2022.10.21-22 本山禎朗4「溢れ出そうな涙」

池田篤(as()本山禎朗(P)楠井五月(b)原大力(ds)
 この度の初日は某役所がらみの興行ということで、飲み物の提供なしという異例の反社会的仕様のLiveなのであった。筆者にとってLiveとアルコールは、伝票と証憑のような出納原則的な一致の関係にあるので、それを反故にされるとロリンズ抜きのサキソフォン・コロッサスを聴いているような感じなのである。しかしここは大人として如何なる環境変化にも順応しよう。今回は本山仕切りのWith江戸の剣豪という身震いを誘う編成である。周知のように本山は安定的にクオリティーの高い作品を発表しており、押しも押されもせぬ札幌拠点の中核ミュージシャンとなっている。この世の中では若い時に方便として、周囲から期待のホープと言われ続け、そしてそのまま終っていく者がいるのは珍しいことではない。これにはかく言う筆者も心を乱してしまうが、こうしたホープ症の域内に本山の姿は何処を探しても見当たらない。そんな彼に転がり込んだのが今回のセットである。選曲は本山の愛奏曲が中心を占めるが、レジェンド級の池田と原に鬼才楠井が絡む包囲網によって、それらの曲がどう捌かれていくのか興味津々である。人は物思いに耽けながら全力疾走することはできない。本山!無心で疾走してくれと呟いていた。では、本山はどんな曲を厳選したのか。「Witch Craft」「We See」「Butch&Butch」「Pensativa」、「Blessing」「Fingers In The Wind」「Brilliant Darkness」「Misty」「Amsterdam After Dark」「Who Cares」「Just Enough」「Serenity」「Out Of Nowher」「Midnight Mood」「In A Sentimental Mood」などである。その中で印象深かった演奏曲の一つとして「Fingers In The Wind」を取り出してみよう。池田が静かにゝゝに本曲の輪郭を提示しながら、少しづつ内からこみ上げる情念を積み重ねていくのである。この曲はバラードなのだが、その枠組みを超えて解体と構築をシンクロさせていく圧倒的な創造性がここにあり、聴く者の心を打たずにはおかない。この曲の作者R・カークのアルバムを借りて言うならば「溢れ出る涙」を堪えなければならなかった。一つの物語が優れた脚本家の手にかかると物語の作者を追い越してしまうのだと思うのである。たまたま筆者の座っている位置からはカウンター・テーブルの隅に並ぶ池田の意欲作「Free Bird」が視覚に入っていた。鳥が自在に中空に飛び立つということは重力に対抗する力を有していることと言えるのだが、池田も同様に気迫を宙に舞わせているのを感じた。そのことに気づくためには、原と楠井そして本山のサポートという条件を必要としたのだと思う。
 最近、「聞く力」を「馬耳東風」の意に書き換えてしまった政治家さんもおられるようだが、こういう粒揃いのLive演奏に浸っていると、つくづく『聴く力』が養われるのだと感じ入った次第である。
(M・Flanagan)