2023.3.10-11 松島・池田Quintet 『夢で逢いましょう』

松島啓之(tp)池田篤(as)田中菜緒子(p)若井俊也(b)柳沼佑育(ds) 
本文のイントロは私ごとから。このLIVEの数日前、夢に池田が出てきた。誰にも思い当たる節があるだろうが、夢という夢は何者かに追い詰められるような後味の良くないものが多く、それで目を覚ましたりするものだ。先日の夢では池田が古臭い大衆食堂のようなところにいて、確か彼に声かけしようとするあたりで終わったが、ニンマリできるものである。このあやふや短編動画は池田の預かり知らぬことではあるが、助走がついてしまったので、LIVEで最高の演奏をしてもらわねばならぬと思ったのだった。さて、ここからは現実に帰ろう。最近の池田の話によれば「今は若い頃のようには吹けないが、音楽は間違いなく向上していると感じている」という境地にあるそうだ。多くの池田ファンもそう感じているに違いなく、それは”吹けない”のではなく”老けない”のだと言葉を遊ばせたくなる。筆者としては、局所・難所を疾風のごとく駆け抜けてきた池田が終焉したとは思っておらず、それは”Warm”感が強まる境地に引き継がれているのだと思っている。ではこの日のLIVEではどうだったのか。まず鍵を握るのは松島だとしておこう。いつものことながら、初めて聴いたときの鮮烈な印象に呼び戻してくれる。つまり毎回新しいのだ。彼には「Treasure」というオリジナルがあるが、ぞれを地でいくように大判・小判ザックザクだ。松島の音には光源が仕込まれているようであり、更に突出したバランス感覚、ニュアンスの多彩さがその輝きに拍車をかけている。しかも呆れんばかりに無尽だ。その鍵を握る松島に対し、鍵を預けた池田はどんな図面を引いてくれるだろうか。もちろん池田は力ずくで扉をこじ開けるようなエラーを犯さないことは分かっている。二日間池田を聴いていて、体感的に固まってしまうことはなく、ずっと目尻が緩みを帯びていたような気がする。後でその理由を考えてみたが、踏み込み切れない。仕方ないので今現在の思いを残しておくことにする。それは池田がテンポの如何に関わらず、どの曲もラブ・ソングとして演奏していたのではないかということである。では何に対するラブ・ソングなのか?それは自身の音楽に対してであり、聴きに来る者たちに対してである。物語性に富んでいるとしても、ラブ・ソングを男女関係に限定するのは誤りだ。その関係は、一方の気遣いがいつの間にか過剰な干渉に転じ始め、両者の均衡は一気に失われて、典型的な結果に至ってしまう。音楽は均衡の不整を求めてはいない。筆者が池田式図面から探し当てたのは彼の隠された鍵としての”Warm”な音であり、それがラブ・ソングとして聴こえていたのだろう。ラブ・ソングとは攻め過ぎることなく、守り過ぎることのないところに見いだされる究極の調和なのだろうか。今回、ラブ・ソングという鍵ワードが頭から離れず、思わぬ方向に舵を切ってしまったが、LIVE終了後に松島と池田による出色の調和をそっくり家に持ち帰りたい気分になっていた。こういうことなら、次回もまずは「夢で逢いましょう」といきたいな。演奏曲は「Take Your Pick」、「Serenity」、「In A Sentimental Mood」、「Cup Bearers」、「Fee-Fi-Fo-Fun」、「Fly Little Bird Fly」、「Embraceable You」、「Crazeology」、「Fasta Mojo」、「My Heart Stood Still」、「You Don’t Know What Love Is」、「Eiderdown」、「On The Trail」,「It’s Easy To Remember」、「Be Bop」、「Ease It」。
 なお、リズム・セクションを務めた3人は、この前日、田中菜緒子トリオとしてひと山作っていった。彼らはQuintetにおいても堅実かつ意欲的な演奏で見事に貢献した。この3人に対し近々やって来るドラマーのセリフを借りて一言付け加えておこう。「また来てやるからな」。
(M・Flanagan)