学徒動員

都知事候補だった弁護士の宇都宮健児氏が35万筆「五輪中止」署名を集めた。中止要請を都庁に提出し記者会見を行った。海外メディアでも取り上げられたがNHK他テレビ局各社は黙殺した。「コロナに打ち勝った証」に開催するのではなく「対コロナの負け幅を抑えたことの証」として中止することが合理的選択と考える。負け幅と言うのは経済指数や国威高揚ではなく具体的は死者数の話である。
1942年のミッドウェイ海戦の敗北時点で負けを認めて講和していれば、310万人の死者は殆ど死なずに済んだ。南方戦線での餓死病死の野垂死も無く横井さんも小野田さんもジャングルで何十年間も隠れる必要もなく東京大空襲も原爆投下も無かった。「負けを認める」ことを拒んだせいでどれだけのものを失ったのかを歴史に学びたい。歴史を学ぶことはセンター試験の点数を上げるためではない。
僕はアメリカが選手団の派遣を拒否して日本政府は渋々中止を決定するのではと思っていた。だがこのままでは中止されないかもしれない。歴史的惨事としての東京五輪が終わった後に「私は開催に個人的に反対だったのだが、とても『中止』を言い出せる空気ではなかった」と責任者たちが口々に言い訳するありさまが目に浮かぶ。敗戦時の政府中枢関係者の態度とダブって見えてくる。
81万人の小中高生が国威高揚の象徴としてオリンピック観戦に駆り出される。深刻な感染危機にさらされるのは必至である。移動は公共交通、不参加は欠席扱いだと言う。さすがに「運動会がだめでオリンピックはいいのか」とクレームがついた。荻生田文科大臣の答弁を聞いた時は椅子から滑り落ちた。
「それでは、運動会開催の可能性を検討します」
本末転倒も甚だしい。
戦争末期、雨の神宮球場を学生服にゲートルをまいた大学生が行進する映像を思い出す。