長かった今年の13周年記念の最後は、根強いファンを持つピアノのハクエイ・キムだ。彼は4度目の出演になるだろうか?直近では昨年の秋にトリオ編成の“トライソニーク”でそのスケールの大きさに度肝を抜かれたところが記憶に新しい。今回は彼の新作『レゾナンス』リリース全国ツアーの後半に位置しており、十分練られた状態で彼のオリジナリティーに耳を傾けることができる筈だ。では、そろそろソロ・ライブのレポートをしよう。
1曲目はインプロヴィゼーション、音を探りながら少しずつ輪郭があからさまになる様子はキースを彷彿させるものだが、いつの間にか「ボディー&ソウル」にリレーする。LPレコード片面一杯々々の長尺演奏。3曲目はオリジナルの「コーヒー・カップ」、音数の多い部分ではカップからコーヒーがこぼれた。次からシンセサイザーが駆使されていくが、アナログ使用のほうが面白いとコメントされたものの素人には理解不能、曲名は分からないがプラネタリウムを音に変換したようなサウンドが繰り広げられて行く。1st.最後の曲はデトロイト・ジャズ・フェスに前述の“トライソニーク”で出演した時に、モーター・シティーと呼ばれるこの街の今を曲にした「ザ・ストリーツ・オブ・デトロイト」、終盤のハード・ワークは凄い! 2nd.の1曲目はオーストラリアの国民的な曲とされる「ワルツィング・マルチダ」。聴いたことがあるのに思い出せない曲は沢山あるが、この曲は聴いたことがなくても聴いたことがあるように思わせてくれる。2曲目、3曲目はスタンダードの「オール・ザ・シングス・ユー・アー」、「ムーン・リバー」と続くが、特に、後者はシンセ効果がハマっていて“ティファニーの朝食”は宇宙の彼方。4曲目はアコースティックとシンセで両攻めのプログレ系「合奏(ザ・コンサート)」。こういうサウンドには根っから血が騒ぐと見える、誰もいなければ一日中こんな演奏をしているに違いない。最後の曲はアコースティックのみの「テイク・ファイブ」で、曲名を聞くと咄嗟にP・デズモンドの音色を思い出す面々も多いだろうが、ハクエイ・バージョンは今まで聴いたことがない。序盤では低音部と中・高音部が一騎打ちして強い緊張感が生み出され、中盤からは左右の手が目まぐるしく鍵盤を高速滑走しスリル満点。将にハクエイ的イマジネーションを尽くした超絶プレイで、他に類例をみない特異な演奏と言ってよいだろう。どよめきが湧き、それが収まらない中アンコールは「ラウンド・アバウト・ミッドナイト」、シンセが重量音を発するオルガンのように絡む荘厳な演奏で締め括られた。聴衆は普段にはない貴重な音楽体験をしたのではないかと思われる。
ハクエイによれば、シンセは良き相棒だそうである。アコースティクとシンセを使えば、先の曲にもあったとおり複数楽器による“合奏(ザ・コンサート)”になる。しかし、それはハクエイのみの“楽団ひとり”としか言いようがないのである。なお、本文は遠く彼の地で“ひとり”勉学に励む完全無欠の岡本ショータ君に捧ぐ。
(M・Flanagan)