沈黙

遠藤周作の「沈黙」は二度映画化されている。一度目は篠田正浩監督二度目はマーティン・スコセッシ監督による。隠れキリシタンの弾圧と布教に来た宣教師の棄宗と言う重い題材を扱っている。その中で「ころぶ」と言う用語が使われている。宗教を捨てさせることである。
「ころぶ」・・・・役人の方から見ると「ころばせる」になるが今の日本でこの「ころばせる」行為が色んな分野で起きている。
河野太郎行革担当大臣は学術会議に「言う事聞かないなら予算減らすぞ」と露骨に恫喝している。河野大臣自身一昔前はもう少し民主的な議員で会ったがあるポストと引き換えに「ころんだ」口である。アメリカも酷い国になり下がったがデニーロやレディ・ガガの発言が封じられることもないしオオサカナオミの行動も賞賛の拍手で迎えられている。日本ではキャリーパミュパミユは政治的発言を取り消す行為を強いられ小泉今日子にも事務所から圧力がかかったと聞く。令和新選組の山本太郎は役者時代ある発言を境に全く干されてしまった。山本太郎はつい最近も街頭演説を大阪府警に妨害された。通行の邪魔になるとの理由であった。明らかに言論弾圧である。学術会議への人事介入も「学問の自由」の侵害と言うより「言論弾圧」に近い。学者界でも「ころぶ」発言をしている者も出てきている。わが故郷北海道でも20億と引き換えに二町村が核ごみを受諾し「ころんだ」
内閣人事局創設で官僚が「ころび」会長人事でNHKが「ころび」パンケーキ朝食会でマスコミ記者が「ころぶ」
権力者は「ころばせて」国民を分断することで管理コストが安くつくことを知っている。
「ああ、そういうことですか、気が付きませんでした」と河井案里議員や杉田水脈議員が言っているかもしれない。
「ころんだ、ブスの卵」の一例である。