9月12日ボーカルのルナのライブが有った。エリントンのスター・クロスト・ラバーズを歌ったのだがそのMCでその由来はシェークスピアで有ることを語っていた。悪い星の元に生まれたロミオとジュリエットの様な存在である。日本では織姫と彦星に例えられるが間違いとされている。僕はそうは思わない。ところ変われば品替わる・・・と言う事である。キリスト教的発想が仏教の様相を呈して現れる事だってある。その時ふと思い出したのだ。村上春樹の短編小説でスター・クロスト・ラバーズの想い出から始まるものが有った。村上がニューヨーーク在住だった頃トミー・フラナガンのライブを聴きに行ったことが有った。その時「バルバトス」「スター・クロスト・ラバーズ」を演奏してくれたらどんなに素敵だろうと思っていたら本当にその2曲が演奏されたという事実から始まる。これは宝くじに当たる確率くらいである。その小説を読み直したいと思ったがタイトルが思い出せない。そのうち当たるだろうと思って読み直していたら3冊目であたりが出た。「偶然の旅人」であった。この本を読んだときこんなことが起こるのだ‥と思い僕も念じて見たことが有る。流石に2曲は実現しなかったが「スター・クロスト・ラバーズ」は実現したことが有る。池田篤のライブの時だ。僕は精神主義者ではないがそういった経験は稀にある。その小説の中で主人公がカフェでディケンズの「荒涼館」を読んでいたら見知らぬ女性から話しかけられたという下りが有る。この小説は誰でも読む小説ではない。その女性は読書会でその小説を読んでいる奇遇さから話しかけて見たくなったと言う事だ。あれっ・・・こんな話自分も書いたことが有ると想い出した。ライブがメインになる前カクテルバーだった頃が有る。その時代カクテルや酒の名前を冠したショーストリーを書いて店を側面から盛り上げていたことが有る。サーバー代を払い忘れてHPが一瞬にして消滅し、そこに書いた文章の類もバックアップをとっていなかったため殆どが消えてしまった。だが似たエピソードと感じた「泡盛1」というテクストは残っていてショートストーリーのコーナーに再録してある。沖縄のホテルのプールサイドでカーソン・マッカラーズの「心は寂しき狩人」いう小説を読んでいたら片足の女性から話かけられるという話である。そんなに一般的でないテクストが二人の距離を急速に縮めると言う事はあり得る。そんな関係性に憧れているのかもしれない。自分が「泡盛1」をいつ書いたのかその時はもう「偶然の旅人」読んでいたのかも思い出せない。この小説が素敵だなあ・・と思いこういう文章を書いてみたいと思ったとしても自然な事である。村上春樹の初期三部作に出てくる「僕」と「鼠」の関係はR.チャンドラー「ロング・グットバイ」の「マーロウ」と「テリー・レノックス」との関係の相似形である。
