2016.6.25 生き返った歌の行方 

高野雅絵(vo) 大石 学(p)
 『大石はボーカルのバックをさせたら日本最高と信じています』。これはライブ案内に書き添えられていた1行である。今回の企画を知った時、ゾクゾクとザワザワが走った。札幌圏で地道な活動を続ける高野だが、今日の相手は案内書のとおり“日本最高”だからだ。
 早速ライブの進行に沿いながら振り返りたい。1st.最初の2曲は大石のソロから開始された。ボーカルが入るまでの前奏として静かな幕開けが演出されていた。高野が加わった1曲目はセルジオ・メンデスの「ソー・メニー・スターズ」、上ずる心を鎮めていて中々の滑り出しだ。次は最近よく採り上げている鈴木慶一の「塀の上で」、これまでの中で最も情感が乗っていたと思う。ブルース・ライクな強音のイントロから“ガッガッガッガッ~”「Come together」だ、これも十分歌い切っていて出色の出来だ。加藤崇之作「泣いて笑って」、この曲で大石はピアノとピアニカの同時二刀流で臨んだ。ピアニカはこの曲名を象徴するかのような悲と喜を漂わせる不思議な音色だった。最後はC・ローパー叛の「タイム・アフター・タイム」、高野は今日の自分に手応えを感じている。親しみやすいポップ曲を気持ちよさそうに歌っていたのだった。2nd.も冒頭2曲は大石のソロから。2曲目はラグタイムとブギーを掛け合わせたような賑やかな演奏で、暗に“さぁやるぞ”と高野に呼びかけていた。高野も大人である。調子に乗ると落とし穴があることを知っていて、大石に振り切られないようにギアを一つ下げて「スパルタカス愛のテーマ」と「ジンジ」というスローで美麗なメロディーの曲を持って来た。これは賢明な選択だった。場が落ち着いてから、ジョー・サンプルの割とポップな「When The World turns blue」、元々インストの曲に後から歌詞が付けられたと紹介された。詞が付けられる必然性が高野の歌で証明されていたように思う。いよいよ峠越えが近づきユーミンの「ひこうき雲」へ、そして雲の流れの先で最終曲の「Bridges」にたどり着いた。この曲を彼女が大事にしていることを承知していたが、ひときわ丁寧な歌いぶりにそれがよく表れていた。大石の豪快なバックに乗せて高野から”A thank for you”の謝意が会場に発せられ、必然的にアンコールは「A song for you」、予想にたがわぬ熱唱で2時間が締め括られた。
 筆者は高野の歌をそれなりの回数聴いてきたが、今回は群を抜いて良かったと断言しよう。地元の連中が東京の一流どころと共演するとき、思わぬ能力が引き出されるのを度々見てきた。この思わぬ能力はその後の日常に吸収され易いことも知っている。今回は敢えて大石レポートにしていないが、「日本最高と信じられている」このピアニストはその形容のとおり起伏づくりやその立体感において全編で素晴らしい演奏を繰り広げていた。大石がいたから生き返った歌はこれからどうなるのだろうか。聴衆は豪華客船に乗せて貰い大満足の旅を終えたが、高野の旅は始まったばかりだ。過去は変えられないが未来と自分は変えられるという角度から今後の成り行きを注視して行こうか。
(M・Flanagan)