コートに降り積もった粉雪を払ってドアを開けるとまたペンギンがいた。僕はまだペンギンの顔を見分けられないが、ペンギンは人の顔を識別できるらしくあちらから話しかけて来た。
「いつぞやアイス・バーでお会いした方ですかな」
「やはりあなたでしたか」
アイスバーで会ったのが半年前になる。
今は雪祭りの時期で中心街は中国人、韓国人、数人のフインランド人で溢れかえっている。この店はそういう観光産業の恩恵は受けることなくポール・ブレイのソロピアノのように静謐に営業している。
「よろしかったら、隣に座りませんか」
僕は隣に腰掛けた。
「マスター、とりあえずではなくて・・・スーパードライ」
「一寸待ってください、よろしければサントリーモルツを飲んでいただけないですか」
「ですが、ここにはアサヒしかないはずですが」
「今日は、キャンペーンで置いてもらっているのです。なおかつ百円安いのです」
「そうですか。それでは、モルツを下さい」
「そうこなくては」
「今日はお仕事ですか」
「そうです、この時期は北海道地区を重点的に営業しております。北海道地区は営業三課が担当しておりまして私も営業三課係長補佐特命主任という肩書きで活動しております。ここのお店もアサヒしか置いていないのは知っていました。その牙城を切り崩すのが私の使命なのです」
ペンギンの語りがまた熱くなってきた。皮膚から湯気が出ている。おしぼりを使って顔をぬぐっている。お店でだされるおしぼりは手以外拭いてはマナー違反と言うのが常識だがそれがペンギンにも通用するかは微妙なので黙っていた。
ペンギンは話を続けた。
「私はモルツを飲みながら、お客さんにモルツを勧める。すると次に来るお客さんもペンギンと人間が楽しそうにモルツを飲んでいたとすると一缶ぐらい飲んでみようかなと言う気になるのではないですか。それとこれは大事なことですがお店にとっては原価がかからないということなのです。何しろこれはキャンペーンなのですから。サントリーは大きな会社ですからそれぐらいの予算はあるのです。第三課にも営業経費はあるみたいですが、『君はそこまで知らなくていい』と部長に言われました。残念です。私は係長補佐特命主任の名に恥じない職責を果たしたいのですが」
ペンギンはモルツを一口飲んで一呼吸おいた。
「明日、旭川に行きます。旭山動物園のペンギンの行進とタイアップのキャンペーンがあるのです。子供たちにモルツ缶を配るのです。お酒は二十歳からということは知っています。でもその子供たちが10年後、15年後あの時ペンギンさんがくれたビールだと思い出してくれてらどんなに嬉しいでしょう。」
ペンギンはこのキャンペーンを成功裡に導かなくてはならないことを何度も強調した。失敗すると沖縄地区担当にまわされるらしい。
「あそこは、暑いですし、基地もあり危険です」
と言ってビールを飲み干した。