秋日和

秋日和
小津安二郎監督作品は全部VHSで持っている。いや…持っていた。BSで小津監督生誕100年記念の特集があった時録画したものだ。ところがビデオデッキが老朽化しテープを咥え込んだまま動かなくなること数台・・・そのたびに中古屋をめぐりブルーレイではなくデッキを買い求めていた。VHSテープはレコード以上に嵩張る。ある時期絶対これ以上増やさないと決めたことが有った。どうしてもダビングしたい時は在庫のテープで一番見ないと思われるものを潰していった。だから現在ある在庫は珠玉の何百本かになっている。「秋日和」もその中の一本になる。偶然であるがこの映画を見終わって新聞をめくっているとプロデューサーの山内静夫の訃報があった。小津映画の製作を手掛けた人物である。そしてこの映画の原作者、小説家里見弴の息子でもある。だが原作の映画化ではなく、主な登場人物を決めたら小説と脚本が同時スタートすると言う手法を取っている。だから映画と小説は全く違った内容になっている。「秋日和」は1960年公開の作品である。日米安保条約改定をめぐって日本中が揺れ動いていた時期に制作された。時代の空気を感じさせる大島渚監督の「日本の夜と霧」もこの年の映画だ。「秋日和」にはこうした喧騒な痕跡は全く見られない。一部の批評家からはもはや存在しない平穏な社会を描いた作品と扱き下ろされもした。だが小津の日本的なものは国民からは支持された。今は社会の上位者になっている大学の同期3人と亡くなった同期の未亡人とその娘の関係性を軸に話は進む。古い世代と若い世代、女性と男性の相互影響を通じて過去の日本の関係性と言ったものを追求している。具体的に言うと未亡人(原節子)の娘(司葉子)の縁談を寄ってたかって纏めようとする。娘は24歳である。まだそういう気はないと断る。すると同期3人組は母親が一人になるのを気遣っているのではと先走りする。そういう事であれば未亡人を先に再婚させようと考える。全く余計なお世話としか言いようがない。じわっと可笑しさがこみあげてくる。3人のうち一人は奥さんに先立たれている。「そうだ、お前が一緒になれ」と2人はけしかける。最初は親友の奥さんを後添いにするなど不謹慎と断っていたのだが何せ未亡人は原節子・・・品があって美人・・・段々その気になっていく。原節子は娘の大反対もあってひとり身を通すことを同期に告げる。そこまで人生決めなくても・・と思うのである。ここに小津監督の実人生が反映されていると感ずる。小津監督は生涯独身で通した。そして監督が亡くなると原節子は銀幕を去りほとんど隠遁生活といって良い生涯を全うした。何かそこに大人のエロティシズムを感じるのである。小津監督の映画には笠智衆や原節子他同じ俳優が頻繁に出て主題も似通っていたりするので時々どの映画であったのか混同することが有る。司葉子は丸の内界隈のOLである。小津の映画に出てくる会社のシーンはどの映画も人工的な印象で「会社はこうじゃないな・・」とツッコミを入れたくなるくらい違和感がある。
小津はワンカットで長いシーンを取ることはほとんどない。あるシーンの音を次のシーンにつなげたりするカットを使う。マイルスのテープを編集するテオ・マセオの様だ。
映画の出来に全く関係ない話だが気が付いたことが有る。司葉子の縁談がまとまり原節子と最後の親子旅行に行くシーンがある。義理の兄の笠智衆が経営する旅館に泊まる。その旅館のロゴは僕が20年務めた会社のロゴであった。アップで3度ほど出てくる。この時代の映画はエンドロールがないので協賛会社名は出てこないが多分電通の口利きのはずである。