ローマの休日

今までで何度も見た映画のベスト5には間違いなく入る。輝くばかりのオードリ・ヘップバーンに会いに行くためである。どこかの国の王女様O・ヘップバーンと新聞記者のG・ペックのコミックラブストーリである。だがその裏にいくつかのメッセージとストーリーが隠されている。まずタイトルの「Roman Holiday」である。文字通り「ローマの休日」であるのだがダブルミーニングで「他人に苦しみを与えることで得られる楽しみ」の事でもある。猛獣と戦う剣闘士を想い出せばよい。この脚本は今ではダルトン・トランボ作であることが明らかにされているが封切時は伏せられていた。トランボが赤狩りの犠牲者であったからだ。その複雑な思いがタイトルに込められている。アン王女はヨーロッパ諸国を歴訪する。どこの国の王女かは明らかにはされていない。この作品は1953年に制作されている。ヨーロッパは二度の大戦で疲弊し、新しい平和の枠組みを渇望していた。今のEUみたいな共同体をトランボは思い描いたに違いない。それが皇室の親善外交と言う形で表現されているしアン王女の言葉のはしはしにも感じられる。一日だけの物語であるがその間に王女は成長している。公務に疲れ駄々をこねて執事たちを困らせていた。ところが一日の休日を終えて迎賓館に戻ってきた王女は寝る前に出されていたクッキーと牛乳を毅然と断るのである。そうした少女の成長物語でもあるのだ。
戦時中ある壁の下で祈りを捧げて戦火を免れた子供がいた。そこには願い事を書いた日本で言えば絵馬みたいなものが大量にぶら下がっている。そこを訪ねたG・ペックはヘップバーンに何の願い事をしたのかを聞く。「でも、絶対かなわないの」と答えるヘップバーン。ちゃんと王女の仕事に戻ろうと決めた瞬間である。見どころはいっぱいあるが「真実の口」に手を入れるシーンはG・ペックのアドリブでヘップバーンは本当に驚いている。ジャズぽいシーンである。
この映画は女性のファッションにも多大な影響を与えた。ヘップサンダルと呼ばれた編み上げのサンダル、首に巻いたネッカチーフ。これはちょっと目立つ鎖骨を隠す為であったが意図せず流行ったと聞く。首周りの太い人も無理くりネッカチーフを巻きゼイゼイと息を切らせながら歩いていただろう当時の日本の世相が思い浮かぶ。そしてあのショートカットである。女性が髪を切ると言う行為がまだ一大決心を示唆する時代である。この時からショートカットが一般的になっていった。この時のヘップバーンはホントにホントに可愛らしい。食べてしまいたい。だが髪を切れば誰でもが可愛らしくなるわけではない。隠れていたものが白日の下にさらされて逆効果の事もある。ものには限度と言うものがあることを知るべきである。
ここにはもう一点ジャーナリズムのモラルも表現されている。特ダネを狙うG・ペックとカメラマンのエディ・アルバートも王女との信頼関係から公表することを諦める。まだジャーナリズムが節度を持っていた時代の話である。