「村に火をつけ白痴になれ 伊藤野枝伝 」栗原康著


伊藤野枝は今から100年ほど前に生きた作家であり編集者であり婦人開放家で無政府主義者であった。女学校時代にのちに作家となる教師、辻順と恋愛関係となり辻は教職を追われることになる。野枝は辻と事実婚状態なるが情熱は収まりきらず大逆事件にも関わったとされる無政府主義者、大杉栄と同棲生活に入る。大杉も自由恋愛思想の持ち主で奥さんと愛人もいたがそこに野枝も入り込んでいった。三角関係ならぬ四角関係である。週刊文春にすっぱ抜かれた元内閣官房副長官、木原誠二を彷彿させる。だがこれが今の話ではない。100年も前の話なのである。栗原が野枝の故郷、福岡の今宿を取材で訪ねた所、お年寄りの口が重たいのである。「あの女の故郷だと知られるのが恥ずかしい」というのである。ある年齢の方の倫理観からすれば想像できない女性だったと推察される。野枝は生まれるのが早すぎた女性である。野枝は平塚らいてうの後を引き継ぎ「青踏」の編集にも携わったが一般女性にも紙面を解放した。野枝はよく言えば共助の精神、悪く言えば使えるものは親でも使えというスチャラカ社員的な何とかなるさと言ういい加減な考えの持ち主でもあった。当然赤貧状態であったがあまり気にしている様子は伺えない。勿論筆の力を緩めることもない。野枝は時代を駆け抜け28歳の若さで大杉ともに特高によって虐殺される。1923年関東大震災の年である。栗原は野枝の情熱が乗り移ったかのようなテンポの良いポップな文体で綴っていく。男性が書いたこの手の評伝に在りがちないやらしさはない。その事がブレディ・みかこのあとがきで明らかになる。栗原は女性になりたかったという。そうか・・・栗原は辻や大杉になって野枝を愛したかったのではなく野枝になって辻や大杉に愛されたかったのだ。女性に読んでもらいたい一冊である。

「村に火をつけ白痴になれ 伊藤野枝伝 」栗原康著  岩波現代文庫¥1120