札幌オリンピック断念の意味

札幌市民として自慢して良い事が起きた。小さいようで画期的な出来事である。札幌市に30年冬季オリンピックの招致を断念させた事だ。政府、自治体主導で提案される行事は東京オリンピックといい、大阪万博といい最後は国民一丸となっての標語のもと敢行されるのが習わしとなっていた。インパル作戦のように途中で取りやめになることはなかった。札幌市民は住民投票を最後の武器として市民の声を聴く会などで地味に問題点を提起し続けた。東京オリンピックの汚職談合事件を反省し広告代理店も共同主催などの案も出されたがほとんど意味にないものであった。必ず談合は起きる。設備関係費も見積もりは少額であるが「小さく生んで大きく育てる」の子育ての鉄則に従い決まったとたん大きさ自慢をするトノサマガエルのように膨れ上がるのは大阪万博の経過を見ていれば分かる。招致を断念した翌日、新幹線延伸の期日も延期が発表された。もともと工期は遅れに遅れていた。リニア新幹線工事のように十分な事前調査を行わずに起工されたことによる。オリンピックを口実に突貫工事の強行突破をもくろんでいた。札幌は不動産のミニバブル現象が起きている。中心部の再開発が進みどのビルにもホテルがテナントとして入居予定になっている。オリンピックと無関係ではない。インバウンド頼りの一本足打法政策は危険だと考えている。アベノミクスの亡霊が支配していることを忘れてはいけない。IOCの山下会長は34年の招致を秋元市長にそそのかしているようであるがもう目はないと考える。