母親が亡くなってから僕の誕生日を知っているのは全世界で3人になってしまった。一人は僕自身である。色々な登録上必要なパスワードは忘れるが名前と生年月日はまだ言える。そこまでは耄碌していない。これが冗談には聞こえない年になってしまった。後の二人からはお義理のお祝いメールが来た。ちゃんと喜んでいる振りメールを返信した。大人の対応である。lazyを開店した時は自分の誕生日と開店記念イベントが重なったと記憶している。そういう時は開店記念日を前面に出すのでこの界隈のスナックのママの様に何とかママお誕生日おめでとう・・・という花輪が店の前に並ぶことはない。この日たまたま北大jazz研のOBOGが6人ほど訪ねて来てくれた。皆卒業して10年以上にはなる。久しぶりに会う人間もいたので年齢を聞かれた。隠すこともないので「今日で72になる」と答える。あった時から殆ど変わらないと言われた。これは喜んでも良いのだが会った時から爺だったともとれる。カウンターのお客さんの相手をしていたらケーキを手にした元学生らがhappy birthdayを歌いながら入場してくる。ロウソクの火を吹き消した記憶は子供のころ以来である。いも美とケーキの相性も抜群である。
