2019.3.28 八木に弾かれて 

八木隆幸(p)秋田祐二(b)伊藤宏樹(ds)
 北海道でのライブは初めてだという八木隆幸氏。この大学准教授のような名前を知らなかった。足を運ばせたのは、その日が金曜日という偶然に過ぎない。まずは、演奏曲を紹介しよう。「アイ・ヒア・ア・ラプソディー」、F・ハバードのワルツ「アップ・ジャンプド・スピン」、「ハヴ・ユー・メット・ミス・ジョーンズ」、「ピース」、W・ビショップ・JRの飼い猫の名から自作「サッシャ&JJ」、「ジャスト・ワン・オブ・ゾーズ・シングス」、「ストールン・モーメント」、D・ピアソン「ジーニーン」、「ファースト・ソング」、自作「ヴュー・フロム・ニュー・アーク」、ジョーヘン「セレニイティー」、「キャラバン」、R・ウェストン「リトル・ナイル」。スタンダードや人気曲が多く盛られており、最後まで淀むことなく進行した。この人の特徴は何といっても歯切れの良さとアクセントの付け方が巧みなことだ。このことが端正さを失うことなくダイナミックにスイングさせることを可能にしているのだろうと感じた。今回は臨時編成のトリオなこともあって大きな展開を狙ってはいなかったように思われるが、その分だけ散漫になるのが回避され、どちらかと言えばスタジオで録音しているのをその場で聴いているようなライブだった。演奏の合間々々の語りによれば、自身の原点をビ・バップに置いていることやN・Y時代はこの日の演奏でも採り上げたW・ビショップJRに師事していたこと等を披瀝していた。こうした断片的情報と演奏が繋がり始めると、この人の目指してきた演奏家像が少しずつ視えてきた。八木は演奏をキッチリ仕上げることに細心の注意を払うタイプなので、聴く者の耳に納まりが良く、こういう正統派の演奏家にはきっと根強いファンがついているに違いないとも思った。
 終演後、八木とささやかな共通話題があることが判明し、その勢いで昨年リリースしたCD『New・Departure』を手にする羽目になった。そのCDは、“Out Of The Blue”のラルフ・ボーエンら2管と強力なリズム陣を配したクインテット編成のもので、聴いてみた八木の印象は本日と同様にバップ精神を今日的な色彩に塗り替える姿勢が明快に伝わって来た。アルバム全体もスリリングで分厚い演奏が楽しめる会心作であると推奨しておく。なお、かつて“山羊にひかれて”というカルメン・マキの歌があった。今回初めて“八木に弾かれて”の機会を得たが、次回があるか否かは誰も知る“メェー”。
(M・Flanagan)