2025.8.25 村田千紘トリオ 優美 So Nice


2025.8.25 村田千紘トリオ 優美 So Nice
 村田千紘(tp)平田晃一(g)若井俊也(b)
 このライブは村田が今年リリースした「In The Mood For Chet」のリリース記念と位置づけられている。本作は文字通りChet Bakerに対するトリビュートであり、この日は収録曲に忠実な選曲となっていて、チェットへの思いに導かれるままに律しようとしていたようだ。チェットはヴォーカリストであることもあって、原曲に丁寧に寄り添う演奏家である。村田はそういう向き合い方を継承しようとしているのだろう。そうだとすれば、彼女は地味ではあっても相当負担の掛かることを引き受けようとしているのではないか。それは例えば画家が着衣のない裸婦を描くように、隠すもののない対象から想像力を引き出そうとすることに似ているだろう。ともすればジャズは余分なものが多くなりがちになる音楽なのだが、それが大きな魅力でありつつ煩わしさを伴うこともあって際どい。村田にあっては、曲のイメージを損なうことのなく粋に纏めることに徹しており、少しのけたたましさもない。かくして優美 So Niceという印象につながるのである。さて、筆者は平田を聴くのが昨年に続いて2度目である。彼は野心家には見えないが、演奏は強い意思のもとに相当練り込まれているように思う。前回は正確無比なところを見定めて終わったが、今回はそれに加え出色の音色に関心が寄ること至極。そして若き重鎮の俊也。兼ねがね気になっていたが、彼にも弱みがある。それは満点以外は取ることができないことだ。実に羨ましい限りである(笑)。演奏曲は「But Not For Me」、「With A Song In My Heart」、「Sweet Lorrain」、「I Fall In Love Too Easily」、「Bernie’s Tune」、「September Song」、「My Funny Valentine」、「Moon Light Becomes You」、「イチボ(オリジナル)」、「Look For The Silver Lining」。
 ここで個人的なチェット体験に触れてみたい。ジャズを聴き始めた初期のころ、チェットの歌声がどうにも受け入れられず、長らくブランクを作ってしまったのだ。その当時は若者だったこともあってか、手っ取り早い刺激に傾くことが多く、主としてアグレッシブ系の演奏を好んでいたはずだ。その後色々な演奏に出会うにつれ、傷跡がすっかり無くなるように「チェットっていいな」に転じていった。拒絶と受容の関係は不変ではない。時の経過が媒介されるとひっくり返ってしまうことがあるのだ。一過性の熱中盤もあれば、派手さはなくても手放し切れないものもある。それを知らしめてくれた一人の中にチェットのような演奏家がいる。その意味でチェットはチョット重要だ。
 (M・Flanagan)