コンプレックス文化論 武田砂鉄著

今日買ってきた本なので読み切ったわけではない。前書きを読んで目次を眺めていた。コンプレックからどのような文化が生まれてきたかを考察した本である。章別に色々なコンプレックスが列挙されている。天然パーマ、下戸、一重、親が金持ち、遅刻、背が低い、ハゲ等々。遅刻の章をぱらぱらめくってみた。ひよっとしたら日本jazz界の大御所Oさんの事が考察されているかと思ったが名前はなかった。この章は後でゆっくり読むとする。やはり気になるのはハゲの章である。僕はハゲに関しては新主流派jazzに関してくらいうるさい。僕の頭髪事情に関して説明しておく。20代の時から若白髪でアンドレ・プレビンのピアノくらい白かった。ぺいぺいの会社員だった頃上司と銀行周りをしていた時の事だ。融資課長が僕に向かって預貸の話をするのである。「あの、課長はこちらです」と言った時の融資課長の驚きの顔を今でも覚えている。会社の戻ってから上司に「お前髪染めてこい」と言われた。白髪は禿げないという言い伝えがある。ガセネタである。30代の半ばで円朝の怪談噺の様にバサバサ抜ける時期があった。いちおう会社員なので今の様にバリカンで五分刈にするわけにもいかず中途半端な髪型にしている時期があった。それでもハゲに悩んだことは全くない。僕みたい感覚を持っているのを「ポジティブハゲ」という事をこの本を読んで知った。こういう事を研究している人がいるのだ。「禿を生きる 外見の男らしさの社会学」須長史生著の中で「ポジティブハゲ」の問題点を3点指摘している。一点だけ紹介しておく。禿げた男性に特定のイメージが付着した男性像(明るい、精神的に強い、外見を気にしない)を要請しているとある。自分の事を言われていると思った。このような「ポジティブハゲ」によって救われるのはごく僅かであり有害ですらある。ええ・・・と思ったが思い当たる節がある。自分はある分野は気を使って話すがある分野は雑になる。相手の立場で考えることの大事さを思い出した。勉強になる。
禿げはありがたがられる抜け道がある。例えば「デブ」「ブス」と公式の場で発言したとしたら一発レッドカードである。ドリフターズのコントで加藤茶がハゲカツラを被って「あんたも好きね」と言ってもセーフなのである。それは坊さんの世界では毛が生えている人より剃髪している人の方が徳が高い気がするからである。この本でも述べている。瀬戸内寂聴が剃髪してるからこそありがたく話を聞くわけでサザエさんみたいにチリチリパーマだとしたらありがたくないでしょう。そうかもしれないと思う。
気持ち良く禿げているストーンズのキース・リチャーズがミック・ジャガーがナイトに叙勲された時のセリフがいかしている。知りたい方は本を読んでください。
付記
本の紹介と言うよりハゲ談義になったしまった。ついでなのでハゲネタを紹介しておく。今バンクーバーにいるマークが言っていた。カナダは髪の量で散髪代が違うらしい。
「俺ならいくら」
「マスターはほとんどタダだな」
臼庭と例によって駄洒落を言っている時の事だ。ミュージシャンにあだ名をつけていた。小樽の素晴らしいサックスプレーヤーOは時々フルートを吹く。「ハーゲーマン」でどうだというところで話は落ち着いた。回りまわって本人に伝わってしまいむっとしていたという話を聞いた。その時僕は「ポジティブハゲ」と言う用語は知らなかった。

点字からはじまるメッセージ 吉田重子著

著者の重子さんは月一回のlazyのセッションにはほとんど出席する。時々ライブにも来てくれる。ホストの本山にピアノを習っている方だ。著作のタイトルから推察できる通り視覚障碍者である。最初に来た日にはスティビー・ワンダーみたいな凄い人が来たらどうしようと思っていたが一緒に楽しんでくれるレベルで安心した。その事を重子さんに言うとちょっと悔しそうではあったが笑ってくれた。来ているお客さんはみな親切な方なので店内の誘導や、帰りも地下鉄駅まで送ってくれたりする。僕も時々迎えに行ったり送ったりする。すると今まであまり気にならなかった点字ブロックや地下鉄の転落防止柵の事が気になるのである。重子さんは僕のブログを読んでくれておりコメントをくれることもある。まずどうやって読んでどうやってコメントを書くのだろう。そして見送った後はどうやって帰宅するのだろう。食事は・・・買い物は・・・旅行は・・点字の楽譜はあるのだろうか・・・とかいろいろな疑問が湧いてくる。だがどこまで聞いていいのやら根掘り葉掘り聞くのも失礼かと思案していると良い本を紹介してくれた。それがこの本である。視覚障害に限らず一枚皮をめくると世の中色々な問題が山積している。勿論音楽界にもある。だがこの本では政治的側面にはふれていない。健常者の理屈で回っている現実を違った視点から見ることは非常に有意義である。そこには想像力が働く。想像力はどの分野にも役立つ。
重子さんは社会意識の高い方である。それはブログ「右往左往日記」を読むとわかる。一度覗いてみていただきたい。
最近は呆れる政治社会問題が多すぎる。重子さんと緩く話し合う場を持てないかと相談している。上記の本読みたい方はレンタルします。
付記
8月末からの一大イベントに暗雲が垂れ込めている。トピック欄をご覧の上ご支援を賜りたい
 

言語が違えば世界も違って見えるわけ ガイ・ドイッチャー著

前奏曲
英語では「あなた」に相当する言葉は相手が大統領だろうがjazz barのマスターだろうがyou
である。Thyというシェークスピア時代の古語はあるが置いておく。汝は・・・とかそなたは・・・というニュアンスだと思う。ところが日本語は「あなた」「あなた様」「君」「お前」「お前さん」「貴様」「てめえ」「おんどりゃ」「おぬし」など相手との関係性によって使い分けている。
話は変わる。欧米人には「肩こり」がない。という議論がある。以前カナダ人のマークに聞いたことが有る。肩こりは英語でなんという・・・答えは「shoulderache」であった。これは明らかにニュアンスが違う。コリは痛みとは違う。Stiff shoulderという近い単語はある。だがその時のマークは肩こりを知らないと言う事になる。
話は中国に飛ぶ。「中国には従妹はいない」と言うと全員そんなことはないと言うはずだ。だが中国語には従妹という普通名詞はないという。父方、母方、父母より年が上か下か・・・などですべて名称が違う。儒教の影響で親族に関する語彙が豊富だ。
日本は四季がはっきりしている。それで草木の色に関する語彙は豊富だ。例えば赤。赤、朱、臙脂、深紅、茜色、薄紅色、珊瑚色、薔薇色・・・言葉を聞いただけで色合いが思い浮かぶ。
この感覚はシベリアに住むロシア人にはわかってもらえない話だ。
英語では牛はオスとメスで違う名詞になる。それは牧畜文化による。こっちにすれば焼肉にすればどうでも良いのでは・・・と思うがローハイドに出演していたクリント・イーストウッドの前では言いにくいセリフだ
第一楽章
この長いタイトルの本は言語学の学術書である。長いが難解ではなく色々な例が豊富で本当に面白い。チョムスキーの有名な主張から始まる。火星人の科学者から地球を観察したら地球上のすべての人間は単一言語の諸方言を話している。この状況は映画「ET」を思い浮かべると何となく想像できる
第二楽章
海は葡萄色だ・・・と言われたら、おいおいちょっと待てよと言いたくなる。ホメロスの「ホメロス」と「オデッセィア」に出てくる。ホメロスの色彩感覚がおかしいと言う事でグラッドストーンという学者が全著作「色」に焦点をあてて調べた。「青」という表現は1回も出てこなかったという。海中の藻と海の色で葡萄色に見える瞬間がある・・・とかホメロスは色弱だったとかいろいろな仮説を立てた。どれも整合性がないのでギリシャ時代には青色のワインがあったはずだという仮説を立てワインに色々な物質を混ぜ青色にしようとしたが納得できる結果が得られなかった。学問というものはある種の狂気を含んでいる。感覚的にはシンデレラの物語で王子様のお妃になりたくてガラスの靴に無理やり足を入れようとする女性の心理に似ている。因みに一番多く出てくる色は白と黒である。
第三楽章
weという単語がある。私たちと訳される。英語でも日本語でも私が入っていれば全て私たちである。彼女と二人でいたとする。「私たち幸せになろうね」と彼女が言ったとする。僕と彼女の問題で隣の部屋のおばちゃんは関係ない。ところがあなたと私の二人だけの場合ジフト語では「キタ」という。何人か部員のいるJazz研の部室で「私たち明日lazyにライブ聴きに行きましょう」といった「私とあなたとほかの誰か」を意味する場合「タヨ」という。あなたと私以外の誰かの場合の私たちは「カミ」という。その全部を「we」いう一語で間に合わせるのはお前たちの言語は大雑把だと笑われたという。
第三楽章
左右の概念がない言語もある。ソースの左側にある醤油を取ってもらおうとする。
「ソースの北側にある醤油をとって」と言わなければならない。自分の家でなら東西南北は分かるかもしれない。他の家、ほかの街、ほかの国に行ったらまさに右も左もわからなくなるのではと思うかもしれない。それが素人の赤坂というものだ。その民族はどこに行っても東西南北が分かるらしい。こういうのを絶対位置感というのだろうか。
エピローグ
何せ厚い本なので全部はまだ読み終えていないがこの種の固定観念をぶち壊されるエピソード満載である。そして話を膨らませる。「言語が違えば音楽も違って聴こえる」と言う仮説を立ててみよう。この事は日本人のミュージシャンと付き合っている時にも感じていたがフランス人のマキシムのピアノを聴いた時確信した。リエゾンやアンシェルマンした時のフランス語に聴こえるのである。

ピアニストから社長になった僕の雑記帳 荒武裕一朗著

17周年記念ライブの最終日、荒武本人から頂いた。え!本も出しているのか・・・が最初に思ったことである。荒武との付き合いは5年ほどでそんなに長いとは言えない。ピアノは勿論素晴らしいのだがその誠実な人柄に惚れたのである。文章にもその人柄が溢れている。「多くの人と出逢いセッションを重ねてきた著書が感謝を込めて贈る珠玉の言葉」とキャッチコピーにある。こんなことを書かれたら僕ならちょっと照れくさ・テンになるがこの本を読むと素直にそう思う。売れなかった頃の思い出から本田竹廣さんとの出会い、珠也、臼庭との交流・・荒武がどう人と付き合いその関係を大事にしてきたのかが分かる。どうしてOwr Wing Record
を立ち上げるに至ったのか・・・。どの分野でもある話だが販売枚数優先の商業主義に対するアンチテーゼである。札幌出身の山田丈造や本山禎朗のアルバムも制作してくれた。そこにポリシーを感ずる。本の方はブログに書いてあったものがある出版社の方の目に留まって出版の運びになったと言う事だ。僕はその編集者を紹介しろと迫ったがけむに巻かれた。まあ、いい勝利はじぶんで勝ち取るものだ。タイトル今決めた「課長から店主になった僕の雑記帳」販売部数では負けないぞ。いかん、本性が出てきた。人格では荒武には敵わない。
社長は忙しい。だが毎日張りがあると言う。今も事務作業に追われているはずである。これは全くの偶然であるが本山のCDジャケットと同じデザインのCDを僕がYoutubeで見つけてしまったからだ。現在真相を調査中であるがジャケット作り直す考えを漏らしていた。そうなると今のジャケットの物はプレミアムが付くはずである。まだ購入されていない方はトピック欄をご覧の上お申し込みいただきたい。そしてその顛末は将来出版されるであろう「課長から店主になった僕の雑記帳」詳しく掲載されるはずである。

飛ぶ教室

タイトルは本の名前ではない。作家の高橋源一郎が司会のラジオ番組である。その中で毎週一冊本を紹介してくれる。先週紹介された本のタイトルは覚えきれなかった。内容は興味深く覚えているので紹介したい。第二次大戦下、戦地の兵士に本を贈る活動について記した本であった。当時ドイツではナチスの思想に反する書籍は焼き払う焚書運動が活発化しつつあった。宣伝相ゲッペルスの指導による。それに対しアメリカはどのような対策を取ったか・・・・
「我が闘争」や優勢思想を賛美する書籍を排除することもできたがそうはならなかった。敵が焼くならこちらは読まそう・・と言う事になった。一大キャンペーンの元全国から膨大な数の本が集められた。そしてそれらが戦地の若い兵士に届けられた。マーク・トウェインが人気だったという。退却あるいは脱出際、武器雑嚢を廃棄しても良いという命令が出た時も本だけをポケットにねじ込んだ兵士が多かったと聞く。死んでもラッパは放しませんという日本の軍隊では想像だにできない。当時はルーズベルトの民主党政権下であった。共和党から自党に不利になるような本は送らないようにしてほしいと要望が出た。それに対しジャーナリズムが「そんな細かいことに拘っている時か、敵はほかにいる」と論陣を張り政党を押し切った。当時のアメリカマスコミは健全に機能している。今の日本の忖度報道を見るにつけ隔世の感がある。
戦争は連合国軍の勝利で終わった。復員兵は優先的に大学に入学できる制度があり驚くべきことに在籍していた学生より押しなべて成績が良かったと言う。若い兵士はリタ・ヘイワースやジョー・スタッフオードのノスタルジックボイスで故郷に思いをはせてもいたが読書で知的好奇心も失わなかった。当時の政府が戦後の在り方まで熟慮したうえでの政策であった。知識は国を支える共通資本である。そして読書はその入り口になり得る。

タイトルは本の名前ではない。作家の高橋源一郎が司会のラジオ番組である。その中で毎週一冊本を紹介してくれる。先週紹介された本のタイトルは覚えきれなかった。内容は興味深く覚えているので紹介したい。第二次大戦下、戦地の兵士に本を贈る活動について記した本であった。当時ドイツではナチスの思想に反する書籍は焼き払う焚書運動が活発化しつつあった。宣伝相ゲッペルスの指導による。それに対しアメリカはどのような対策を取ったか・・・・
「我が闘争」や優勢思想を賛美する書籍を排除することもできたがそうはならなかった。敵が焼くならこちらは読まそう・・と言う事になった。一大キャンペーンの元全国から膨大な数の本が集められた。そしてそれらが戦地の若い兵士に届けられた。マーク・トウェインが人気だったという。退却あるいは脱出際、武器雑嚢を廃棄しても良いという命令が出た時も本だけをポケットにねじ込んだ兵士が多かったと聞く。死んでもラッパは放しませんという日本の軍隊では想像だにできない。当時はルーズベルトの民主党政権下であった。共和党から自党に不利になるような本は送らないようにしてほしいと要望が出た。それに対しジャーナリズムが「そんな細かいことに拘っている時か、敵はほかにいる」と論陣を張り政党を押し切った。当時のアメリカマスコミは健全に機能している。今の日本の忖度報道を見るにつけ隔世の感がある。
戦争は連合国軍の勝利で終わった。復員兵は優先的に大学に入学できる制度があり驚くべきことに在籍していた学生より押しなべて成績が良かったと言う。若い兵士はリタ・ヘイワースやジョー・スタッフオードのノスタルジックボイスで故郷に思いをはせてもいたが読書で知的好奇心も失わなかった。当時の政府が戦後の在り方まで熟慮したうえでの政策であった。知識は国を支える共通資本である。そして読書はその入り口になり得る。

原節子の真実 石井妙子著

まず原節子が最近まで生きていたと言う事実に驚く。42歳で銀幕を去ってそれから50年、ほとんど人前に出ることなく鎌倉の自宅で隠遁生活を送っていた。一線から身を引いた時期と小津監督が亡くなった時期が近いのでその事を関連付けた噂が流布され僕もそう信じていた。原節子は112本の映画に出演しているらしいが僕が見た原節子はほとんど小津監督の作品の中だけである。演じている役回りは献身的な母親だったり娘であったりする。最近「シネマレビュー」の「秋日和」でも書いたが主題と原節子の役回りが似通っていたりするので混乱することが有る。原節子自身も「同じ役回り」について不満を持っていたことを知った。僕にとっては驚愕の事実だ。強い師弟愛で結ばれていると思っていた。原節子の自薦の映画の中に小津の映画は入ってこない。その事を知っただけでもこの本を読んでよかったと思う。原節子には熊谷久虎という映画監督の義理の兄がいる。作風は黒澤明の様であるが才能は向こうの方が二枚も三枚も上だ。だが原節子はこの監督を評価し身内としても助けようとする。原節子は内面からにじみ出る演技を極めそれにふさわしい代表作を求め続けた女優であったことが分かる。だがこの業界に在りがちなことであるが看板スターになるとそのイメージを崩す役はやらせがらない。原節子は勿論美人であるけれどもそれだけではない聖母的な慈愛に満ちた美しさを秘めている。それを最初に見抜いたのはドイツのアーノルド・ファンク監督だ。昭和12年日独の合作映画「新しき土」でスター女優になる。当時のナチ宣伝相のゲッペルスとの記念写真もある。ファンク監督は言う「私が美人だと思った女優は二人だけだ」一人は原節子、もう一人はレニ・リーフェンシュタールだ。レニは女優から監督に転身しヒットラーの庇護下でベルリンオリンピックの記録映画を撮った人物である。原節子の目指す女優はイングリット・バーグマンである。I・バーグマンは単なる美人女優ではなくロマンスから活劇、コメディまでこなせる。原節子はそういうところに憧れていたのだ。そういえば二人は美しさの質が同じだ。
人は見かけによらないと言う事が良くあるが原節子の場合、見かけ通りだ。清楚なイメージ通り私生活も質素、人の輪の中に積極的に入っていくタイプではなかったが後輩の女優からは一番信頼されていた。あれくらいのスター女優になれば撮影所に会社の車で送り迎えもあったろうにいつも一人で電車で通っていた。以前テレビに日活のスター女優浅丘ルリ子が対談番組に出ていた。いつも撮影所には車で通っていたので国電の切符の買い方が分からなかった話を披露していた。人間の深みの違いを感じた。本田珠也というスタードラマーがいる。札幌に来てもらう時に後で清算するので航空券を自分で手配してほしいと言うと恥ずかしそうに「買い方が分からない」と言った。またドアを蹴破られると困るので「浅丘ルリ子か・・!」とは突っ込まなかった。話がアウトしてしまった。調性をB♭に戻す。
色々なエピソード満載で全部紹介すると原本より厚くなりそうな予感がするので辞めにするが原節子を語ることによって女優の在り方、映画産業の盛衰過程、日本の歴史まで取り込んでいるノンフィクションで実に読みごたえがある。最後に一つだけエピソードを紹介する。
引退してから生涯一度だけマスコミの取材を受けたことが有る。昭和20年米軍少佐が中国で一枚の日の丸を拾った。そこには家族、知人の寄せ書きがあり、持ち主は「正久君」と言う事だけしか分からない。ただそこには原節子のサインがあった。少佐はその日の丸を持ち主の家族に返すべく調査を報知新聞依頼した。新聞社は原節子に知人に正久と言う人物がいないか尋ねた。原節子の答えはそういうサインは何百枚としているので記憶がないと言う事であった。なぜ取材に応じたのか・・・。自分のブロマイドをポケットに入れ戦地に赴きそこで命を落としたかもしれない兵士たちへの最低の礼儀を通したのだと思う。

女帝 小池百合子 石井妙子著

小池百合子写真集なるものを見かけたことが有る。都知事になったころではなかったかと思う。当時人気絶頂とはいえ酔狂な物を出したものだなあと思っていた。兎に角目立つことが大好物の方だ。都知事になってからのパフォーマンスを列挙すると医療従事者を応援すると言ってブルーインパルスを飛ばす、「ステイホーム」という犬の「待て」を都民に押し付ける。コロナかるたで感染対策のやってる感を押し上げる。東京アラートと言って都庁を赤く染める。リオオリンピックの閉会式で極道の妻のように凛々しい和服姿で五輪旗を受け取る。
マスコミが求めるものは何でも提供してくれる。そしてそれによって出世の階段を一気に上り詰めていった。どんな人物なのか興味を持つ。そしてそれに答えてくれる本を見つけた。
「女帝 小池百合子」
昔、ニュースキャスターであったことは知っていたが番組は見たことはない。当時のテレビ東京の中川順に気に入られて抜擢された。カイロ大卒業という経歴、大きな目と「中の上」と言った容姿、ゴルフ、カラオケ、気の利いた受け答え・・・それが相まって道が開かれていく。
専門知識など全くないのだが度胸だけでやりこなす。弁舌も流暢だが中身はほとんどない今の都知事としての資質の原型がもうこの時に出来上がっている。時の権力者に取り入るのが天才的に上手い。細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎、財界ではオリックスの宮内義彦。小沢一郎にはゲッペルスになれると持ち上げられている。国会議員時代何をやっていたのかよく知らなかった。「クールビズ」も小池百合子の発案だった。そういえば昔半袖のスーツと言う奇天烈なものがあった。トヨタの社長や先の宮内義彦らも嬉々としてモデルを引き受けた。環境相時代水俣訴訟の責任者であった。マスコミがいるときは被害者と一緒に泣いて見せ、いなくなると爪を磨きながら陳情を聞いたと言う。
百人以上の関係者の証言を拾い集め小池百合子と言う彫刻を形作っていく。カイロ時代、一緒に暮らしていた早川玲子(仮名)の証言は謎の多いカイロ時代の生活の一部を教えてくれる。大学に通っている様子はなく、アラビア語も小学生レベルと言う事だ。大学を卒業するのも無理なレベルでましてや主席卒業など夢の又夢のはずである。
ところが「待てば海路の日和あり」大臣になってしまった。その時早川玲子は身の危険を感じたと言う。
権力者を手玉に取るが色恋沙汰はほとんど聞かない。ところがある著名人と恋仲だったと聞いて驚いた。そしてそのことが今の地位に微妙に影響している。相手の名は伏せる。ここからは有料サイトだ。ひょっとしたら知らないのは僕だけなのかもしれないが・・・・。
昨日も渋谷にはワクチン接種を希望する若者が列をなした。打たないのではなく打てない若者が多いと言う事がはっきりした。このキャンペーン費用7.5億である。
今もマスコミ向けにやっている感をアピールしている。そういう本性がこの本を読むと良く分かる。面白いです。
石井妙子の著作に「原節子の真実」がある。こちらも面白いがその中に原節子がゲッペルスと写っている写真がある。日独防共協定の関係で制作した国策映画の制作時期のものだ。小沢一郎がゲッペルスになれると言った言葉を思い出す。

ワンダフルライフ 是枝裕和著

是枝裕和は映画監督である。「万引き家族」でカンヌ映画祭グランプリを取っている。その監督の小説である。同名の映画もある。厳密に言うと小説の方のワンダフルライフは「小説ワンダフルライフ」がタイトルである。このこだわりが小説の成り立ちにも関係がある。小説が原作になって映画が製作されたのではない。映画の方が先なのである。かといって映像を文字に置き換えたのでもなく脚本を肉付けしたものでもない。僕は小説の方を先に読んで映画を見た。今の時点で思い出すのは映像の1シーンだったりするのだがそれが映像の方が勝っていると言う事ではない。映像と小説では表現する手法が違うと言う事なのである。監督も映画のモチーフを活字というフィールドに開放していく行為であったと述べている。
人は亡くなるとある施設に一度行く。そこで天国に行く前の1週間の間に「人生の中で大切な思い出」を一つ選ばなくてはならない。それをそこの職員が映画に再現して最終日に上映会が開かれる。死者はすべての事を忘れその思い出だけを心に天国に行く。その思い出を選ぶために死者は自分の人生を振り返ることになる。ある者は妻との平凡だが幸せだった日々を思い出し、ある者は少年時代に電車の運転手の後ろから見た風景の事を想い出す。ある男は毎日自分の女性遍歴を語り職員を辟易させる。だが最後に選んだ思い出は娘の結婚式だったりする。
映画ではこの役を由利徹が演じている。DVDにはカットされた由利徹の独白が収められているが思うにこれは由利徹の実体験で監督がフリーソロでしゃべらせている。
一週間で選びきれない者もいる。その人間はここの施設でほかの人間の思い出選びを助けることによって自分の人生と向かい合うのである。ここの職員は思い出を選びきれなかった人間なのである。
読み終わったとき自分は何を選ぶだろうと考えてみたが思い浮かぶことは結構つまらないことで感動的なものは皆無であった。だが自分の人生はその総体であると思っているので落ち込むことない。さすがに一つだけというのは厳しい。僕も死んだらここの職員になるはずである。
参考図書
「とりつくしま」東直子著
主題が「ワンダフルライフ」と並行調の関係にある。
こちらは死後一回だけ物として現生に帰ることができると言う話である。ある女性は野球をする息子のロージンバックとして甦る。息子はロージンバックで手の滑りを止めた後最後の一球を投げる。そして・・・・・
必ず泣けてきます。
いい話の後に恐縮だが思い出した話がある。山下洋輔さんのエッセイにも書かれているのだが、小山彰太さんからも同じ話を聞いたことが有る。山下トリオのツァー中バスを待つ間ぼーっとしていると自転車に乗った綺麗な女性が前を通り過ぎたのである。おもわず坂田さんが生まれ変わったら「あの自転車のサドルになりたい」と言ったそうである。

「彼女は頭が悪いから」 姫野カオルコ著

20日までの休業期間に読もうと思ってごっそり買ってきた中の一冊である。この作家は初めて知った。誰か信頼できる人が勧めていたからだと思うのだがそれが誰かは忘れてしまった。音楽でも本でも信頼できる人がいれば素直にその人の進めてくれたものを聴いたり読んだりする。僕はそういう風にしている。当たりはずれはあるがそれは自分の能力が届かなかったからかもしれないと作者に当たらなくても済む。あくまで信頼できる人のお勧めの場合である。
この小説は500ページ以上あるのでつまらなかったら2日間無駄にすることになる。いや・・面白かった。だが読後嫌な感じが残る小説なのである。2016年東大生5人が女子大生に強制猥褻行為のかどで逮捕されると言う事件があった。その後のネット情報の反応を機に書かれた。だが事件のノベライズでもないしノンフィクションでもない。小説でしか表現できない領域でこの事件の核心を問題提起している。ここに過激な性的描写は出てこない。だから事件は無かったと言っても良い。東大生も悪ふざけの領域として無罪を主張する。その親たちも上流階級の人間である。その女子大生を東大生を狙う性悪女としかとらえていない。格差社会がはっきり見えてくる。ある飲み会に美咲は誘われる。少しの期間付き合った東大生「つばさ」も来るからだ。美咲はその日つばさに一言だけ伝えて別れようと思っていた。二次会で学生のマンションに行く。ネットには「酒飲んで男の家に行ったら了解したことでしよう」とのコメントが流れる。勘違い女として世間から誹謗中傷される。美咲は「ネタ枠」で呼ばれたのである。宴会を盛り上げる役目である。その用語が痛い。東大生の親たちは示談に持ち込もうとする。美咲の出した条件はただ一点だけである。それはここには書かない。
ある犯罪が起きる。真実を見出そうと報道あるいは裁判が起こされる。だがそこには不可解なもの、闇の部分が必ずある。小説にはそこに言及できる力がある。
篠田節子は次のように総括する
「性的興味の対象である女性に加えられた性暴力」ではなく「モノとみなされた下位の者の心身に対して振るわれた遊びとしての暴力」

正欲 浅井リュウ著

正欲であって性欲ではない。でも少し性欲の事でもある。まず自分の事を考えてみる。少し頑固な所はあるが趣味、嗜好、性癖、思想どれをとっても万人が理解できる範囲であると考えている。ジャズのライブバーを細々やっているが一応認知されている職業ジャンルである。支持者がウィグル自治区の少数民族ほど少なくてもここでは問題にはならない。社会的に認知されているからである。そして今まで会ってきた人の趣味、嗜好も自分では興味がなくても理解できないことない。釣り、競馬、パチンコ、大丈夫だ・・・犬猫ウサギ、蛇、まだ大丈夫だ・・・「水が流れ出る蛇口」と言われるとノッキングを起こした車のように思考が止まってしまう。この小説には蛇口に特殊な思いを抱く人物が出てくる。世の中には一般の人が想像つかないような嗜好を持つ人がいて人知れずこっそり暮らしている。ジャズのように名前の付いたジャンルはまだいい。「わかるよ」と言われる辛さ。
見渡す限りの情報の海、独立して見える情報はすべてあるゴールに収斂されて見える。
「明日死なない為に」
明日死にたくない人は他者が人生にあらわれた人の言葉である。
この書の中の偽装夫婦は契約する。
「生き延びるため手を組みませんか」
付記
しょぼいフリージャズを聴かされる羽目になったことが何度かある。背中に「フリージャズ」という看板が下がっていた。一応フリージャズも認知されたジャンルである。