緋牡丹博徒とミソジニー


ヤクザの娘ながら普通のお嬢様として育てられた矢野竜子が闇討ちに有った父親の仇を探して賭場を行脚するところから第1作が始まる。当代きっての美人女優、藤純子が主役緋牡丹のお竜を演じている。この一文だけでも僕は非難轟々となり返り討ちになるかもしれない。美人でルッキズムに引っかかり女優でミソジニーに引っかかる。ヤクザ社会は男社会である。ヤクザ映画には時々女親分も登場するし「極道の妻」のようにてっぺんとる岩下志麻の様な存在も登場する。だが男になりきった女、あるいは男になりきったふりをした女が男を演ずる社会である。だが藤純子には隠しても隠しても隠しきれない女らしさが有ったのである。それを流れ者である高倉健に見破られてしまう。賭場でいかさまを見破ったお竜はお礼見舞いをたくらんだ地元のごろつきに襲われそこを高倉健に助けられる。傷を負ったお竜は高倉健から処置を受けるのであるが片肌脱いだそこには鮮やかな緋牡丹の彫り物が有るのである。お竜が恥じらっているのが見て取れる。「お前さんやっぱり女だね」という高倉健の一言が全てを物語っている。ラストシーン、お竜は父親の仇を見つけるがその男は高倉健の兄弟分であった。最後の出入りに高倉健はお竜の助っ人に入る。そしてその兄弟分を殺してしまう。「お前さんには人を殺させたくなかった」とお竜に言うのである。緋牡丹博徒シリーズでは高倉健の他若山富三郎、鶴田浩二、菅原文太らが命がけでお竜を守ってくれるのである。だからお竜は博打に負けて女郎屋に売られることもないし切り殺されることもないし警察に捕まることもない。こちらは安心して賭場での張り詰めた所作と殆ど日本舞踊の様な流れる立ち回りを楽しめばよいのである。この問題ジャズ業界ではどうなのだろうか。ある大御所ベーシストが札幌に来るたび女性ミュージシャンに男になれ、男になれ・・・と言っていたのを想い出した。