2017.10.13  Transoniqe

ハクエイ・キム(p)杉本智和(eb)大槻”KALTA”英宣(ds)
 これまでハクエイ・キムのトリオを数回聴いた。卓越した演奏力以上に強く感じたのは、旋律感覚が独特であり、米国音楽的な趣きから離反していくようなエキゾチズムであった。今回はレギュラー・トリオということで、更にその核心部分が見えて来るものと期待が膨らんでいた。なお、ベースとドラムスは初めて、つまりこのトリオ自体が初聴きである。
 冒頭は、これまでに聴いたことがある「コールド・エンジン」と「ホワイト・フォレスト」だった。札幌育ちのハクエイには記憶の原風景に冬があるのは疑いなく、曲名はその冬を想起させるが曲想は異国情緒漂うものである。2曲聴いて過去の演奏と変わっているように聴こえたのは杉本の不思議なベースによるものと思われる。この後、杉本のベースは予想以上にフィーチャーされていった。1stの最後に採り上げられた曲は組曲風の長尺演奏で、聴き応え十分であった。気になってハクエイ本人にこの曲名を訊ねたところ「メソポタミア」と答えてくれた。間髪入れず店主が「何をユーフラテス」と応じ、かなり好評を博していた。それでホントに「イインダス?」。話を戻すが、この曲のストーリーを当てずっぽうに解説すると、未開のゆったりした時間帯が終焉を迎え、それと引き換えに新世界である文明が勃興してしまう、すると人々が慌ただしくなると共に止むことなく争いが起こりはじめ、ついに文明は気を失ってしまった、という筋書きに違いないのだ。まぁ音楽を楽しむためには、こういういい加減な推量も許されるだろう。
 後半に入ると、シンセやイフェクターが多用された。ここからは予想どおり宇宙的広がりをもって進撃することになるのである。特筆すべきは、ここに発生する浮遊感は“ふわふわ”してはおらず、むしろ重層的に空間を支配している感じがした。三者の対等のぶつかり合から産み出されるエネルギーによってブ厚さが形成されているのだろう。勿論、ピアノが軸となっているのだが、ベースの効果音を伴うグルーブと攻撃力が際立つドラムスが押し寄せてきて、混然一体となったバトルが繰り広げられた展開は圧巻だった。とりわけシビレたのはこの展開が、ジャズとプログレッシブ・ロックを融合させたようなサウンドになっていたことだ。ここでバップの名曲なんぞやったら構想が台無しになっていたことだろう(「ドナ・リー」なら結構面白かったりするかも知れないが)。是非は別として、このトリオにはキャバレー仕事の経験があるベテランたちの放つ独特の臭気はない。面倒な話は脇に置いて付け加えておくべきは、三者の音量バランスが非常に良くレギュラー・バンドならではのクオリティーの高さを見せつけられたことである。
 ところでプログレッシブ・ロックとは、筆者の世代で40年以上も前に一世を風靡した音楽分野である。その中で屈指の名バンドと言われたELP(エマーソン・レイク&パーマー)のキーボード奏者キース・エマーソンにハクエイは影響を受けたらしいのだ。筆者もそれを感じながら今回のELP(いい・Live・Performance)のレポートを終わる。なお、バンド名“Transoniqe”とは何でも“音速に近い”という意味らしい。これじゃ誰も追い着けないわな。
(M・Flanagan)