我が青春の10枚 鹿川暁弓

今回の投降者を紹介する。鹿川暁弓。クラッシックとジャズ両方の分野で活動するピアニストである。スペインのクラッシックコンクールで入賞した経歴を持つ。音色が美しい

1 「DEUTSCHE GRAMMOPHON BEST 100」の④ 
ドイツ・グラモフォンの名曲シリーズでカセットテープです。レナード・バーンスタイン指揮、ウィーンフィルの演奏で、モーツァルトの交響曲40番と41番が入っています。母の運転する車でいつもかかっていました。クリスマスソング特集や矢沢永吉もよくかかっていたのを覚えています。

2 Michel Béroff のClaude Debussy 「ベルガマスク組曲」「2つのアラベスク」「子供の領分」「レントより遅く」が入っているテープで、ピアノの先生が貸してくださったCDを録音したものだと思います。自分で好きなものを選んで聴き始めた頃だと記憶しています。ベルガマスク組曲(特に「パスピエ」)が大好きでした。

3 「CHOPIN THE WALTZES」Artur Rubinstein 
ワルツ集はルービンシュタインのこのCDを好んで聴いていました。子供なりにショパンの旋律に憧れていました。

4 「IN THE LIFE」B’z 
「TONIGHT(is the night)」と「快楽の部屋」が特に好きでした。日本のミュージシャンで初めて好きになったのはB’zでした。

5 「DANGEROUS~THE SHORT FILMS」と「HIStory ON FILM VolumeⅡ」Michael Jackson 
青春の初めのころは寝ても覚めてもMichael Jacksonでした。Michael Jacksonを通して社会で起こる問題をたくさん知りました。色々なことを気づかせてくれた人だと思います。特にこのビデオテープ2本と、LIVE AT WEMBLEY JULY 16,1988が大好きです。

6 「The Score」Fugees 
英語のRapのリズム、HIPHOPのビートに憧れました。Lauryn Hillのファッションも大好きでした。

7 「THE LOW END THEORY」A TRIBE CALLED QUEST
こちらもHIPHOPです。このアルバムを聴くようになり、JAZZの匂いや響きに興味を持つようになりました。Ron Carterが参加しています。

8 「PORTRAIT IN JAZZ」BILL EVANS TRIO
1番最初にJAZZを認識して聴いたアルバムです。当時はこれがアドリヴで演奏されているなんて本当に信じられなかったし、何がどうなってこうなるのかさっぱりわからなかったのですが、とにかく私にとって刺激的でかっこ良くて、最初から最後まで通して何度も聴いていました。

9 「PIANO」Wynton Kelly
アルバムのタイトルが「Whisper Not」とも書かれているのでどちらが正しいのかはっきりわからないのですが、JAZZを勉強し始めて最初の教科書がこのアルバムだったので、思い出深いです。とにかくコピーしていました。

10 「The Composer as Pianist」Claude Debussy 
ドビュッシーが演奏しているピアノロールでの録音です。1904年と1913年のものだと書かれてありますが、正直こんなに鮮明に聴けることにびっくりしました。本や楽譜でしか知ることができなかったドビュッシーの息づかいみたいなものを感じて、実際に生きて存在していたことを現実に感じることができました。

Master’s comment notice
印象派の作曲家がジャズに与えた影響はよく知られている。鹿川のクラッシックのソロライブに挟まれるエバンスの曲は何のの違和感もなく流れていく。彼女の音楽に占めるクラッシックとジャズの配分が分かる選出になっている。20周年記念ライブで4月9日に鈴木央紹を加えてカルテットで演奏する。一度響きを確かめていただきたい。

  

我が青春の10枚 本田珠也 vol2

6) Gateway
エルビン+トニー=がジャックディジョネットだ。と誰が言ったか知らないが的を得た言葉です。本田珠也のジャズはこうなんだ!と思っていたらもう既にやっていたのがジャックディジョネットだった。いやあ、とにかく聴いた。聴きまくった。当然の如くチャールロイドを初めエレクトリックマイルスからジャックディジョネットが演奏する全て(ブートも含め)を網羅したいが為にコンプリートする事を決意した。このアルバムや特にECMなどで聴かれるジャックディジョネットのドラミングが、現在も全てに於いて影響を受けている事を断言する。このアルバムとパットメセニーの80/81はCDの盤面が(擦れないけど)擦り切れるほど聴きました。このトリオの凄さは3人がバラバラに演奏しても各々のイタリティーで解決してしまうという、ある種力技もあるけど、三人三様別々の道を辿ってもいつかはお互い帰ってくる。僕にとってジャズ演奏の基本てこれじゃないかな?と思うのです。人に依存しないで独立しているという事。Gateway Trioとも言うが元々のリーダーはギターのJohn Abercrombieで、1996年の初来日の時に聴きに行った。しかしJohnの死によってもうこの3人の演奏は永遠に聴く事は出来なくなった。非常に残念である。
7) Rage Against The Machine / Evil Empire
1996年に初めてNYに行ったのだが、それまでずっとジャズばっかり聴いていて多分自分の中でロックは終わったと感じていたのだが、宿泊していた部屋のテレビから流れたこのアルバムのBulls on Paradeに本当にショックを受けた。ロックは終わってなかったのだ。自分もこんなバンドをやってみたいと思いその後PLANET Xを結成。1曲目のLoudMouthは彼らのオマージュ。レイジはどこまでも硬派で言動も政治的でその辺のチャラチャラしたバンドとは雲泥の差があるが、それ故にメンバーの(政治的)方向性や発言などによって対立し、解散はしていないが活動無期限停止中。しかしいつ聴いてもヘヴィでリフもよくいつかこんなバンドで叩いて見たいと思う憧れの存在だ。
8) Benevento Russo Duo / Play Pause Stop
2000年に初リーダ作「Planet X」を発表した頃は貪欲に新しい音楽を求めていた。この頃やっと家にPCがやって来てインターネットに繋ぎ海外の音楽情報も手に入れた。今でもあまり有名じゃないが、その頃に出会った最高に大好きなドラマーがJoe Russo。NY出身でNYアンダーグランドジャムバンドの一つだったが、オリジナルも演奏しつつLedZeppelinやBlack Sabbathなどのコピーをやったりしてて面白かった。2004年に初来日してちょっと仲良くなって、2005年にはフジロックに出演した時は最前列で聴いてベロベロに酔った勢いでフェンスをよじ登って楽屋に乱入! 2006年にはNYのBowery Ballroomでも聴いたな。とても思い出深いバンド。因みに彼らの初期のレパートリーにLedZeppelinのFour Sticksを演奏していて、それを演奏したいが為にZEK3を結成したと言うのは一つの理由として間違いない。
9) Africa : The Sound & Music of the Congo
NYのイカれたピアニスト、プーさんこと菊地雅章さんと活動している頃に幾つかののDATテープを頂いた事がある。それはプーさんが僕らに「これは聴いた方が良い」というプーさん自身がセレクトした貴重な音源。一つはジャズでエリントンとかバドパウエルとかシナトラやマイルスやコルトレーンまで幅広くセレクト。もう一つはクラシックや現代音楽などで、メシアンやリゲティやストラヴィンスキーなどこれも幅広く。そして最後のもう一つがアフリカの音楽だった。これは凄かった。特にピグミー族と紹介したコンゴだ。20代後半にスランプに陥った時にこのコンゴの音楽をとにかく聴きまくった。嘘のない飾りのない剥き出しの音とは?彼らの地表から響く地鳴りのようなポリリズムを咀嚼するように聴き入ったあの時が懐かしい。そのコンゴの音源が収録されているLPを最近手に入れたので、貴重なDATを起動させなくても聴けるのが嬉しい。

10) 富樫雅彦 / We Now Create
2006年に親父が亡くなって今後の自分の音楽の在り方についてとても悩みました。これまで自分がやって来た音楽。フュージョン、ジャズ、ソウルやファンクロックも色々やって来たけど、ただリズムを刻むだけどいいのか?このままでいいのか?と自答自問する中で、今までやって来なかったフリージャズという得体の知れない音楽に興味を持つようになり、そして新しい世界に向かわせてくれたのが菊地雅章さんやケイ赤城さんのだと思う。そして出会ったドラマーが富樫さんだった。自分とは明らかに違う方法論で音楽するドラマー。それは間を意識し、音楽(ドラム)における森羅万象を全て受け入れ、無から構築してゆく。これだ!と思った。自分にないものは。だから富樫さんは自分というパーソナリティを革命的に変えてくれた恩人。音楽とは「楽に音は出せない」と教えてくれた。富樫雅彦さんのアルバムはたくさんあってどれも好きなのだが、やはりこのアルバムを選びました。まだまだ紹介したいアルバム、影響を受けた作品はたくさんあって、とても10枚には収まらなかったのですが… 。それでも自分にはなくてはならない作品なので、これをお読みになって頂きもし興味湧いて幸にも聴いてくれたら嬉しいですね。

master’s comment notice
vol1でも触れたが珠也はレコードコレクターでもある。当初この企画をお願いしたときは知らないロックのアルバムが並ぶのではと思っていたが奇をてらうことなく自分の音楽に影響を与えてくれたアルバムが並んでいる。文章を読んでいるだけでも心を揺さぶられる。以前に「俺音楽楽しんだことないよ」と聞いたような記憶があった。今意味が分かった。10富樫雅彦さんのところに書かれている「楽に音は出せない」という意味だったのだ。4/2から4/7まで珠也はlazyで演奏してくれる。書いていることに偽りのないことを確かめる絶好の機会と考える。予約をお待ちしている。

我が青春の10枚 本田珠也 vol1

今回の筆者を紹介する。日本を代表するドラマー本田珠也である。どのアルバムも今の珠也の音楽を作るうえで重要なものになっているのがわかる。1回で載せるのはもったいないと考え2回に分けることとした。

1) Takehiro Honda / It’ Great Outside
自分にとって一番身近で影響受けたのは、本田竹広の音楽であり紛れもなくそのメロディの中にある世界観である。ジャズはもちろんソウルや
ファンクを通して分かりやすいメロディを単純明快に、ゴツゴツとした魂を一緒に乗せて気持ちよくグルーヴする。ここで聴かれるスティーブ
ジョーダンとアンソニージャクソンのリズムには深い深い尊敬の念があり即興的に音楽を構築していく楽しさが溢れている。そして何より全員
明るく伸び伸びとした演奏はとてもリラックスして自然と体が躍りだす多幸感。いつ聴いてもイイ。次に発表するNaitive Sonの礎となった記
念的な作品。タイトルはスタジオに缶詰だったミュージシャンが久しぶりに外の空気を吸った時に発した言葉だそうです。
2) Yellow Magic Orchestra / Solid State Survivor
Y.M.O.は僕の血となって肉となっている一つの重要な細胞のような音楽。これだけ同じものを何回も何回も聴いた音楽は我が人生において
Y.M.O.が一番多いと思う。なので言わばもう体の一部のような存在である。ここではこのアルバムを挙げたが、細野晴臣名義の1枚目からBGM
までのY.M.O.は特によく聴いていましたが、同時に当時はエアーチェック(ラジオ)でのY.M.O.のライブをカセットで録音し、何処へ行くにも聴
いていた。思い出すのは東京から親父の故郷である岩手県の宮古まで当時は在来線でしたが1982年に東北新幹線が開業し、それまで8時間く
らい掛かった乗車時間が6時間に短縮になりました。その乗車中ずっとY.M.O.を聴いていた。当然、幸宏さんの音楽殺人を上げるべきかと思い
ましたが、音楽の多様性を考えたらやはりこのアルバムにしまました。もちろんライディーンは外せないけど、幸宏さんが言っていた「かまや
つひろしさんのアレンジ」によるトリッキーにカバーしたビートルズのDAY TRIPPERはお気に入りです。
3) Tony Williams / Joy of Flying
自分が15才でプロになる頃に親父から聴かせてもらったアルバム。トニーが所謂フュージョンアルバムを制作した最後のアルバム。ゲストが豪
華でハービーハンコックはもちろん、ジョージベンソンやトニースコットなどの有名どころから、ロック畑のロニーモントローズとのライブセ
ッションも収録されているが、一番の聴きどころはフリージャズの異端児セシルテイラーとデュオを演じている。この稀有な演奏を聴くだけで
も価値があるが、アンサンブル重視の中で、時折出るトニーの力技のフィルインが気持ちいい。トニーを最初に聴いたのはライフタイムのTurn
it Overだったのだけど、激しく難解で拍子が撮れなかったという事もあり、こちらの方が子供ながらにメロディもリズムも分かりやすかった
のであげました。
4) Elvin Jones Trio / Puttin’ it Together
15才からプロになり、ネイティブサンで5年叩いてから自分が20になっていよいよジャズの世界に足を踏み入れた時に一番聴いたアルバムで、
当時はポリリズムなんて言葉を知らなかったけど、このエルビンの四肢バラバラの動きを習得したいが為に重箱の隅を突くように聴きまくっ
た。元々は親父から「ジャズやるならこれを」と渡されたLPの一枚だったのだが、その他に渡されたジョンコルトレーンの海賊盤やマッコイタ
イナーのリアルマッコイには特別な思いがある。それからは自分からエルビンを聴くようになりウェインショーターのブルーノート盤も聴き漁
った。でも多分エルビンの作品の中で墓場まで持っていきたいのはDear, John Cかな(笑) 。1992年ごろ臼庭潤とサックストリオをやって
いてこの中のRezaとかGingerbread Boyとかよく演奏しました。
5) Led Zeppelin / Physical Graffiti
少し前後するが、ジャズを始める数年前に初めてLed Zeppelinに衝撃を受けひょんな事から近所のレコード屋の店長さんとLed Zeppelinの
コピーバンド(The Nobsという名前)をやるようになった。1992年ぐらいまで参加していたのでジャズやりながらもLed Zeppelinのコピバン
やってた。やはり自分にとってエルビンとジョンボーナム存在は不可欠。後にジョンボーナムがジャズ好きでマックスローチやアルフォンス
ムゾーンが好きだと知り、とても親近感を覚えた。だから現在活動しているZEK3の演奏方法は、とても必然的で自然の成り行きでやってい
る。ジョンボーナムの事を語り出したら止まらないので、これぐらいに収めておきます。
master’s comment notice
30年ほど前のことになる。珠也に札幌の中古レコード屋全部連れて行ってほしいと言われ一日中レコード屋巡りをしたことがある。その時竹広さんの「this is honda」が売られていた。正価1500円のものが5000円の値がついていた。珠也が「なんでこんなに高いんだ」と聞いた。店主はこのレコードは絶対に再発されないからだと答えた。珠也が「俺息子なんだけど」というと500円引いてくれた

我が青春の15枚+1 Vol.7

今回の執筆者を紹介する。lazy のピアノの調律をお願いしている渡辺さんである。lazyのピアノは評判が良い。大石学は「このピアノなら何でもできそうだ」と言ってくれたし田中菜緒子は「この調律好きです」と褒めてくれた。渡辺さんが演奏家に寄り添う形で真心こめて調律してくれているからだと思う。このピアノを選んでくれた田中朋子さんは新アルバムを制作する予定になっているがここのピアノを使って何曲か入れたいということで7月に録音予定が入っている。

 幼少からラジオの日々で、次々とチャートインする”The Beatles”のシングルを、LPで出ることも知らず楽しみにしていた。♪青春時代の真ん中は、LPを買えるような家庭事情ではなかった故に、時期をTeensとせず20代迄とした。今は中期高齢者となり、昔話と思い入れと自慢話には事欠かない。

1) 「モーツァルト 交響曲第40番ト短調」

ブルーノ・ワルター指揮 コロンビア交響楽団  (1959)

中学の級友に自宅でレコードコンサートをするからと誘われて聞いた、大きめの木箱が3つ床に並んだセパレートステレオ全盛の時代。クラシックにのめり込むキッカケになったレコード。記憶に合うジャケットが見つからず、イメージに近い画像にした。

2) 「チャイコフスキー 交響曲第6番 ロ短調 悲 愴」

エフゲニー・ムラヴィンスキー指揮 レニングラード・フィルハーモニー交響楽団 (1960)

この演奏が自分の標準器。曲としては、1小節聞いただけでも分かると思うほど聞いた。

3) “Jazz for a sunday afternoon Vol.1” (1968)

ラジオでジャズ番組も聴き始め、公開録音でリクエストして採用された。レイ・ナンスのヴァイオリンやリチャード・デイビスもいい。この頃、番組のテーマ音楽を諳んじられる程に毎週聞いていた”ナベサダとジャズ”も市民会館ホールで公開録音があり、校友何人かと行った。そこで板橋さんを生で聞いて半世紀超。楽屋には行かなかった。後年、南パークビル地下の”ニカ”での渡辺貞夫のライブは凄かった。 途中から客全員が踊りだして、椅子やテーブルを店外にバケツリレー。

4) “Weather Report” Weather Report (1971)

校舎前の電柱に公演のポスターが貼ってあった。北海道厚生年金会館ホールに聴きに行った。緞帳が昇ると、お香の匂いが客席に流れ降りてきた。自分達も含め、後ろの席からステージに向かってどんどん人が集まって、♪上野発の夜行列車の通路状態。M.ヴィトウスのArcoの音程が悪かった。裏口で出待ちして、ウェイン・ショーターと握手して、ザヴィヌルにもサインを貰った。WRは何枚か集めた。仲の良い友人は否定的だった。

 校友とスイングジャーナルの記事やレコード評を語り合うようになった。広告で知った京都の”シャンクレール”に、民家の庭の影で学ランから私服に着替えて入った。北大通7丁目中小路の地下の店 ”コンボ” でジャズのライブを初めて聞いた。山一に入った臼田さんのベースと、名前を失念したけど、後にYAMAHAの仕事をするようになったピアニストの”Billy Boy”が耳に残っている。ススキノの恵愛ビル地下の ”Monk” で北大ジャズ研のドラム、藤田さんと知り合う。学校帰りは市電に乗り、北12条電停で降り(この頃は前夜の催涙ガスを感じることは無くなっていた)、第三サークル会館1階奥の部室に遊びに行くようになった。ちょっと年上の伝法さんや笹島さんも来ていた。そこでは碇さんが指導していたビッグバンドの練習も聞き、市電が山鼻へ向かう角のビル地下”樹林”でのライブも聞いた。皆、大人に見えた。

この時代は、終演後の楽屋に行ってみるのは当たり前だと思ってた。数年前にCDで発売されたけど、1970年に札響と共演した来日初演のマルタ・アルゲリッチも校友と楽屋を訪ねてプログラムにサインをもらい握手した。♪微笑み返しの彼女は29歳。椅子に座って組んだ足、そのストッキングの長い伝線が目に焼き付いた。

5 ) “On The Corner” Miles Davis (1972)

このレコードはいつ聞いても新鮮。マイルスは “Kind of Blue” (1959)をラジオで聞いて知り、遡りつつ辿って “Agharta” ”Pangaea”の1975年のツアーで追いつき、WRと同じ会場で聴いた。リハを袖で見てたが全く姿を見せず、本番で彼が出ると一瞬にして変わる空気を客席で吸った。どのLPだったか、「再生装置のヴォリュームを最大にして聞け」と記されていた。’49、’59、 ‘69があるのだからと、’79を期待した。自分の中では’75で終わった。

6) “JR Monterose – Is Alive In Amsterdam Paradiso” (1969)

向ヶ丘遊園駅からほど近い”ガロ”に通った。マスターが渋谷のYAMAHAで買ってくる新譜LPを楽しみに聞いた中の1枚。Han Bennink のドラムが好きで、ピアノレスが新鮮だった。東京では”新宿ピットイン”の昼に行ったり、下北沢の猿がいた”マサコの店”で床に座りながらマイルスの新譜を聴いた。

7) “Sugar Loaf Express Featuring Lee Ritenour” (1977)

この当時はドルフィーやオーネット・コールマン(生でKitaraで聞けると思わなかった)を好んだり、来札する中央線ジャズとか山下洋輔さんとかライブハウスで聴いていたんだけど、リー・リトナーは知らず、原盤ダイレクト・カッティングで限定3万枚の宣伝文句で買ったら当たりだった。全員せ〜ので一発録り。この軽味、聞き返すごとに味が出てくる。

8) “The Secret Life Of Plants” Stevie Wonder (1979)

これは科学映画のサントラ。欄の花のエンボス加工も洒落ている。西城秀樹が「愛の園 (AI NO SONO)」をカバーしている。周りの誰もがあのLP2枚とシングル1枚セット”Key Of Life” (1976) を買っていると東京に行った八千代が言ってた。自分も ¥5,000出したが、その値以上だった。

9) “All ‘n All” Earth Wind & Fire (1977)

「太陽神」なのである。カセットに入れて、同僚の車に乗せてもらって、スキーの行き帰りに大音量で楽しんだ。

10) ”The Spiritual” Art Ensemble of Chicago (1969)

世界観にハマって何枚か集めた。市民会館に聴きに行った。東映仲町のエルフィンの洋さんも来てて、皆でステージ前へ。愛聴盤のブリジット・フォンテーヌの「ラジオのように」に繋がり、SAVARAHレーベルのCDを集めた。後年、憧れのピエール・バルーが中村善郎との縁で、石狩の”Art Warm”に来たので聴くことになる。

11) ”Friday Night at the Village Vanguard” Art Pepper Quartet (1977)

東映パラス地下の”Jamaica”で初めて聞いたと思う。きっかけとして、60枚くらい集めた。ジョージ・ケーブルスから入りラス・フリーマンに着地。Tampa盤の2枚が好き。トリオ・レコードから出たエルビンとの45回転LPは、Groovy時代のマスターから頂いたような・・・。1981年、市民会館の楽屋でツーショット。その時の音声も演奏もカセットに残した。

12) “ Quatro Grandes Do Samba”

Nelson Cavaquinho Candeia, Guilherme De Brito, Elton Medeiros –(1977)

中南米も大好きなので、タイトルに惹かれたが、その通りの名盤。

13) “Cobilinbo” Monty Alexander (1978)

スティールドラムの響きも爽やかで、ギターのカッティングと相まったカリビアンサウンド。夏になると聞きたくなる。

14) “My Song” Keith Jarrett (1978)

ケルン・コンサート(アンコールが一番好き)からなんだけど、これが一番聞いた1枚。後に”サン・ベア・コンサート”の収録となった演奏をステージ袖で聞いた。

15) “Tristezas De Un Doble A” Astor Piazzolla Quintet 1981

日曜昼前の目覚ましFMから突然流れてきて飛び起きた。”マルビナス”戦争の少し前だろうか、テアトロ・レヒーナでのライブ。SP盤名残りの3分じゃない、こんなインプロビゼーション・タンゴがあるんだと集めだした。エクトル・コンソーレのアルコにもやられた。1984年の来日時、家人一人で芝の郵便貯金ホールに行き、楽屋に押しかけジャケットにサインを貰い、ユーカラ織の栞を手渡してきた。自分としては、このレコードと同じ劇場で違うメンツのキンテートによる1970年盤の二枚に尽きる。”Piazzolla”を演奏できるのは彼しかいない。

百合が原公園でのジャズフェスだったろうか、ゲイリー・バートンのバンドにゲスト参加してたのを聴きに行った。やはりというかヴァイブが邪魔だった。無関係だが、ジョアン・ジルベルトが国際フォーラムAに来たときは私も家人と行き、5,000人の聴衆と共に固唾をのんで聴いた。久しぶりにガットギターを手に入れて楽しんでいた。何処かの誰かにアルハンブラを弾くのかと冷やかされたよ。

16) ”One from the Heart” Tom Waits and Crystal Gale (1982)

あの”ジャブ70”でNastassja Kinskiに出会って一目惚れ。コケたのかもしれないけど、コッポラの傑作に違いない。そのサントラ。カセットに入れてもらって覚醒して、CDも買ったけど、このLPはタワーレコードで見つけたままの未開封。トム・ウェイツが札幌に来たことがあると知り悔しい思いをした。ステージではタバコの煙が絶えることが無かったとか。

※ 付記した数字は録音もしくは発売年

※ ジャケット画像を収めたGoogle photoのアルバムへのリンク

https://photos.app.goo.gl/7WKfVHEPjX9YyQbK9

 青春時代は、オヨヨ通りから都通の間、特に5丁目界隈で殆ど完結していた。今思えば、輸入盤レコード店が出始めて間もなく、CDも発売され出した頃で何かがお終い。残滓も後の観覧車で放り投げられたみたいだ。米国からジャズのフィルムコレクターが映写会をするというので、道新ホールに行った。Art Tatumや本家Jo Jonesがスクリーンに写っているのを見て、動いている動いているとワクワクした。YouTubeなんて思いも寄らない。1982年10月にQueenがスタインウェイのフルコンを持ち込んだ月寒共進会場も、市民会館、北海道厚生年金会館、道新の各ホールも今は無い。最後に、♪少しカッコつけさせてくれ、 “When you hear music after it’s over, it’s gone in the air, you can never capture it again.” E.D.

Master’s comment notice
アルバム画像の挿入がうまくいかないのでとりあえず文章だけのアップになってしまった。ジャケットを眺めるのも楽しいのでリンクサイトも見ていただきたい。
やはり1.2枚目はクラッシックである。渡辺さんとは同世代なので出てくる固有名詞に郷愁を覚えた。キース・ジャレット、アートアンサンブルオブシカゴ、ピアソラ、ウェザー・リポート・・・渡辺さん。同じコンサート会場にいたんだ・・・と当時のことが脳裏に浮かんでくる。蛇足かもしれないが最後のセリフはE Des・ハンソンのものではない。

わが青春の10枚 vol6

今回の執筆者を紹介しておく。千葉麻子さんはピアニストでlazyでも月一のペースで演奏している。田中朋子さんの門下でその影響もあってかオリジナル中心のステージになっている。そのルーツになるものが選んでもらった10枚に現れているか興味深い。
Let It Be ビートルズ
母が、音楽好きなので、幼少期は、母の好みの音楽が家ではいつも、流れてました。
ビートルズは、多分1番多く流れていたと思います。

2. Close To You カーペンターズ
 これも、母のコレクション。2番目に多く流れてた

3 Greatest Hits ビリージョエル
 これも、母のコレクションだったと思うけど、
この辺りで、自分で好きなの選んで勝手に聴いてた様な気がします。

4. Slow Hand エリッククラプトン
母のコレクションだったのか?不明。

5. Pearl ジャニスジョプリン
一曲目のMove Overのかっこよさに驚いて
当時、中学の親友のお兄さんで、バンドやってた豊田さんに、これ、やりたい!といった記憶があります。怖いもの知らず。
(実現せず)

6. Remix REBECCA レベッカ
自分のお小遣いで、初めて買ったLP

7 Super Folk Song 矢野顕子
 矢野顕子さんが、ピアノ弾き語りで、大貫妙子さんや宮沢和史さんの曲をカバーしたアルバム。
中央線が特に好きでした。

8. the fabulous baker boys デイヴクルージン
映画「恋の行方」のサントラ
映画も音楽も大人の世界っぽくて好きでした。
多分、10代後半位の頃。

9. intermodulation ビルエバンス ジムホール
初めて買ったジャズのアルバム。
何故にこのアルバムだったのか?
全く記憶が無くて、理由が分からない。

10. Y ヤロンヘルマン
最近気に入ってるピアニスト。

以上、10枚のアルバムでした。

千葉麻子🐈‍⬛

Master’s comment notice
やはり親の影響が強い。よく音楽の掛かる環境であったらしい。8割がポップス、ロックのアルバムである。初めて買ったジャズのアルバムがエバンスとジムホールのintermodulationと言う事である。惜しい…!ビル・エバンスまでたどり着いたのは半分正解であった。これが「アンダーカレント」であればその後の人生が変わっていたかもしれない。

高市早苗大臣のための13枚

文責途中まで牛さん
9月22日のブログは「適材適所の裏側」というタイトルだ。その内容は某政治家についてのものである。とき恰も「我が青春の13枚」シリーズのさ中であり、当該政治家の13枚を炙り出して見ようということに話が発展してしまった。では、”某大臣”(「オー・ダーリン」的に歌うこと)、宜しく。

1.邪道オブ・ユア・スマイル(出典:映画「いそしぎ」の「The Shadow Of You Smile」歌・演奏 多数)
2.帰って来なければうれしいわ(出典:「帰って帰ってくれればうれしいわ」 音楽:C・ポーター)
3.害さずにはいられない(出典:「愛さずにはいられない」 歌:エルヴィス・プレスリー)
4.語彙の意味をご存知じないのね(出典:「You Don’t Know What Love Is」 歌・演奏 多数) 
5.放送統制(ルール:この4文字を超早口でいうこと。出典:「What I Say?」 歌:レイ・チャルズ)
6黒くぬれ(出典:国の公開文書 演奏:ローリング・ストーンズ)
7.省ほど素敵な商売はない(出典:映画「ショウほど素敵な商売はない」音楽:アーヴィン・バーリン)
8 政治屋の行進(出典ニューオリンズジャズ)

※あとは何方かにバトン・タッチ。(M・Flanagan)
牛さんからのバトンを受けてゴールに向かって疾走するのである。
9 Back in the USSR(出典ビートルズ) レノンが使っていたギターメーカーは「立憲、馬鹿」である。
10 So what (出典マイルス) 国会答弁でよく「それが、どうかしまして・・」と強弁していた
11 ピーターとおかま(出典プロコイエフ「ピーターと狼」)LGBTQ法案に全く理解を示さない極右勢力のアイドルでもある。
12 チャタヌガ チューチュー(出典ベニー・グッドマン)シンシナティー市が建設した公共鉄道である。リニア新幹線のように利権に群がる蜂が蜜をチューチューしに来る音が聞こえる。
13噓(出典中条きよし)最後は直球勝負である。自民にいられなくなったら維新に行って中条きよしとユニットを組むとよい。二人まとめて落選させてやる!
付記
僕のブログに牛さんが反応する形で1章分でき上った。成立過程がジャズ的である。前半の牛さんのソロが素晴らしく僕は鈴木央紹の後にソロが回ってきた学生のように緊張してしまった。こういう時臼庭がいたらどういうフレーズを作ったっかと考えていたらアホな事をしながらしんみりしてしまった。

我が青春の13枚 vol4

この企画は筆者の素性が分からないと面白味が半減する。筆者を紹介する。嘉屋雅之はgroovy時代からの常連で30年以上の付き合いである。僕が主催していたワークショップjazz幼稚園のベースでもある。こう書くとゴリゴリのジャズフアンかと思われるがそうではないことがラインナップで判明することになる。

1.ビートルズ
『オールディズ』
2.ローリングストーンズ
『ゲットヤーヤ ヤーズアウト』
N○○で`76年のパリでのライブを観て、ストーンズの存在を知り、購入。
ミック テイラー加入間も無い頃の演奏で、若い。
3.カール リヒター来日記念
バッハ オルガン デラックス
『トッカータとフーガ』
五番館のレコード売場で発見し、購入。
4.ローリングストーンズ
『ラブ ユー ライブ』
2に記載のパリライブ。
5.ローリン マゼール指揮
『ツゥラトゥストラはかく語りき』
「2001年」を見て つい買って しまったアルバム。
6.ジャコ パストリアス
『ジャコ パストリアスの世界』
インタビューで「俺は世界一 のベーシストだ」と言ってい
るのを見て即購入。
その後、ウェザー リポートにはまったきっかけの一枚。
7.ローリング ストーンズ
『サム ガールズ』
この後ストーンズとビートルズ関連を相当枚数購入しているが、省略。
8.ローリン マゼール指揮
『展覧会の絵』
9.ジョルジ シフラ
『リスト リサイタル』
10.トム ロビンソン バンド
『パワー イン ザ ダークネス』
シングルカットされた曲がヒットし来日。
札幌では「教育文化会館」のホールで演奏。
初めて行ったライブ。
11.フランク マリノ アンド
マホガニー ラッシュ
『ライブ』
当時、ジミヘンの再来と言わ れていたギタリストの一人。
12.ストラングラーズ
『X CERTS』
ある方面から入手した 試聴盤。
13.ELP
『恐怖の頭脳改革』
同級生から格安で購入。

おまけ(シングル)
キース リチャーズ
『ハーダー ゼイ カム』
シド ヴィシャス
『マイ ウェイ』
by M.K
master’s comment notice
ストーンズとジヤコのフリークであることは知っていたが1枚目にビートルがあげられていたのは意外であった。飲み屋ではビートルズかストーンズか、ロリンズかコルトレーンか百恵ちゃんか淳子ちゃんか、味噌ラーメンか醬油ラーメンか・・などは格好の話題になる。その際ビートルズに肩入れした事はないと記憶している。クラッシックのアルバムが何枚か選ばれている。御幼少の頃ピアノを習っていたような話を聴いたことがある。実は高貴なお方なのかもしれない。どうでもいいことであるがストーンズのパリ公演を見たN○○とはどこのことであるのか気になる。最初にNの文字が飛び込んでくるのでニューヨークかと思ったが一文字多い。伏字をしなければならないやばいところなのか。五番館のレコード売り場というのも昭和を感じさせる場所である。初めていったライブの話も初耳である。大体トムロビンソンバンド自体知らない。知らないだろう奴に初ライブの感動を話したところでケチがつくと思ったのかもしれない。

我が青春の13枚 vol3

印象に残っているアルバムをできるだけ時系列で選んでもらう新コーナーである。選んだ13枚でその人物の思想信条、趣味嗜好、美学など大胆に推論してしまうことができる。今回はピアニスト本山禎朗の登場である。

1.Colorful /ポケットビスケッツ
2.ギリギリchop /B’z
3.憂愁のノクターン /フジ子・ヘミング
4.ザ・ビートルズ1 /the Beatles
5.Sgt. Pepper’s Lonely Hearts Club Band / The Beatles
6.Abbey Road /the Beatles
7.Fantasia /Eliane Elias
8.Big Machine /B’z
9.House of strings /松本孝弘
10.海洋地形学の物語 /Yes
11.華麗なるクラリネット・アンサンブルの世界Ⅴ /東京クラリネットアンサンブル
12.Clapton Chronicles: The Best of Eric Clapton /Eric Clapton
13.At the Momtreux Jazz Festival /Bill Evans

1.TVのバラエティ番組内のユニットによるアルバム。お笑い好きです、関西人なので。

2.初めて買ったシングル盤、ファンクラブに入っていました。

3.YAMAHAの教材以外で初めて聴いたクラシックのアルバム。ラカンパネラに感動、後にリサイタルに行きました。

4.両親の影響でビートルズが好きに。

5.世界初のコンセプトアルバムと聞いてワクワクしながら聴いてました。

6.どの曲も好きですが後半のメドレーがドラマティック。

7.ジャズに興味を持ちはじめた時に聴いたのですが当時はイパネマの娘が難しいキーだな、とPonta di areiaが耳に残った、くらいの印象。

8.リアルタイムで聴いていたB’zの作品では1,2を争うアルバム。

9.ロックでストリングスとのコラボを初めて聴いたアルバム、と思ってたけどとっくにビートルズのEleanor Rigbyで聴いてましたね。

10.クラシック以外にインストでこんなに長い演奏あるんだ、と思ってましたがジャズでは日常茶飯事ですね。

11.バスクラリネットを吹いてた吹奏楽部時代に購入、このCDでMistyを知りました。

12.ベスト盤、受験勉強中ずっと聴いてました。Change the World。

13.高校の同級生に教えてもらったピアニスト、大学のジャズ研に入って初めて買ったアルバム。
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本山の演奏は学生のころから聴いているので音楽遍歴はある程度知っていたが並べてみると興味深い。ソロピアノではよくビートルズの曲を弾いていたが数枚入っているのを見て影響力の強さを感じる。フジコヘミングとイエスの話は初耳だ。Mistyは本山の十八番であるが知ったアルバムがエロル・ガーナーでないんかい・・と突っ込みを入れたくなるようなアルバムである。13枚目にやっと正統ジャズアルバムが出てくる。プロのミュージシャンが皆幼少のころからジャズ一筋なわけではない。余談であるが本山はクラプトンのアルバムを聴きながら受験勉強に励んでいたようであるがここから本山の英語能力を推察できる。英語のリスニング力がつくと英語の歌詞を理解しようと脳が働いて英文解釈などの時は能力が減じられるという学術成果が発表されている。ということは本山にとって英語はスワヒリ語と同じ位わからなかったという結論が導き出される。
受験勉強の時は3のフジコヘミングをかけるべきであった。

我が青春の13枚 vol2

1 焼きウインナーサンドイッチ  マザーズオブインベンション
2ヘアー オフオフブロードウエイオリジナルキャスト 
3 スイッチオンバッハ wカーロス
4フーガの技法 Gグールド 
5リフレクションズ  ニューヨークロックンロールアンサンブル
6 季節外れのバレンタイン 高橋アキ
7 ソフトマシーン サード
8 ライブアットビレッジヴァンガード Jコルトレーン
9セロニアス・ヒムセルフ Tモンク
10 ラジオのように ブリジットフォンテーヌ
11 インオールランゲージ Oコールマン
12 タンゴゼロアワー Aピアソラ
13 イエローシャーク アンサンブル・モデルン
アバウト13
1 最初に買った輸入盤LPアルバムジャケットはドルフィーのレコード用に描かれた物だそうです。
2 最初に買った国内盤でおまけのアポロ14号の交信記録が欲しかった。
3 シンセサイザー(モーグ3)を初めて聴いた。ライナーをグールドというピアニストが書いてたので
4を買ったがオルガン 探すと高橋悠治がシンセサイザーでやってるのを見つけた。悠治は86にピアノ盤も出した。
5 作曲のマノス・ハジダキスは日曜は駄目よのギリシャ人NYR&REはジュリアードでのロックバンドでブランデンブルクに歌詞をつけたレコードを出してた。
6 美術手帖のロック特集にプリペアド・ピアノによるMデュシャンのための音楽のソノシートがついててケージを知る アキは前出の悠治の妹。
7ソフトマシーンは元はヒッピーサイケロックだったがⅢからEジャズ化する。それでジャズを聴き出すと
8 年代は逆流してるのだがリアルタイムの音楽を聴いてる気分だった。
9 ラウンドミッドナイトインプログレスという30cm45回転盤を聽いて前衛音楽だと思った。
10はリアルタイムのジャズでサラヴァレーベルではナナvのビリンバウを聽いて!!したもんだった。
11 もちリアルタイムのプライムタイムと50年代のカルテットとのSF的ブッキング!
12 アメリカンクラブェからのファースト この後セントラルパークライブでGエバンスが大絶賛する。
13 ザッパの生前最後のアルバム93年ザッパに始めまったのでザッパで終ろう。
トリビア13
1 次のいたち野郎は国内盤が発売されたB面1曲目はエリックドルフィーメモリアルバーベキューというタイトル。
2 ヘアー アクエリアス グッドモーニングスターシャイン イージーツゥービーハード レッツザサンシャインインなどのヒットが沢山生まれた。
3 ウォルターカーロスは後に性転換してウェンディと変わる。(故人)
4 グールドとグルダは私の時代には単なるピアニストでなくカルトヒーローだった。
5 NYR&REのリーダーのMケイメンはロス5輪の音楽監督 クラプトンをソロイストにしてギターコンチェルトを作曲。
6 ケージはサティを同時代人だと考えてた。 高橋兄妹もサティアルバムを沢山だしてる。
7 ソフトマシーンとはバローズの小説のタイトル。
8 またはRカークかプーサン、それじゃただの好き嫌いになってしまうか。
9 デビューしたてのディランがモンクにフォークをやってるというとモンクは我々は皆フォーク(民衆)音楽だ。といった。
10 同時代ではAシップのヤスミヤ
ブラックウーマンやDチェリーのミューが鮮烈だった。
11 2007にコールマンはピューリッツァー賞を貰った。2016にはヘンリースレッドギル。ジャズでは3人目。
12 ピアソラのラストアルバムはバンドネオンコンチェルトで指揮者は5のハジダキス。
13 ザッパは死後もレコードは沢山でている。ピアソラほどではないがクラッシク畑でも取り上げられている。
By 山本実

Master’s comment notice
山本さんはこの企画の発案者である。groovy時代からの常連でlazyの内装を担当してくれた人でもある。博覧強記のリスナーでラインナップからもそれが分かる。

我が青春の15枚

昔レコード芸術という月刊紙が発行されていてその中に「我が人生の15枚」みたいな印象に残っているレコードを時系列で紹介するコーナーが有ったらしい。著名アーティストが毎月掲載されていてクラッシックの大御所がjazzのアルバムばっかり聴いていたりする。意外な面が診れて面白いのでブログでやってみたらどうかと言う提案が有った。トップバッターはライブレポートを担当している牛さんにお願いした。
1960年代中期
1.のっぽのサリー(ザ・ビートルズ)※1966年、初めて買ったレコード
2.ダイヤモンド・ヘッドほか3曲(ザ・ベンチャーズ)※33回転のお得用ドーナツ盤
3.花はどこへ行ったほか3曲(PPM)※33回転のお得用ドーナツ盤
4.帰ってきたヨッパライ(ザ・フォーク・クルセイダース)
5.青い影(プロコルハルム)

1970年代前期(LP時代)
6.ライブ・クリームⅡ ※ホワイト・ルームほか収録
7.原子心母(ピンク・フロイド)
8.フォー・ウェイ・ストリート(CSN&YのLIVE盤)
9.イート・ア・ピーチ(オールマン・ブラザース・バンド)
10.ザ・ペンタングル( ザ・ペンタングル)
11.プラネット・ウェイブ(ボブ・ディラン)
12.ツェッペリンⅡ(レッド・ツェッペリン)
13.魂の道のり(ヴァン・モリソンのLIVE盤)
14.ロック・オブ・エイジズ(ザ・バンドのLIVE盤)

1970年代中後期以降
15.(ほぼJAZZ、他の分野は僅かしか聴いていない)
Master’s comment notice
これは面白いラインナップになった。今ではjazzに一家言を持っている牛さんが選んだアルバムがフォーク、ロックばかりになった。僕も同じ世代なので知らないアルバムはない。何がきっかけでjazzの一本打法になったのだろうか。