週一度は母親の様子を見に実家に行っている。「何かいるものあるかい」と尋ねると昔は仏壇のお供え物と言われることが多かったが、最近は「おいしいもの」と言われることが多くなった。近くに新鮮な食材を扱うスーパーがないせいもある。僕の足なら往復30分弱のところを母親は杖を付き付き2時間以上かけて買い物に行っている。それで物が良くなければ年寄りだからこそ腹が立つのだろう。具体的に「すき焼き」が食べたいと言われたこともあった。でもおいしいものの代表は寿司なのであろう。体が思うように動かなくなってからは僕が行くと「寿司の出前頼んだから」というセリフが多くなった。寿司といっても回転すしのデリバリーだ。母親は「このマグロあまりおいしくないね」と文句をつけながら食べている。僕もあまりおいしいとは思わないのだが「そんなことないよ、おいしいよ」というと「そうかね」と言いながらゆっくりと一貫、一貫食べていく。「おいしいマグロ食べたいね」と言うセリフは何回か聞いたことがある。今度美味しいものと言われたら店の近くの寿司屋の折と決めていた。
ご主人にお土産でもっていく主旨を伝えるといいもの入れておきますと言ってくれた。僕が店終わるころ折を取りに行くとご主人が「トロ一貫サービスしておきましたから」と言った。とりあえずその時はそういったように聞こえた。
翌日寿司折ぶら下げて実家に行った。帰りしな「トロ一貫サービスしてくれたみたいだよ」というと「もう少し後で食べるけどちょっと開けてみていいかい」という。
どうぞというと旧国鉄職員が指先確認をするように「これ、カニだよね。これはイクラ・・・・、トロはどれかね・・・・」と確認しだした。
僕はもう時間なので行くよというと「ああ、お金お金、」いつものことだがいくら要らないといっても効かない。ポケットにねじ込んでくるのでいつも千円だけもらっている。するとその日は「こんないいお寿司千円で買えないでしょう」といって二千円くれた。下世話な話だが一番いいところお願いします、と言ったのでその倍くらいはかかっている。
翌日美味しかったかと聞くと「おいしかったよ。でもトロはなかったと思うよ。それとかぞえたら11貫あったよ」
そうか、ご主人はトロがないので一貫おまけしてくれたのだとその時分かった。
母親は繰り言のように「今度こそ、おいしい鮪食べたいね」といった。