日本映画探訪記その2 天国に一番近い島

角川映画で薬師丸ひろ子を出せば原田知世を出さないわけにはいかない。原田知世はプロデューサー角川春樹の秘蔵っ子である。あるオーディションで次点になったが返すには惜しいと言う事で角川春樹がデビューの機会をうかがっていた。デビュー作は「時をかける少女」監督はこの映画と同じ大林宣彦である。プロデューサーがデビュー作で原田知世が輝く様に取ってほしいお願いした。この時点で原田知世は何物でもない。チョット可愛い素直なド素人にすぎない。いい意味でも悪い意味でも原田知世は「お人形さん」である。でも輝いているのである。大林監督は本当にやさしい人なのだと判る。
二作目がこの「天国に一番近い島」である。森村桂原作でニューカレドニアの事である。原作があるのだが少女原田知世がニューカレドニアを旅して感じたことをカメラに収めると言う半分ドキュメンタリーにもなっている。監督は演技指導もほとんどしていない。原田知世も伸び伸び演じている。と言うより28日間のロケを楽しんでいると言ったほうが良い。監督は一点だけ条件を付けた。眼鏡をかけさせたのである。時代は80年半ばバブル期に入っている。情報時代でもある。眼鏡をはずせば見えるものも見えなくなる。だが世界は見えるものだけなのか・・・・。その分心で感じて旅をしてごらんと言ったのである。するとロケが一週間程経過すると原田知世が「監督コロコロという音が聞こえてきました」報告をしに来たと言うのである。それは風が貝殻を転がす音なのだそうだ。サンゴ礁でできた島では起こる自然現象である。
この話を聞いた時僕は「時をかけるオヤジ」になっていた。15年前、石垣島に従業員慰安旅行に行ったことが有る。僕は海岸で本を読んだり、ぼーっと水平線を眺めていた。さわやかな風が吹き抜けていた。近くではTがヤドカリを捜していた。そういえば「コロコロ」と言う音がしていた。偶然なのだがTは「ともえ」という名であった。
この時期ニューカレドニアは独立運動でもめていた。大林監督はその痕跡は一切映さずひたすら美しい自然と原田知世と現地の人との交流をカメラに収めていく。
そして問うのである。自然とは人間とは、幸せとは