13周年ライブ 酔いに負けた当方見聞録

2018.3.2 石井彰(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 この季節は鬼門だ。13周年の幕開けは数年に1度の暴風雪、空の欠航と陸の運休の連鎖となってしまった。石井・米木両氏は函館で足止めを喰いながらも、ブリザードと戦いながら車で8時間かけて13周年の金曜日に札幌着と相なったとのことである。
それではではライブへ。1曲目は「ユー・アー・マイ・エブリシング」、この曲は管による押しで艶が出るイメージが強く残っているが、ピアノが主導すると俄然品が強調されるように生まれ変わっていた。2曲目の「ワルツ・ステップ」は富樫雅彦さんの曲で初めて聴いた。実に可愛らしい感じで、富樫さんてこんな曲を書くのかと意外に思った。3曲目はジョビンの「ワンス・アイ・ラブド」、魔術師の曲をしなやかに仕上げ、心が温められる。4曲目は「アイ・ラブ・ユー」、本田さんにこの曲を収録した同名のアルバムがあるが、両者のニュアンスの違いが楽しめてニンマリ。1st.は旅の疲れを全く感じさせない流石の演奏。2nd.は石井という個性がいよいよ全開の様相を呈していく。1曲目の「黒いオルフェ」は誰もやったことのないスローな演奏で曲のニュアンスが完全に作り変えられていた。2曲目は場面転換を図るようなミディアムテンポの「アイブ・ネバー・ビーン・イン・ラブ・ビフォア」、そして3曲目は「ブルー・イン・グリーン」、グリーンに潜むブルーの怪しい謎が忍び寄って来る。“これは名演だ”と思わず声を出してしまった。次の最終曲は、メロディーが哀感を帯びていることと音から哀愁が滲んでくることは全く違うことを知らしめてくれた。曲はヘイデンの「ラ・パッショナーラ」。アンコールは「イフ・ユー・クッド・シー・ミ・ナウ」、抜いた感じだか隙間が見当たらない。“遅くならいくらでも遅く弾ける”。これは石井の言葉である。
2018.3.3 池田篤(as)石井彰(p)米木康志(b)竹村一哲(ds)
 今回の天候異変に巻き込まれた池田が1日遅れで合流したカルテット。池田は以前も2daysが1dayに切り替わったことがあるが、倍の濃度で喝采を博したのを思い出す。
演奏曲を列挙する。H・モブレーの「ジス・アイ・ディグ・オブ・ユー」、池田が辛島さんに捧げた「ヒズ・ウェイ・オブ・ライフ」、C・ヘイデンの「エレン・デイビッド」、スタンダード「アイ・ラブ・ユー」、石井の「スリーピング・ボーイズ」、池田自身を穏やかに投影したバラード「フレイム・オブ・ピース」、スタンダード「アイ・リメンバー・エイプリル」、アンコールは「アイ・キャン・ノット・ゲット・スターテッド」。池田は体調があまり良くないと伝えられていたが、一ことで言うと演奏はどれもが素晴らしいということに尽きる。いつも音楽者としての主語で演奏し続ける稀有の鬼才に心が揺さぶられる思いがした。
2018.3.5 田中朋子(p)岡本広(g) 米木康志(b)
 13年というより、遥か前から交流のある田中と岡本、そこに土台の米木が加わるSUM約200才のトリオだ。開演前に、記念行事に敬意を表してスタンダード中心に選曲すると聞いていたので珠玉の名曲集を楽しむこととした。晴れて選ばれたのは「アローン・トゥギャザー」、「ヒア・ザット・レイニー・デイ」、「ヴェガ」、「ケアフル」、「コルコバード」、「ラウンド・ミッドナイト」、「ウィッチ・クラフト」そして「ローンズ」。札幌の宝石こと田中のピアノは体力的絶頂期のようによく鳴り輝きを放っていたように思うが、これは決して気のせいではない。そして忘れ物の常習犯岡本は、ギタリスト魂だけは忘れていないことを見事に証明。ドラムレスなので米木のナマ音がズドンズドン、もの凄いベースが聴けた。
 冒頭に記したとおり冬の猛威に絡まれる旅を経て、13周年Vol.1は盛況裏に進行し終了した。後世の人々はこの苦難の果てを北方見聞録と言うのだろう。最近は若手の台頭に触れることが多くなっていたが、やはりアニバーサリー企画は順当に経験豊富な本格路線が奏功したと思う。本当は当方いろいろ見聞したことを忠実に記録しようと意気込んでいたが、飲み過ぎて忘却に足を取られてしまった。札幌在住者にとっても冬は危険だ。
 (M・Flanagan)