我が青春の13枚 vol4

この企画は筆者の素性が分からないと面白味が半減する。筆者を紹介する。嘉屋雅之はgroovy時代からの常連で30年以上の付き合いである。僕が主催していたワークショップjazz幼稚園のベースでもある。こう書くとゴリゴリのジャズフアンかと思われるがそうではないことがラインナップで判明することになる。

1.ビートルズ
『オールディズ』
2.ローリングストーンズ
『ゲットヤーヤ ヤーズアウト』
N○○で`76年のパリでのライブを観て、ストーンズの存在を知り、購入。
ミック テイラー加入間も無い頃の演奏で、若い。
3.カール リヒター来日記念
バッハ オルガン デラックス
『トッカータとフーガ』
五番館のレコード売場で発見し、購入。
4.ローリングストーンズ
『ラブ ユー ライブ』
2に記載のパリライブ。
5.ローリン マゼール指揮
『ツゥラトゥストラはかく語りき』
「2001年」を見て つい買って しまったアルバム。
6.ジャコ パストリアス
『ジャコ パストリアスの世界』
インタビューで「俺は世界一 のベーシストだ」と言ってい
るのを見て即購入。
その後、ウェザー リポートにはまったきっかけの一枚。
7.ローリング ストーンズ
『サム ガールズ』
この後ストーンズとビートルズ関連を相当枚数購入しているが、省略。
8.ローリン マゼール指揮
『展覧会の絵』
9.ジョルジ シフラ
『リスト リサイタル』
10.トム ロビンソン バンド
『パワー イン ザ ダークネス』
シングルカットされた曲がヒットし来日。
札幌では「教育文化会館」のホールで演奏。
初めて行ったライブ。
11.フランク マリノ アンド
マホガニー ラッシュ
『ライブ』
当時、ジミヘンの再来と言わ れていたギタリストの一人。
12.ストラングラーズ
『X CERTS』
ある方面から入手した 試聴盤。
13.ELP
『恐怖の頭脳改革』
同級生から格安で購入。

おまけ(シングル)
キース リチャーズ
『ハーダー ゼイ カム』
シド ヴィシャス
『マイ ウェイ』
by M.K
master’s comment notice
ストーンズとジヤコのフリークであることは知っていたが1枚目にビートルがあげられていたのは意外であった。飲み屋ではビートルズかストーンズか、ロリンズかコルトレーンか百恵ちゃんか淳子ちゃんか、味噌ラーメンか醬油ラーメンか・・などは格好の話題になる。その際ビートルズに肩入れした事はないと記憶している。クラッシックのアルバムが何枚か選ばれている。御幼少の頃ピアノを習っていたような話を聴いたことがある。実は高貴なお方なのかもしれない。どうでもいいことであるがストーンズのパリ公演を見たN○○とはどこのことであるのか気になる。最初にNの文字が飛び込んでくるのでニューヨークかと思ったが一文字多い。伏字をしなければならないやばいところなのか。五番館のレコード売り場というのも昭和を感じさせる場所である。初めていったライブの話も初耳である。大体トムロビンソンバンド自体知らない。知らないだろう奴に初ライブの感動を話したところでケチがつくと思ったのかもしれない。

我が青春の13枚 vol3

印象に残っているアルバムをできるだけ時系列で選んでもらう新コーナーである。選んだ13枚でその人物の思想信条、趣味嗜好、美学など大胆に推論してしまうことができる。今回はピアニスト本山禎朗の登場である。

1.Colorful /ポケットビスケッツ
2.ギリギリchop /B’z
3.憂愁のノクターン /フジ子・ヘミング
4.ザ・ビートルズ1 /the Beatles
5.Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band / The Beatles
6.Abbey Road /the Beatles
7.Fantasia /Eliane Elias
8.Big Machine /B’z
9.House of strings /松本孝弘
10.海洋地形学の物語 /Yes
11.華麗なるクラリネット・アンサンブルの世界Ⅴ /東京クラリネットアンサンブル
12.Clapton Chronicles: The Best of Eric Clapton /Eric Clapton
13.At the Momtreux Jazz Festival /Bill Evans

1.TVのバラエティ番組内のユニットによるアルバム。お笑い好きです、関西人なので。

2.初めて買ったシングル盤、ファンクラブに入っていました。

3.YAMAHAの教材以外で初めて聴いたクラシックのアルバム。ラカンパネラに感動、後にリサイタルに行きました。

4.両親の影響でビートルズが好きに。

5.世界初のコンセプトアルバムと聞いてワクワクしながら聴いてました。

6.どの曲も好きですが後半のメドレーがドラマティック。

7.ジャズに興味を持ちはじめた時に聴いたのですが当時はイパネマの娘が難しいキーだな、とPonta di areiaが耳に残った、くらいの印象。

8.リアルタイムで聴いていたB’zの作品では1,2を争うアルバム。

9.ロックでストリングスとのコラボを初めて聴いたアルバム、と思ってたけどとっくにビートルズのEleanor Rigbyで聴いてましたね。

10.クラシック以外にインストでこんなに長い演奏あるんだ、と思ってましたがジャズでは日常茶飯事ですね。

11.バスクラリネットを吹いてた吹奏楽部時代に購入、このCDでMistyを知りました。

12.ベスト盤、受験勉強中ずっと聴いてました。Change the World。

13.高校の同級生に教えてもらったピアニスト、大学のジャズ研に入って初めて買ったアルバム。
Master’s comment notice
本山の演奏は学生のころから聴いているので音楽遍歴はある程度知っていたが並べてみると興味深い。ソロピアノではよくビートルズの曲を弾いていたが数枚入っているのを見て影響力の強さを感じる。フジコヘミングとイエスの話は初耳だ。Mistyは本山の十八番であるが知ったアルバムがエロル・ガーナーでないんかい・・と突っ込みを入れたくなるようなアルバムである。13枚目にやっと正統ジャズアルバムが出てくる。プロのミュージシャンが皆幼少のころからジャズ一筋なわけではない。余談であるが本山はクラプトンのアルバムを聴きながら受験勉強に励んでいたようであるがここから本山の英語能力を推察できる。英語のリスニング力がつくと英語の歌詞を理解しようと脳が働いて英文解釈などの時は能力が減じられるという学術成果が発表されている。ということは本山にとって英語はスワヒリ語と同じ位わからなかったという結論が導き出される。
受験勉強の時は3のフジコヘミングをかけるべきであった。

我が青春の13枚 vol2

1 焼きウインナーサンドイッチ  マザーズオブインベンション
2ヘアー オフオフブロードウエイオリジナルキャスト 
3 スイッチオンバッハ wカーロス
4フーガの技法 Gグールド 
5リフレクションズ  ニューヨークロックンロールアンサンブル
6 季節外れのバレンタイン 高橋アキ
7 ソフトマシーン サード
8 ライブアットビレッジヴァンガード Jコルトレーン
9セロニアス・ヒムセルフ Tモンク
10 ラジオのように ブリジットフォンテーヌ
11 インオールランゲージ Oコールマン
12 タンゴゼロアワー Aピアソラ
13 イエローシャーク アンサンブル・モデルン
アバウト13
1 最初に買った輸入盤LPアルバムジャケットはドルフィーのレコード用に描かれた物だそうです。
2 最初に買った国内盤でおまけのアポロ14号の交信記録が欲しかった。
3 シンセサイザー(モーグ3)を初めて聴いた。ライナーをグールドというピアニストが書いてたので
4を買ったがオルガン 探すと高橋悠治がシンセサイザーでやってるのを見つけた。悠治は86にピアノ盤も出した。
5 作曲のマノス・ハジダキスは日曜は駄目よのギリシャ人NYR&REはジュリアードでのロックバンドでブランデンブルクに歌詞をつけたレコードを出してた。
6 美術手帖のロック特集にプリペアド・ピアノによるMデュシャンのための音楽のソノシートがついててケージを知る アキは前出の悠治の妹。
7ソフトマシーンは元はヒッピーサイケロックだったがⅢからEジャズ化する。それでジャズを聴き出すと
8 年代は逆流してるのだがリアルタイムの音楽を聴いてる気分だった。
9 ラウンドミッドナイトインプログレスという30cm45回転盤を聽いて前衛音楽だと思った。
10はリアルタイムのジャズでサラヴァレーベルではナナvのビリンバウを聽いて!!したもんだった。
11 もちリアルタイムのプライムタイムと50年代のカルテットとのSF的ブッキング!
12 アメリカンクラブェからのファースト この後セントラルパークライブでGエバンスが大絶賛する。
13 ザッパの生前最後のアルバム93年ザッパに始めまったのでザッパで終ろう。
トリビア13
1 次のいたち野郎は国内盤が発売されたB面1曲目はエリックドルフィーメモリアルバーベキューというタイトル。
2 ヘアー アクエリアス グッドモーニングスターシャイン イージーツゥービーハード レッツザサンシャインインなどのヒットが沢山生まれた。
3 ウォルターカーロスは後に性転換してウェンディと変わる。(故人)
4 グールドとグルダは私の時代には単なるピアニストでなくカルトヒーローだった。
5 NYR&REのリーダーのMケイメンはロス5輪の音楽監督 クラプトンをソロイストにしてギターコンチェルトを作曲。
6 ケージはサティを同時代人だと考えてた。 高橋兄妹もサティアルバムを沢山だしてる。
7 ソフトマシーンとはバローズの小説のタイトル。
8 またはRカークかプーサン、それじゃただの好き嫌いになってしまうか。
9 デビューしたてのディランがモンクにフォークをやってるというとモンクは我々は皆フォーク(民衆)音楽だ。といった。
10 同時代ではAシップのヤスミヤ
ブラックウーマンやDチェリーのミューが鮮烈だった。
11 2007にコールマンはピューリッツァー賞を貰った。2016にはヘンリースレッドギル。ジャズでは3人目。
12 ピアソラのラストアルバムはバンドネオンコンチェルトで指揮者は5のハジダキス。
13 ザッパは死後もレコードは沢山でている。ピアソラほどではないがクラッシク畑でも取り上げられている。
By 山本実

Master’s comment notice
山本さんはこの企画の発案者である。groovy時代からの常連でlazyの内装を担当してくれた人でもある。博覧強記のリスナーでラインナップからもそれが分かる。

我が青春の15枚

昔レコード芸術という月刊紙が発行されていてその中に「我が人生の15枚」みたいな印象に残っているレコードを時系列で紹介するコーナーが有ったらしい。著名アーティストが毎月掲載されていてクラッシックの大御所がjazzのアルバムばっかり聴いていたりする。意外な面が診れて面白いのでブログでやってみたらどうかと言う提案が有った。トップバッターはライブレポートを担当している牛さんにお願いした。
1960年代中期
1.のっぽのサリー(ザ・ビートルズ)※1966年、初めて買ったレコード
2.ダイヤモンド・ヘッドほか3曲(ザ・ベンチャーズ)※33回転のお得用ドーナツ盤
3.花はどこへ行ったほか3曲(PPM)※33回転のお得用ドーナツ盤
4.帰ってきたヨッパライ(ザ・フォーク・クルセイダース)
5.青い影(プロコルハルム)

1970年代前期(LP時代)
6.ライブ・クリームⅡ ※ホワイト・ルームほか収録
7.原子心母(ピンク・フロイド)
8.フォー・ウェイ・ストリート(CSN&YのLIVE盤)
9.イート・ア・ピーチ(オールマン・ブラザース・バンド)
10.ザ・ペンタングル( ザ・ペンタングル)
11.プラネット・ウェイブ(ボブ・ディラン)
12.ツェッペリンⅡ(レッド・ツェッペリン)
13.魂の道のり(ヴァン・モリソンのLIVE盤)
14.ロック・オブ・エイジズ(ザ・バンドのLIVE盤)

1970年代中後期以降
15.(ほぼJAZZ、他の分野は僅かしか聴いていない)
Master’s comment notice
これは面白いラインナップになった。今ではjazzに一家言を持っている牛さんが選んだアルバムがフォーク、ロックばかりになった。僕も同じ世代なので知らないアルバムはない。何がきっかけでjazzの一本打法になったのだろうか。

追悼 臼庭潤

8月19日臼庭潤の13回忌である。牛さんとjazz roots 臼庭Tシャツの正装で2010年8月9日のat lazybird音源を聴く。伝説の田中朋子5である。田中朋子、臼庭潤、津村和彦、米木康志、セシル・モンロー・・・。既に3人が鬼籍に入っている。現在田中朋子は指のリュウマチに悩まされながら活動をしている。米木もコロナに感染し療養中であった。だからこそこの日の燃えに燃えた演奏をいとおしく思うのである。このCD何度聞いただろうか・・・・もう傷んで音飛びがするが聴けるところまで聴いた。1曲目ベラクルーズ。臼庭のフレーズは完全に歌える。田中朋子も生涯のベスト演奏をしている。臼庭を生で初めて聴いたのは古澤さんのツァーであった。・・・らしい。臼庭には悪いがこの時の印象があまりない。はっきり覚えているのは渋谷オーケストラである。だがこの時もサックス陣には松風さんや峰さんもいるのであまり期待はしていなかった。ところが魅せられてしまった。良く歌って楽しいとサックスと感じた。それから頻繁に来てもらうようになった。当時僕が主催していたjazz幼稚園のゲストでもよくやってもらった。臼庭とは込み入った音楽の話をすることはあまりなかった。何か照れていると感じた。それで打ち上げでは牛さんも交えて3人で他の人からは白い目で見られながら延々と駄洒落を言い合う事となった。それでも心は通じていた。臼庭は世界中の中でライブレコーディングの場所としてLazyを選んでくれたのだから。
合掌

「朝日のあたる家」問題

jazzの歴史に言及した本に「朝日のあたる家」について述べた一節が有った。僕は中学生の時にフォークソングやっていてこの曲は歌ったことが有る。ラジオから流れるジョーン・バエズの歌で覚えた。ボブ・ディランも歌っていたらしいがあまり記憶がない。jazzを聴く様になった今はニーナ・シモンの名唱も知っているがジョーン・バエズの後はアニマルズがヒットさせたのでエリック・バートンの歌で甦ってくる。問題はこの歌の歌詞である。
There is a house in New Orleans
they call it the Rising Sun
And it’s been the ruin of many a poor girl
And me ,Oh God ,i’m One
口ずさむとこの辺の歌詞までは出てくる。歌詞は出てくる意味など分かってはいなかった。ニューオリンズの売春宿に身を落とした女性の歌である。はっきり言ってニキビ面の中学生には分かるはずもない世界である。だがジョーン・バエズの透き通るような歌声に騙されて歌っていた。アニマルズのバージョンではmany a poor girl をmany a poor boyに替えて歌っていると言う事だ。確かめようと思ったが又LPが見つからない。この歌詞を替えることに事によって現在のジャニーズ問題同様の少年を対象にした売春行為との解釈も可能であるが「刑務所」での日常と解釈するのが定説になっている。
ではなぜ歌詞を替えたかと言う事である。元の歌詞ではBBCラジオでかけてもらえない為だとアニマルズのメンバーは答えている。ここからは受け売りである。ところがboyバージョンはアニマルズ以前にも有ったことが分かった。1932年、クラレンス・アシュリーという白人フォークシンガーに寄ってレコーディングされている。その理由は二つあって元々girl バージョンとboyバージョンが有ったこと、もう一つは禁欲主義を戒律とする保守派プロテスタントによって売春を示唆する歌詞が忌避されていたと言う事である。ここにアメリカ社会の構造が見えてくる。wasp対非waspの格差である。ジョーン・バエズはメキシコ移民の末裔で非wasp、アニマルズはガチのwaspルーツ、英国白人バンドである。
この曲をキャンディーズが解散コンサートで歌っている。蘭ちゃんが語りを入れている。「一人ぼっちの私はニューオリンズにある一軒の家を訪れた。娼家だった・・・・」だがキャンデーズが歌った歌った歌詞はboyであった。「普通に戻りたい」娘が歌う歌でもないし何万人いたかは忘れたがそんなことを気にしていたフアンなどいたはずもない。

池田篤のface bookより

次の文章は池田篤のFace bookからの抜粋とそれに対する松島のコメントである。良い演奏の時は得てして平易な言葉でも通ずる。僕自身もいい企画をしたと言う思いで心がポカポカするのである。

札幌北24条 Lazy Bird にて、トランペッター 松島啓之くんと共に4日間演奏しました。まっちゃんの素晴らしさを再確認しました。彼は本当の意味でアンサンブルのできる人。テーマを吹いているだけで楽しくなれるし、少々リズムやピッチがずれても、いつも音楽が前に向かっているから全く問題ない。そしてお互いのソロの時間でさえもアンサンブルになっていると感じました。
4日間で3バンド、他のメンバーの方々からもジャズに対する熱い思いがひしひしと伝わってきて、本当に楽しく充実した日々でした。
吉田さん、いつもありがとうございます!
松島 啓之
池田さん、嬉しい御言葉をどうも有り難うございます。
とても楽しく貴重な4日間でした。
最終日も頑張ってきます!!

追記
池田の僕に対する感謝の言葉は捏造ではないかと言う輩が必ずいる。この公文書が捏造であるなら大臣もマスターも辞める。

Jazz紳士交遊録vol27 若井俊也

俊也の持つ記録で多分破られることのないものにlazy年間最多演奏回数がある。一年に54回だったと思う。勿論嫌いなミュージシャンを呼ぶ訳はない。イントロのセッションホストを長くやっているので若いミュージシャンを良く知っている。俊也に託して若いミュージシャンを紹介してもらおうと考えた時期があったのだ。西村匠平、山田玲、田中奈緒子、北島佳乃子は俊也の紹介である。その流れが今でもつながっている。レギュラーグループをメインに前後で札幌のミュージシャン、学生、社会人とのセッションもやってもらう。すると簡単に1週間くらいになってしまう。明日から1週間やってもらうが今年初めての来札だ。俊也も忙しい。時々声をかけているのだがスケジュールが合わなかった。東京から来る仲間が「俊也が今年まだ行っていないですけど」という直訴の伝言を携えてやってくる。明日から1週間たっぷり可愛がってやろうと思う。俊也のベースは音がでかい。だが伸びる音なのでよく聞き取れる。珠也に言わせれば「無駄に音がでかい」と評していた時期があった。米木も音がでかい。二人の違いは例えばこちらは鳩バスで都内観光をしたいと思っている。米木号に乗ると希望していないのに宇宙まで連れて行かれることがある。俊也号は隠れた観光名所を巡りつつ最高の都内観光を提供してくれる。希望すれば防衛相経由で国葬会場にも連れて行ってくれるはずだ。俊也は楽器の習熟度が異常に速い。初めてベースを触ってから3か月後にはプロとして活動している。その天才性を感じた時があった。音楽を聴いている時ではない。将棋をしたことが有った。5.6手指すと大体棋力が分かる。俊也は全く序盤の定跡を知らないのであった。僕は「羽生の頭脳」という定跡本を完璧に頭に叩き込んでいるのである。普通負けるはずがない。
ところが本には書いていない終盤になってから俊也は力を出すのである。その将棋1局の中で学習し進化するオミクロン株の様であった。その時相当に頭の回転が速いと感じた。兄貴若井優也の影響あって音楽理論も精通しているのかと思ったらそちらもド素人であった。耳だけを頼りに音楽性を伸ばしていった。俊也は出るところに出ると武闘派らしいがここではいたって優しい。学生にも親切だ。全国を回るとここで知り合った学生が顔を出してくれるという。俊也の人柄である。そうやって若いフアンを増やしてほしいと思っている。今回のメインは田中奈緒子とLUNAのセットである。大輪の花二輪、・・・咲かすも枯らすもお客様次第。

11days 総括

ビートルズの曲に8days a weekと言う曲がある。それよりも多い「一週間に十日こい」という五月みどりの歌もあるが今回はそれよりも多い11daysであった。
東京の若手三嶋トリオともう大御所と呼ばれてもおかしくない松島、央紹との2daysを軸に晩夏の11日公演が終わった。僕は夏の甲子園を戦い抜いた高校球児の様に店で立ち尽くした。
砂はないのでごみを持ち帰った。あまり金銭的なことを言うべきではないと思うが東京から5人呼ぶとどう転んでも黒字になることはない。赤字を出来るだけ抑えることに店の存続が掛かっている。今回もライブCDRを購入いただくことで多くの方に支えてもらった。本当にありがとうございました。音源は公式記録員である牛さんが一枚ずつ煎餅を焼く様に制作中の筈である。しばらくお待ちいただきたい。9月3日のクインテットはlazyライブ史上最高の部類に位置付けられる演奏であった。何人かのお客さんから企画してくれてありがとうございますと言われた。フロントの二人も凄かったがバックのトリオが最終日と言う事もあって気合が漲っていた。演奏が終わって三嶋が「二人とやらせてもらってトリオの問題点が判ってきました」と言った。そのセリフが聞けただけで今回やって良かったと思うのである。ボーカルのナミさんも客席を埋めてくれた。ナミさんも三嶋トリオで東京でやれる関係性もできた。最終日の学生も頑張ってくれた。央紹から暖かい励ましの言葉もかけてもらっていたようだ。コロナは第7波であるが10月本山禎朗、池田篤をメインに7daysの第8波がやってくる。僕はもう物はあまりほしくはない。やって良かったという記憶をミルフィーユの重ねその一部をお客さんと共有したいと考えている。

Jazz紳士交遊録vol26 臼庭潤

8月19日は臼庭の命日にあたる。もう11年になる。正面には臼庭がここでライブレコーディングしてくれたアルバム「live at lazy bird」のポスターが貼られている。時々その時の情景、僕が主催していたjazz幼稚園というワークショップに参加してもらった時のことを思い出す。豪快なトーンの裏に繊細な感性が見え隠れしていた。それを隠すかのように打ち上げでは僕と牛さんと三人で朝まで駄洒落バトルを繰り広げていた。本当にやさしい奴だった。臼庭のHPは今も残っている。妹の綾子さんが管理していて毎年命日に未発表音源をUPしている。是非聴いていただきたい。