国民にはパンとサーカスを与えておけば大人しくなるものだ・・・ローマの詩人ユウエナリスの言葉である。大谷翔平の活躍が日米首脳会談より大きく取り上げられる。大谷は悪くない、素晴らしい。だがそうした大手マスメディアの行為がパンの大きさがどんどん小さくなっている事実を覆い隠そうとしている。高市早苗総理の存立危機事態事態についての発言が波紋を呼んでいる。中国の戦艦が台湾の海上封鎖をした場合米軍も出動する。その場合は存立危機事態に該当すると国会で明言してしまった。米国には台湾関連法という安全保障に関係する法律が有るが台湾の防衛を保障するものではない。中国も台湾が強力に独立を求めない限り軍事介入をする事はない。米中はそのあいまいさを残したまま外交を続けている。隠れて不倫関係を続けている男女がいる。周囲の人間も見て見ぬふりをしている。そこに空気読めない神戸のおばちゃんが「私が白黒つけやる」と意気込んで乗り込んできた状況に似ている。中国政府による日本への渡航自粛が呼びかけられたのに続き海産物の実質的輸入禁止が実施された。音楽関係の公演中止も相次いでいる。珠也もその煽りを食ったようだ。オーバーツーリズムの問題はあるが観光産業を国家戦略と位置付けた安倍政権以来の方針に水をさすこととなった。関連産業の株価は下落し円は下落し続けている。パンは大きさが小さくなるばかりか値上がりし続けている。僕はサーカスを仕込む事でパン代を稼ぐ業種である。サーカスの質と運営に毎回腐心している。
投稿者: yoshida
As times goes by 日記 11月19日
店のシャッターを開けると何やら封書が落ちていた。見ると水道局とある。拙い・・・。蛇口を捻るが雀の涙程度の水滴が落ちる程度である。水道が止まるのは人生初めてである。慌てて電話する。支払いが終われば当日にも復旧出来ると聞き胸をなでおろす。ライブの日流石に水なしでは営業できない。これが夫婦で切り盛りしていれば話は別である。水はなくとも営業できる。夫婦水入らず。・・・・お後がよろしいようで・・・とはいかない。週末は魚返トリオを中心とした5days。今年最後の大催しであるがCity Jazzのメインイベントと日程まるかぶりになって大苦戦をしいら林檎である。高市早苗総理の様に失言はしたつもりはないが店の存立危機事態が続いている。週末の予約と余裕のある方には交通費、宿泊費へのカンパをお願いします。
北洋銀行札幌駅南口支店
店番号310
普通預金3624418
ヨシダナオシ
団扇と扇子
高市早苗総理は自分の言葉で語ろうとする。国会答弁でも官僚の作成した文章を読み上げるだけでなく自分の言葉で語ろうとする。それは評価しよう。だがついつい本音が出てしまう時が有る。内輪
の会合であれば許されるが国会の場で外交問題である場合には許される問題ではない。外交センス
が欠如していると言わざるを得ない。台湾に戦艦が派遣された場合には日本の存立危機事態に該当するという見解を示した。日中友好条約を締結して約50年、歩みは鈍いが両国国民の総意を蔑ろにする発言である。そもそも台湾は国ではなく一地域である。その事実は日本もアメリカも承認している。失言に対してトランプからの援護射撃はないばかりか梯子を外される状態になっている。アメリカにとって中国はディールの大事な相手。日本は鉄砲玉の子分である。関税交渉を見ていれば分かる。中国も台湾が独立する動きを見せない限り武力介入などする気は1ミリもない。台湾の与党民進党も時折独立を口にするがその筋に対するリップサービスであり大半の国民も現状に満足している。アメリカも単独では中国と事を構えることなどない。基地提供を初めとする日本の協力が不可避なのである。となれば存立危機事態の鍵は日本自身が握っていることになる。中国総領事の発言も言語道断であるがSNSで再生回数を稼ぐ愚論には冷静に対処したい。中国政府は日本への渡航を再考する様国民に流した。観光面でも打撃であるがこれが経済面の交流に影響が出てきた場合には日本の経済は立ち行かないのは目に見えている。俳優菅原文太は生前政府の役割は二つあると言った。一つ、国民を飢えさせない事、一つ戦争を決してしない事・・・・文太兄貴総理なってくれ。
立花孝志と斎藤元彦を巡る司法の動き
立花孝志が逮捕され斎藤元彦の二馬力選挙を巡る公選法違反の解明に期待していたが翌日嫌疑不十分とし不起訴が発表された。広告会社メルチュに74万払った行為が買収もしくは最低でも利益誘導罪には該当すると考えていたので驚いた。告発者の郷原弁護士、上脇教授も起訴猶予くらいは勝ち取れると考えていたようで何らかの政治的判断が働いたとの見解を示した。二人は検察審議会の判断を仰ぐ意向を示した。当の斎藤知事は一定の判断が示されたとして相変わらず涼しい顔をしている。兵庫県議は再度斎藤知事に不信任案を突きつけ選挙で信任を問うて欲しい。舞台は目まぐるしく展開する。逮捕された立花は犯行を全面的に認め示談を申し入れた。驚きの行為である。しかし原告に却下され事は裁判に及ぶ。犯行を認めた行為は裁判では限りなく不利に働く。そして裁判では斎藤元彦との関係も暴かれた行くものと思う。あの鉄面皮の斎藤の化けの皮がはがれることを期待して今後の司法の動きに注視したい。それにしても色々な場面で出てくる「政治的判断」とは何者なのか。伊丹十三の映画「マルサの女」のラスシーンを思い出す。東京地検特捜部長小林桂樹の元へ一本の電話が掛かってくる。「先生、その件につきましては・・・・」有力政治家からの様だ。政治的判断が示される前に映画は終わる。
人称の問題
村上春樹の文章を読んでいて思い出したことが有る。村上はある時期まで一人称で小説を書き「僕」を採用していた。文章を書く時自分の事を何と呼ぶか問題である。私、わたくし、俺、僕、わし、拙者、おいどん、あたい・・・・。ブログを立ち上げるにあたって数秒ほど悩んで僕になった。だが今の実生活では9割「俺」であらたまった美千代の席では「私」を使っている。僕が「僕」という言葉を使っていたのは中学生までである。だが文章となると何故僕の方がしっくりくるのか・・・。俺だと少しぞんざいに感じ私だと少し改まった感じがする。間をとって僕を選んだのかもしれない。僕らの世代にある日本人中流意識の表れである。ついでに家族、親戚の呼称である。学生と飲んでいて話題が家族の事に及ぶと違和感が有る表現に出会う。皆母親の事を「おかあさん」と呼ぶのである。「単位落としてしこたまお母さんに怒られた・・・。」上半身Tシャツなのに靴はリーガルのローファーみたいな組み合わせで違和感が有る。バイトしながら学費を捻出する苦学生でありながら甘えている印象を受ける。有る世代までは人前で話す時は母親父親と呼ぶようにと教育されたのだと思う。自分は自宅でお母さんと呼んでいたのは高校の途中までであったような気がする。ある年からは母親の事はテレクサ・テンでお母さんとは呼べない。ずっとおふくろである。先日叔父の葬儀が有った。その席で僕は3番目の年長者であったが全員「ちゃん」付けで呼び合っていた。共同体の中では当たり前の呼称であるが外から眺めているとちよっと違和感を感ずるのではないかと思う。女性は9割5分自分の事を「わたし」と表現する。吉原の遊郭の様に「わちき」とかガード下のパンパンの様に「あたい」と自称することはない。日本の様に職業、地方、階層によってこれほど呼称が豊かな言語はない。女性の自称が「わたし」に収束していったのは社会での女性の位置の象徴でもある。
立花孝志逮捕の意味するもの
何故こういう人物がのうのうとお天道様の下を歩いていられることを常々訝っていた。やっと逮捕に至ったがいくつかの問題が浮き彫りにされた。嫌疑は亡くなった竹内英明兵庫県議に対する名誉棄損である。死者に対する誹謗中傷は立件が非常に難しと言う事であり立花はそれを熟知したうえでの発言である。生存者に対する名誉棄損はそれが事実でなくとも成立し得るが死者に対するそれははっきり事実でなければ立証が難しい。忘れがちであるが立花はN党党首でありN党は自民党の会派に所属している公民である。政治家は政治的発言をする。それはある者を批判する意見であり誹謗中傷と紙一重になりえる場合があり慎重にならざるを得ない。又立花はある意味で権力側なのである。こういうケースでは警察、検察とも時の権力者の顔色を伺う。高市早苗総理が最高権力者とは限らない。あまりの支持率の高さを面白く思っていない勢力が自民党内に巣食っている。現政権にダメージを与えておいた方が得策と考えた麻生副総理の思惑が影響しているとの説もある。警察の捜査が政局に左右されるという事実にも憤りを覚える。この先2馬力選挙における斎藤兵庫県知事の公選法違反への解明につながることを切望するが道のりは遠い。立花は選挙をビジネスと考えている。批判する者にはスラップ訴訟、SNS上での誹謗中傷が後を絶えず、正義を訴えるものの力を削いでいる。これで罰金刑以上の刑が確定されれば他の容疑の執行猶予がとけ堀之内のお勤めが始まる。この訴訟を決断した竹内県議の奥さんの所へモリカケ問題の公文書偽造罪で自殺に追い込まれた赤城さんの奥さんが出来ることはお手伝いしますと訪ねてきたと言う事である。二人とも同質の被害者である。そもそも立花孝志の様な人物を面白そうと言って増長させた層がある。馬鹿に馬鹿という勇気を持ちたい。
山犬集団日本維新の会
先の参院選で惨敗したにもかかわらず数合わせの連立入りでにわかに注目を浴びている。橋下徹が設立した大阪維新の会が母体になっている政党である。反自民反共産、身を切る改革・・・と受けのようキャッチコピーと吉本興業の芸人を使ってのテレビでの宣伝で大阪では圧倒的な支持を集めている。現代表の吉村知事は大阪のテレビに出っぱりでいつ公務をこなしているのか訝る程である。もう記憶が薄くなっているがコロナにはイソジンが効くというデマを流し、医療用とうたい使いもしない雨合羽をあつめた。議員には横領、恐喝、パワハラ、セクハラ不祥事の万博を開催できる面々が顔を連ねている。つい最近も藤田共同代表が公金流用の疑いで赤旗のスクープされた。激変する政局の裏で万博が閉幕した。吉村知事は黒字で終わったとしているが真っ赤な嘘である。運営費もインフラ整備の費用も入っていない収支である。突貫工事を強いられた業者への未払い問題も未解決のままである。吉村知事は民民の問題としてほっかむりをしている。万博が終わるや否やIRの為の工事が加速している林立するクレーンの垣間に麻生セメントのタンクが見える。ゴミの島を固定するには900トンのセメントが必要と言う。巨大な利権である。大屋根リングの撤去作業も始まっているがここに使われた木材と費用で能登地方に4000軒の仮設住宅を増設できた。維新は自民党に取り入るにあたって企業団体献金廃止の刀を鞘に納め比例区の議員定数を謳い出した。これには大阪での成功体験が有る。府議選の際定数を減らし他党が当選する確立を減らし維新独占体制を築いた。国政レベルでも比例定数の削減は自党に影響しないと踏んでいる。身を切るのは府民であり国民である。議員はイベリコ豚の様に肥え太っている。病院を減らしコロナ禍での死亡者は全国一位である。公務員への締め付けは厳しく教員は近県へ逃げて行っている。維新は副首都構想を自民に迫っている。それにあたり封印していた大阪都構想をタンスの奥から出してくる。こういう政党に政権の片翼でも担わせて良いのか・・大阪のヒョウ柄のシャツ着ている叔母チャン・・・・「吉村はん頑張ってはる」言うてる場合ちゃうで・・ほんまに。考えてや、頼むで・・・・。
As time goes by 日記 11月2日シケモク拾い
灰皿を外に出しておくと中の吸殻が無くなっているという怪奇現象が続いていた。僕の気のせいかとも思っていたがそうでもないらしい。クリスファー・ノーランの「インターステラ」における不可逆性の時間と重力場の歪みが原因の異次元空間の出現とも考えられる。書いていて自分でも何を言っているのか分からないが映画を見た人はああ・・あれねと理解してもらえると思う。先日お隣の焼鳥屋のご主人に何か知りませんかと相談したことがあった。ご主人は他の店のママさんにも善意で灰皿をきれいにしてくれている人はいませんかと聞いて回ってくれた。その筋の情報である。この界隈にシケモク拾いがいるそうである。コンビニも前によくいるということであった。戦後にはよくいたのは知っているが今の時代にほんとうにいるんだと驚いた。新しい戦後という標語が現実味を帯びてきている。30年も生活水準の上がらないのは最早個人の責任ではない。謎は解けたが何かすっきりしない。
地位協定の影
舞台は原子力空母ジョージワシントンの艦上である。トランプ大統領に紹介された高市総理が拳を振り上げ飛び跳ね喜びを表現した。その行為について賛否両論である。親密さを世界にアピールできて良かったとの説。欠舐め外交の象徴と言う説。僕は一国の代表が軽はずみな体現はすべきではないと考えている。だが実際あの映像を見ると高市早苗ノリが良くて意外と可愛いじゃん・・・と思ってしまったのである。時々僕の中のミソジニーの残滓が湖底から気泡の様に浮かび上がってくる。そこにはもう一つの問題が隠されている。六本木のど真ん中に米国のヘリポートが存在するのである。そこから横須賀の米軍基地まで所謂横田空域を通って大統領専用ヘリで移動するのである。そこは日本にある異国である。安全保障条約が結ばれたとき同時に日米地位協定も締結された。基地内部は治外法権である。沖縄で米兵が問題を起こしても基地に戻ってしまえば手の出しようがない。裁判権が日本側に戻ってくることもない。NATO諸国も地位協定を結んでいるが日本ほど片務的なものではない。その象徴的な場所への移動を象徴的な乗り物である大統領専用ヘリで移動する時、ディズニーランドのスプラッシュマウンテンに乗るように嬉々としていた姿を見た世界は高市総理の政治的資質をどう判断したであろうか。そしてアメリカ政府は・・・・
あるシネマディクトとの会話
10月3日。米木今年lazy最後となるライブの日、精算時お客さんから本をプレゼントされた。[札幌「映画」生活史1975-2024]というタイトルである。お客さんとは初対面である。僕も時々映画に関する雑文を書いている。その中の「男と女」に関するコメントに共感したということで上記の本を頂くことになった。今度ゆっくり映画の話でもしましょうとその日は分かれた。昨日著者門脇さんがlazy に寄ってくれた。話したいことはいっぱい有る。その本の構成は第一幕映画生活という映画に関するエッセイ、第二幕が1975年から2024年までのベスト映画、ワースト映画になっている。僕は10年以上映画館に足を運んでいない。映画が嫌いになったわけではないのだが、生活サイクルと視力が映画に向かなくなってしまった。ある年度から知らない映画のタイトルが増えてくる。門脇さんの文章には映画に対する愛情にあふれている。中学生のころから鑑賞した映画のコメントをまめに残している。記憶を定着させるに文章にするに越したことはない。僕は読了後門脇さんにトークショウ的なものができないかと提案してみた。飲みながら話していると色々な切り口が浮かんでくる。最近ミッシェルグランのドキュメント映画が上映されていた。ルグランが音楽を担当している「シェルブールの雨傘」「想い出の夏」「華麗なる賭け」などについて話してもらいその音楽を生演奏でやる。たとえば・・・。シェルブールの雨傘にもクラッシックの元ネタがあると聞いた。だがルグランの音楽が素晴らしすぎてそのことに言及する批評家は誰もいなくなったと教えてもらった。ジャズには原曲に新しいメロディを載せる手法がある。映画にもある。「七人の侍」と「荒野の7人」の関係である。一部有名なシーンを取り入れる「戦艦ポチョムキン」と「アンタッチャブル」のリスペクトに満ちた関係性もある。門脇さんの師匠はウディ・アレンと聞いた。最高傑作は「アニーホール」という。主演のダイアンキートンが最近亡くなった。ここ最近ミソジニー問題が喧しいが新しい女性の生き方を提示した傑作である。ダイアンキートンは「ゴットファザー」にも出演していて昔ながらの極道の妻を演じていると思っていた。門脇さんの解釈は違っていた。アルパチーノに問いただす場面がある「貴方も関わっているの」アルパチーノは否定し部屋から出ていく。そこでダイアンキートンは新極道の妻を演じているというのである。なるほど思った。お互いに飲みながらこういう話をするのが一番楽しいですねという定番のエンドロールで締め括られた。何とかトークショーを実現をしたいと思っている。
付記
上記の「札幌映画生活史」門脇繁著¥2200興味持たれた方取次いたします。ご連絡ください
早めの予約とカンパのお願い
回数は減らしていますが東京からミュージシャンを呼んでの企画が相変わらず厳しい状況に有ります。11月は魚返のレギュラートリオを中心に5日間の予定で組みました。生憎札幌市のシティジヤズのメインイベントの日とまるかぶりになってしまいました。元々赤字覚悟の企画ですが集客が予定より下回ると固定経費も捻出出来ないことになります。どうか早めの予約を頂き少しでも安心させてください。それでなくとも年寄りあるあるの夜間の頻尿でぐっすり寝られません。折からの物価、光熱費高騰で3割は利益を圧迫しています。そしてインバウンドによるホテルの高騰です。イベントの相当の赤字を残りの3週間で補填することは不可能になっています。こういう事を始めたのはlazyを始める前40年前の事になります。米木康志、池田篤に来てもらって地元のミュージシャンとのセッション、クリニックを定期的に開催していました。自分が手を伸ばせば色々な繋がりができることに気が付きました。今はそれが学生、社会人にも繋がっています。今回の様なレギュラーグループで来てもらう事も有りますが僕のサイコロの組み合わせで来てもらう事も有ります。そういう時は東京からのお客さんもいます。想像以上の成果を生み定期的に活動する組み合わせも出ています。「レィジーバンドリユニオン」がそれです。央紹亡くなりましたが本田珠也、楠井五月、壼阪健登がメンバーです。嬉しい限りです。僕はもう物は要らない境地になっています。先の感動を食べる獏の様な生活です。願わくば回数減らしてもこう云う企画を続けていきたいと考えています。これをお読みの方も同じ物価高に苦しめられている方かとは思いますがもし余裕あればカンパいただければ助かります。よろしくお願い致します。
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店番号310
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ヨシダナオシ
日米首脳会談の印象
公式に報道されることはごく一部で水面下で行われていることは知る由もない。だがトランプ大統領は上機嫌、高市総理も緊張感は隠せなかったが機嫌は悪くないように感じた。何らかの取引が成立しているように感じた。そのキーワードは安倍元総理である。トランプは安倍総理から高市の事を聞いているとしたが高市と言う固有名詞は会見の中に一度も出てこなかった。名前を覚えていないのだと思う。安倍総理には相当恩義を感じている様だ。それは兵器を爆買いしてくれたことによる。2027年に防衛費をGDP比2%にする約束をしているが高市総理はそれを2年前倒しにすると首脳会談前に発表している。トランプは会見で新しい取引が成立していると発言しているがそれは前倒しの件ではないようだ。外務省の公式発表とNHKの同時通訳でもその部分が切り取られていたり曖昧にされたりしている。事務レベルではヨーロッパ諸国のようにGDP比3.5%の調整がされているようだ。米国は一国では軍事的には中国に敵わないことを知っている。その補強材として日本を見ている。米国自身は通商の部分では何とか中国と折り合いをつけようとしている。高市総理は就任すると靖国参拝について明言を避けるようになった。中国を刺激しないようにとのアメリカからの圧力による。高市総理は党内の支持基盤がきわめて脆弱だ。その最大の後ろ盾は米国である。トランプは天皇と会見した時、陛下を指さしGreat manと言った。これを見ても右翼筋が怒らないから不思議である。
As time goes by 日記10月28日
些細な事であるが最近気になっていることが有った。昨日それを喋ったことで確信した。店内はライブが終わるまで禁煙である。灰皿は外に出してある。喫煙者はライブ前に一服して席に着く。それでインターバルの時には日にもよるが数本の吸殻が有るはずである。それが消えていることが何度か有った。大量に溜まれば自分で一度片付けることが有るしバイトが居れば気を利かして片付けてくれたのかなとも思ったことも有った。まあたいしたことではないのでその都度忘れていた。昨日は貰い煙草の残りが有ったので開演前に2本喫った。インターバルの時一服しようと外に出ると灰皿が綺麗になっていた。たまたまお隣の焼き鳥屋のご主人が外にいたので一服後片付けてくれたのかもしれないと思い聞いてみた。涼みに出てきただけで自分は煙草は吸わないし片付けもしていないという返事であった。言葉にしてそういえばそういう事が何度か有ったと確信した。ある時インターバルの時コンビニに行った。店を出て東角の歩道に5.6本の吸殻がばらまかれていた。マナーの悪い人間が居るなあと思いながら戻ってきたがその時も確か灰皿が空になっていたことを想い出した。昨日も店の周りの道路を割とまめにチェックしてみたが吸殻は見つけられなかった。酔っ払いが灰をまき散らしたのなら灰皿ごとなくなっているのが自然だ。喫っていない煙草が無くなった事は有った。ドラムの柳沼がいた時の事だ。向いの歩道でストリートミュージシャンが歌っていた。日曜日だったのでこの辺りで歌っていても人通りはないですよとアドバイスした。僕らは一服して店に戻りインターバルで外に出た時に柳沼の置き忘れた煙草がなくなっておりフォークシンガーもいなくなっていた。僕らの中では犯人はあのフォークシンガーであると決めつけてしまったが吸殻消滅事件と関連が有るのかもしれない。戦後間もないころはシケモクを拾って針にさし大事に喫っていた光景を思い出すが流石に今の時代考えづらい。村上春樹の小説で表札を盗む癖が有る猿の話がモチーフなった「品川猿」という小説が有った。この辺りにも吸殻を盗む24条猿がいるのかもしれない。
熊と鹿と時々狐
鹿のソロピアノライブ。感想は言うようにしている。シカトすることはない。その帰り夜食に緑のタヌキを買った。その日また狐を見かけた。赤い狐ではなく狐色の狐である。頻度が多い。一度カラスに虐められている狐を助けたことが有る。だが御礼に赤い狐が一年分届くということはなかった。深夜であったのでカラスに面が割れることはなかった。家の非常梯子にカラスの巣を作られそれを撤去したことが有る。棒で突いている時からその家主のカラスであろう者が喧騒に叫び出した。20羽は集まった。さながらヒッチコックの映画「鳥」の様な不気味さであった。その翌日からカラスの嫌がらせが始まった。ベランダ、階段が糞だらけになる日々がしばらく続いた。電線に5,6羽止まりこちらにガンを飛ばしてくることもあった。追い払うために「バイバイ ブラックバード」をかけるが効果はない。幸いまだ熊に遭遇したことはない。札幌でも市街地に熊が出没しているがこれは或る問題を提起していると考える。狐を頻繁に見かけるのも同じ理由である。札幌の場合緑が豊かなので個体数も多いがそれを賄うだけの餌も里山で完結していた。だが今年は餌不足なのである。それで市街地に出没しはじめた。札幌市の政策は棲み分けが主であり電気柵をめぐらしそれを超えてこない限りそれ以上の方策は取らない様である。専門家は言う。人間が生活圏で熊を目にすること自体危険状態である・・・と。全国で熊の増加率が一番多いのは秋田県である。それは離農率と比例する。人間が開墾し畑を管理していた時期は水際で熊を駆除も含めて引き止めていた。その土地を人間が放置するようになると里山は荒れだした。個体数は増えだしそれを養うだけの餌が獲得できなければ人里に降りてくることとなる。高度成長期、木材の需要が拡大し日本の里山は殆ど禿山状態になった。それ以前は毛皮の需要、食肉としての需要もあった。その時期は熊の個体数も減ったという。農業政策の変化により農業で食べていけない人が離農し都市に住み始めると棲み分けができていた地域でもその境界線が曖昧になり事故に発展している。熊を殺すのは可愛そうという意見も聞くが我々は牛も豚も殺して食べているのである。いい子ぶるのは辞めたい。県名は忘れてしまったが東北で昨年の死亡者が交通事故より熊の被害で亡くなった人の数が多かった県が有った。たかだか数人の差と言わないほうが良い。熊の被害に遭遇する確率は交通事故の確率の1/1000位である。熊も資本主義の被害者ではある。熊は見えたが熊はいないとする論理。・・・・その裏に何か重要なことが隠されている。そういう意味でユダヤ問題と共通するものがある。
71%
高市内閣の支持率が71%と聞いて椅子からずり落ちた。30才までの若者層の支持率はそれ以上の80%と聞いて耳を疑った。自分の感覚が世の中の平均とずれているのは認識しているがこの数字はにわかに信じがたい。歴代5位の高さである。ご祝儀相場としても高すぎるのではないか。今週学生のライブが有って打上ではジャズ談義やら部員の馬鹿話で盛り上がっていた。政治の話は出てこない。今の若者は白黒がはっきりする政治の話はしない。だがその中に8割高市内閣の支持者がいるのが現実なのだ。ジャズも所信表明演説も見せかけのフレーズに騙されてはいけない。そもそも先の参院選は何の為であったのか。生活が苦しい国民を蚊帳の外に置き一部議員が裏金を蓄財し何の御咎めもない事への審判を下したのだ。我慢の限界と思った公明党は連立を離脱した。だがその反省は所信表明演説には全く出てこない。経済政策は完全にアベノミクスの代理コードである。政府債務残高の対GDP比を減らすという発言が有った。インフレ政策を続ければ名目GDPは増える。株価もあがり好景気を装うことができる。それに伴う物価高は給付金あるいは消費税の暫定的引き下げの審議を俎上に載せることで凌ごうとしている。確認しておくが引き下げではない。引き下げのことも話し合っていますよ・・・・というポーズである。消費税に限らないが減税の議論になると財源はどうするという理屈を出してくる。だが防衛費だけはVIP待遇で応接間に案内される。防衛費GDP2%を安倍政権時代に約束させられた。高市総理はそれを2年前倒しで実行すると明言した。近々トランプ大統領が来日する。そのお土産と考えられる。外交政策では世界の真ん中で輝いていた日本を取り戻すと豪語し満場の喝采を浴びていた。戦後日本が外交の世界の中心で愛を叫んでいたことはない。それは1930年のロンドン軍縮会議に遡るのではないかと考える。国会が空語で満たされている。
高市早苗総理誕生について思うこと
破壊せよとアイラーは言った。・・・・正確に言うとそのセリフは作家中上健次のものであるがふとそういうセリフが頭を掠める今日この頃の政局である。10月21日、高市早苗が維新と連立を組み総理大臣に就任した。騙し合いの横行する悪魔連合の政権である。身を切る改革を党是する維新は当初企業団体献金規制を政策に掲げていたが自民党が絶対受け入れないとみるや議員定数削減を最優先課題と位置づけ自民党に提案した。高市はまあ・・ぼちぼち検討すると言う事で・・手を打った。選挙区変更は時間も金もかかる案件だがやっている感は出せる。維新は議員の定数を減らすことによって身を切る政党を演出する。実情は比例代表を減らすことは地方の声が今より届きづらくなり民主主義の根幹を揺るがすものである。維新は一旦全国政党を諦め大阪副首都構想を自民党に飲ませ自分は大阪で左団扇で暮らそうという魂胆である。連立と言っても閣僚は出さず風向きが拙い時には何時でも逃げ出せる準備をしている。自民党は自民党で何か支持率が上がる政策が当たれば解散で単独過半数を獲得できる機会を伺っている。取りあえずガソリン暫定税率の廃止を考えている様だ。勿論財務省は反対する。その緩衝材としての片山さつき元財務官僚の財務大臣抜擢であると考える。選挙公約であった給付金は雲散霧消し物価対策は俎上に上りづらい。経済対策はこの場に及んでまだアベノミクスの継承である。日銀の利上げを牽制している。日米の金利差はますます広がり円安傾向は恒常化しそれに比例して輸入物価はますます値上がりし我々の生活を苦しめる。アイラーが破壊せよ・・と言ったものは形骸化したジャズのフォルムであってジャズそのもではない。我々が期待するのも利権構造に依拠した政治であって日本そのもではない。
jazz幼稚園の想い出 No3
一度思い出し始めると止めどがなくなる。曲はCジヤムブルースであった。リズムセクションがステージで待機している。そこに後部の入り口からホーン4人が客席の間を練り歩きながらワールドサキソホーンカルテットの様なノリで入ってくる。ホーンセクションがステージにのったらリズムセクションも加わり強力にスイングするという構想であった。だがここに思わぬ穴が有った。サックス主任であるS名を先頭に練り歩くという予定であったが、Cジャムブルースのテーマダダッ、と吹くとそこでS名は「達磨さんころんだ」の遊びの様にその都度止まってしまいホーン奏者の接触事故が多発した。普通に歩きながら吹けないという。その日ホーンセクションだけ残し歩きながら吹く練習をした。それを考えると一糸乱れず行進する高校生のマーチングバンドを見るとひれ伏すのである。僕の構想は色物を出しながらメンバー、お客さんの目先を変えながら長期的にはちゃんとした主流派の音楽の腕を磨くというものであった。だが一度色物に手を出すとヤクに手を出したクレィジーキャッツの様にそちらの方のネタを考えるのである。臼庭潤がゲストの時ラップに手を出してしまった。モンクのベムシャスイングにのせて僕がラップをするという企画であった。ラップを舐めくさっていた。酔った時の駄洒落の様にそれくらい湧いて出てくると考えていた。出だしだけ考えジャズ的偶然性にまかすという愚挙に出てしまった。一応予防線は張っていた。臼庭には「ベムシャスイング」と言ったら「私困ってます」という意味なので後埋めてテーマに戻ってもらうという傷害保険を掛けていた。
割と早めに日本生命に保険申請したのだがその「ベムシャスイング」の声が南州太郎の様にひっくり返ってしまった。その事を臼庭が亡くなるまでネタにされてしまった。
ネタニナル首相、臼庭にユスラレル
As time goes by日記 10月17日
従妹から電話があった。僕の年で親戚から連絡が入る時にいい知らせの時はあまり無い。叔父の容態が急変したと言う事であった。急いで駆けつけた。集中治療室に入っており酸素マスクや色々なチューブが体に繋がれていた。意識はある。僕が名前を告げると「わかるよ」と小さく頷いた。何か伝えようと喋っているのだがゼエゼエしていて聞き取れない。時々無呼吸状態になる。叔母と従妹が頑張って息して・・と励ましている。無呼吸状態の方が楽そうなのだがその時が危ないそうなのだ。そのやり取りを眺めながら僕は子供の頃に叔父に遊んで貰ったことや祖父の家で親戚が集まり餅つきをしたことなど思い出していた。まだ皆が貧乏だが格差は感じられない大家族制の名残りが残っていた時代の事である。見舞いを終えて店に行った。従妹からもう一度電話が有った。5:30に亡くなったという知らせであった。あの時優しかった叔父が言いたかったことを想像してみるのである。
jazz幼稚園の想い出 No2
jazz幼稚園の名前の由来は初心であることの表明であり予め演奏に対する厳しいご意見をブロックするためでもある。車の後部に子供乗っていますと注意を喚起するステッカーのようなものだ。それと実際に幼稚園の経営者もメンバーであったことにもよる。S原というドラマーが在籍していた。創立時のメンバーで当時は室蘭から参加してくれていた。ドラマーなのでカウントを出してもらった。スティックを鳴らしながら1.2.1234といったところまでは良かったが全く違うテンポでドラムを叩き出した。僕らは全く入れず皆ずっこけた。一度演奏を止め演奏を始めるテンポでカウント出してといった。「え、カウントって言えばいいんじゃないんですか」僕はもう一度ずっこけた。ドリフのコントのような一幕であった。その日からS原のあだ名を「カウント蔑視」と命名した。歴代のゲストは綺羅星の超一流のミュージシャンである。米木康志、池田篤、臼庭潤、原大力。原がゲストの会。僕らはリハをしていた。そこに原が到着した。曲はブルーモンクであった。原はレガートをするしぐさで拍を数えだした。リハが終わってから原から尋ねられた。僕が変拍子にアレンジしたと思っているらしい。最後だけ5拍になっているのだ。ドラマーのS原はどうしても1拍多くなってしまうのでS原に合わせてそこだけ5拍子にしてしまった。原は顔をくちゃくちゃにして「イエィ、jazz幼稚園すごいね」と大笑いしていた。
As time goes by 日記 10月14日
As time goes by 日記 10月14日
大きくとらえると言う事を僕はSロリンズから学んだ。毎日身の回りでは些細ではあるが煩わしい事鬱陶しい事がその必然性を厚化粧の下に隠して起きている。日常生活で起きることは世界で起きている事とは無関係に見える。ガザではハマスが人質20人を開放するという報道が流れた。だがネタニヤフはガザを巡るエジプトでの会合には出席しないという。トランプの神通力が効かなくなっている。そのアメリカでは予算が執行されず医療行為などに深刻な影響が出てきている。命令に従わない高級官僚は容赦なく首を斬られ反抗的な州には軍隊が派遣される。最早民主国家の程をなしていないトランプ王国である。戦後80年日本はアメリカに追随してきた。僕らの世代だと復興する日本の形を肌で感じることができた。バブル全盛時自分もその個性を捨象した総体としての日本国民もその共同幻想としての日本国も勘違いしていた。日本は未だにアメリカの属国である。公明党が「下駄の雪」なら日本はカレーにの片隅にのせられている福神漬である。その福神漬もこの物価高のあおりで盛り放題ではないらしい。自民党総裁選で高市早苗が選ばれた。だが総裁が日本の総理を意味するものではない。政局は目まぐるしく動いている。それに反応し株価は最高値を付けた後乱高下している。円安は153円まで進んでいる。NHK等大手メディアは株価高水準の事は報道するが円安の事は報道しない。円安はトヨタなど一部の輸出産業には有利な材料であるが庶民には逆風である。石油の値段を上げ電気代を上げ食料品を上げビールを上げいも美の値段を上げる。これはアベノミクスの後遺症である。円安は経済体質の国際的評価である。オーバーツーリズムはこの状況を綺麗に反映している。日本には誇れる観光資源が有ることは知っている。だが日本が二流国から更に落ちていること知っておくべきことと思う。
jazz幼稚園の想い出 No1
30年前負け犬と呼ばれ石をぶつけられるのを覚悟の上東京から帰ってきた年3人で始めたのがjazz幼稚園の前身である。楽器ができなくとも結構。音楽を楽しみたい人の為のワークショップという触れ込みで始めた。その裏には良いリスナーを増やしたい・・・という今でも持ち続けている真意が有った。一昨日今は東京に住んでいる「さやか」がlazyを訪ねてくれた。20年ぶり位である。jazz幼稚園のメンバーでTSを吹いていた。その当時は女子大生で構成員の中では一番の若手であった。最盛期は組員15名準構成員4,5人抱える一大組織に発展しlazyでの東京組のライブも一声で満席に出来る位であったので今考えると慢心していた。さやかは物持ちが良いのか当時のフライヤーや僕の作った譜面を持参してくれた。その日ライブレポートを書いてくれている牛乳屋さんもいて想い出話に花が咲いた。
lazy開店前はzippyやジングルで月2回くらいの全体練習の上年1,2回の発表会をやっていた。初級者から上級者まで色々な編成で出番を作っていた。コンセプトは大人の学芸会である。構成とMCは僕の担当なので笑の仕掛け花火は各所に仕掛けてある。オープニングはカーラ・ブレイのアイダ・ルピノである。僕はGのオープンチューニングで怪しげなアルペジオを始める。そこに微妙なタイムで三管のテーマが乗っかってくる。よく言えばマイルスとショーターのネフェルティティのフィール、正直言えば誰かがずれている。執拗に繰り返すテーマが熟したころ詩の朗読を乗せる。長田弘の詩集にクラッシックの作曲家をモチーフにしたものが有る。毎回その中から選んでいたが「ハイドン」が人気であった。朗読はさやかにお願いしていた事が多い。さやかは出だしの一節を覚えていた。「ハイドンは言った」で始まる。僕も何を言ったのかは覚えていない。気になるので本を捜したがすぐには見つからない。でもハイドンは何かを間違いなくいったはずである。それはオイドンが補償するでごわす。牛乳屋さんと当時セミプロ活動をしていたささと3人でスーパーギターートリオの真似事で「地中海の舞踏」をやったことが有る。毎回ササを呼び出すのは悪いので牛乳屋さんと二人で半年くらいかけて仕上げていった。本番2日前仕上げにササも入って貰って仕上げようとリハに臨んだ。正確な譜割を書いた譜面がその日なかったので僕はインド音楽の様に口承伝達を試みた。「ダバダバダ、ダバダバダ、ウン、ダバダバダ」ササはどこか半拍違うと言い出した。僕ら二人の中では出来上がっている。本番は近い。こちらに合わせろと言ったが真面目なささは原因を探ろうとしそれで牛乳屋さんは調子を崩し本番では力を出せなったという。キャノンボール伊藤という組員がいた。その名の通り体形が似ているのである。当初TPをやってみたいと言っていたがtpは音が出るまで時間もかかるしsaxはすぐ音が出ると騙しasを勧めた。勿論有る構想が有っての事だ。そのasは池田篤が選んでくれた。楽器が届いて2週間後発表会が有る。マーシーマーシーマーシーの最初の2小節だけ死に物狂いで覚えてもらった。本番バックはジェームス・ブラウンを待つJB’sの様に執拗なファンクパターンを繰り返し主役のお出ましを待つ。そこにスーツ姿のキャノンボール伊藤が登場しダバダバダッパーと水を噴き上げるアフリカゾウの様にパオーというフレーズを吹き終える。バックはそこでテポドンとカットアウトする。すかさずMCが入る。「今回はここまで、この後は来年」会場はドッカーン。一年後ちゃんと最後までやり遂げた。
続く
石破総理戦後80年所感への所感
石破総理戦後80年所感への所感
終戦記念日(この言葉使いは間違っていると思うが便宜的に使用する)に80年談話として発表したかったが公務に忙殺され準備不足と安倍総理の70年談話を上書きすることに反感を持つ党内勢力の圧力によって封印された。新しい自民党総裁として高市早苗が選出され最後の発表の機会と言う事で10月10日閣議決定の必要のない所感と言うかたちで発表された。だが巡り合わせが悪くこの日公明党連立離脱のニュースが席巻し80年所感の方は相対的にかすんでしまった。だがこの行為は重要と考える。戦争の記憶を持つ人間が居なく無くなった時戦争が起きる危険が有ると言ったのは田中角栄である。我々の世代では高校の日本史の授業は大正デモクラシーあたりで終わっていた。微妙な時代の事は教えないほうが良い。それが文科省の政策であると知るのはずいぶん後の事となる。歴史は新しい史実が掘り出されるたびその様相を変化させる。反対に有る事実を述べないことによっても・・・安倍総理の70年談話の論点は「若い世代の人間がずっと謝罪し続けないといけないのか・・・・」と言う事であった。僕はこの見解には賛成できないが一政治家の主張としては分かる。では石破総理のテーマは何であったか「何故戦争を避けられなかったのか」である。国内の政治システムの脆弱さを焦点に憲法、政府、議会、メディアの問題点を指摘する論調であった。そこには僕の知らない人物名なども出てくる。ずいぶん勉強したのだろうなと思うのである。ある種の学術論文の風格さえある。歴史への思い入れは感ずるのであるが政治家として戦争を避けるためには・・・という主張は感じられなかった。昨今の物価高、激震の政局、株価の乱高下の後ろに隠れて静かに進む南西諸島への軍事施設配備、史上最大規模の日米合同軍事演習をどう説明するのか・・・・
熟年離婚の原因
長年寄り添ってきた夫婦が突然別れることが有る。周りで具体的な原因を詮索する。旦那が若い子と浮気した、合法薬物に手を出した。或いは流行りもしないjazz barをやると言い出す。それまで数多くの戦禍を潜り抜けてきたはずである。そこにはヤクザ映画に見られる仁義を守ってきた経緯があり大体の事は許される。
公明党が26年の連立を解消するという。表立った最後の理由は裏金、政治資金の問題である。選挙協力をしている公明党の実働部隊から自民党の裏金議員をかばって謝って歩かねばならないのかという不平が出ていたのは事実である。ミスター裏金議員的存在である荻生田光一が幹事長代理に指名された。党内人事と言う事で公明党には相談なしである。時間を昨年の衆議院審議の最終日に巻き戻す。その日勇退する公明党委員長山口那津男の演説の機会を奪った。その後に委員長に就任した石井啓一は落選し委員長を辞任した。高市早苗総裁は就任後最初に挨拶に行ったのは公明党現委員長斎藤鉄夫ではなく玉木雄一郎であった。高市は公明党は当然ついてくるものという前提で連立候補を国民民主に絞った。ここで温厚な斎藤鉄夫がぶちぎれた。礼儀知らずにも程が有る・・・と言う事である。政治が政策の良しあしでスパッと決まればどんなに良いかと思うのであるが世の中そんなに甘くない。上手いミュージシャンが売れるわけではない。政治家でもミュージシャンでも義理をかく人間は限りなく多い。
羊を巡る冒険風に
どこから話したらよいのか迷う話である。フィリップ・グラスのミニマル音楽の様に永遠の循環コードに入ってしまう。北大のjazz研は定期演奏会が終わった12月の吉日に新3役が発表され3人でlazyにも挨拶に来る。前部長M上の時はバイトの都合で1人で来た。たまたまその時M上は村上春樹の「スプートニクの恋人」をもって現れた。その本を取っ掛かりに雑談を始めたのを覚えている。登場人物に「ミュー」という女性がいる。部員にも同じ名前の子がいるが部長は分からないと言った。苗字で呼ばれているからであろう。高市早苗の鹿問題で有名になる前から彼女は「鹿ちゃん」と呼ばれlazyに出演しているもう一人の鹿と区別し小鹿またはバンビと呼んでいる。M上は心理学を専攻しているがそれは母親の影響であることを話してくれた。村上春樹は心理学者河合隼雄に影響を受けており対談集も出している。親御さんは河合隼雄の授業を受けたがったがかなわなかったという。神戸女学院大学出身と聞いた。僕が神戸女学院大学を知っているのは思想家内田樹が勤務していた事。建築家ボーリーズがデザインしマイクを使わなくとも声が届く構造になっている素晴らしい建築と知っているからだ。その親御さんが来札していると風の便りで聞いた。ちょうど連絡することもあったので「親の顔をみたい」と言ったら本当に顔を見せに連れて来てくれた。M上は弄られきゃらであるがその其のとっ付きやすい人柄で部員を引っ張っていた。それは親御さんのおおらかさを引き継ぎでいると感じた。その日小学生からの幼馴染Kバチもついてきた。KバチはM上を慕って岡山から北大に来て一緒にjazzをやっているのである。村上春樹の初期三部作「風の歌を聴け」「1973年のピンボール」「羊たちの冒険」は鼠3部作とも呼ばれている。主人公の「僕」と「鼠」の関係はM上とKバチの関係を彷彿とさせるのである。
高市早苗総理誕生で日本はどこへ行く
とうとう高市早苗が総理になってしまったというのが第一印象である。これが小泉進次郎だってとしたらどう感じたであろうか。やはり小泉進次郎が総理になってしまったのかと思ってほっぺたをつねるであろう。どちらにしろ泥船日本の未来は暗い。総裁選がどういう力学で動くかということが少しわかってきた。石破総理は高市早苗にだけは総理の椅子を与えないために絶妙のタイミングで辞任した。もうすぐ安倍総理を殺害した山上徹也の裁判が始まる。安倍派が息を吹き返しかねない。選挙中も勝ち切るためにある政策、思想を封印することもある。権謀術数が働き今回も最後は麻生太郎の「決戦投票では党員票の獲得数が多かった候補に入れろ」という指示が総裁を決めたといってよい。忘れてはならないことに裏金問題で派閥は大方解消し正式に残っているのは麻生派だけなのである。結局派閥の力学で総裁が決まり日本の将来も決まる。今まで通り何も変わらないという帰結になる。コップの中の嵐に過ぎないことが毎日大仰にマスコミで取り上げられる。だがそのコップの中の嵐が我々の生活にも嵐となって舞いもどってくることがある。だからこそ注視しなければならないのである。高市早苗はどこまで右寄りであるのか。良くわかない。昔はもっとリベラルであった。いわゆる岩盤支持層の受けを狙い右寄りの発言をしている節もある。安倍政権時代総務大臣であったことがあるがその時偏った報道する局は停波もあり得ると脅したことがある。親分が後ろに控えている時のチンピラやくざの行為に似ている。今年も8月15日に靖国参拝をしている。右派の支持を得るためである。総裁になった時の会見ではお茶を濁した。営業右翼というレッテルを貼られることもある。中道リベラルであってほしとは思うがそれをかくして右派を装うという姿勢があるとしたら其れはそれで信用できない。経済政策は積極財政であるがアベノミクスの反省なくしての浮揚策はないと考える。万が一景気が一時期上向きになって支持率が上がったりするとそこでの衆議院解散はあり得る。政策思想がかぶる参政党、保守党は一気に飲み込まれる可能性もある。本当の鉄火肌の姉御であるなら片肌脱いでトランプとさしの日米地位協定改善の盆を立ててほしい。一水会などの筋金入の右翼は民族独立派である。
第三の男
前説
珠玉の名作映画のVHSビデオが4,5百本ある。だがビデオデッキが故障して視聴不可能となってしまった。勿論第三の男もある。時々映画が見たくなると近所のレンタルビデオ屋に足を運ぶのだがネットフレックス全盛の時代に在庫はどんどん縮小し減価償却したDVDは格安で販売されている。第三の男もその中の一枚であった。もうこういう映画を見る人も減ってきたのだろうな・・・と思うと少し寂しくなる。捨て犬を引き取る気持ちで購入してきた。480円
何度となく見ているのだが冒頭から新発見が有った。或いは毎回見てはその都度忘れているのかもしれない。ウエストミンスター寺院の鐘の音から始まるのであるがマイルス・デイヴィスのIF I ware bellのR・ガーランドのイントロなのである。舞台はGHQに占領されているオーストリアである。ロケはオーストリアであるがセットはイギリスで撮影されている。冒頭ビックベンが写されるのもその影響である。いわゆるミステリーに分類されざるを得ないのであるがそこに着目して見てもすっきりしない。オーソンウェルズ演ずるハリー・ライムは戦後のオーストリアでペニシリンで一儲けしている悪党でGHQから追跡を受けている。その友人ジョセフ・コットン演ずるホリー・マーチンがアメリカからハリーに呼び出されるが到着当日ハリーは交通事故でなくなっており埋葬のシーンから始まる。そこには愛人であったアンナとハリーを追いかけていたGHQのイギリス将校キャロウエイ少佐の顔も見える。この映画がミステリであるならばホリーが呼ばれた理由が明らかにされなければならない。一緒にひと仕事しようや・・・と言う事らしいのであるがホリーどう考えても何の能力も無いように見える。職業は西部劇ものを描く三文小説家であるがドイツ語は全く分からずオペラを見ても付いて行けず、作家と言う事で持ち上げられて講演会をするがジェームス・ジョイスの「意識の流れ」についての見解を求められるシーンでは名前さえ知らないことが露呈してしまう。ホリーはあほなアメリカの象徴なのである。この映画を撮るにあたってキャロル・リード監督と脚本のグレアム・グリーンはウイーンの現地調査を行い戦争の傷跡や悪質なペニシリンの闇市場を状況を踏まえたうえでアホなアメリカ人をウイーンに来させるというところから始めるということだけ決めてフィルムを回し始めた。極めてジャズ的な手法である。交通事故を装い死亡を偽装したハリーはホリーと再開するのであるが大観覧車の上から戦争で荒れ果てたウイーンを俯瞰し文字通り上から目線でアメリカは伝統あるオーストリア・ハンガリー帝国の文化的遺産を破壊し何十万を死に追いやった。たかがペニシリンの薬害で何百人死のうと取るに足りないことではないのかと言い放つ。ある価値観の崩壊を匂わせる。ハリーは悪の権化、聖なるホリーという名のアメリカ人は無教養、非知識人として対比して描かれる。観覧車からウイーンを見下ろし大言壮語を吐いたハリーは最後地下水道の中で汚物まみれで死ぬのである。高低の対比・・・。アンナとハリーの関係も単なる愛人関係ではないことがわかるが具体的には語られない。アンナがどれだけハリー惚れていたかののろけ話を聞いた後にエースコックの子豚のようなハリーが現れると思わず聴衆はこの男のどこが良いの…・と突っこみを入れたくなる。ホリーは旅券偽造でロシア側に捕まったアンナを助けるためホリーをキャロウェイ少佐に売る。ホリーはイエスを裏切るユダでありハリーは堕落したイエスでありアンナはイエスを見守るマグダラのマリアなのである。
ラストシーンは冒頭の墓地と同じ場所で終わる。音楽的言うとよく後テーマに戻ってくれたよね…という感じである。ハリーの本当の埋葬が終わった後墓地を後にするアンナ・・・並木道をこちらに向かってくるロングショット。彼女を待つホリーには一顧だにしないで通り過ぎる。グレアムグリーンの小説ではハッピーエンィングで終わっているがキャロルリード監督はそうはしなかった。カメラワークも特徴的で有る部分だけカメラが傾いている。これはホリーの心の動きとシンクロしている。この映画にも映画史上に残る名セリフがある。観覧車のシーンでのハリーのセリフである。
「イタリアではボルジア家30年の圧政の元にミケランジェロ、ダヴィンチやルネサンスを生んだ。スイスでは500年の同胞愛と平和を保って何を生んだか。鳩時計さ」このセリフは脚本のグレアムグリーンの作ではなくオーソン・ウェルズのアイディアである。映画の中ではハリーが堂々とこのセリフを吐いているが参政党の選挙演説の様に嘘が多い。ダヴィンチはメディチ家の庇護のもとその活動をしたし鳩時計はスイスではなくドイツで作っている。だがこの映画のヒットによってスイスでも鳩時計を作って観光土産で一儲けしている。まあ、東京にバナナ園はないが東京バナナがお土産のベスト5に入っているのと同じだ。
夜のシーンが諧調的で限りなく美しい。石畳の映像はブラッサイの写真を思わせるがブラッサイもオーストリア・ハンガリー帝国出身であった。一年に一度は見たい作品である。
自民党総裁選の座標軸
世界が目まぐるしく動く中での自民党総裁選である。まあ、誰がなっても本質は変わらないだろうという諦念が今の体制を延命しているとの反省感もあり出馬会見や討論会もまめには見ている。そもそも何のための総裁選か。表向きは石破総理の選挙責任を問うと言う建付けである。では何故選挙に三連敗したのか。統一教会との癒着、裏金問題、失われた30年と言う事である。最低総裁選ではその事は問われなくてはならない。前回の総裁選と同じ5人が参戦している。だが議論は一歩も二歩も後退している。日本の将来を見据える展望の様な話は全く出てこない。取りあえず庶民は物価高による生活苦からの脱却が一番の要望である。
消費税を含む減税の話になると社会保障費はどう捻出するという議論にすり替えられる。トマホークミサイルを買う時、財源の話になったことはない。国民の事を考えている振りしながら財務省、アメリカの顔色を伺っている。総裁選自体生簀の中の序列争いである。当初小泉進次郎でほぼ決まりと思っていた。だが運動中の色々な事件によってその順位、支持率が微妙に上下する。高市早苗の奈良の鹿問題、その会見を見ていたが椅子からずり落ちた。あの場で鹿問題など持ち出すことなど考えられない。もはやこれまで・・・・と思っていた。だが世論は支持の方に傾いた。バズれば勝ちという原理である。ところが小泉進次郎のSNSのステマ戦略に関してはNOの意見を突きつけられた。広報担当はデジタル担当大臣である。警察長官が盗撮するようなものである。その処分は甘い。これくらいなら小泉さんは許してくれるだろ・・・という思惑が見える。実際この程度のリーダーシップで日本を牽引できるのか甚だ疑問である。だが人柄の良さに騙されてしまうのである。茂木候補は子ども食堂とスーパーの視察から運動を始めた。これが上流階級意識まるだしで庶民からは総スカンを喰らっていた。黒塗りの車で乗りつけ子供食堂で誕生日ケーキをプレゼントされ嬉々として喜ぶ顔が写された。多分秘書が子ども食堂側に伝えたのであろう。嘘でも良いからその日の食材位プレゼントしろよ・・・と言いたくなる。スーパーにも普段は行ったことがないのが分かる。買う時財布を秘書から貰っていた。庶民感覚ゼロで総裁選も早くから脱落したようだ。後半戦になり石破総理が林芳正候補を後継者とする発言などが有り林候補が浮上してきている。未だ3番手であるが2番手に浮上した場合番決戦投票で狂わせも有るかもしれない。どちらにしろ後4日で決まる。だがこんな日本にしたアベノミクスの反省と裏金議員の処分をうやむやにした中でいくら自民党再生とお題目を唱えても虚しく響く。
「ローマの休日」の政治的側面
ちょっと疲れて面倒なことから逃げ出したいと思う時「ローマの休日」を見直す。O.ヘップバーンの清楚で可憐なイメージに抱かれて体を休めるのである。面倒なことは考えない。O.ヘップバーンの魅力なくしては成立しない映画ではあるが他の部分で気が付くことが有る。この映画は全編ローマロケで取られている。1952年に撮影されているが戦後復興を遂げつつある当時のローマの猥雑さがフィルムを通して伝わってくる。そこに生活する市民も元気である。それがこの映画に流れている裏コードのハーモニーである。メインテーマはO.ヘップバーン扮するアン王女とG.ベック演じる新聞社特派員ジョー・ブラッドリーの一夜限りの恋愛話である。それと同時にアン王女の成長譚でもある。たった一夜で・・・と言うなかれ。嘆きの壁で戦争の悲惨さのメッセージを読んだときアン王女は戻ることを決意したのだと思う。退屈な公務に嫌気がさしヒステリー状態になり医師から安定剤を打たれてから戻ってくるまで丸一日。戻ってきた時の顔つきが凛々しく侍従長他に指示する時にはもう風格さえ感じさせるのである。一瞬で変わるところはジャズ的である。最後にローマを離れるときの記者会見の場・・・。ジョー・ブラッドリーの本業を知ることになった時の二人しか分からないやりとり・・・・切ない。会見の場である宮殿を去る時に振り返るG.ベックには哀愁が漂っている。この映画なぜ全編ローマで取られることになったのか・・・。当時アメリカではマッカシー旋風が吹き荒れ赤狩りが行われていた。映画人でも何人もその犠牲になっていた。それを嫌った監督ウィリアム・ワイラーは全編ローマでとることを条件にクランクインされた。原作、脚本のダルトン・トランボは当局に目をつけられており当時は名前を伏せられていた。もう一点復興国支援という意味合いも有った。当時イタリアはまだ政情が安定せずデモやテロも頻繁に起きていた。その中でのロケである。噂を聞きつけてくる市民を管理、制限しながらの撮影は遅々として進まなかった。元々制作費が潤沢でなかったため白黒映画となり、ギャラの関係で当時は無名であったO.ヘップバーンが選べれた経緯がある。当時外貨持ち出し制限が有ったためリラをドルに換金し米国に持ち帰ることは出来ずイタリア内で投資することに使われた。そのためセット撮影部分もハリウッドではなくイタリアで撮影されている。アン王女は戦争で翻弄された小国の王室である。有効と連携を求めてヨーロッパを歴訪している。ロンド、パリ、ローマ。・・・将来のEUの発想に繋がる様な発言もアン王女はしている。それは取りも直さずアメリカの考えでもある。この映画は有名なので色々なエピソードが紹介されている。真実の口に手を入れた時にG.ペックの手が無くなりO.ヘップバーンが驚くシーンはG.ペックのアドリブでO.ヘップバーンは本当に驚いていて尚且つ愛らしい。ウイリアム・ワイラー監督はテイク数を重ねる監督で有名であったが予算の都合で比較的早く撮影が進行した。スペイン広場で二人が再会するテイクは建物の時計で相当時間を掛けた事が分かる。O.ヘップバーンがスクーターを運転して暴走するシーンは警備や諸々の制約の中で映画上3分ほどであるが6日間かかったという。そしてそのシーンでO.ヘップバーンが迷惑をかけた露店やカフェの市民にジョー・ブラドリーが会社の名刺を出し補償をするのであるが市民が誰も文句を言わず二人に握手をして帰るのである。それは取りも直さず当時のドルの強さを象徴している。ファッション的な影響も当時の日本に与えた。あのブラウスとヘップサンダルが流行し喫茶店でストローの袋を吹き飛ばす行為が流行っていた。だがあれはO.ヘップバーンがやるから許されるのであって○○がやってもただの○スである。映画が大ヒットし日本も経済力がついてくると叔母さん連中が大挙してローマの名所遺跡を訪れるようになった。だがそれは「老婆の休日」である。
スター・クロスト・ラバーズからの記憶の連鎖
9月12日ボーカルのルナのライブが有った。エリントンのスター・クロスト・ラバーズを歌ったのだがそのMCでその由来はシェークスピアで有ることを語っていた。悪い星の元に生まれたロミオとジュリエットの様な存在である。日本では織姫と彦星に例えられるが間違いとされている。僕はそうは思わない。ところ変われば品替わる・・・と言う事である。キリスト教的発想が仏教の様相を呈して現れる事だってある。その時ふと思い出したのだ。村上春樹の短編小説でスター・クロスト・ラバーズの想い出から始まるものが有った。村上がニューヨーーク在住だった頃トミー・フラナガンのライブを聴きに行ったことが有った。その時「バルバトス」「スター・クロスト・ラバーズ」を演奏してくれたらどんなに素敵だろうと思っていたら本当にその2曲が演奏されたという事実から始まる。これは宝くじに当たる確率くらいである。その小説を読み直したいと思ったがタイトルが思い出せない。そのうち当たるだろうと思って読み直していたら3冊目であたりが出た。「偶然の旅人」であった。この本を読んだときこんなことが起こるのだ‥と思い僕も念じて見たことが有る。流石に2曲は実現しなかったが「スター・クロスト・ラバーズ」は実現したことが有る。池田篤のライブの時だ。僕は精神主義者ではないがそういった経験は稀にある。その小説の中で主人公がカフェでディケンズの「荒涼館」を読んでいたら見知らぬ女性から話しかけられたという下りが有る。この小説は誰でも読む小説ではない。その女性は読書会でその小説を読んでいる奇遇さから話しかけて見たくなったと言う事だ。あれっ・・・こんな話自分も書いたことが有ると想い出した。ライブがメインになる前カクテルバーだった頃が有る。その時代カクテルや酒の名前を冠したショーストリーを書いて店を側面から盛り上げていたことが有る。サーバー代を払い忘れてHPが一瞬にして消滅し、そこに書いた文章の類もバックアップをとっていなかったため殆どが消えてしまった。だが似たエピソードと感じた「泡盛1」というテクストは残っていてショートストーリーのコーナーに再録してある。沖縄のホテルのプールサイドでカーソン・マッカラーズの「心は寂しき狩人」いう小説を読んでいたら片足の女性から話かけられるという話である。そんなに一般的でないテクストが二人の距離を急速に縮めると言う事はあり得る。そんな関係性に憧れているのかもしれない。自分が「泡盛1」をいつ書いたのかその時はもう「偶然の旅人」読んでいたのかも思い出せない。この小説が素敵だなあ・・と思いこういう文章を書いてみたいと思ったとしても自然な事である。村上春樹の初期三部作に出てくる「僕」と「鼠」の関係はR.チャンドラー「ロング・グットバイ」の「マーロウ」と「テリー・レノックス」との関係の相似形である。
北大、商大jazz研1年生定期戦
10年ほど前の事となる。当時の北大の部長とジャズ研の現状についての話を聞いていた。6月の学園祭を終えると1年生が燃え尽きた症候群と次の目標がない為大量に辞めるという。そこで夏休みの頃一年生だけのバンドでライブをやると云う企画を提案し現在まで続いている。このイベントを通過すると定着するかと言えば必ずしもそうとは限らない。その後全く見なくなる部員もいる。卒業まで在籍するのは年次にもよるが2割くらいと言う。僕の一番の願いは学生時代に一生ものの趣味を作って卒業後は演者として良質なリスナーとして世に出てもらいたいと言う事である。上手な学生を見出して何とかしたいという気はない。うまいと言っても生簀の中のハマチの大きさを競っているに過ぎない。
今年は2日間で7バンドが参加した。上級者が2人、技術とは別に人を引っ張れる力を持った人間が2人、楽器の初心者が3人、ついでに天狗が二人。一番気になるのは初級者である。相当のプレ付きッシャーの中で演奏し当然うまい演奏などできない。そんな体験がトラウマになって辞めないでほしいと手を合わせて聴くのである。リハから聴くので1日5時間つき合うことになる。流石にちよっと疲れる。だがこの時間が学生たちが何を考えてジャズに向かっているのかが分かる時間でもある。ここで多分代々ひきつがれているリハでの構成確認問題が浮上するのである。lazyで演奏する東京のミュージシャンで構成確認をする演者はいない。曲を決めないで始まるケースもある。ジャズはその場で起きたことに反応しながら進行する音楽である。その事がわかるのは上級年になってからの様だ。そもそも人生がジャズ的なものなのだ。2daysの最後に御世話役からコメントを求められた。言いたかったことは上記のようなことであったがいつもの悪い癖でふざけた話をしてしまった。ちょっと後悔し反省している。
経済政策とジヤズシーン
ニセコ地区ではインバウンド客を基礎票としたフェスティバル、営業の仕事が増えている。ミュージシャンにとっては良いことの様に思える。ライブハウスのギャラよりは実入りの良い仕事の筈である。その地区だけが治外法権の国の様にラーメンが2000円だったりする。ホテル代は数万円である。だが外国人客にとっては円安の為高く感じないのである。東京のミュージシャンからよく聞く。ツァーがしずらくなったと・・・・。遠距離でも車で移動し交通費を浮かすがホテルを取った時点で赤字が確定することが有る。大きなイベントで交通費を出してくれる主催者がいるとその日程に合わせてツァーをくむ。だが皆考えていることは同じなので全てのミュージシャンに恩恵が行き渡るわけではない。そもそもこういう経済状況にいつなったのか。ここ20年一部の富裕層を除き所得は上がっていない。物価は上がるがレイジーでも値上げはしていない。それで地元ミュージシャンに払えるギャラも横ばいである。間違った経済政策アベノミクスによって赤字国債によって金ジャブジャブ状態にしたが国内では成長産業に投資はされなかった。国債の価値が下がり比例して円安傾向が増長しインバウンドは増える。円安を受けて海外投資家が積極的に動き株価は高値を更新している。安倍総理もそれを根拠に経済好調と嘯いていたが今も変わっていない。京都の様な有名都市はオーバーツーリズムに悩まされるが一部の店舗では連日満席が続く。円安は輸入物価を押し上げ食料品を中心に物価高が続き庶民の暮らしを直撃する。消費税はある意味で消費に対する罰則である。だが必要なものは購入しなくてはならない。税収はインフレ率にスライドし過去最高である。そして政府の赤字国債などの負債はインフレによって相対的に軽減しているのである。こうした経済状況の中で賢い経営者はうまく切り抜けいると思うのであるが僕にはそういった才覚はない。昔ながらの焼畑農業である。ジャズシーンを牽引しているなどとは決して思わないが貢献できていると思う事は多少ある。東京でも聴けない組み合わせが聴ける。それを演者が気に入ってくれて再演したりする。東京のミュージシャンが札幌のミュージシャン、社会人、学生を刺激して新たな領域に連れ出してくれたりもする。T.Tさんがピアニストとして生涯最高の演奏をしてくれたのは米木、珠也がいた時のlazy のライブであると断言してしまおう。その記憶はシャブを打った時の記憶の様に決してなくならない。時々シャブを打たしてください。
皆さんのご支援で生き延びています
カンパ先
北洋銀行札幌駅南口支店 普通預金3624418 ヨシダナオシ
音楽情報はどこから得るか
自分はここ20年くらい積極的にCDを買わなくなった。勿論サブスクなど利用したこともない。月刊音楽雑誌も買わなくなった。ライブの現場に携わりながら情報弱者でもある。だが音楽の良しあしはそんなに間違えないように思う。僕は音楽的センスは非常に乏しいことは知っているのである時期までとにかく大量に聴き、それについて考え良く分からない所は色々な文献にあたって精査した。そのコツコツと積み上げた経験に基づき音楽に向き合っている。それはビーバーが流木を一本ずつ積み上げ流れを堰き止め生活の場を獲得する行為に似ている。僕はジャズ以外の音楽の良し悪しは良く分からない。ロックは一番のめり込んでいた10代の頃も好き嫌いが先行し良し悪しなど考えなかった。今も民族音楽やロックも多少聞くが大きな意味での音楽状況方向性などに興味が全くなくなってしまった。
過日池田と松島のそれぞれの楽器クリニックをやった。その中で好きなミュージシャンを上げてもらう質問をした。二人の学生が携帯で名前を調べ始めた。名前を度忘れしたわけではない。例えば枯葉をやろうとする。サブスクで気に入った演奏を捜す。気に入らなければ次を捜す。音楽や映画を早送りで見聞きする行為につながる。その際演者はあまり気にしないと言う事だ。アルバム単位で聞く事はないのでミュージシャンの全貌は決して分からない。時代の流れとは言え残念なことだ。僕はyoutubeでも音楽聞かないのでデータベースの母数が相対的にどんどん減少している。そういう事に時間を割いている余裕がないからだ。この年になって知らないことが多すぎることに愕然とし遅きに失しているとは思うがそちらの勉強をしている。音楽の構造は譜面と音楽用語でしか語れないかもしれないがその音楽の価値はその外堀を埋めていくと際立つことが有る。音楽を大きくとらえると言う事は循環コードの解釈だけではなくそういう事だと思っている。
石破おろし総括
石破総理の積極的支持者ではないがもう少し頑張ってくれるのではという淡い望みを抱いていた
それは次期総理候補として下馬評では上位にいる小泉進次郎、高市早苗の名前を聞くたびに暗澹たる想いになるからだ。総裁選前倒しという踏み絵を突きつけられて党分裂と言う選択肢は選び難かったという任侠の人で有ったと言う事である。野党共闘は望めず立憲民主党は存在感は全くない。自民党は徹底した利権政治である。政治献金を裏金としてため込みびた一文税金は払わない。そしてその業界、団体に有利になる政策、法案を打ち出す。官僚はその立案に汗水流しそのご褒美に天下り先を紹介してもらう。政財官の強力なトライアングルが形成されている。それは全盛期のキース・ジャレットトリオのように盤石であった。問題の根幹に裏金問題が有ったはずである。石破総理が根性あれば衆議院を解散し裏金議員は公認せず刺客を立てるくらいのことをすれば自民党は割れるかもしれないが国民の支持は得られたはずである。自分としては自民も立民も分裂し政界再編が起こることを願っていた。「夢見るシャンソン人形」と揶揄されるかもしれないが思ったことは表明しておく。この石破おろし騒動は第三次世界大戦が起こるかもしれないという今の状況ではコップの中の嵐に過ぎない。そしてそれに加担したのが読売、毎日の大手の新聞社である。読売は石破辞任の号外まで打って政局を動かそうとした。もはやジャーナリズムの程をなしていない。自民党新聞部の部活動に墜落している。日本は政治的にも経済的にも文化的にも坂を転げ落ちている。細かいことは良い。将来の展望を示してくれる政治家の出現を切に、切に願う一市民である
秋の8daysご報告と御礼
週末の池田篤、松島啓之のクインテットをメインイベントに据えた秋の大催しが無事に終わりました。
週末は二日間満席でした。ただホテル代の高騰、航空券も時期、曜日によって金額がかなり上下する現在の状況では決してペイすることはありません。それを通常営業の収入で補填することは出来ない状況にあります。今回も頂いたカンパでしのぐことができました。本当にありがとうございます。支援してくれる方がいると言う事はこう云う企画を続けろという天の声として受け取っています。回数は減らしても行けるところまで行こうと思っています。次回は11月20日からの魚返トリオをメインにした5日間です。今回ほど長くはないのですが日程がcity jazzのメインアクトとまるかぶりしていて苦戦が予想されます。引き続きご支援を賜りたくお願い申し上げます。カンパを頂いた方には御礼のメールを出させていただきましたがご連絡先が分からない方もいらっしゃいます。この場を借りて御礼申し上げます。
カンパ先
北洋銀行札幌駅南口支店 普通預金3624418 ヨシダナオシ
2025.9.8 魔夏の夜のジャズ

松島啓之(tp)池田篤(as)本山禎朗(p)三嶋大輝(b)柳沼佑育(ds)
この数年来、札幌の夏はひと月以上長くなっている。特に高齢者にとっては、筆者もその当事者として耐えがたきを耐える魔夏である。汗をかきかきレイジーに向かう道すがら、池田と松島の熱い音が頭に被さって来た。到着するとスペシャル編成に吸い寄せられるように場内も大勢が詰めかけ、舞台は既に整っていた。程なく「やりましょうか」という店の呼びかけとともに全員定位置に就き、間を置くことなく演奏開始となった。オープニングは迸る松島のオリジナルで真っ向勝負、この光源から突き出てくるような松島とそれを包むような池田の音を皆な待っていたのだろう。一発で仕留めに来られ、初っぱなから大盛り上がりだ。この両者は大きい編成でのキャリアを積んでいるので、優れた調和感覚を持っている。上手くは言えないが、例えば個人的な感覚では「奇数」というのは尖っており、「偶数」は丸まっているイメージがある。この2管はそれぞれ自己証明として「奇数」で演奏しているのだが、算術的に「奇数」と「奇数」の和は「偶数」になる。ここで「奇数」を個性に「偶数」を均衡に置き換えると、個性と個性の和は均衡、つまり安定が損なわれない状態に帰着する。聴き進むにつれ、私たちはそう納得させられていることに気づくのだ。一般に選曲構成は、程よくバラードを挟みながら、最後を飾る曲は、その日のハイライトをなす。今回はH・モブレイの曲だった。フロントの二人はバップの洗礼を受けて今日の姿へと派生させて来ており、20世紀中期の伝統を改めて研磨するような圧巻の演奏が繰り広げられたのである。余談めくが、ある曲の演奏中に柳沼の方からピョ~という謎の音が飛び出し、全員の視線が一斉にドラムに集まる不思議な瞬間があった。この超常現象、誰の差しがねか不明だが、リズム・セクション陣の躍動感は特上現象であったと言っておこう。演奏曲は「Back To Dream」、「Miles Ahead」、「Darn That Dream」、「Peggy’s Blue Skylight」、「On The Trail」、「The Shadow Of Your Smile」、「It’s Easy To Remember」、「Roll Call」、アンコールは「Have You Met Miss Jones」。
冒頭で何故自宅を出てからの様子に触れたかというと、筆者にとってライブとは開演前の気分の高まりから、終演後の余韻までと理解しているからだ。全てがこのパターンに当てはまるとは言えないが、この日はドンピシャだった。店のドアを出た時に無性に1950年代を聴きたくなった。これは今夜のライブの余韻から生まれたものである。 魔夏の夜も悪いことばかりではない。ジャズの子たちはみな踊ったのである。(M・Flanagan)
2025.8.25 村田千紘トリオ 優美 So Nice

2025.8.25 村田千紘トリオ 優美 So Nice
村田千紘(tp)平田晃一(g)若井俊也(b)
このライブは村田が今年リリースした「In The Mood For Chet」のリリース記念と位置づけられている。本作は文字通りChet Bakerに対するトリビュートであり、この日は収録曲に忠実な選曲となっていて、チェットへの思いに導かれるままに律しようとしていたようだ。チェットはヴォーカリストであることもあって、原曲に丁寧に寄り添う演奏家である。村田はそういう向き合い方を継承しようとしているのだろう。そうだとすれば、彼女は地味ではあっても相当負担の掛かることを引き受けようとしているのではないか。それは例えば画家が着衣のない裸婦を描くように、隠すもののない対象から想像力を引き出そうとすることに似ているだろう。ともすればジャズは余分なものが多くなりがちになる音楽なのだが、それが大きな魅力でありつつ煩わしさを伴うこともあって際どい。村田にあっては、曲のイメージを損なうことのなく粋に纏めることに徹しており、少しのけたたましさもない。かくして優美 So Niceという印象につながるのである。さて、筆者は平田を聴くのが昨年に続いて2度目である。彼は野心家には見えないが、演奏は強い意思のもとに相当練り込まれているように思う。前回は正確無比なところを見定めて終わったが、今回はそれに加え出色の音色に関心が寄ること至極。そして若き重鎮の俊也。兼ねがね気になっていたが、彼にも弱みがある。それは満点以外は取ることができないことだ。実に羨ましい限りである(笑)。演奏曲は「But Not For Me」、「With A Song In My Heart」、「Sweet Lorrain」、「I Fall In Love Too Easily」、「Bernie’s Tune」、「September Song」、「My Funny Valentine」、「Moon Light Becomes You」、「イチボ(オリジナル)」、「Look For The Silver Lining」。
ここで個人的なチェット体験に触れてみたい。ジャズを聴き始めた初期のころ、チェットの歌声がどうにも受け入れられず、長らくブランクを作ってしまったのだ。その当時は若者だったこともあってか、手っ取り早い刺激に傾くことが多く、主としてアグレッシブ系の演奏を好んでいたはずだ。その後色々な演奏に出会うにつれ、傷跡がすっかり無くなるように「チェットっていいな」に転じていった。拒絶と受容の関係は不変ではない。時の経過が媒介されるとひっくり返ってしまうことがあるのだ。一過性の熱中盤もあれば、派手さはなくても手放し切れないものもある。それを知らしめてくれた一人の中にチェットのような演奏家がいる。その意味でチェットはチョット重要だ。
(M・Flanagan)
辞任と退任
「再生の道」代表石丸伸二の辞任記者会見を見た。これが辞任なのか退任なのか交代なのかそんなことはどうでも良い。そもそも政党にはある党規約なるものがない団体である。昨年12月にyoutube番組で参院選前後まで代表を務めると発言したらしい。そんなことは一般人は覚えていない。
記者会見の冒頭新聞社二社を具体的にあげ悪意をもった報道があったとし徹底的にあげつらい記者たちを萎縮させた。一人だけが執拗に質問していたが遮られ以後質問の機会は与えられなかった。あまりの対応に腹をたて途中退席したと後で知った。それ程醜悪な記者会見であった。どうでも良い質問が続き尺だけ稼ぐダラダラしたソロが続くジャズライブを見ているかのようであった。石丸は安芸高田市長時代から典型的なパワハラ野郎であったが今もその点ではⅠミリもぶれていない。都知事選二位につけてた勢いで都知事選参院選にも擁立したが全敗であった。参政党に投票した有権者も再生の道には投票しなかった。絶望の中にちょっとした光明を見る思いであった。だが都知事選であれだけ熱狂していた有権者がいとも簡単に醒めてしまうのかとも訝った。この党の候補者は上から目線の人間が選ばれている。社会で一定の評価を得た人間の集団である。石丸は広島県知事選、東京都知事選も視野に入れて政治活動を続けていくという。どういった人間かと言う事を決して忘れない事である。後この記者会見で改めて大手メディアの記者の劣化が目に付いた。恫喝されてお手盛りの質問しかできない記者が多すぎる。単なるサラリーマン記者である。事実の奥に真実が隠されているという気概を持たなければSNSの再生回数を稼ぐ動画に負けてしまう。それはとりもなおさず民主主義の死を意味する。
カンパのお願い
以前から東京のミュージシャンを呼び札幌のメンバー、社会人、学生との交流をしてもらっています。それが一週間に及ぶこともあります。それが売りで最大の楽しみでもあるからです。交通費、ホテル代はこちらで負担しています。そういうことをやっている店は札幌には有りません。必ず赤字になるからです。その分は通常営業で補填していました。それがインバウンドの増加で航空券の値上がり特に契約していたホテルの高騰をカバーできなくなりました。満員になっても全部ホテル代に消えていくこともありました。企画の本数は減らしていますが9月、11月、1月に入っています。最低ここまではやり遂げたいと考えています。そのためのカンパをお願いしたいと思っています。よろしくお願いします。
振り込み先 北洋銀行 札幌駅南口支店 普通預金 口座番号3624418 ヨシダナオシ
学生all stars 企画について
プロと学生が共演する企画が学生all starsという名称で定着してしまった。1.2年生で昼ライブを経験し2、3年生で夜ライブをやってもらう。そのうち限られた部員が卒業までに東京のプロと共演する機会がめぐってくる。僕も学生もそういう認識で一致していた。ところが最近は3年生から就活せざるを得ない産業界からの圧力で学業、部活共々集中できる期間が短くなってきている。それに伴って学生all stars 企画もデフレ傾向、青田買いになってきているがそれなりに意義はあると考える。先日も松原慎之介に学生の相手をしてもらった。学生のリーダーは大学に入ってから楽器を始めた二年生K頭である。普通はあり得ない企画である。まだ楽器もそんなに上手くないK頭にある伸びしろを感じた時があった。そしてその経験を後輩に伝えてくれそうな気がしたのである。慎之介のasとドラムのデュオになる瞬間があった。必死に食い下がるK頭には感動すら覚えた。そつなく足並みそろえる北朝鮮の軍事パレードのような演奏より若い時しかできない演奏を披露してほしいと思っている。今までプロの能力を試すような選曲をする学生もいたがあまり感心しない。プロだって演奏するときは楽しんで演奏したいはずである。どういう選曲をし、どういうリハをするかでその日の演奏の形は想像できる。この企画で学生に伝えたいことは北大ではなんとなく共通認識として定着してきているような気がする。亡くなった鈴木央紹が言っていた。ライブハウスが満席でも聴衆に若者がいないと危機感をおぼえる。・・・・・・と。距離感を縮めるのには一緒に演奏することに勝るものはない。その感動と記憶を抱いて社会人になったら全国に散ってほしいと思っている。全国をツァーする東京のミュージシャンからどこそこに誰それが来てくれたと時々連絡が入る。本当に嬉しい。それを糧に堪え難きを堪え忍び難きをしのぶものである。
臼庭潤命日
lazy birdは東京の一部のミュージシジャンの間では有名である。本田珠也がドアーを蹴破った店として、何より臼庭潤が自己のグループでライブレコーディングをしてくれた店としてである。もう15年になる。今年6月であったろうか臼庭の親友がlazyを訪ねてくれた。東京でも追悼ライブは亡くなったようである。lazyでもある時期まで臼庭と親交のあったミュージシャンを呼んで追悼ライブを行っていた。峰さん、珠也、米木などそうそうたるメンバーであった。流石に年数経つと臼庭を知っている人間が少なくなって追悼ライブを決行しても寂しくなってしまう。lazy での伝説のライブがある。臼庭、津村和彦、セシル・モンロー、米木康志、田中朋子がメンバーである。もう3人が鬼籍に入っている。今日はたまたま田中朋子のレギュラーグループのライブである。3人を思い出しながら静かにライブを聴こうと思う。臼庭の思い出は山ほどあるが今回は音数少なくマイルスの様に〆るものである。
靖国神社参拝問題再考
参政党神谷代表が終戦記念日に国会議員、党員50名ほどで靖国神社に参拝に詣でると公言している。これだけ大規模にアピールすると多分近隣のアジア諸国からは抗議のメッセージが発せられるはずだ。
だが問題の本質はその前にある。政教分離で国家権力は特定の宗教を擁護しないとしてきた。平均的な日本人なら特に神道信者でなくても正月に神社に行き家内安全、商売繫盛やら立身出世、増毛成就やらをそれに見合う賽銭も入れず願うはずである。これは文化の領域であり宗教ではないと逃れてきた経緯もある。まず靖国神社は一宗教法人である。神社本庁にも加盟していない一独立宗教法人である。その立ち位置は統一教会、幸福の科学、天理教と同列である。政教分離は行政と特定の宗教が癒着することを禁じた憲法上の問題である。だから総理や大臣が靖国参拝をするのが問題なのである。たとえばの話であるが石破総理がブードー教の信者で予算委員会の前にジミヘンのブードー・チルをかけて牛の首を落としその生き血をすする儀式をしたら国民は全員引くと思う。靖国参拝は質的にはそれと同じである。A級戦犯が合祀されている、・・・中国、韓国が騒ぐという問題は次の位相の問題である。よく米国のアーリントン墓地の例が出されるがあの場所は無宗教である。カトリックもいる、プロテスタントもいる、創価学会だっているはずである。それぞれの信ずる宗教の作法で眠りについている。参政党の参拝行為は法的には限りなく灰色であるが心情的には完全にアウトである。戦没者追悼行為を完全に人気取りにしている。
原爆が落とされたかもしれない都市、新潟
8月15日戦後80年を迎える。戦争を知っている人間がいなくなった時次の戦争が始まると卓見を述べたのは田中角栄である。僕が小さいころ周りには戦争を経験している人間が大勢いたし兵役を経験した叔父もいた。だがあまり戦争の話しを聴いたことがない。今考えると皆口を噤んでいたのではと思うのである。広島、長崎に原爆が投下され日本政府は降伏を決めた。戦後の資料で小倉、新潟も投下候補地になっていたことは知られている。だが原爆疎開が新潟で行われていたことはほとんど知られていない。当時の新潟知事畠田昌福は内務省から派遣された官選知事である。当時の内務省の考えは混乱を招くだけという考えで疎開には反対であった。畠田知事はなぜ市民を疎開させる考えに至ったのか・・・。当時日本は朝鮮半島、中国大陸を支配する国であり行き来の重要な都市が新潟であった。米軍は都市部を爆撃するのではなく港に機雷を落し船舶を爆撃したという。都市部が爆撃されない事実と近郊の長岡市に一発だけ爆弾が投下された事実から次は新潟だと判断した。長岡に投下された爆弾はパンプキン爆弾と呼ばれる原爆投下訓練用の爆弾である。政府の考えに抗って市民を疎開させる英断をした知事が当時にいたことに驚く。この当時の資料はほとんど残っていない。畠田知事も70年代に亡くなっている。畠田知事は戦後横浜市の公職につきある公園を作った。それが有名な「港が見えるガ丘公園」である。そこから見える風景は新潟港に似ているということだ。
付記
私事で恐縮であるが最初の関東勤務の会社員時代千葉の市原から時々港が見える丘公園に行っていた。そこからの景色は小樽にも少し似ている。
山田洋次の映画を見て思い出したこと
山田洋次監督の映画を見る時いつもある種の気恥ずかしさを感じる。それは「幸せの黄色いハンカチ」でも寅さんシリーズでも今回見た「家族」でも同じである。ある家族像が提示されそれを取り囲む密接な地域共同体が有り、時に壊れそうになる家族も災難、不幸を乗り越え絆を深めていく。悪者は出てこない。家族像は横暴ではないが典型的家父長制でありそれを支える妻は甲斐甲斐しく夫、義父に使える。今の時代ではミソジニー問題で引っかかるかもしれない。その役は倍賞千恵子が演じている。これは典型的な昭和の家庭像で多かれ少なかれこれに似ている。我が吉田家も母親は倍賞千恵子ほどきれいではないが映画に描かれている家庭と相似形である。だから気恥ずかしいのである。テレビが我が家に来た頃アメリカのホームドラマを見てびっくりした。台所には箪笥の大きさの冷蔵庫がありダディは会社に行くとき「ハニー、行ってくるよ」といってキッスをするのである。弁当はもっていっていないようだ。全然うちと違うと子供心に思った。憧れは持ったが気恥ずかしさは無かった。遠い世界のことであると思っていた。「家族」は長崎の離党に住む5人家族が北海道の中標津に知人の酪農業を手伝うため移住する話である。未開の根釧台地を艱難辛苦を経験しながら開拓する映画と思いきや中標津に到着するまでのストーリーが8割占めるロードムービーになっていた。時代設定は1970年。長崎空港から中標津空港まで飛行機で行くはずもなく船、列車を乗り継いで行くのである。これは老人、幼子を連れて行くのは一大事業である。実際赤ちゃんは途中で病気になり命を落としてしまう。車窓から見える風景が当時を象徴している。途中夫の弟の所に寄る。広島県の福山市に住んでおり大手の化学工業会社に務めている。勤務している工場が映し出された。工場の中をバスが走っていると倍賞千恵子が驚くのである。高度成長期の日本の姿である。この時代設定より少し遅れているが僕も最初の勤務地千葉市に行った時社宅のある市原市まで湾岸道路を走った際途切れることなく続いているコンビナートに驚きこれが日本の経済を支えているのだと実感した。今も大阪で万博が開催されているが1970年も大阪万博の年でありこの家族も会場まで足を運び外から太陽の党を眺めている。日本が世界に復興した証を見せられる機会でもあったのだ。新幹線の車内の事である。長旅で疲れて寝ている夫婦を義父役の笠智衆が起こすのである。「富士山が見えるよ」同じことを経験したことがある。高校の修学旅行のことである。札幌を夕方出発し鈍行列車、連絡船、鈍行列車を乗り継ぎ東京で新幹線に乗り継いだ。若いとは言えほとんど寝ないで東京まで来たので新幹線の快適さと相まって寝ていたら「富士山が見える。富士山だよ」と起こすおせっかいな奴がいたのである。
物語は根釧台地が緑に覆われる6月で終わるのであるがこれはこの家族がこの地で上手くやっていけることを暗示している。山田洋次監督の映画はたとえばヒッチコックの映画の様に不安を残して終わることはない。だからちょっと気恥ずかしくても見るのである。
石破総理の進退
自民党の支持者でもないし石破総理の積極的支持者でもないが今の状況では石破総理に今しばらく続投してもらうほうが良いのでは考えている。トランプ関税が上がったり下がったり合意文書もなくある着地点にひとまず落ち着きそうな気配である。全く根拠のない数字であり自由主義貿易を衰退させる愚行であると思うが今トランプと対峙するだけの時間は石破総理には残されていない。ヨーロッパではアメリカ離れの機運が助長されつつありそれはパレスチナ国家の承認に繋がる流れになっている。アメリカの属国からの脱却を目指す外交政策を目指すならばアジア各国との関係性が重要となってくる。先の参院選で極右勢力が勢力を伸ばし排外主義が台頭しつつある。今の政局では高市早苗が総理となり極右勢力と連立を組むという枠組みはないとは思う。だが裏金問題の本丸であった安倍派が息を吹き返しつつある。石破総理には自分がでやりたかったことに足枷をつけてきた安倍派に打撃を与えることをやり遂げて有終の美を飾ってほしい。それは戦後80年談話である。安倍総理の左記の戦争を人ごとの様に語った70年談話を上書きして葬り去ってほしい。それがアジア諸国との共生、日本の経済復活の端緒となりえると思うのである。
2025.7.25 平倉初音trio 収穫祭

平倉初音(p)伊藤勇司(b)柳沼祐育(ds)
「頼んだぞ」。 レイジーでは安定的に来演回数を重ねると宿題を課される。これは特別推薦のメンバーを連れてくることであって、決まってウーロンやジンジャーをオーダーするような軽い選択ではない。柳沼の人気者生命が懸かる人選注文である。そこで白羽の矢を立てられたのが、平倉と伊藤である。柳沼に限ってレンジでチンのような即席技に手を出さないだろうという確信はあった。筆者の主たる情報源はレイジーのLIVEなので、初めて聴くこの二人についての予備知識がない。逆にそのことによって、本腰を入れて聴く体勢が整うのである。まずはベース。伊藤は楽器がもっと鳴らせと要求しているかのようにゴツいフレーズを連発する。これがライブならではの空気感を増長させ、ビシビシ太いメッセージが伝わってくる。こうして伊藤の演奏は十分腑に落ちるところとなって行った。いま彼ら30代のベース実力者層は厚く、それ故にジャズは細ること知らずだと思わせる。伊藤は確実にその一翼を担っていると言ってよい。そしてリーダーの平倉。最初はモンクで始まったが、オリジナルが採り上げられて行くにつれ、彼女の演奏特性に気づいていく。自作曲を手慣れた”一丁上がり~”にしておらず、探って探って曲の核心を突いて行くというように演奏している。この探りの部分は非常に重要であると感じている。こうした思索的一面とは別に、思いっきりノリまくるところも大きな聴きどころをなしている。「アタシ小料理も得意だけど喧嘩だって負けないわ」という演奏なのである。割と綺麗に纏める派を想像していたのだが、全く違っていた。一つ加えると、バラードが素晴らしく大いに感心させられた。彼女のキャリアについてはよく知らないが、この大きな拾いものは、交番に届けて人手に返したくないと思わせるものだった。トリオとしての躍動感も出色で、レイジーが押す”まだ見ぬ才能シリーズ”は、ここでまた成功率を高めた。かくして柳沼は難関レイジー人材派遣検定を突破したのである。今ごろはヤレヤレのアクビをしているだろうが、それは許そう。演奏曲は「I Mean You」、「Spirale」、「Waltz For Monk」、「But Beautiful」、「Sea Raccoon」、「Mysterious Apple」、「Triste」、「Poor Butterfly」、「Moon And Venus」、「Things Ain’t What They Used To Be」。
1日置いてNAMIさんと平倉のDUOを覗いてみた。平倉の演奏姿勢をたっぷりと確認できたとだけ言っておく。僅か二日ではあったが、手持ちの籠が溢れる収穫祭であった。(M・Flanagan)
政治と音楽
今回の参議院選で音楽と政治の関係について考えさせられる事案がいくつかあった。さやという参政党候補が当選した。肩書がシンガーソングキャースターとあった。それ以前は演歌歌手をやっていた事は他の筋から知っていた。この人物経済政策は三橋貴明、防衛政策は田母神俊雄のパクリである。他の分野も影響を受けた人の丸コピーである。素直と言えば聞こえが良いが中身が空っぽなのである。それは演説を聞けばわかる。良識のある演歌歌手には申し訳ないがどうせ頭の悪い演歌歌手がどこかの大物人物に後押しされて引っ張り上げられたのだと思っていた。最近ジャズシンガーであったことを知った。操り人形とはいえ差別主義者にジャズなど歌ってほしくないのである。ジャズがここまでに至る歴史が改竄される悪夢が頭をよぎる。ビリー・ホリディの「ストレンジフルーツ」の歌詞を今一度読み直してほしい。
大江千里という以前シンガーソングライターだった人間がいる。そこそこヒットしていたことだけは知っている。どうでも良いことだが顔がジャズピアニスト佐山雅弘と似ていた。大江がジャズピアニストに転向したことも知っていた。職業選択は個人の自由とは言えタワマンに住んでいた者が6畳一間風呂なしのアパートに引っ越してくるようなものだ。大江がSNSで平野雨龍という極右思想の持主の女性候補を持ち上げる発言をしていた。「彼女の発言の真意がわかるまで日本人は数年かかるだろう・・」はっきり言うが真意は1分でわかる。平野雨龍は参政党以上の差別主義者である。大江はニューヨークに住んでいた。そこで逆差別された事は十分考えられる。だからと言って短絡的に差別主義に傾倒するのはいかにも薄っぺらい。ジャズを心ざす者は差別との戦いの中から生まれた音楽であった思い出す必要がある。
私事であるが今年の秋マイルスバンドに所属していたケイ赤城トリオの話しがあった。条件があわず実現しなかった。ドラムが吉良創太である。今回東京都から立候補して当選した吉良よし子という参議院議員がいる。コロナ期国会で菅総理に質問した「私にはジャズドラマーの弟がいます。総理はライブハウスの状況をご存じですか」という内容であった。
SNS上で吉良よし子が「ジャズとはどういう音楽ですか」と問われた時の答えが実に的確であった。
ジャズに関わってきた人間にはアル中、シャブ中、米泥棒、不倫好き、あらゆる社会不適合者が含まれている。だがこれらは個人的に落ちていく人間である。これらを排除していたら聴く音楽はなくなってしまう。だが構造的に差別、排除に寄与する人間の音楽はその事実が分かった時点で僕は聴かなくなる。身近にそういう人間がいない事を祈る。
熱闘8days
外も暑いがlazyの中も熱い八日間であった。今回のメインはドラムの柳沼にlazyに来たことない若手のトリオでと依頼した。勿論演奏、人柄の両面で自信をもって紹介できる人間であることが暗黙の条件である。このセリフはベースの三嶋に言ったセリフである。その時柳沼はlazyに初めて来た。ベースは伊藤勇司、ピアノは平倉初音。伊藤は重戦車の様なサウンド。初音は伝統的なものを消化したうえで違った領域の色彩感を感じた。詳しくは牛さんがライブレポートを書いてくれるはずだ。二人とも明るい性格で酒も結構飲めるので二人は一日おきに二日酔いになっていたようだ。いつも最後は柳沼と残ることになり「やっと二人きりになれましたね」とちょっと照明を落し怪しい雰囲気の中、最高に馬鹿馬鹿しい話しをするのである。帰りは毎日4時過ぎ。もう普通に明るく尚且つもう暑い。自宅に帰ると締め切った部屋の中が35度もある。無理くり仮眠をとり早めの朝食を済ませ店に避難する毎日であった。五日目の金曜日中本マリさんのツアーで来ていた米木とギターの荻原亮が寄ってくれた。伊藤は荻原亮のユニットにも参加している。こうなると誰も帰れない。荻原亮は酒がちょっと減るとわんこ蕎麦の様に継ぎ足してくる。こうして大量のいも美が消費され最終日には酒屋さんに「品切れで暫く入荷しません」と言われた。その金曜日関西圏をツァーだったらしい珠也から連絡が入った。二か所にlazyでも演奏をしたこともある北大jazz研のOBが聴きに来てくれたとあった。僕はこういう繋がりがとても嬉しい。若者はジャズの未来を支えるリスナーであり、貴重な納税者であり、狂い始めた日本の目撃者でもある。そんな願いを込めて今回は最初と最後を学生にお願いした。いづれも楽しい演奏であった。柳沼も初音も意図をくみ取り快く引き受けてくれた。一緒に演奏した記憶は末代まで残り一生のフアンになってくれるはずである。若い時に打ったシャブの味は忘れないものである。東京でlazyは「打上のlazy」として一部のミュージシジャンの間では有名だそうである。
参院選争点とハーモニー解釈
ジャズのライブが主の店である。演奏後の演者の打ち上げ話には二種類ある。世間話とまじめな話しである。まじめな話というのは音楽の話しである。時にコードチェンジの話しになる。パッシングデミニッシュコード、裏コード、偽ケーデンス・・・素人には何言っているんだろうという話が続いたりする。厳密にいえば一つのコードを変えるだけでサウンドが変わる…はずである。それが聴衆にわかるかどうかは別の話である。大きく捉えるという考え方がある。良く例に出されるのは「I got rhythm」のような2泊ずつコードが変わるときの解釈の仕方である。スイング時代の様に忠実にコードトーンをつないでいく方法からモーダルに考えドリアン一発で紡いでいく方法まで千差万別である。だが大きく捉えるという問題はコード解釈に留まるものではない。音楽そのものに対する考え方である。明日は参院選である。国のかたちを決める重要な選択であるはずだが問題はどんどん矮小化されていった。毎日の異常な暑さの原因は語られることなく、こんなに貧しくなった日本の経済状態の原因も反省することなく、とりあえずの生活苦のはけ口を減税か給付か・・・という問題にすり替え、さらにそれを外国人のせいにするコードチェンジが出てきた。このコードチェンジが受けると思うや否や自民党や立民もこのコードチエンジに乗って選挙を戦おうと戦略を変えてきた。微細なコードチエンジの奥に隠された音楽の本質を嗅ぎ取るように投票先を選択したい。
SNS選挙の手法
これほどまでにネット情報が選挙の行方を左右するとはにわかに信じがたかった。参政党は都議選で初議席を獲得した。まあ、自民党の裏金問題もあるし右派の票が流れたくらいにしか考えていなかった。参院選が始まった。ここでも当初「台風の目」的扱いであったが勢いが止まらない。東京都では泡沫候補であった参政党「さや」はトップ当選を勝ち取る勢いであり各選挙区でも善戦している。代表神谷宗幣の演説を何度も聞いた。その都度新しいデマがちりばめられている。ファクトチェツクが必要ないほど常識で考えてもそれはないでしょう・・・というものも含まれている。当然ジャーナリストから突っこまれるがそこは親衛隊みたいな存在が出しゃばってきて質問を遮る。これを切り取り動画で見ると神谷宗幣が上手くあしらっているように見える。神谷は有権者が何に食いつくかを熟知している有能な営業マンである。政策には日本を戦前に戻す内容が盛り込まれているが街宣ではそこまで言及されない。主たる政策は3本ある。1排外主義的経済政策2農本主義的エコロジー3復古主義的文化政策。街宣で繰り返し主張するのは1の部分である。外国人のおかげで日本人は貧しくなったとの錦の御旗を掲げる。日本人を豊かにするとの大義目言い分のもとまず共感感情をあおり次に指し障りのない具体策を提示する。食いついてくれば一番コアな部分を披瀝するという戦法になっている。参政党の憲法草案まで読む支持者はほとんどいない。一番コアな部分は大奥に絹の風呂敷に包まれて奉納されている。支持者が何故参政党になびくかというと真実はSNSの再生回数にある・・ということがまかり通っているからだ。この傾向は今回に始まったことではない。神戸知事選の斉藤、都知事選の石丸にも風を送った。しかし我々はいつからこんなに馬鹿になったのか。
As times goes by 日記 7月17日 コルトレーンの命日
毎日自宅へ帰ると締め切った部屋が30度以上ある。換気をして、ある程度涼しくなってから寝ようと思うのであるが若い時の様にいつでもどこでも寝られるということはなくなった。あるポイントを過ぎると眠気が訪れない。入りそびれたテーマに入るのに1コーラス流す感覚と似ている。せっかくテーマには入れても睡眠時間というソロが段々と短くなってくる。それもダイヤル盤時代のパーカーの珠玉の短いソロともかけ離れた中途半端な睡眠で起きた時からすっきりしない。それにこの暑さである。昼寝もできない。早めの昼食をすますと店に避難している。せっかく早出したのだから事務作業をやってしまおうとは思うのだが日にち、時間帯によってネットに繋がりづらくなっている。そうだ日記を更新しようと思い日付を入力した時コルトレーンの命日であることを思い出した。
ジャズにのめり込み始めて頃時代はコルトレーン以降のポストフリーの音楽を模索していた。ジャズ喫茶ではまだコルトレーンが主流でかけられており僕も半分洗脳されていたのでコルトレーンより軟なものは聴かないと心に決めていた時期がある。セシル・テイラーが「マッコイ・タイナーはサロンピアニストである」と発言したのを聞いてちょっと困ったことになったと感じたことを思い出した。インパルス時代のマイフェバリットシングスやインプレッションが入っているものを聴きエネルギーの在り方の違いを確かめていた。バラードの時のメロディーを限りなくストレートに吹く奏法はモーダルな奏法のある意味での限界を示していると思っていた。それはプレステージ時代歌ものに固執して録音していた音源を聞くと確信できる。コルトレーン死後誰が後継者かという問題がジャーナリズムで取りざたされていた時期があった。ディブ・リーブマンやエイゾー・ローレンスの名前が挙がっていたが皆コルトレーンの亡霊におびえる存在でしかなかった。評論家油井正一が「同じ楽器から後継者が出るとは限らない。後継者はマッコイタイナーである」と発言したのは卓見であった。コルトレーン死後自然回帰などが叫ばれ牧歌的な、あるいはスピリチュアルなサウンドが流行りだした。「リターントゥフォーエバー」「パストラル」はその典型である。コルトレーンが亡くなったのは40歳である。それまでにあの偉業を成し遂げているのである。こちとら70歳過ぎても何も残していないことを恥じながら静かにコルトレーンに手を合わせるのである。
