2025.11.21~22 魚返明未トリオ Always Love


魚返明未(p)高橋陸(b)中村海斗(ds)
 魚返明未が現れてから10年足らず、今やレイジーの顔になっている。彼は.push、竹村一哲バンドのほかspecial編成の一員として着実に来演を重ねていたのである。その魚返は昨年『照らす』をリリースした。この作品について推薦盤として当ブログに掲載させて頂いたが、今回はそのメンバーによるものなので、助走がてら同作を聴き返し、その出来ばえを再確認しておいた。その甲斐あって、このライブが『照らす』からの選曲を中心に展開されていたので、たちまち聴き入ることができた。目の前では魚返トリオが、次から次へと耽美の際と高揚の渦を交錯させていて全く気が抜けない。リリース記念のライブでは、しばしば作品を逸脱し過ぎないよう配慮されていることがあるし、それに異を唱えるつもりはないが、この三人は明らかにアルバムを超えようとする演奏を試みていることに気づかされる。それは徹底し過ぎていて息を呑み続けることを強いる。終盤に向かって思わぬことが頭をよぎる。筆者は即興音楽としてのジャズを不用意に自明のものとしてしまっていたのではないか。即興音楽とは?自身を疑い始めた。一方でその場その場を楽しんでこそジャズ、それで良いではないかという思いも打ち消せない。だが、今はぶらぶら歩きは止そう。目の前ではこのトリオが明らかに即興音楽の名に相応しい演奏をしているではないか。終演後いくらかメンバーと会話した。ベースに「アルコ・プレイが多かったように思うんだが」と尋ねた。「演るか演らないかは全く決めてません。ここぞと思ったら握っているんです」。ドラムスには「スピード感と音圧が強力だわ」と呟かけてみた。「あれくらい演らないと、二人に負けてしまいますから」。このやり取りが要点を押さえているかどうかは分らないが、筆者の耳を覆っていた曇ったうす氷が融けたように思うのだ。特に二日目はリハなしだったそうだ。これはレギュラー・グループでは特段珍しいことではないが、彼らは小慣れた格好の良い方向ではなく、行けるところまで行ってしまおうという危険が伴なう選択をしているように見える。即興音楽は意識のチューニングさえ合っていれば、成立すると言外に主張している。このスリリングな二日間によって、筆者が陥りかけていた漫然聴きは瞬く間に解消された気がする。『照らす』から効果抜群の『照り返し』を浴びたのだ。その意味でこれは掛け替えのないライブとなったと思うのである。演奏曲は初日「洞窟」、「照らす」、「グラサン」、「Normal Temperature」、「組曲(part1,2,3)」、アンコール「I Thought About You」。翌日「Mozu」、「昨日の雨」、「Dancing Ear Buds」、「夏の駅」、「組曲(part1,2,3)」、アンコール「I’ll Be Seeing You」。なお、「組曲(part1,2,3)」は、両日ともセカンドの1曲目で、ノン・ストップ60分に及ぶ長尺ものなため、最終曲となった。魚返は「満を持して、組曲を用意して来ました」と言っていたので、これ「レイジー・バード組曲」にしようと話を誘ってみたところ、魚返は苦笑いして頷いた。強引に働きかけたきらいがあるので撤回した方がよさそうだ。よって「レイジー・バード組曲」はこの二夜のみに限定された伝説になってしまった。今後この曲名が存在することはない。
 今回は少し魚返に深入りしようと思ったが、手に負えるものではなく先送りだ。白旗上げてエンディングに持ち込もう。どこの世界にもあることだが、私たちはジャズ史においても確固たる成果を納めてしまうと、上手くいき過ぎて次に進むことを困難にさる停滞劇があったことを知っている。そうした史実をよそに、魚返は着実にNEXTに踏み込んでいるように感じている。彼には万感の思いを込めて「毎回、初恋のようにドキドキする」と花も恥じらう一言を伝えておいた。I Always Fall In Love Too Easily。
(M・Flanagan)