長い間店をやっているとお客さんから面白い話を聞く機会が時々ある。偶然に偶然が重なったような宝くじの4等賞にあたる確率よりは低いが政治家に公約が守られない確率よりは高い数値の話だ。NさんがNYに言った時の話だ。Jazzのライブを聴く為に行った。だから当然有名処のビレッジ・バンガードやスイート・ベイジルには早々回ってしまった。当たり前だがレコードを出している有名ジャズメンガ出ている。だがお目当てのソニークリスのライブには当たらなかった。
明日日本に帰ろうという日たまたま見つけた店に入ってみようと思ったらしい。出演者のクレジットはなかった。重いドアーを開けて中に入ると丁度演奏中であった。日本人のような風貌であった。照明が当たった時気が付いた。地元で詐欺師まがいの事をやりながら店をやっていたTだった。わざわざ来たNYでそれも最後の日に地元にいても聴きたくない演奏家のプレイを聴く羽目になった事を呪った。すぐ出ようと思ったがカウンターに座っている黒人が目に入った。目を疑った。丁度楽器を出す所であった。
「ソニー・クリスさんですか」
「俺がリー・コニッツに見えるかい」
Nさんは結局遊びに来ていたソニー・クリスの演奏も聴く事が出来たという話だ。
調子はよさそうには見えなかった。それでも明るいけれど哀愁のある音色は健在だった。相反するものが一度に楽しめる鴨南蕎麦のような演奏だったらしい。
演奏を終えたソニー・クリスがカウンターの隣の席に陣取ってあちらから話掛けてきたと言う。
「あんた日本人かい」
「はい」
「俺が日本では人気があるって言うのは本当かい」
「あなたは、J・マクリーン、Pデスモンドと並んで人気がありますよ」
ソニーはどういう基準なんだと言うちょっと怪訝な表情を見せたが満更でもないといった様子であった。
「そうかい、あんたに土産話をあげよう」
「どういう話ですか」
「有名ミュージシャンに一杯奢ったって言う話だ。・・・・一杯もらっていいかい」
「よろこんで」
ソニーはストレートグラスを持ち上げてあるボトルを指差した。バーテンがジム・ビームをたっぷり注いだ。それを一気に喉に放り込んだ。酒を飲む時もタンギングはしないらしい。
「ジム・ビームが好きなんですか」
「そうでもないさ。でも日本人は奢ってもらう時には高い酒をたのまない奥ゆかしい奴が好きなんだろう」
空になったグラスを回しながら笑っていた。
Nさんは気を利かして「もう一杯どうですか」と言った。
「いいのかい、それじゃもう一つ土産話をあげよう。俺がバードの影響を受けていると言うのはあんたも知っているよな。ジム・ビームをダブルで三杯もらっておこう」といってアート・ブレイキーのドラムロールのように豪快に笑った。
「日本に行ったら又たのむぜ」
ソニークリスはその3年後ピストルで自殺した。
気さくに見えたソニー・クリスが銃の引き金を引いている姿はNさんには上手く想像できないと言う。そして一般的なジム・ビームがNさんには特別な酒になってしまった。
NさんはNYでの自慢話をするのは今回が初めてだ言った。