jazz幼稚園の名前の由来は初心であることの表明であり予め演奏に対する厳しいご意見をブロックするためでもある。車の後部に子供乗っていますと注意を喚起するステッカーのようなものだ。それと実際に幼稚園の経営者もメンバーであったことにもよる。S原というドラマーが在籍していた。創立時のメンバーで当時は室蘭から参加してくれていた。ドラマーなのでカウントを出してもらった。スティックを鳴らしながら1.2.1234といったところまでは良かったが全く違うテンポでドラムを叩き出した。僕らは全く入れず皆ずっこけた。一度演奏を止め演奏を始めるテンポでカウント出してといった。「え、カウントって言えばいいんじゃないんですか」僕はもう一度ずっこけた。ドリフのコントのような一幕であった。その日からS原のあだ名を「カウント蔑視」と命名した。歴代のゲストは綺羅星の超一流のミュージシャンである。米木康志、池田篤、臼庭潤、原大力。原がゲストの会。僕らはリハをしていた。そこに原が到着した。曲はブルーモンクであった。原はレガートをするしぐさで拍を数えだした。リハが終わってから原から尋ねられた。僕が変拍子にアレンジしたと思っているらしい。最後だけ5拍になっているのだ。ドラマーのS原はどうしても1拍多くなってしまうのでS原に合わせてそこだけ5拍子にしてしまった。原は顔をくちゃくちゃにして「イエィ、jazz幼稚園すごいね」と大笑いしていた。