここのところ年一で実現しており、感慨を凝縮してくれている。この日の臨戦態勢をお知らせすると、田中はピアノとピアニカの二刀流、岡本はギター・デュオ以外では珍しいエレアコ、米木は勿論ナマ音である。このトリオの面白さは、是非は別として田中と岡本が米木に対して人一倍敬意を払っているため、演者でありながら客のようでもあるところだ。米木がいつもより二歩前という危険な位置なので、ナマ音が田中と岡本を幾重にも包囲するかのようであり、それが札幌レジェンドの意気込みを押し上げていたことを伝えておく。演奏曲は「ハウ・ディープ・イズ・ジ・オーシャン」、「ヒア・ザット・レイニー・デイ」、「ケアフル」、「ベイジャ・フロー」、名曲「ヴェガ」「ウイッチ・クラフト」等。なお、アンコールはフェリーニの道から「ジェルソミーナ」、ピアニカの音色が人間の無垢に届いていたのではないか。
2019.4.11 荒武裕一郎(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 荒武はこの一年余りでかなり当地での知名度を上げて来た。初登場となった昨年の冬の終わりに本文冒頭のごとく吹雪による飛行機の遅延で、その日は1ステのみに終わった。歯切れのよいタッチと本田竹廣さん直系のブルース感覚はこのピアニストの個性を印象付けるに十分なものであった。本人は今でも“申し訳ない”と思っているが、不可抗力を跳ね返した鮮烈な演奏が荒武のLBデビューであった。今日の演奏曲は荒武精神が全開の「ユー・アー・マイ・エブリシング」、「ラブ・ユー・マッドリー」、「アイ・フォーリン・ラブ・トゥ・イージリー」、「シー・ロード」、「ビューティフル・ラブ」、「オール・ブルース」、「閉伊川」、「イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー」等である。ここでは多くを触れないが、毎回演奏している自作の「閉伊川」は、周年記念ならではの日々編成の流れが変わる展開となって、このトリオが明日の豪華絢爛カルテットへと繋がっていくことになるのである。
2019.4.12-13 池田篤(as)荒武裕一郎(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
池田についてはこれまで何度もレポートしてきた。30年くらい前から聴いてきた意識の連続性は、大体同じことを書かせてしまうのだが、かろうじて差異を持たせてくれるのは、今回はやらなかった「フレイム・オブ・ピース」が演奏された6、7年前ぐらいを境に、それまでにないものが付加されていると思い始めたことが大きい。感動に質的変化があったと言ってもいい。それは池田と楽器との同一性から生まれる音であって、純粋に彼が今日を制している音のことだ。池田が病を克服して来たことと彼の演奏を過剰に結びつけることを本音ではしたくないと思っているし、そういう聴き方は邪道だとする指摘もがあるかも知れない。しかし、感傷的と言われようが何と言われようが、いま池田の演奏にはサイドメンの他に彼の人生の内側が伴奏していると思うと、込み上げてくる特別な感情を排除することはできない。知られているとおり、この第一人者は若い時から圧倒的なプレイを展開してきたし、その価値は決して朽ちるものではないが、筆者はここ数年の中で池田最大の聴きどころ見つけたと思っている。と同時に身を削るように吹き出す池田を案じてもいる。ところで、長らく池田を聴いてきたことは既に述べたが、これは年数自慢の話ではなく初聴きの人にとっても池田クラスになると、十分胸を打たれるだろうことには語気を強めておきたい。少々思いが入り過ぎて来たので、ちょっと会場を覗いて見るとしようか。満席にぶつけて来たのはH・モブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」、バップ系の曲に熱を通すのはお手のもの、いきなり汗がほとばしる快演でスタートした。バラード「アローン・トゥギャザー」と「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」、は池田にとって最高の仕上がりかどうかは分からないが、しなやかな弱音は最高に染み入る演奏であった。池田作の「ブレッド&スープ」、序盤はほのぼのとしているが、段々と火加減が強められて、パンもスープも一級の味で提供された。本田さんの「シー・ロード」は四者の一体感が大気圏に再突入するアポロn号が受けた引力のように我々を引き込む歓喜の調べ。次の「ブルース・オブ・ララバイ」は多分池田の曲と思われるが、濃い口のスロー・ブルースが場内に充満していく。「エヴィデンス」の逸話として、かなり前に北海道ツアーした時にセシル・モンロー(ds)がこの曲を知らず、しかし一瞬のタイミングも外さずやりきったという思い出が紹介された。この日のもその一瞬のタイミングの完全試合。そして荒武トリオ欄で予告した「閉伊川」。実は、前乗りで来ていた池田が前日のトリオ演奏の後半に顔を見せた時、偶然、今回初共演する荒武の「閉伊川」を耳にしたことが切っ掛けで、カルテットで演奏することになった。池田の音色によって岩手県宮古市を流れる閉伊川は、一地域の流れに留まらぬ深みを得たように思う。両日ともトリを取った曲は、辛島さんに捧げた「ヒズ・ウェイ・オブ・ライフ」。混然一体の中を疾走する池田が、俗人の雑念を一掃してくれた。熱い演奏、スリル満点の演奏、創造性溢れる演奏、どれも当たっている。アンコールは初日が「イット・クッド・ハップン・トゥ・ユー」、翌日は「インナ・センチメンタル・ムード」。池田のバラードは文句なしに素晴らしい。けれども音の出るレポートを書けないのは文句なしに悔しい。
 終演後、抜群のコンビネーションを見せつけたこのメンバーによるライブは、ここ以外では実現しないだろうと、その貴重さに思いを馳せていると、視線のあった池田がニコッとしてくれた。にもかかわらず筆者は池田にではなくカウンターに向かって“お愛想”をしてしまった。
(M・Flanagan)