大手新聞社の一面記事は全てオリンピック関連である。スポーツ新聞かと言いたい。これは全世界に他の問題よりスポーツが大事という間違ったメッセージを与える。現在国会も会期中であるがテレビもラジオもオリンピック中継である。ラジオでフイギアの中継を聴いてもイメージが掴めない。羽生選手が4回転半ジャンプ失敗しても犬が三回回ってワンと鳴く程度にしか伝わらない。せめてラジオくらいは国会中継を放送してほしい。コロナ対策を含め自分たちの生活がどうなるかが審議されているのである。下らない議論もあるがそれも含めて国民として知っておきたい。札幌は折からの大雪で除雪が追い付かない。そういう中大通り公園のオリンピックのモニュメントだけはすぐさま掘り起こされたと聞く。市民にアンケートも取ると言うがそれが開催の是非に反映されることはない。形作りである。開催費用は算出されているが一度決まってしまえば東京オリンピックの例にもれずマツコ・デラックスの様に膨らんでしまうはずである。その負債はオレオのコード進行の様に回りまわって札幌市民にソロが回ってくるのである。市民団体から札幌オリンピック反対署名が回ってきた。あのIOC委員や甘い汁に群がる中抜き業者を肥え太らせることには断固反対なので署名した。決してウインタースポーツが嫌いなわけではない。道産子なのでスキーもスケートも腕に覚えがある。大蔵山シャンツェのランディングバーンも、札幌オリンピックの女子大回転コースも富良野のWカップコースも滑ったことが有る。Jazzギターよりははるかに上手い。話がコースを外れた。フィニッシュさせる。ジャンプスーツ問題やスケートの審判肩入れ問題は運営方法の問題なのでいろいろ疑問はあるがここで論評するのは控える。気になることは選手の精神性の在り方である。メダルを逃した選手が詫びを入れる。今回の高梨沙羅選手の様に本人は何の落ち度もなく素晴らしいジャンプをした。だが謝るのである。東京オリンピックマラソン銅メダリスト、円谷幸喜選手は重圧に耐えかねて自ら命を絶った。戦後日本は民主化された。ところが個人は対等ではなく「集団と秩序への貢献」で評価される風潮が残っている。それが一部、スポーツ選手のDNAに組み込まれている。日の丸背負ってウイニングランするのは日の丸の鉢巻きを締めて敵艦に突っ込むのと裏表の関係に見えてしょうがない。
高梨沙羅、そしてこれからも出るであろう第二、第三の高梨沙羅を小野田少尉にしてはならない。
付記
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