5.14 鹿川暁弓トリオ 鹿川暁弓(p)古木佳祐(b)本田珠也(ds)
クラッシック一筋に研鑽を重ねていたある時、鹿川はそこにない音楽世界に無性に取り組みたい欲求に駆られて越境を試みた。それがジャズだった。この衝動は珍しいことではないが、彼女は今も所謂”二奏流”を続けており、これはやや珍しい。今どちらに軍配を上げるかを語る必要はないだろう。この場で向き合っているのはジャズだからだ。忌憚なく言わせてもらうなら、彼女の演奏に特別深い思い入れを持って来た訳ではない。しかし、昨年聴いたときは少し変化していることを感じ、好意的に受け止めていた。久しぶりにトリオ編成を聴くのだが、今回は記念LIVEの前半を飾る大役にしてこのサイドメン、足が宙に浮くシチュエーションだろう。蓋を開けてみると緊張感を漂わせながらも、今まで感じられなかった思い切りの良さがあるではないか。これは実力があってこそスランプがあるように、潜在能力があってこそ引き出されるものがあるのことの好ましい例だ。私たちは「お定まりジャズ」に陥らないための苦悩してきたことに対する彼女のAnswerを透視することができたように思う。この演奏はがベテラン清純派と言われる鹿川の歩みが、勝ちきれないモヤモヤを克服した日として記憶されるべきであろう。追加しよう、3年ほど前に共演したことのある本田珠也が、意外にも柔和な!面持ちで「あの時より断然良くなっている」と太鼓判を押していたのが耳に入ってきた。この一言をこの日に鹿川から受けた印象の補強剤としておく。細腕奮闘記の演奏曲は「I Hear A Rhapsody]、「South Seas」、H・Silverの「Lonly Woman」、「Effendi」、「Vignette」、「I love You Porgy」、「Come Rain Or Come Shine」、「Nardis」。アンコールはオリジナル「朝陽の中で」。「最後のマイナーに転ずる部分がイカシてるな(珠也談)」。
5.15 壺阪健登トリオ 壺阪健登(p)古木佳祐(b)本田珠也(ds)
昨年に引き続き記念LIVEの華は壺阪健登。いつも思うのだが、一音一音が独立宣言を発しているようで、この粒立ちは格別である。いつもながら力づくではないのに力感があることに感心させられる。彼の音は私たちに聴こえて来るのではなく、伝わって来るのだ。3人の中で聴く機会が少なかったのが古木だ。これまでは管が入っており、それは理由にならないが、全体像を掴むことができていなかったと思う。これは事件ものによくある、容疑者を追跡中に踏切の遮断機が降りてきて折角のところで見失ってしまうといった感じに似ている。今回はピアノ・トリオなので試食から本格賞味になるだろうと、俄然注目度を高めていた。予想通りベース・ソロがふんだんにあり、彼の歌い方を十分堪能することができた。当店マスターは笑い半分に「ベースは余るほどいるんだよなぁ」と突き放すが、今回それをド真面目に突き返したのが古木である。全くの勝手な想像だが、彼は音楽に取り組み始めた初期のころから工夫心の塊で、”独学の神童”のような少年だった(と思わせる)。この独断は案外当たっているかも知れない。そんな彼の今をじっくり聴いていて、「余るほどのベース」の中には入っていないと確信させて頂いた。話は変わるが、「4ビート以外はジャズではない」と固く信じていたり、「バップしか聴かない」という堅物がいるらしい。こういう岩盤ジャズ・ファンは少なからずいるだろうし、横にらみすべきだとも思わないが、この立場を貫けば本田珠也のようなジャズ枠に収まり切らないドラムスとの距離は縮まらない。これは筆者にとっては勿体ないことだが、音楽は全席自由だから仕方ないか。演奏曲は「In Your Own Sweet Way」、「Stomp」、「Rubato」、「I Love You Porgy」、「Fallin’ Grace」、「Isolation」、「The Favorite」、「Herald Square」、「But Beautiful」、「Sing It」、「St. Thomas」。
5.16 壺阪健登トリオ 壺阪健登(p)古木佳祐(b)本田球也(ds) Feat.池田篤(as)
ミュージシャンひしめく東京でも一定の共演傾向がある。そこをこじ開けて「このメンバーでやるのは初めて」というのが、レイジーのスペシャル・ブッキングだ。オール値上げの時代にあって、こうした”お得感”は嬉しい。まぁこの庶民感覚を一旦引っ込めて、ライブという選択的別世界に入ろう。常々ライブに足を運ぶ主たる動機は何だろうと思うのだが、お気に入りの演奏家目当てという辺りが最有力と思われる。筆者もその一人なのだが、スペシャル・ブッキングの時には特定の誰かという訳にはいかない。かと言って、ごった混ぜを楽しむことにもならない。ひとえに集団音楽とは言っても、この強力メンバーだと夫々を聴き分けながらその一体感を心に残したいという思いが強まる。こっちも相応の集中力が必要となってしまう。個々にはそれなりに聴いているので、一定の予想は働いてしまうのだが、レギュラーバンドの”決め”にない偶発性を期待する思いが膨らむ。予想と予想外が同化してしまう矛盾がジャズ・ライブだ。この日について粗く言うと、壺阪の鳴らす力と意表を突く展開力、サウンドの中心軸をメイクしながら調和を図っていく池田、合わせ技に流れることなく片時も気を緩めない古木、雷鳴と鎮圧のスクランブルを仕組んでは終始上機嫌の珠也、それは4人によるこの夜だけの熱い合作となっていった。今日感じた筆者の聴き分けと一体感はこんなところだ。ヘビーに気を吐いたり一息入れることも織り交ぜながら、このバランスのよさはスゴ腕揃いの為せる技なりけりだ。このライブは21周年の重みと見事に均衡していたということを事後の感想としておく。演奏曲は「Four In One」、「His Way Of Life」、「Stomp」、「Flame Of Peace」、「Sing It」、「Isolation」、「A Long Drive Of The Blues」、「My Brother」、「Harold Square」、「子供の木」、「For Heaven’s Sake」。
なお、壺阪の選曲配慮により鈴木央紹のオリジナルが演奏された。央紹の穏やかな表情が降りてきて幾分体温が上がっちまった。(M・Flanagan)