ベーシストの抗議スト

パリで国鉄にベース持ち込み禁止に反対するストの動画を見た。10数人のベーシストがパリ駅構内で演奏しながら抗議活動をしている。付き合いのあるフランス人ミュージシャンが二人いるが日本との文化政策の違いに驚く話を聞くことが有る。まず駅構内で演奏ができることである。許可制で地下鉄駅構内でも演奏できる。ストリートミュージシャンで一軒家を購入できるらしい。どういう経緯で国鉄内持ち込み禁止になったかは情報がないが日本でのベビーカーが混雑時邪魔になるとクレームをつける輩がいた類の話かもしれない。兎に角文化保護の度合いが日本とは比べ物にならない。日本ではミュージシャンは相も変わらず川原乞食状態である。ここでも自助、共助、公助が基本になっている。日本にもストリートミュージシャンいるが「ゆず」の様にメージャーになった者だけが厚遇される。秋口の事である。店の前にストリートミュージシャンがいた。静岡県から流れてきたフォークシンガーであった。日曜日であったがライブが有ったので音につられてきたのかもしれない。「この辺は日曜日は人通りはありませよ」とアドバイスした。休憩時間ドラムの柳沼が外で煙草を吸っていた。その煙草を外の灰皿の近くに忘れて二部の演奏に入った。演奏が終わりもう一服しようと外に出ると煙草とストリートミュージシャンが消えていた。被害届は出さなかった。
昔からベースの運搬は大変である。飛行機の場合昔はAB券と言って二席を半額料金で購入し機内に持ち込んでいた。ところがお盆様な繁忙期には席が取れないことが有る。昔お盆時期に米木に来てもらった時の事である。席が取れなかった。チェロと偽ればなんとかなる。機内に入ればこっちのものだ。米木にチェロで押し通してくれと頼んだ。米木は渋々承諾した。乗務員の人もいい人であったのだろう。「今回だけですよ」と言って乗せてくれた。まだおおらかな時代であった。航空会社がエアーフランスであればいい落ちになるが世の中そんなにうまくはいかない。

原発と民意

リトアニアの例である。ロシアの影響下にあるバルト3国の小国である。ロシアのエネルギー政策の影響をもろに受けていた。ガス、石油の供給量が不安定なため原発の道を選んだ。選挙では原発廃止を訴える緑の党などは敗退した。小選挙区の為資金の潤沢な原発推進を訴える与党が大勝したのである。しかし国民投票で原発凍結の票が勝った。日本の場合原発を受け入れるかどうかは立地する地方の自治体の議会に委ねられる。例えば関西電力大飯原発は福井県大飯町に立地している。町議会議員は15名であったと思う。8名が賛成すると原発が誘致される。原発が立地しているところはどこも人口の少ない地方都市である。送電に有利な大都市には決して造られない。100%安全でないことは福島で立証されたからである。そしてそれらの地方都市の新聞には電通を通した原発プロパガンダ広告が頻繁に掲載される。多額な金もばらまかれる。この町の公共事業を取り仕切る助役が関電幹部に小判を贈呈した事件ではみな不起訴になっている。多額な補助金をもらったので結納返し程度の認識で贈呈したのである。世界は再生エネルギーに舵を切っている。日本は産業構造の転換に失敗し1周遅れの政策を行っている。核のゴミの処理方法が決まらぬうちに政府は原発の寿命を根拠もなく20年延ばしてしまった。理由は稼働していない期間はカウントしないというものだ。車を買って20年乗らなかったからと言って中古市場で新車で売られることはないことを考えればなんと愚かしい理屈であることが分かる。最低国民投票にしてほしい。だがその際我々が正しい知識を持っているかにかかっている。

2022.12.10 極上の男たちのDUO

大口純一郎(p)米木康志(b) 
一般論として人は年を重ねるとともに話がクドくなる。寄る年波に従って謙虚に自分を過小評価すれば良いものを、それとは逆に虚勢を張るように作用する傾向が強まる。かく申し上げるのは、少しばかりクドい話をさせて頂くからだ。筆者が育った時代はパソコンやネットはおろか電卓すらなかった。そうした時代あるいはそれ以前に制作された音楽作品が不朽の名盤を輩出してきたのは何故なのか。現代の技術進歩と音楽的成果は無関係なのか。面倒話になってきたが、すぐ終わるのでご容赦を。前置きとして、技術は一方的に進歩し必ず便利になるが、人の精神はこのことと歩調を共にすることはないと言っておこう。最新の機器を使いこなしていても、泣き笑いその他の精神反応を起こしてしまう理由は太古から何ら変わっていない。すると人の精神営為には何が残されているのかという問題に行き着く。このことを今回のLIVEと関連付けてみると、人の精神営為に残されているのは、殆ど磨くとか掘り下げるということの他に余地がないのだと考えてよいかも知れないと思うのだ。私たちはよく「緩み無き演奏」という言い方を耳にするが、それは聴き流しを許さない演奏のことを言っている。このDUOの演奏に当てハメて言うと、安全装置を外して演奏に向き合っているから、聴き手はいつ何が起こるか分かりかねて、聴き流すことを許してくれはしない。それは修辞を凝らしながら本質論一本に打って出る冷静な論客の語り口のようでもある。ここにはムキ出しの過激さのようなものがないことによって、逆に荘厳さが引き出されているようにみえる。説得力のある演奏とはこういうことであると思わされるのだ。前述した磨くこと掘り下げることを両者と第4コーナーを併走する気分で代弁させていただく。こう言っているようだ。「目差すはゴールじゃなくて通過点だよ」、どうやら止まったままでいることがないらしいのだ。演奏曲は「Minor Choral」「(W・ショータの古い曲)」「Let’s Call This」「I Should Care」「Moments Notice」「Ugly Beauty」「Mr . Sims」「Sopa de Aio」「Don’t Explain」「Ode to J.S. Buch」「I Love You Porgy」。
このDUOは“極道の妻(おんな)たち”の岩下志麻的な任侠セリフの凄みとは趣を異にする。しかし、突きつけてくる隠れた切迫感の凄みは“極上の男たち”による至高の振る舞いであると確信する。このたび私どもにおいて、駄洒落精神は磨かれもせず掘り下げられもせず、財津一郎的に「悲し〜ぃ」。
(M.Flanagan)

東京物語

今日12月12日は映画監督・小津安二郎の誕生日であり命日である。テレビも無い時代親に連れられて映画を見に行った記憶があるが黒澤明の映画は覚えているが小津安二郎の映画の記憶はない。あまりに何も起こらず淡々と進むので子供にとって退屈だったので覚えていないのか親もあまり好きでなかったのかもしれない。ある程度に年を食ってから全作品見直したがここではローアングルのカメラショットなど映像論的なものは省く。昭和はこういう時代だったなあとつくづく思うのである。家父長制の残滓が見て取れる家庭、高度成長期の会社、学校の同窓などの共同体内の付き合い・・・。政治学者・丸山真男が言った「タコつぼ社会」が描かれている。そこには社会はなく、あるのは世間だけである。どの作品を見ても俳優の喋り方が変である。こういう物言いする大人はいたなあ・・と思うのであるその口調は日常ではほとんど聞かれない。小津の言葉を紹介しておく。その謎を解く鍵になるかもしれない。
「僕の生活条件として、なんでもない事は流行に従う。重大な事は道徳に従う。芸術の事は自分に従う」「こういう所から僕の個性が出てくるので、ゆるがせにはできない。理屈にあわなくとも僕はそれをやる」

防衛問題を考える

12月8日。「専守防衛」から逸脱し「敵基地攻撃」を遂行した日である。真珠湾攻撃。1941年の事である。後は周知の事実である。岸田総理は「専守防衛範囲内における敵基地攻撃能力の増強」などと論理矛盾することを言い続けている。防衛費をGDPの2%にすると言う事は世界で3番目の軍事大国になると言う事である。軍備を拡大すれば隣国は、「ははあ・・お殿様には敵いませぬ」と言ってひれ伏すとでも思っているのであろうか。だとすれば志村けん並みのバカ殿である。ミサイル一発でも打てば半沢直樹の様に「倍返しだ」と言って雨の様にミサイルが飛んでくるのは目に見えている。それくらいの想像力は為政者たるべきもの持っていてほしいと思うのである。安倍、トランプがゴルフをしながら約束したことの付けを払わせられている。僕は軍備は要らない・・という丸腰論の信奉者ではない。根底になる安全保障の考えもなくいいなりに防衛装備を買うのは究極の無駄遣いである。イージスアシュアだけではなく当の防衛相でさえ「どうやって使うんだよ」という代物さえつかまされている。この取引例えばロッキード社と直接やり取りするわけではない。ロッキード社からアメリカ政府が一括買取をする。それをアメリカ政府が日本政府に売るのである。ロッキード社の納入価格は発表されていない。莫大な額が中抜きされているのは想像できる。あるレーダーシステムの話である。細かい話は省略するが日本の為に開発したシステムである。当然メンテナンスはアメリカの業者がする。そのメンテナンス料を派遣される人員数で割ると一年で一人9500万円になったと言う事である。何日滞在するかは知らないが相当物価の高い街だ・・・という笑い話がついていた。

Wカップの裏番組 vol4 冬季オリンピックと環境問題

Wカップの裏番組 vol4 冬季オリンピックと環境問題
IOCが突然2030年の冬季オリンピックの開催地の決定を延期すると発表した。環境問題に対する対策を考慮するためとある。何を今更二郎である。バンクーバーが撤退し、ソールトレイクは2034年の方が本命と言う事で実質札幌しか残っていない。何もなければすんなり札幌と言う事になってしまったはずだ。そこに燻っていた東京オリンピック汚職事件が大疑獄事件へと進展している。高橋治之容疑者は2度の保釈請求を却下され今も収監中である。橋本聖子会長、森喜朗前会長も特捜部の事情聴取を受けている。弱気になった橋本聖子会長は「札幌開催は難しいのでは・・・」と発言している。だが橋本会長は所詮腹話術の人形である。しゃべらせているのは森喜朗前会長である。この二人、親子の杯を交わした任侠の関係にある。驚いたのは国際IOCのボッタクリ男爵である。ここで札幌に降りられては一からやり直しである。そこでバッハ会長は考えた。「札幌市長はまだやる気である。どうせ日本人は時間がたてば忘れる。ほとぼりが冷めるまでちょっと時間をおこう・・・。でもな・・・延期する口実が必要だな・・環境問題と言う事にすればトレンディだよな」
この程度の問題意識である。我々の事を舐めまくっている。本当に地球環境を危惧するのであればオリンピックなどやらないのが一番である。冬季オリンピックは開催できる環境が整っている地域は限られている。その国が招致に手をあげなくなっている。そこでIOCは開催地輪番制を主張している。施設と開催のノウハウを持っている都市が順番に開催するというものである。スポンサー料で食っているIOCにとっては賄賂は減るだろうがこの方が楽である。あまりやりたがらない会社の観楓会の幹事が定期的に回ってくるようなものである。手をあげる国が有るとは思わないがいい案が有る。ロシアと北朝鮮で交互に開催してもらうのである。ミサイルと戦車代がインフラに使われるようになる。
東京五輪インパール作戦を我々は見てきた。札幌五輪八甲田山行軍は辞めるべきである。

Wカップの裏番組 vol3

定例札幌市議会は6日本会議を再開し各会派の代表質問に入った。秋元市長は冬季オリンピックの招致に関し「既成概念にとらわれないクリーンで新たな大会に挑戦する」と述べた。
遡る事数日前橋本聖子オリンピック組織委員会会長は「流石に札幌は無理では・・・」と述べている。高橋治之氏の逮捕だけで幕引きかと思われた東京五輪贈収賄事件が急転直下の展開を見せている。電通をはじめとする広告代理店11社に東京地検のガサ入れが入った。聴いたことも無い無名の会社にもである。これは特捜が談合の証拠を握っていることを意味する。これは昨日今日の調査で判明することではない。特捜は摘発の機会をずっと伺っていた。検事総長の人事もごり押しした安倍総理の呪縛が解けたことによる。裏を返せば今まで司法もどれだけ歪められていたか・・と言う事をまず考えなければならない。電通は今まで聖域であった。原発の広報など一手に引き受け政府、財界と太いパイプがある。社員も半分はコネ入社で政財界、有名人の子息だらけである。そういう会社は立ち行かなくなるものだが電通は違う。後の半分が相当に優秀で猛烈に働くからだ。その優秀な社員が組織委員会に何百人も出向している。要は企画を出すのも電通、事実上決済するのも電通と言う図式なのである。社長が訓示でオリンピックで1兆円儲けろ・・・と檄を飛ばした。汚職が起こらない筈はない。今回は現役社員に逮捕者が出るかもしれない。そうなると官公庁の入札業者から締め出される。事実上オリンピックに関わることは出来なくなる。業界二位の博報堂も頑張ればできるらしいが電通とノウハウの差が違いすぎると言う事だ。この捜査どこまでメスが入るかである。電通、それから組織委員会、お飾りの山下や室伏の理事ではなく武藤事務局長、コロナと言う事で入院し続けている森喜朗前会長・・・・今回だけは東京地検特捜部を応援している。
秋元市長もこれくらいの事は知っているはずである。なのになぜ先の発言になったのか・・・。新幹線の延伸とオリンピックの招致を重ね合わせるよう札幌財界から強力に要請されていると思われる。現在も札幌の広告代理店、(たぶんPRセンター)が元受けになって招致活動を行っているが電通北海道に丸投げである。もう20億が使われている。だが無理に開催することに比べたら撤退することの方が傷は浅い。オリンピックインパール作戦は辞めるべきである。

Wカップの裏番組 vol2

岸田総理が突然原発の60年延長、そして新設まで言い出した。寝耳に水である。福島の事故から10年まだ緊急事態宣言もとけていないのにだ。緊急事態と言う事は福島の一部はまだ放射線汚染下にあると言う事だ。病院に行くと関係者立ち入り禁止の部屋が有る。レントゲン撮影をする部屋だ。あの部屋で検出される放射線量よりはるかに多い放射線物質があの地域には残存している。汚染水貯蔵タンクももう満タンである。大量のトリチウムを含んだ汚染水を海に流して処理しようとしている。トリチウムは重水素なので水として存在し除去はできない。その害については諸説あるが無害と言う事だけは絶対にないようだ。政府は海水放出に拘るのは六ケ所村の処理施設計画がとん挫するからだ。電気料金は今も高いが来年再値上げされる。ところがここに政府の姑息な戦略が見て取れる。北陸と関西では値上げ幅が全く違う。原発稼働地域は安く見えるように設定されている。そもそも原発は安いのか?化石燃料の電気になる割合は50%と聞く。だが電気にならなかった熱源は地域の暖房に使われたりするのですべてが無駄ではない。原発は35%で立地は安全性考慮の為、都市から遠い地域に作られており熱源はほとんど無駄である。CO2は排出しないが冷却水は海に放出されており温暖化の一要因になっていることは伏せられている。電気料金の積算に福島の事故の様な処理費は入っていない。廃棄物の処理費は言わずもがな・・・である。自民党内でも原発は増設しないのだからいずれなくなる・・・という論調もあったのにこの時期の変節ぶりには驚く。永田町界隈では政局に関係が有るという説もある。経産省がバックにいる安倍総理の清和会におべんちゃらを言ったというものだ。勘弁してほしい。派閥のポジション争いに国民を巻き込むのは辞めてくれ。年末になって気が滅入る話題ばかりだ。今年の救いは大谷翔平とサッカーと僕にとっては羽生善治の復調と何と言ってもlazyで繰り広げられる熱いライブだ。
付記
今日、店に来ると電気がつかない。電力不足ではない。怒涛の10daysライブで料金の支払いを忘れていた。照明も暖房もない中で将棋をしながら1時間半ほど再開を待った。ライブがない日で良かった。ウクライナ市民の事が頭をよぎった。

Wカップの裏番組

サッカー快進撃の裏番組で日本の将来に禍根を残す事が着々と準備されている。5年以内に防衛費倍増のGDP2%案が大手を振って歩きだしている。誰が出したパスなのかはっきりしないままにゴールに迫っている。ウクライナ情勢、台湾有事の可能性もあった。だがただ国民の不安をあおる言動だけで強引にゴール押し込もうとする。何回もオフサイドになっているはずである。まずこんな重大事が国会で何ら議論されていない。安全保障に関する有識者会議でたった4回話し合われたものが総理に手渡されただけである。この有識者会議なるもの我々が選んだ人物ではない。元外務次官を座長に財界人、ジャーナリズムのトップもいる。防衛のスペシャリストはいない。政府に都合の良い人間が選ばれおり防衛省、外務省、財務省の官僚が作成した資料のブリーフイングを受けハービー判子つく行為をしたに過ぎない。今国会で議論している余裕はない。また閣議決定で通してしまう魂胆なのかもしれない。この議論いつ出てきたのか・・・。2015年アメリカの太平洋司令官が6年以内に台湾有事が起こる可能性が有るとして軍事費の増額を要求したのが発端である。良くある手口である。米政府は予算が膨らむのを嫌い日本に負担させようとした。そこに安倍総理が「親分あっしが何とかしやしょう・・・」と大見えを切ってしまったことが最初のパスである。イージスアシュアなど役に立たないものをたくさん買わされた。最新の高速ミサイルなど迎撃できないことは分かっている。それであれば撃たれる前に撃ってしまえ・・・という拙速な議論が出ている。敵基地攻撃能力の話である。いきなりトマホーク500発購入するという。宣戦布告なしの先制攻撃は国連憲章に違反しているし憲法の専守防衛にも違反している。与那国島の公道を戦車が走行する映像を見た。シェルターや弾薬庫も造成している。まず一発でもミサイルをこちらから打てば日本はお終いである。国内向けに核ミサイルが配備されているからである。原発と言う名の核兵器はこういう議論の時は無いことにされる。原発を攻撃するのに高性能ミサイルは要らない。だからそれ用の迎撃ミサイルも要らない。こういう議論になると必ず「ミサイル撃たれたらどう防ぐ」と聞かれる。逆にいつ撃たれると聞きたい。戦争が起きるときは攻撃の能力のほかに攻撃意志が必要になる。今までの日本は軍備はあるが攻撃意志は無いものと国際社会では評価されていた。それが崩れ去ろうとしている。死ぬまで外交努力をすべきである。そして1%増額は約5兆円である。高校まで全額無料にしてもおつりがくる。この異常な物価高の折、財源はどうするのか。浮上するのは国債と消費税増税である。もう先の戦争時と変わりなくなる。

2.22.11.25 .PUSH Quartet

曽我部泰紀(ts)魚返明未(p)富樫マコト(b)西村匠平(ds)
 これはレギュラーバンドである。統率が取れていることと予定調和的であることは全く別のことである。私たちはLIVEにスタジオ盤からの逸脱を期待して止まない興味本位な聴衆といってよい。想定外は大歓迎なのである。リーダーの西村はそこを見逃していない。彼が叩き出す高揚感はその証明といえるだろう。LB初登場からそれは変わっていない。バンマスへの献辞はここまでとして、まずは地元出身で若干二十才の富樫が気になる。頷かされるのは指がよく動くというなことではなく、持っているGroove感だ。ここには何ものにも代え難いヤバさがあり、筆者を含めより多くの監視員をつけたい逸材だ。次は曽我部、.Pushのソツないイメージを覆すゴリゴリ感で押してくる。なんでもLB(つまり全国)の巨星S・央紹氏の後輩筋に当たるらしいが、同一楽器につき面識を持つ機会に恵まれていないそうだ。巨星が聴いたらどう思うか分からないが、肝の据わった頼もしさは確かなものだ。大阪の中の大阪たる河内出身の暴れっぷりを当面は今の延長で見て置きたいリード奏者である。そして前ノリした魚返は遠慮会釈を肯定的に振り払い、リリシズムとエクスプロージョンが全開だ。この若き上昇集団は聴いて兎に角気持ちがよい。こういう連中がいるから隠居はお預けにされっちまうのよ。演奏曲は「Catch&Release」「Vernal Days」「Body&Soul」「Hiball Party」「Wanna Be」「Darn That Dream」「Town Work」「朝焼け5時散歩」など。(「Hiball Party」の魚返、恐るべし)。
 この週は大変結構なHard Daynightsでした。(M・.Flanagan