初めて魚返を聴いたのは「一哲バンド」だった。恥ずかしながら、その名を目にした時は読み方すら分からなかったのを覚えている。それ以来、彼は頻繁に来演を重ね、着実に大勢の心を掴んで今日に至っている。このアルバムは昨年(2,024年)にリリースされたものであるが、魚返のこの時点での集大成であると同時に、今後の演奏活動向けた通過点として重要作だという印象を受けた。彼のライブ演奏を何度も聴いているので、そのクオリティーの高さには、幾度も膝を打ってきた。だが本作を聴いていると、まだまだ奥の奥があるなと思わされたのである。それを陶芸に喩えるなら、窯入れ前の見栄えに心を動かされていて、過熱に耐えて艶出しされた段階まで踏み込めていなかったのではないかというようなことだ。これには割かし心地よい冷水を浴びせられた。それ相応の揺さぶりに遭うハメになったが、落ち着きを取り戻して言うと、これは魚返の音楽的資質とこれまでの音楽体験とが一体的に凝縮されたもので、彼の理想に叶うものになったと思うのである。そして付け加えるべきは、共演している高橋陸(b)と中村海斗(ds)の見事なサポートだ。彼らがいたからこそ魚返が思い描いていた狙いどころを、より鮮やかに「照らす」ことに成功したと思うのだ。このアルバムからは、清流を基調としながら急流や激流、少々の乱流にも向き合わされることになる。この流れに乗っかってしまえば、最後まで聴き届けなければならない。ここには11曲収録されているが、筆者はひと塊の組曲のように聴いた。本作は一時の話題作ではなく、後々まで聴き継がれて行くような気がする。この推薦盤の先行きを楽しみにしている。
今年の3月のこと、「このアルバムのトリオをレイジーでやりたい」、そう言っていたのはベースの高橋陸だ。はて?ドナリィことやら。 (M・Flanagan)