5.16 .Push Trio 魚返明未(P)富樫マコト(b)西村匠平(ds)
Pushを率いているのは西村だが、この日は店側のプッシュにより魚返のオリジナルで固められ、彼が仕切るところとなっていた。魚返のオリジナルは、自身の目に残像として留まった光景や肌感覚として残ったことを創作動機としているものが多い。つまり具体的体験を曲として抽象化する方法である。このこと自体は珍しいこととは言えないが、演奏を聴いているうちに何やら魚返のイメージしているものが我々に乗り移るのを感じ始めるのだ。これは別の演奏家においても起きうることなのだが、魚返の場合は、聴き手のスクリーンに映像が忍び寄ってくることにおいて際立っており、特に内省的演奏に顕著だと思う。その一方で対照をなすのが夢遊しているかのように弾きまくる姿だ。とは言えこれは、不規則に散乱しているようなものではなく、西村のエモーションと終始歌い続ける富樫との見事な調和を実現しているというのが適切であろう。魚返はいつも強固な集中力を以て演奏に臨んでいるが、今回は店の提言が奏功して一種異様な成果をもたらした。何てったって僅か数日のうちに、ピアノの弦を2本も切ってしまったことがその証だ。これは被害届を出さないという貫禄の計らいで一件落着したそうである。ともあれ魚返という快人・怪人の二重面奏は.Pushに新たな1ページを書き込んだように思う。演奏曲はアンコール以外、全て魚返の自作。「もず」、「昨日の雨」、「かたすみ」、「照らす」、「アルコール・ジェル 」、「曇り空」、「ダンシング・イヤー・バッツ」、「ノーマル・テンパラチャー」、「夏の駅」、enc.「Who Cares( Gershwin)」。ご来店された方は曲名を見ながら改めて自分の映像をチェックしてみてはどうか。なお、魚返は4月に評判となっているニュー・アルバム『照らす』をリリースしているので、そちらにも熱い視線のほどを。
5.17 .Push 3 With松島啓之(tp)&石井ひなた(ts)
5.18 松島with ひなた&.Push(bass北垣響)
一夜明けてニヤ二夜だ。当代屈指の実力派トランペッターの松島の登場だ。何度も来演しているので、大勢のファンが待ちわびている。松島を聴く楽しみは、そのスピード感や正確無比なコントロールだったりするだろう。筆者にはもう一つの関心事がある。それは最初の音出しである。一瞬にして松島の世界を感ずるのである。ライブが終わるまでこの瞬時のことが支配しているように思えてならない。「終わりよければ全てよし」という言い回しがある。これとは逆に「最初良ければ全てよし」というのが筆者の松島像となっていて、裏切りに遭ったことはない。而して松島のライブの時は、毎回レイジーへの道すがら段階から最初の一音に向かって足が弾んでしまうのだ。一夜目は.Pushの曲が中心で、「Catch&Release」、「Vernal Days」、「Old Folks」、「Slow Boat To China」、「Wanabi 」、「Tiny Stone」、「いま」、「両毛線」、「Orla2」、「始発、朝焼け、5時散歩」。二夜目は松島の選曲による「Back To Dream」、「Here’s That Rainy Day」、「Darn That Dream」、「Out Of Another Kind」、「Treasure 」、「Have You Met Miss Jones?」、「Everything Happens To Me」、「Chimes」、「All The Things You Are」。松島はいつもながら晴れ晴れしい気分にさせてくれる。シルビー・バルタンならずとも「あなたのとりこ」と言ってしまいそうだ。そして付け加えておくべきは、富樫と石井ひなたの20代前半の二人のことだ。富樫の力量は実証済だが、歌い続ける秘訣を聞いてみた。幾つかのことを挙げながらその一つとして、ポップな演奏に参加していることが生きているとのことであった。ポップ曲で抜群のサポートをしていたウッズやロリンズを思い出すなぁ。もう一人の石井ひなたは、初めて聴く。彼は今回テナーだったが、並行してアルトとピアノもやっている。一つに絞る気はないそうだ。余談はさて置き、最初は乗り切れていない感じもしたが、この曲より次の曲、この日より次の日といった具合に見る見る上向きに前進を遂げている印象を受けた。若者って恐ろしいわ。石井ひなた、しゃらくさいことを言わぬ謙虚な人物だ。名前を覚えておいたほうが良さそうだ。
この時期、札幌の都心はライラック祭り期間中ったが最早関心はない。そこから幾分離れたレイジーにおいて、松島をはじめ共演者達によるWonderful!Wonderful!なパフォーマンスの磊落祭りに居合わせたことは誠に(ソニー)フォーチュンだった。シメシメ。
(M・Flanagan)