今週の火曜日jazz研時代にバイトをしていたF本が来た。ライブの時は時々来てくれるが何もない時は珍しい。
「会社で何か嫌なことでもあったのか」と洒落のつもりで聞くと「今日はリー君の命日なんです」と言う。そうか4月25日だったんだと思い出した。リーというのはF本の後輩でパット・マルチノばりのギターを弾く才能のある学生だった。リーというのは愛称でリー・リトナーにギターを習ったことがあるらしい。初めて会ったときは生意気な奴だと思った。F本もそう思ったらしいが直接口に出すことはなかったらしい。僕は懲らしめる機会を虎視眈々と狙っていた。その機会がやってきた。毎年12月の定期演奏会にお付き合いで広告を出している。リーがlazyの担当になった。広告協賛金の集金の日、リーは丸腰でやってきた。ポスターも、パンフレットも招待券も領収書も持たずに金だけ取りに来たのだ。僕は怒鳴りつけて出直してこいと言った。集金の時の説明は聞いていないといった。その時の副部長がF本だった。先日聞いたのだが広告協賛金をお願いするときの注意点は説明会を開いて教えているのだがその時リーは来なかったらしい。改めてF本から謝罪を受けた。社会人になればわかるがそんな営業をすれば即刻取引先を失うことになる。一度怒鳴ってしまうと気が楽になり打ち上げでは「お前、うまいと思っているんだろう」と時々絡んだ。一度プロの前座をさせたことがある。その時は生意気なリーが緊張しているのが分かった。曲もプロの能力試すような曲ではなく得意中の得意な曲を持ってきた。可愛いやつだと思った。僕も多少ギターをいじるので時々ギター談義をした。忘年会ではロックもわかるギターが3人いたので僕も参加してツェペリンリフの生ブラインドテストもした。jazz研なので誰も当たらなかった。リーも楽しそうだった。F本も「そんなこともありましたね」と当時のことを思い出した。
一年間休学して復学するとき併せて復帰ライブさせてほしいと言ってきた。僕は本当に良かった思ったのを覚えている。そんな矢先の突然の訃報だった。寄しくもリーが復帰ライブをやる予定だった4月29日、昼夜、関係のあった学生、社会人がそれぞれライブをやる事になっている。
「何かの縁だよな、F本」
「そうですね」F本はいつものように穏やかに返事をした。