梅津和時(as、bcl、Vo)中島弘恵(p)立花泰彦(b)小山彰太(ds)
数年前の前回は2管を配した編成だったが、本日は典型的なワンホーン・カルテットだ。最近作った曲はロック系やクレズマを含め難しい曲が多くなったとは本人の弁。今回は比較的古い自作を中心に選曲したということである。
1曲目はC・ヘイデンの「ソング・フォー・チェ」、およそ50年前にヘイデンが立ち上げたリベレイション・ミュージック・オーケストラの初作に収録されている曲である。「チェ」とは韓流女優のチェ・ジウである筈がなく、チェ・ゲバラのことである。ここでは後テーマまでの間かなり長いフリーな演奏が展開された。こういう時の彰太さんは俄然光る。2曲目はバス・クラに持ち替えて「シーコメンデスの歌」、この曲は個人的に愛聴曲であり前回のライブでも採り上げて頂いている。バス・クラの温和な低音につい心が癒されてしまう。3曲目は「歌舞玉音」、何だかんだ言っても我々日本人には、祭囃の賑わいや伝承的歌謡の旋律が刷り込まれていて、この和のエッセンスが舞う曲に4者混然一体のコラボとくれば会場はやんやの盛り上がりだ。変わり身の早さも天下一品の日本人、心が4曲目のR・カークの「レディース・ブルース」に乗り移ってしまったところで休憩タイム。次のステージ最初の曲は、梅津さんが折に触れ採りあげる「東北」。時と共に風化する震災被害への視線。仙台出身の梅津さんは声でしか表現できないものと楽器でしか表現できないものを融和させ、この世の隅々に後退せぬ思いを声と楽器を以て切々と歌い上げていたのは感動的。次は「西日のあたるへや」。これはネルソン・マンデラ氏が獄中に繋がれているときに作った曲だという。曲は遊び心を排した厳しくも切なさを感じさせてくれた。なお、演奏の外では「片山(ts)の部屋の西日は強烈だった」と少し遊んだ話を披露してくれていた。3曲目は「ンカッカ」。彰太さんをフィーチャーした“ンカッカ”の一席といえよう。最終曲は「ヴェトナミーズ・ゴスペル」、力みのないゴスペルといった感じの曲、静けさの中でアルトが艶やかに歌うと、色気のある音色にうっとりさせられてしまうなぁ。その演奏が終わると一瞬の間をおいての大喝采が沸き起こった。止まぬアンコール手拍子のテンポで追加曲に突入。民族音楽風の曲で村人たちが飛び跳ねる光景を想像することが出来る。お客さんにも村人の躍動感が伝わってきたのか、帰る間際の人からも飲み直す人からも満足感のざわめきが無意識に演出されていたのだった。
今やこの世は人工知能(AI)が席巻しようとしている。AIは絶えず論理計算に依存しながら「正しい」答えを導いてくる。今回梅津さんのように多種多様な音楽性と計算外の音を連発する人を見ていると、人間は負けないものを備えていると思わせてくれる。店を出るとき、ピアノの中島に感想を訊いて見た。「楽しかった」とシンプルに答えた。彼女も計算外の気分に浸っていたのだろう。演奏側が楽しい時のライブは悪かろうはずがない。
筆者の年代にとってドクトルという響きからは、作家北杜夫の“どくとるマンボウ〇〇記”を思い出す。そのブランクに“旋風”を突っ込んで標題に充てた。
(M・Flanagan)