安倍三代 青木理著

どのような環境であれば安倍晋三元総理のような人物が出現するのか興味があった。少なからずこの本で理解できた部分はあった。だがその暗部はコロナウィルス変異株のように解明されていないのが率直な感想である。父は安倍晋太郎、母方の祖父が岸信介である。当たり前であるが父方の祖父がいる。阿部寛という。ほとんど知られていないし安倍晋三からもほとんど名前を聞くことはない。山口県の大地主で真面目で優秀で土地の人から敬愛されており、安倍晋三はその地盤を引き継いでいる。阿部寛は反骨の政治家で「富の偏在は国家の危機を招く」との訴えは現在にも通用する警句である。初めて衆議院に立候補した1937年には日本が国際連盟を脱退し日中戦争の泥沼に足を突っ込んだ年である。演説会には警官の目が光り中止に追い込まれることもあったと言う。だが地元村民の人望があり翼賛会の推薦なしで当選した。どう考えても安倍晋三とは対極にいる人のように思える。安倍晋太郎は家どうしのいざこざから母親なしで育てられた。政治家としては印象が薄い感があるが必ずしもそうではなかった。父同様東京帝国大卒で非常に優秀であった。地元の在日にも慕われるリベラリストでもあった。1985年の国会答弁で衆目を集める発言があった。戦争責任について次のように外務大臣として述べている。
「わたしもやはり第二次世界大戦は日本を亡国の危機に陥れた謝った戦争であると思っています。国際的にも、この戦争が侵略戦争であるという厳しい批判があるわけであります。そうした批判にたいして十分認識してこれに対応していかなきゃならない・・・・」
当たり障りないと言えばそれまでであるが保守系政治家としては実にバランスの取れた意見であると思う。晋三のように「侵略の定義は定まっていない」などど歴史修正主義に走ることはなかった。どう考えても祖父、父親の思想はDNAに組み込まれていないとしか思えない。悲願の憲法改正は溺愛された岸信介に捧げるオマージュに思えてくる。地元の人にも「晋三さんは東京の人だから・・」といまいち愛着のある意見は聞かれない。晋三は小学校から成蹊学園で一度も受験を経験したことがない。同級生の人物評も「いたって普通、成績もよくもないが悪くもない」との感想が多い。ギターリストの加藤崇之の意見は載っていなかった。教官の意見も「可もなく不可もなく」が多い。ただ憲法の指導教官が総理の安倍晋三に会った時憲法を勉強する際必ず読む憲法学者の名前を知らなかったのには驚いたと記されている。枯葉を知らないでjazzミュージシャンになったようなものだ。ここまで書いてもあの極右思想と超お友達優先思想の萌芽は読み取れない。阿部寛、安倍晋太郎の章は面白かった。